30歳以下の放送局員に「これから」を考えてもらう企画「U30~新しい風」(まとめページはこちら)。19回は、信越放送のアナウンサー・平山未夢さんです。9月にJリーグ公式映像初の女性実況を務めた平山さんに、アナウンサーの魅力と可能性を語ってもらいました。(編集広報部)
学生の頃に考えていたアナウンサーの魅力は、「毎日が違う現場・仕事で、さまざまな人に出会えること」。信越放送はラジオ・テレビ兼営局で多くの自社制作番組があり、まさに"願ったりかなったり"な毎日です。ですがそれは、アナウンサーの奥深さや面白さの一部でした。そこに気づかせてくれた仕事は、ほかでもない"サッカー実況"です。
ちなみに、とある1週間のスケジュールは以下のとおりです。
(月)『ずくだせテレビ』(ローカル生ワイド)スタジオMC
(火)休
(水)『ずくだせテレビ』ロケ
(木)ラジオ『ともラジ』収録、サッカー仕込み
(金)ラジオ『Mixxxxx+(ミックスプラス)』(ローカル生ワイド)パーソナリティ
(土)サッカー実況 / インタビュー
(日)音楽コンクール イベント司会
(月)休
サッカーって何人でやるの? から始まった
サッカー実況者への道
今でこそサッカーのない日常は考えられませんが、入社当時の志望に、スポーツの「ス」の字もありませんでした。「3-4-2-1」「4-4-2」って戦術の秘密暗号......? イエローカードが出ているのに、PKじゃないの!?(ペナルティエリア外でのファウルなので当然です(笑))そもそも、サッカーって何人対何人でやるんだっけ?
私の父は全国高校サッカー選手権大会で優勝し、社会人チームでプレーした経験を持つことから、「元々サッカーに詳しかったのでは」と思われることも多いのですが、当の私は、基本の"キ"すらままならない状態でした。
そうした中、入社1年目の夏から、Jリーグの松本山雅FCのインタビュアー兼ピッチFD(フロア・ディレクター)を担当することになりました。ピッチレベルで浴びた、心臓にズシンズシンと響く山雅サポーターの「声」。感動して全身が震え、涙が出そうになったことは今でも覚えています。この熱いサポーターに向けて、中途半端な仕事は絶対にできないと、私とサッカーの日々が始まりました。
<松本山雅FC DAZN中継のインタビュアー兼ピッチFD>
「受験生の時を超える夏を過ごそう!」を合言葉に
女性実況者としての第一歩
Jリーグの実況に挑戦してみないかと提案があったのは、入社3年目の今年5月末でした。条件反射で「やります!」と言ってしまったものの、内心とても悩んでいました。
アナウンサーとして、そしてサッカーを愛するひとりの人間として、実況がサッカー観戦の妨げになるのではないかと不安だったからです。男性のスポーツに女性の実況が入ると、力量の有無の前にもまず「声」に違和感が出るはず。その違和感は視聴体験の熱量を下げてしまうのであれば、あえて自分が手を挙げる必要もないのでは......。
そのような私の葛藤を破ったのは、初めて耳にした過去の先輩方が乗り越えてきた壁や、スポーツ実況での世界的な流れでした。
女性アナウンサーはニュースを読ませてもらえなかった時代があった
東京2020オリンピック サッカー男子決勝の公式映像(英語)の実況者は、女性だった
少しでもトライしてみたい、夢中になれるかもと感じたことに対して、自分で閉ざすのは違うのかもしれないと、挑戦する決意をあらためて固めました。周りの後押しもあり、ここからは完全にスイッチON。合言葉は「受験生の時を超える夏を過ごそう!」。そこからは、観て聞いて喋って、起きてから寝るまで常にサッカーがそばにありました。
<夏からつけ出した試合分析のサッカーノートは3冊目に突入>
スタジアムに、サポーターに支えてもらう
サッカー実況
迎えた9月7日、初めて実況を担当するのは山雅とJ3で首位を走る大宮アルディージャとの一戦。放送開始の15分前、実況席を離れ、いつも通りピッチサイドに降りました。選手がボールを蹴る音、準備に働くスタッフの皆さん、目を輝かせる子どもたち、そして360度を埋め尽くした1万1,000人を超える両チームのサポーターの熱。山雅サポーターのチャント(応援歌)「どんな時でも 俺達はここにいる」は、勝手ながら私をも鼓舞してくれる応援に聞こえ、気持ちを強く持つことができました。
終わってみると、今後の支えになるお声をたくさんいただきました。地元の皆さんやアウェイチームのサポーターはもちろん、「女性実況が珍しいので観ました!」という声が全国から届きました。福岡県から「史上初の女性アナウンサーJリーグ実況という誕生日を、私も今後記憶にとどめておきたいと思います」というお手紙や、アウェイチームのサポーターから「男性の低い声が聞き取りにくく困っていたのですが、平山さんの声はスッと入って試合も実況も楽しめました」という感想もいただきました。懸念していた"女性の声"がプラスに働くこともあるのだと、驚きとともにうれしく思いました。
現在、数試合の実況を重ねていますが、「自己採点は今日も0点......」「練習の強度あげて次節に向かおう......」と、毎度落ち込みながら実況席を後にします。目指すのは、基本のプレー描写を丁寧に、「プラスαを込めた実況を」です。
現地観戦のアウェイサポーターと話し、想いや温度感を知ることで、可能な限りズレのない言葉を選ぶ。相手チームの番記者や実況アナウンサーに電話をして生きた情報をいただき、バランスのとれたフェアな実況に努める。両クラブの歴史や、選手のサッカー人生を振り返り、その背景にも想いを馳せた実況をする――。
アナウンサーとして下準備を重ねることは当たり前かもしれませんが、「女性実況か、聞き慣れないな」という当然の感想も、情報の分厚さやサッカー愛でカバーしつつ、少しでも皆さんのサッカー観戦が豊かになる言葉を紡ぐことができればと考えています。
前述の「アナウンサーの魅力」については、学生の頃の自分に「徹底的に深く深く追究して、伝える」やりがいあふれる面白い仕事だよ、と教えてあげたいです。
全国8番目の開局、長野県内最古の民間放送局が
"初めて"にトライする意義
斜陽産業と呼ばれることもあるテレビ。誰しもが新しいことに取り組んでいく必要性を理解していながらも、地方の人口減少やテレビ離れという流れの中、私たちは限られた人員で精一杯、毎日の放送を届けています。そうした状況では、リスクを取ることや新しいチャレンジには、"そんな場合ではない""そんな時間も人もない"と後ろ向きに考えてしまうこともあるかもしれません。
DAZN配信のJリーグ公式映像初の女性実況は、社内外それぞれの立場の方が、それぞれの"腹の括り方"をしてくださったから実現したのだと思います。「気負わず平山らしく!」「いいんだから失敗したって!」と送り出してくれた会社、上司、先輩方、アナウンス部の仲間に、心から感謝しています。
"積み重ねてきた歴史や信頼がある中で、新たな挑戦の舞台を作ってもらった"その事実に、放送局の未来を照らす"ヒカリ"を感じました。
私のサッカー実況者としての道のりは始まったばかりです。選手や両サポーターへのリスペクトを忘れず、愛ある実況ができるよう精進してまいります。