欧州で、ネット中立性をめぐる議論が再燃している。欧州の通信事業者(ISP)がIT企業にネットワーク使用料(以下、「使用料」)を負担させるようEU議会に求めたことから、これに反発するIT企業側が、「ネット中立性」規則を盾に反論しているからだ。この「公正なコスト負担」vs「ネット中立性」という構図の論争は、韓国でも展開中で、その行方が注目されている。
欧州連合(EU)欧州委員会のティエリー・ブルトン委員(域内市場担当)は9月、大手IT企業が欧州の通信ネットワークのコストを負担すべきかどうかについて、2023年第1四半期中に協議を開始することを明らかにした。同委員によると、この協議は、メタバースなどのより広範なテーマを射程に入れたものとなる。5―6カ月ほどの協議のあと、EU委員会は何らかの提案をするとしている。
欧州のISP は、欧州規制当局に対して、Google、Apple、Meta、Amazonなどの大手IT企業がインターネットのトラフィックの大部分を占めているとして、応分の財政的負担を求めて働きかけを行ってきた。2021年11月にはISP 13社のCEOが、IT企業にネットワーク更新費用の一部を負担するよう求める共同声明を発表。今年5月には、BT、Orange、Deutsche TelekomなどをメンバーとするISPの団体ETNO(European Telecommunications Network Operators' Association)が、Google、Facebook、Netflix、Apple、Amazon、Microsoftの6者だけで2021年の世界の全データトラフィック(固定およびモバイルネットワーク)の56%超を占めるとする報告書をまとめた。今後、メタバースや5Gを含め、増大する膨大な量のデータに対応するにはインフラの大規模なアップグレードが必要となるが、そのための資金として使用料を課す、いわば「公正な送信者負担」の枠組みの導入を求めているのだ。
ISPによるこうした要求は初めてのことではなく、2012年にもETNOが、ISPが個別にIT企業と補償契約を結ぶよう呼びかけた。しかし、規制当局がインターネットのエコシステムに重大な害を及ぼす恐れがあるとして、これを阻止していた。だが、コロナ禍で潮目が変わった。EU当局は、テレワークやストリーミングサービスなどの"巣ごもり需要"によるトラフィックの増大で、ネットワークが崩壊することを何より懸念していた。Netflix、Disney+などは、動画の画質を落とすことで、これに対応したが、それが現在のネット中立性規則に関する議論の再燃につながっている。
こうしたISPの動きの背景には、メタバースなどの普及によるビジネス拡大への期待と不安とがある。ISP16社が9月に出した共同声明などによると、欧州のISPは、次世代5Gネットワークの構築・維持などに年間500億ユーロを投じており、「エネルギー危機と材料費の高騰により負担が重くなっている」と主張している。だが、2G、3G、4Gへの移行を振り返ると、ユーザーが支払う価格に転嫁できていない。
さらに大きな潮流として、ISPは利益の減少による経営圧迫と株価の下落に直面しており、新たな収入源を模索していることも指摘されている*¹。ここに、かねてからの「ただ乗り」批判が加わり、政治的な支持に結び付いている。ISP のアップグレードに政府が多額の補助金を出しているフランス、イタリア、スペインなど一部の加盟国は8月、ISPに同調し、欧州委員会に共同書簡を提出、速やかな立法化を要請した。
対するIT企業側は、「ISPの契約者はすでに通信料を支払うことでインフラへの投資を行っているのに、IT企業に重ねて使用料の支払いを強いることは、ISPがトラフィックの特定の用途に対してブロックや速度低下、課金することなどを禁じるネット中立性規則に反する可能性がある」と主張している。Googleは、議論の再燃について「状況を変える新たなデータが出てきたわけでもないので、使用料を支払う必要はない」と反発している。
また、IT企業側によれば、ISPの負担を減らすべく、独自のネットワークを構築するなど、かなりの投資を行っているという。Netflixは2012年から順次1,000超のISPとパートナー契約を結び、「Open Connect」を導入して、大容量のトラフィックをローカルで処理している。Netflixがコンテンツのコピーを保存した専用サーバーをISPに貸与し、ユーザーに到達するまでに通過するチャンネルを減らすことで、ネットワークへの負担を減らすというものだ。Googleもまた、世界中に20の海底ケーブルを張り巡らし、欧州に大規模データセンターを6カ所開設、欧州だけでも20、世界規模では100のキャッシュサーバーを設置しているという。ISPの声明では、こうしたIT企業の取り組みは、まったく触れられていない。
「そもそも、特定のISP に名指しで加入したがる人はほぼいないから、コンテンツプロバイダー(CP)との提携によりユーザーを惹きつけているわけで、CP がISP の価値向上に寄与している面もある」ともIT企業は主張する。
