2025年冬クールのテレビドラマは、昨年、国内外でポピュリズム選挙が注目を集めた影響なのか、自分たちの足元の日常を軸に日本の社会や政治を見つめ直そうとする作品が多かった。
作家が社会を見つめる目
日曜ドラマ(日本テレビ系日曜夜10時30分枠)で放送されたバカリズム脚本の『ホットスポット』は、山梨県の田舎町にあるビジネスホテルで働くシングルマザーの遠藤清美(市川実日子)と、人間として社会に溶け込んでいる宇宙人の高橋孝介(角田晃広)の交流を描いたSFドラマだ。
清美と彼女の幼馴染たちは、一時的に身体能力を高めることができる高橋の力で、さまざまな問題を解決するのだが、描かれるトラブルは体育館の天井に引っかかったバレーボールを取ってほしいとか、スマホの保護シートをきれいに貼ってほしいとか些細なことばかりで、そのギャップが脱力した笑いにつながっている。SFドラマでありながら宇宙人を非日常の特別な存在として描いていないのが本作の面白さで、清美が家庭や職場で、あるいは幼馴染と集まって食事する場面のような日常描写とそこで展開される淡々としたトーンの会話劇が本作の見どころとなっている。
お笑い芸人として活躍するバカリズムは、ドラマ脚本家としても高く評価されている。中でも2023年に放送されたSFドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)は33歳で亡くなった女性が、同じ人生を何度も繰り返す物語が大きく注目された。SF的アイデアをベースにした世界観+日常生活に根ざした淡々とした会話劇がバカリズム脚本の魅力だが『ホットスポット』は宇宙人の登場するSFドラマとしての要素は最小限で、地元で暮らす清美の日常に重点が置かれている。
物語が終盤に入ると宇宙人以外にも、未来人、超能力者、幽霊といった非日常の存在が続々と登場するようになるのだが、彼らもまた清美たちの日常に自然と溶け込んでいく。SFにおいて宇宙人や超能力者はマイノリティ(少数派)の象徴として描かれることが多いのだが『ホットスポット』ではマイノリティは実にあっさりと受け入れられ、ドラマ的な盛り上がりは徹底して避けられている。
その結果、誰もが地元の顔なじみという緩い仲間意識だけが際立つのだが、そんな清美や高橋にとって最大の敵となるのが、不正を働いている市長・梅本雅子(菊池凜子)で、彼女の不正を暴くために清美たちが力を合わせる場面がクライマックスとなる。緩いSFドラマだった本作が最終的に政治批判に向かったことに若干、困惑したが今の時代、最大の悪は不正をおこなう政治家なんだなと、バカリズムの時代を見る目に感心した。
教育の向こうにある政治問題
一方、学園ドラマを通して政治と社会の問題を描こうとしたのが『御上先生』だ。日曜劇場(TBS系日曜夜9時枠)で放送された本作は、官僚派遣制度によって私立高校の隣徳学院に出向した文部科学省の官僚・御上孝(松坂桃李)が3年2組の担任となる物語。
本作は、第一話冒頭で描かれた国家公務員試験の会場で受験性が刺された事件の背後にある謎を解き明かしていく考察ドラマと、教師が主人公の学園ドラマが同時に進んでいく。見どころは授業パートで御上と生徒たちがディスカッションをする場面。報道の自由、教科書検定、生理の貧困といった社会的なテーマが次々と登場する御上先生の授業はとても知的で見応えがある。
御上は「パーソナル・ポリティカル」(個人的なことは政治的なこと)と言って、「考えろ」と生徒たちを挑発していく。暗いトーンの画面と作り込まれたレイアウトは映像作品としても見応えがあり、新しい学園ドラマを作ろうという気概にあふれていた。脚本の詩森ろばは、松坂桃李がエリート官僚を演じた社会派映画『新聞記者』に脚本家として参加していた。『御上先生』もまた、学校教育と生徒の現実の向こう側にある政治問題を見つめようとした社会派学園ドラマだったと言えるだろう。
ホームドラマが映し出した足元の現実
そして、ホームドラマを入口に政治の問題に切り込んだのが『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』だ。木曜劇場(フジテレビ系木曜夜10時枠)で放送された本作は、かつてテレビ局に勤務し、ニュース番組のプロデューサーを担当していたフリーの政治ジャーナリスト・大森一平(香取慎吾)が区議会議員選挙に出馬して政治家を目指す物語だ。
