61年の幕を閉じたMIPTV②~春の見本市終了が意味するもの

稲木せつ子(クレジットのない写真撮影も)
61年の幕を閉じたMIPTV②~春の見本市終了が意味するもの

テレビ番組の国際見本市として半世紀以上にわたる歴史を有した「MIPTV」(南仏カンヌで4月8〜10日開催=冒頭の写真は会場外観/© E. MEGRET / IMAGE & COが、多くの参加者に若干の不安を残す形で61年の幕を閉じた(ただし、秋のコンテンツ見本市「MIPCOM」は継続する)。第1回ではフォーマットビジネスを中心に今回のトレンドを紹介したが、2回目はMIPTVの終了とこれからの見本市のありかたを考えてみたい。

欧州の公共放送が中心となってスタートした同イベントは、1970年以降の欧州圏内の民間放送誕生や90年代のケーブルや衛星放送(有料放送)による市場の拡大を受けて参加者を増やし、欧米だけでなくアジア、中南米、アフリカからも多くの参加者が集う国際テレビ番組見本市として発展した。10年前までは"世界最大級のイベント"と評されていた「MIPTV」の終わりが意味するものは何か――初日、会場の大幅な縮小にいささか面食らった筆者だが、いくつかのセッションで語られた放送ビジネスの今後を展望する発言に勇気づけられ、伝統ある同イベントが日本をはじめとするアジアからのプレーヤーを変化に対応できるように育てたという確信を持った。

主催者自らカンヌを去る

主催者のRXフランスと開催都市カンヌの市長は、イベント初日に恒例のテープカットをする。最終回のMIPTV2024でテープにハサミを入れたのは、同イベントに初回から連続で参加しているドイツの制作会社のライナー・モリッツ社長だった。同氏は、MIPTVの第1回開催を受け入れたリヨンの市長が、イベントの動員数の少なさに落胆して開催地の継続を辞退したため、カンヌで開催されることになったことを紹介し、「テレビに未来がない」と見切った当時のリヨン市長の先見性のなさを暗に皮肉る発言をしているが、今回、カンヌを去ることを決めたのは、ほかならぬ主催者側だ。この最終回に主催者が企画した大型セッションは無料広告モデルのストリーミングサービス(FAST)とAIに関するものだったことも、61年間の業界の大きな変化を象徴している。

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<最終回のテープカットに臨んだライナー・モリッツ氏:
©  S. CHAMPEAUX / IMAGE & CO>

MIPTV終了がテレビの終わりではない

放送業界がSVODのみならず無料広告モデルのAVODやFASTに追撃されるなか、イベント名に「TV」がついたMIPTVが打ち切られることは何を意味するのか? ややネガティブな参加者の反応を前編に紹介したが、MIPTV2024に参加して最後に感じたのは、むしろ放送局の持つポテンシャルの高さだ。

世界の動画トレンドを毎回紹介しているメディア調査会社メディアメトリのフレデリック・ヴォルプレ氏によると、米市場の動画視聴シェアはSNSを含めた動画配信が21年の31%から24年は43%に増えたが、シェアを奪われたのはケーブル(有料放送)で、大手テレビネットワークのそれは25%から26%と揺るがなかったそうだ。むしろ、欧米では大手放送局は独自の配信サービス(BVOD)の強化に取り組み、自局番組の再配信だけでなく、海外の人気番組や配信向けオリジナルコンテンツを提供して、人気プラットフォームへと成長しているという。「テレビ離れ」が指摘される若者層の取り込みにも効果があるとのことで、BBCの配信アプリ「iPlayer」の利用者は半数(47%)が若者層となっている。

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<ヴォルプレ氏㊧とエンデマーニョ氏㊨:後者は© S. CHAMPEAUX / IMAGE & CO>

放送局のポテンシャルは、基調講演したメディアコンサルタントのマーク・エンデマーニョ氏も指摘している。昨年欧州で制作された全コンテンツの75%は放送局の番組で、SVOD(25%)を圧倒している。また、英国人の動画視聴の1日平均時間をプラットフォーム別にみると、放送(テレビ)利用が123分と最も多く、SVOD視聴(53分)に2.5倍の差をつけているとのことだ。

同時に、同氏は広告ビジネスに頼る民放や公共放送*¹ の将来はけっしてばら色ではないことも明らかにした。世界の広告投資の成長予測では、20年に有料放送を抜いた配信サービス向けの広告投資は、27年には放送局の広告売り上げと拮抗する。また、5年前に民放をしのいだソーシャルメディアの広告費は、27年には放送局(1,000億㌦)の2.5倍の2,500億㌦に達するとのことだ。並行して、ビジネスモデルをハイブリッド(有料+広告)に切り替えたNetflixなどとの広告シェア競争も今後激しくなると指摘している。

