東日本大震災から12年 発災直後の報道をふりかえり災害報道について考える㊦~「子どもとメディア⑧」

加藤 理
東日本大震災から12年 発災直後の報道をふりかえり災害報道について考える㊦~「子どもとメディア⑧」

(㊤はこちら

次に、震災報道と子どもに焦点を当てたい。テレビやラジオは、災害時にライフラインとジャーナリズムの役割だけでなく、緊張状態を緩和し心のケアをする癒しの提供という大きな役割もある。日本全体が極度の緊張状態にあった東日本大震災時にも、被災地外では早くバラエティが見たい、歌番組が見たい、アニメが見たい、といった視聴者が多かったと言われている。

NHK放送文化研究所によると、発災後日本テレビは、3月111457分に緊急特番に切り替え、通常番組の放送を再開したのは14日であった。震災関連の「緊急特番」は、14日の2358分開始の特番を含め18回放送された。CMが復活したのは14日午前4時からであった。ほぼ通常編成に戻ったのは3月19日である。TBSテレビは、3月111451分に災害報道に切り替え、通常番組を本格的に復活させたのは16日の20時からであった。発災後初めてのCMが放送されたのは14521分である。フジテレビは、3111450分に災害報道に切り替え、一部通常番組が復活したのは15日0時35分であった。CMを復活させたのは14日4時からの『めざにゅ~』であった。テレビ朝日は、3月111451分から災害報道に切り替え、103時間にわたって災害報道を行い、通常番組が復活したのは16日からであった。CMは他局より遅く141653分の『スーパーJチャンネル』から復活させた。テレビ東京は、3月111454分に災害報道に切り替えたが、他局に比べて1日早く12日の2355分から一部通常番組を放送しCMを復活させた。その後1週間は災害報道と通常番組が混在する編成となった。

未曽有の大災害だっただけに、各局共に総力体制で震災報道を続けたことが確認できる。だが一方で、被災地の人々はもとより、被災地外の多くの人々にも、ほぼ終日放送されていた震災報道が災害ストレスを与えていたことも事実である。繰り返される映像から発災時の恐怖を思い出す大人たちも多く、身近な大人が怯える様子は、子どもたちの不安と恐怖をさらに増大させていった。特に、現実と非現実の区別がつかないおおむね7歳未満の子どもの場合、映像がもたらすストレスは深刻である。

多くの困難と障壁が存在することは承知しているが、大災害が発生したら民放全局で震災報道を流すのではなく、ある局のある時間帯は音楽を放送し、ある局のある時間帯は子どものためにアニメを放送するといった、局間での分担協定を取り結ぶことはできないものだろうか。今は各局地上波のほかにBSもあるので、複数チャンネルを駆使しながら実現を模索してほしいものだ。

被災地が広範囲に及んだために、幼稚園や小中学校の再開日もさまざまだったが、筆者の家の近くの幼稚園は5月1日に再開した。再開後の子どもたちは、友だちへの乱暴な言葉づかいや、先生たちへの過激な暴力行為といった、それまで見せたことのなかった姿を見せていた。中には、赤ちゃん返りする、おねしょをする、大きな音に怯えたりする子どもたちもいた。震災による急性ストレス障害が子どもたちを襲っていることは明らかだった。

子どもの赤ちゃん返りや乱暴な言動、震災を遊びにしたトラウマティック・プレイは、被災地だけでなく各地で行われていることが報告され、震災映像による強い刺激への懸念も、次第に新聞やテレビで見られるようになっていく。3月28日に毎日新聞が「東日本大震災:暮らしどうなる?/子どもの心、癒やすには」の見出しで、衝撃的な映像を伴ってくり返し報道されることが子どもたちの不安とストレスを増幅させていることに警鐘を発している。この記事を受け、テレビでもこの問題を取り上げ始めるようになった。

防災・減災を伝えていくうえで、津波をはじめとする震災映像が強い訴求力を持つことは言うまでもない。一方で、視聴者の心理に配慮し、映像の必要性を十分に考えた上での使用が原則となる。ところが、震災から1年の2012年3月が近づくと、各局で組まれた特番予告のスポット映像が流れ始め、津波の激流がテレビを視聴している中で突然現れるようになった。予期しない中で震災の記憶を突然呼び覚まされるスポット映像の衝撃はあまりにも大きかった。BPO青少年委員だった筆者は、子どもたちへの深刻な影響への懸念から、震災報道についてのコメントや要望を出すことを委員会で提案した。

月の委員会では、報道に携わる人々を萎縮させるのではないかといった懸念が委員から出されて、時期尚早として要望提出は見送られた。要望の必要性について再度提議した2月の委員会では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は発災直後の過覚醒状態、興奮状態からだんだん覚めていった後のほうが危険度が増すことなどを示し、震災報道あるいは特番は、PTSDに苦しむ視聴者への配慮を行う必要があることへの共通理解を委員間で深めていった。そして、2カ月にわたる慎重な議論を経て、3月2日付けで「子どもへの影響に配慮した震災報道についての要望」として発表することになった。

要望の要点は「震災関連番組内で、映像がもたらすストレスへの注意喚起を望みます」「注意喚起は、震災ストレスに関する知識を保護者たちが共有できるように、わかりやすく丁寧なものとすることを望みます」「特にスポットでの映像の使用には十分な配慮を望みます」の3点であった。

ストレスへの注意喚起がこの時の要望の柱だったが、NHK、民放各局共に、災害報道の中では映像がもたらすストレスへの注意喚起を行うことが今では定着している。災害報道にとどまらず、ストレスをもたらす可能性がある映像に関して注意喚起を行うことも見られるようになっている。映像がもたらす心理的ストレスへの認識が深まり、視聴者への注意喚起が定着したことは、東日本大震災を機に放送局と視聴者の双方が得た遺産として、これからも大事にしていかなければならない。

最後に、災害報道に関してこれまであまり議論されてこなかったことを述べておきたい。それは、「災害弱者」に向けた放送のあり方である。高齢者、障がい者、子ども、外国人、旅行者など、災害弱者と呼ばれる人々は多い。東日本大震災では、宮城、岩手、福島3県の人口比死亡率が0.78%だったのに対し、障がい者の死亡率は1.43%と約2倍になっている。

映画『タイタニック』では、逃げ惑う3等客室の乗客たちの中で、イスラム圏の乗客が英語が読めず逃げる方向がわからずにいる様子が描かれていた。東日本大震災でも、言葉が理解できずに逃げ遅れた人、ろうあ者のために情報を得ることができなかった人など、さまざまな災害弱者の犠牲があった。混乱のさなかで行われる過酷な緊急時の放送において、大きな困難を伴うことを承知のうえで述べるなら、災害報道にも手話をつける、複数の言語の字幕や音声多重放送を行う、といった配慮がほしい。

震災時に見えてきたさまざまな課題を放置せず、困難を乗り越えながら課題の解決に向かうことは、次の大きな災害時に犠牲になる方の数を少しでも減らし、災害大国ニッポンの中で視聴者と共に歩んでいかなければならない放送局の使命でもあると思う。

最新記事