好感度を高めるために一平は、義理の弟の小原正助(志尊淳)と彼の二人の子どもと同居し、子育てに参加している姿をSNSでアピールするためにホームドラマを演じようとする。物語は1~8話までが「ニセモノ家族編」、9~11話が「選挙編」となっている。
「ニセモノ家族編」は中年男性の一平の視点を通して、保育園、学童保育、子ども食堂といった今の子どもたちを取り巻く環境が描かれる。子育て世帯が育児と仕事を両立することの難しさを知った一平は彼らのために正しい政治をしようとあらためて決意。
そして9話では、地元住民の声を無視した街の再開発計画を強引に進めようとする区長に一平が反旗を翻し、対立候補として無所属で区長選に出馬することになる。その後、一平はSNSを駆使して敵対する区長のゴシップを暴露する情報戦を展開していくのだが、この辺りの描写は、2024年の東京都知事選挙や兵庫県知事選挙で展開されたポピュリズム選挙の様子が参照されており、とても見応えのあるものとなっていた。
本作のプロデューサー・北野拓はNHK出身で、野木亜紀子脚本の『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』(NHK)や『連続ドラマW フェンス』(WOWOW)といったドラマを手掛けてきた。今回はフジテレビに移籍して初めての作品だったが、膨大な取材を元に社会派ドラマを作るジャーナリスティックなアプローチは今作でも健在で、庶民の足元の現実から政治を描く誠実な作品に仕上がっていた。
資産管理・投資から見える社会の今
対して富裕層の資産管理の内幕をドラマらしいアプローチで描いたのが『プライベートバンカー』である。木曜ドラマ(テレビ朝日系木曜9時枠)で放送された本作は、富裕層を相手に資産管理や資産形成の助言をおこなう凄腕のプライベートバンカー・庵野甲一(唐沢寿明)が主人公の物語。資産7,000億円の大富豪で天宮寺アイナグループの社長・天宮寺丈洋(橋爪功)のプライベートバンカーとなった庵野は、資産をめぐって骨肉の争いを繰り広げる天王寺家の家族から資産を守るため、次々と起こる問題を金融の知識で解決していく。
物語は天宮寺グループの関係者が巻き込まれた投資詐欺等のトラブルを、助手の御子柴修(上杉柊平)とだんご屋社長の飯田久美子(鈴木保奈美)と共に庵野が解決するドラマとなっている。『相棒』や『ドクターX~外科医・大門未知子~』といったテレ朝が得意とする一話完結のドラマシリーズのフォーマットに忠実な作品だが、資産管理や投資といったお金にまつわるテーマに特化したことで、これまでにない作品に仕上がっている。NISAやiDeCoといった税制が優遇された積立投資プランを老後資金確保のために国が推進するようになった結果、多くの日本人にとって投資が他人事ではなくなった時代ならではのドラマである。
食事の向こう側にあるもの
最後に紹介したいのが『晩餐ブルース』と『バニラな毎日』というグルメドラマ。
水ドラ25(テレビ東京系水曜深夜1時枠)で放送された『晩餐ブルース』は、高校時代の旧友だったテレビ局勤務のディレクター・田窪優太(井之脇海)と元料理人で現在ニートの佐藤耕助(金子大地)とバツイチのコンビニ店長の蒔田葵(草川拓弥)の3人が偶然再会したことをきっかけに、晩御飯を一緒に食べる「晩活」(晩餐活動)を始める話。こう書くと男3人がおいしそうな御飯を食べる姿を楽しむグルメドラマに聞こえるかもしれないが、劇中では職場のストレスで彼らが疲弊し、生活がボロボロになって心を病んでいく姿が、静かなトーンで語られる。3人がおこなう「晩活」は労働によって壊れた日常を食事によって取り戻すための切実な行為で、丁寧な食生活が人間にとっていかに大事かを実感させられる作品だった。
一方、NHKの夜ドラ枠(月~木、夜10時45分枠)で放送された『バニラな毎日』は、パティシエの白井葵(蓮沸美沙子)と料理研究家の佐渡谷真奈美(永作博美)が「たった一人のためのお菓子教室」を開き、お菓子を作ることで生徒たちを癒やしていくスイーツドラマ。お菓子作りを通してさまざまな境遇の生徒たちが自分自身と向き合っていく姿が劇中で描かれるのだが、最終的に白井と佐渡谷もお菓子を通して自分自身と向き合うことになる結末がとても魅力的だった。
どちらの作品も、御上先生が言うところのパーソナル・ポリティカルを体現する作品で、食事の向こう側にその人の生活があり、さらにその先に政治と社会があるのだと実感するドラマだった。