そのうえでエンデマーニョ氏は、SVOD一強の時代は終わり、業界は再びコンテンツ主導の時代に振り子が揺れており、長年ヒット作を生み続けている放送局も自己革新をすればビジネスチャンスがあると語っている。米国市場においてだが、過去のヒット番組『スーツ』『スタートレック』『ハウス』『ブリティッシュ・ベイク・オフ』などのシリーズは、急成長しているFAST業界(現時点で約5,300チャンネル)からの強い需要があり、24年に米国だけでも50億㌦の収益が見込まれているそうだ。

この傾向はSVODでもみられる。前出のメディアメトリのヴォルプレ氏によると、英国の全SVODで今年4月に若者が最も視聴した上位20作品のうち、SVODオリジナルはわずか3作で、残り17作は過去に放送されたテレビドラマシリーズやアニメ*² だった。日本でもTBSの『風雲!たけし城』がAmazon Prime Videoで復活したり、フジテレビが人気番組『run for money 逃走中』の豪華版をNetflixで配信したりと、放送局のクリエイティブへの需要はアーカイブコンテンツを含めて高まっているのである。

「リバイバルブーム」はテレビ局に好機

MIPTVで番組トレンドを例年紹介している調査会社WITのバージニア・ムセラー氏によると、過去1年間(23年3月〜24年3月)に放送または配信された娯楽コンテンツのうち、57.2%が新作で、47.5%が既存のIP(知的財産)または、それをベースにしたコンテンツだったという。これには、人気番組のスピンオフやローカライズ作品、そして過去のヒット作のリバイバルが含まれる。不景気が続くなか、放送局だけでなくSVOD事業者も大型オリジナル作品に投資するよりも視聴者になじみがあるコンテンツで手堅く視聴を稼ごうとする傾向が強い。過去の人気番組を復活させる「リバイバルブーム」は数年前からのトレンドだが、今も強い需要があり、既存のIPを抱える放送局や制作会社にとっては、マネタイズの好機を迎えていると言える。また、過去の放送番組の再販ライツがない場合も、復活させれば放送後のマネタイズを想定したコンテンツ制作ができる。

ムセラー氏によると、今年の番組トレンドは「リミックス」で、過去のヒット番組を単純に復活させるのではなく、現代的な要素をミックスした「リバイバル」が成功しているそうだ。例に挙げたのは、2000年に米国で大ヒットした賞金獲得ゲーム『Deal or No Deal』*³ のスピンオフ番組『Deal or No Deal Island』(米国ではNBCで放送)だ。今年前半のヒット番組となっている。新バージョンでは、番組の舞台が撮影スタジオからリゾート(島)に移り、新たにアドベンチャーリアリティ番組の要素*⁴ が取り入れられた。同番組は平均580万人の視聴者を獲得し、5月に第2シーズンの制作が決定している。

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<『Deal or No Deal Island』を紹介するムセラー氏>

英国でも90年代に大ヒットしたITVの体力勝負ゲーム番組『Gladiators』の復活版(放送はBBC)が今年前半の大ヒットになっている。リバイバルの成功で十数年前のヒット作に再び熱い目が注がれており、日本のフォーマットもその有力候補になっているようだ。英大衆紙「ザ・サン」はMIPTV終了後、「フジテレビの『脳カベ』のリバイバルが英国内で検討されており、ITVやBBCだけでなくSVODなどのトップが興味を示せば、フォーマット権の獲得競争になる可能性がある」と報じている。

ロンドンへの移行で何が変わる?

最後にポストMIPTVの業界動向がどうなるのかに触れたい。主催者は「1年の上半期に国際的な見本市を求める声は依然としてある」として、近年急成長を遂げる「The London TV Screenings」(LTS) に併設する形で、「MIPロンドン」を来年2月に開催すると発表した。LTSは、英国の放送局(スタジオ)や欧州の大手制作会社が共催するバイヤー向けの新作発表会だ。「MIPロンドン」はこれとは別に特設会場を作り、国際的なメディア会社(放送局含む)がコンテンツを取引する場を提供するという。バイヤーは無料招待で、売りたい側だけが参加費を払い、主催者が提供する会議インフラを使って新作紹介や個別商談をする仕組みとなっている。主催側のトップ、ルーシー・スミス氏は、MIPロンドンは展示中心のMIPTVとは異なるイベントとなり、「試写会、商談、ネットワーキング」が中核となると説明している。だが、今のところLTSに参加する有力バイヤーがMIPロンドンにまで足を運ぶ時間的余裕があるのかどうかは、全く不透明だ。