Google 幹部のマット・ブリッティン氏は、「使用料の支払いを制度化すれば、異なる種類のトラフィックを事実上差別し、エンドユーザーの権利を侵害する措置につながる可能性がある」と主張している。また、「ISP は、投資家に対してはデータ需要の増大が成長力の源泉となるとアピールしておきながら、ブリュッセルでは一転、データ通信量が増えると事業継続が難しくなると主張している」とその矛盾した姿勢も批判している。
他方で54人のEU議会議員(全705議席)が、IT企業に使用料支払いを義務づけることは「過激な提案」だとして抗議している。米国で2014年にISPがNetflixに使用料支払いを求めて、データトラフィックを絞り込み、ユーザーが巻き込まれた例や、韓国で国内CPに使用料支払いを強制したため、CPが海外に流出し、結果としてISPの投資が減少した例などを挙げ、インターネット経済とネット中立性が破壊されるとして、独占的なISPに対する使用料を認めるべきではないと主張している。
同様の議論は、韓国でも起こっている。グローバルCPと国内OTTの競争が激化する中、Netflixの韓国法人と、大手通信会社SKテレコム(SKT)の子会社でインターネットサービスを提供するSKブロードバンド(SKB)が、使用料の支払いをめぐり、法廷闘争を繰り広げている。2021年6月、ソウル中央地方裁判所は、「Netflixは何らかの形で対価を支払う必要があるが、具体的には両者の交渉で合意する必要がある」とする判決を下したため、Netflix側が控訴し、現在、上級審で係争中となっている。
韓国では2020年5月に電気通信事業法が改正され、CPはユーザーに安定的なサービスを提供するための措置を講じることが義務付けられた。Netflix法とも称され、CPのただ乗り批判に対応したものである。現在、韓国議会では、CPに新たにネットワーク使用料の支払いを義務付けるための法案が提出され、審議中となっている。
英国でもネット中立性規則を緩和する議論が開始されている。情報通信庁(Ofcom)は10月21日、EU時代のネット中立性規則を変更し、ISPにプレミアムパッケージの提供や、オフピーク時の割引料金など、より柔軟なビジネス展開を認めることを提案している(2023年1月13日まで意見募集を実施)。Ofcomはまた、「今後、ISPがCPに対して使用料を課金することになる可能性がある」とする一方で、その必要性について十分な根拠がないとも示唆している。
一方、米国では上下両院で、インターネットサービスを通信法の電気通信サービス(タイトルⅡ)に再分類し、連邦通信委員会(FCC)のネット中立性を復活させる権限を与える「Net Neutrality and Broadband Justice Act」法案が提出された。欧州とは逆の方向を目指すものだが、FCCのブレンダン・カー委員(共和党)は、IT企業にも、ISPが未整備地域に回線を敷設するための補助金の財源となるユニバーサルサービス基金(USF)を拠出させることを提案している。
韓国の地方裁判所の判決のように、ネット中立性規則と使用料は別次元の問題との指摘も多く、BEREC(欧州電子通信規制者団体)からも「商業的な関係はない」という慣行から、「直接交渉が必要」へと両者の関係が急転することへの疑問は、2012年にも出されていた。ただ間接的には、間違いなく経済的な問題に波及し、消費者も否応なく巻き込まれる。また、いち早く5G時代のネット中立性規則見直しの議論が活発化していたEUでは、5Gの根幹たるスライシング技術が同規則に適合しないため、これを対象外とすべきとするISPに、BBCやNetflixをはじめとするCPが強く反発しており、次世代を見据えた見直し議論は必須の状況となっている。各国がネット中立性の定義にも踏み込みながら、技術の進展と社会状況に見合った結論をどのように出していくのか注目される。
*¹市場調査会社Omdiaによると、今後5年で、携帯電話および固定回線サービスの総収入は14%増の1兆2,000億ユーロに達するが、ユーザー1人当たりの月間平均収入は4%減少すると予測されている。また、EIKONによるとStoxx Europe 600 Telecommunications Indexは過去5年間で30%以上の下落となる一方、Nasdaq 100は、今年に入ってハイテク株の急落後も、70%超上昇している(CNBC)。
<参考資料>
〇EC to make social and streamer giants pay for networks?(Advanced Television September 12, 2022)
〇Google, Netflix under scrutiny in South Korea over network fees(Reuters 2022.10.21)
〇接続料金訴訟でNetflixがSKブロードバンドに敗訴~韓国でもネット中立性が論点に(民放onilne 2022.10.20)
〇「ネット中立性議論のその後~対照を成す欧米、5Gは問題解決の救世主か~」『民放経営四季報』125号、2019年9月