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<MIPロンドンの説明をするRXフランスのルーシー・スミス氏
/© E. MEGRET / IMAGE & CO>

MIPTVで放送局のポテンシャルの高さを強調していた前出のヴォルプレ氏は「2月開催のLTSと、3月開催のフランスドラマフェスティバル(シリーズマニア )が成長し、MIPTVは"3番目の新作発表の場"になってしまっていた。不景気な昨今、いくつもの見本市に行くのは効率が悪い。主催者が新作発表を一番にできるロンドンに場を移したのは、苦渋の決断だろうが正解」と評価する。そして、打ち切りはテレビの終わりではなく、時代の求めに沿った結果で、誰もが引き続き成果を上げるチャンスはあると語っている。

日本のテレビ局を育てた側面も

さらに勇気づけられたのは日本のテレビ局の反応だ。「MIPTVなどを通じて知名度を高め、バイヤーとの人間関係を作ってきたので、場所が変わっても商談はできると思う」「放送外ビジネスに力を入れているので、テレビの終わりかどうかを気にするマインドはもうない」と前向き。すでに日本の大手局は、国際的な共同開発などを通じて放送にこだわらないIPの創造や配信大手との協業を進めている。前向きな発言は、変化に対応するための自己改革が進んでいることの表れであり、何十年も「MIP通い」をしてきた日本の局の成長の証のようにも受け取れた。

一方で「8人、10人規模のセールス要員を送り込んで短期間で一気に商談することがロンドンではできない」との声もある。「MIPロンドンに有料で参加するかどうかは、日本のコンテンツにも興味を持つバイヤーがどれだけ来るかによる」「MIPTVの代わりとなる新たな見本市を探す必要がありそう」との意見もあった。力をつけてきた日本勢はMIPTVを「巣立つ」用意ができているが、どこに巣立てば良いのか――しばらくは模索が続くのかもしれない。

最後に、会場で出会った韓国SBSのベテラン、クォン・ホジン氏の発言を紹介したい。同氏は知名度が低かったKコンテンツを育くんでくれたMIPTVが打ち切られることを心から惜しみながらも、「これからはアジア勢が一緒になり、Jでもない、Kでもない"A(アジア)コンテンツ"を世界に広める時代だ」と熱く語ってくれた。

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<日韓が手を組み「"Aコンテンツ"を盛り上げよう」とホジン氏>

確かにLTSの誕生は、米ハリウッドスタジオらによるThe L.A. Screeningsに対する欧州勢の動きと言えなくもない*⁵ 。であれば、フォーマット輸出上位国の日本と韓国がMIPロンドンで新作発表を共同で開くなど、アジア向けバイヤーを現地に集めるために協力してもよいのかもしれない。

MIPTVの打ち切りで、RXフランスが開催する国際見本市はMIPロンドン、MIPCOM(仏カンヌ)とMIPカンクン(メキシコ)の3つ⁶ となるが、アジア勢が協力して国際的なバイヤーをアジアに集める「MIPアジア」の新設を目指すくらいの夢があってもよいのではないか。筆者は、日韓参加者の発言に勇気づけられ、少し軽い気分でMIPTV最終回の会場を後にした。


*¹  欧州では、英国(BBC)以外の国では、公共放送が広告収入を得ることが認められているので、世界的には公共放送も厳しい状況下に置かれることになる。
*² 17作品のテレビ番組は、アニメの『シンプソンズ』や『フレンズ』などアメリカ作品が15作、豪州のアニメ1作、英国のドラマ1作と、全て英語圏のものだった。
*³  参加者のゴールはスタジオに用意された複数のアタッシュケースのなかから最も高額の現金が入っているケースを手に入れることだが、番組中に何度も現金と引き換えにゲームを終了するよう持ちかけられる。ギャンブル的な要素が強い番組で、オンラインゲームにもなっている。
*⁴ 参加者は番組前半のサバイバルゲームで体力勝負をしながら島に隠されているアタッシュケースを探し出す仕掛けとなっており、後半でおなじみの賞金をめぐっての駆け引き(Deal or No Deal)が屋外ステージで展開される。リアリティ番組のように毎回に駆け引きに失敗した参加者が排除され、賞金は累積され、最終回に大金をかけた大勝負が繰り広げられる。
*⁵ LTSが生まれた経緯については、放送批評懇談会の月刊誌『GALAC』6月号で紹介し、Inter BEEの公式ウェブサイトに掲載されている。
*⁶ RXグループは2022年から南アフリカのケープタウンで開催されるRXアフリカ主催の文化イベントFAME Week Africaに合わせてMIPアフリカを立ち上げているが、アフリカの見本市の性格が強い。

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