英BBCの会長と報道部門トップが辞任を表明 米トランプ大統領の演説動画編集問題で引責

編集広報部
英BBCの会長と報道部門トップが辞任を表明 米トランプ大統領の演説動画編集問題で引責

英BBCのティム・デイビー会長(=冒頭画像/BBCのウェブサイトから)が11月9日、辞任を表明した。同3日に英国の保守系新聞「デイリー・テレグラフ」が報じた「BBCの偏向報道」がきっかけだ。「独占:BBCがトランプ演説を意図的に編集、内部文書で明らかに」の見出しで、米大統領選直前の2024年10月28日に英国で放送されたBBCのドキュメンタリー番組『PANORAMA』のなかで、トランプ大統領が4年前の2021年に行った演説で議事堂襲撃を促したかのように編集した¹ ことを、内部告発文書と当時の動画をもとに明らかにしている。

デイリー・テレグラフは、BBCの編集・放送基準に関する委員会が当時、この「偏向」を問題視したにもかかわらず、上層部が改善措置を取らなかった姿勢を批判。さらに同紙は6日、ガザ情勢に関する報道でハマス寄りの姿勢が目立つBBCの中東向けアラビア語放送の編集体制やLGBTQ+に好意的でない報道を担当デスクが排除する慣例などを挙げ、BBC内に「組織的な偏向がある」とするBBC編集・放送基準に関する委員会の元アドバイザーの告発を全文公開して、BBC批判を展開した。

この記事をきっかけに、長年BBCの左派寄りの姿勢を批判してきた保守党の議員が抗議を表明。英議会で放送問題を扱う文化・メディア・スポーツ委員会のダインネージ委員長は、告発文書についてBBCに説明を求めたほか、ジョンソン元首相も「きちんとした説明がなければ、受信許可料(受信料)を払わない」と表明するなど、日ごとにBBCへの風当たりが強まっていた。8日夜、ニュース部門のトップであるデボラ・ターネスCEOが辞表を出し、これを受けて9日にデイビー会長が「誤りがあった。会長として責任をとる」と辞意を表明した。

BBCはこれまでもハマスの扱いなどで「偏向している」と政府から指摘され、2024年の中期レビュー(既報)で28年以降の特許状(放送免許)の更新に向けて改善が求められていた。にもかかわらず、BBCは今年前半に規制当局のOfcom(放送通信庁)から編集基準で重大な違反と認定されるなど、2件の謝罪案件² が続いたほか、7月に制作スタッフへのパワハラなどで看板番組『MasterChef』の司会者を解雇する不祥事を起こしている。これまで幾多のスキャンダルを乗り切ってBBCのデジタル改革を推し進めたデイビー会長は、傷がつかない「テフロン・ティム」と呼ばれていたが、さすがに今回のトランプ発言をめぐる不祥事では足元をすくわれたかたちとなった。辞任声明では「次期特許状を前向きにまとめていくために最良の場をつくりたい」との考えを示している。引責辞任で事態の収拾を図ったとみられるが、11日付の英「フィナンシャル・タイムズ」は「BBCが存続の危機に直面している」と報じている。

BBCの業務執行を監督する上部組織であるBBC理事会のサミール・シャー理事長は10日、事態の鎮静化に向けて動いた。文化・メディア・スポーツ委員会のダインネージ委員長に提出した告発についての説明文書を公開し、500件以上の苦情が届いていることを明らかにするとともに、「(トランプ大統領の)演説の編集方法が暴力的な行動への直接的な呼びかけという印象を与えた事実を認める。判断の誤りをBBCは謝罪したい」とわびた。

一方で、「BBCが対処していない」という批判は退けている。シャー理事長は「BBCに組織的な偏向はなかった」と強調するが、ダインネージ委員長は「この問題は特許更新の議論でも取り扱われなくてはならない」と発言。また、「演説が編集で印象操作された」と主張するトランプ大統領は10日にBBCに対して正式な謝罪と慰謝料を求め、訴訟も辞さないと圧力をかけている。

13日、BBCはオンラインで正式に謝罪し、問題となった番組を以後一切公開しないと番組の撤回を発表。同日、シャー理事長はトランプ氏に編集の過ちを謝罪する書簡を送り、「編集手法を深く遺憾に思う一方、名誉毀損訴訟の根拠があるという主張には強く異議を唱える」とし、慰謝料の支払いには応じない姿勢を明らかにした³ 。これに対してトランプ氏は、14日に「おそらく来週、10億㌦(約1,500億円)から50億㌦(約7,500億円)の訴訟を起こすだろう。彼らは私の発言を変えたのだから訴えるしかない」と、反発の姿勢を変えていない。

一方、国内ではメディア担当大臣のリサ・ナンディ文化相が、BBCは守るべき国家的組織だとしながらも11日、英議会で「BBCは最も高いレベルの水準を維持する責任を負っている」と述べ、BBCの編集方針が守られていない事例が続いていることを懸念。「基準を満たしていない部分については、断固として迅速かつ透明性のある措置が講じられるべきだ」と発言している。また、できるだけ速やかに後任の会長がみつかるよう支援する考えを明らかにした。そのうえで、BBCの28年以降の運営方針を決める特許状更新に向けた交渉を12月にも開始し、その過程でBBCが公平性や正確性を強く重んじる編集方針の徹底をどのように確保するかについても協議するとしている。

後任を選考するのはBBC理事会の指名・ガバナンス委員会⁴ となるが、デイビー会長は後任と交代するまで現職にとどまる。BBCでは過去にもスキャンダルで会長が引責辞任をした事例⁵ があり、その時は交代までに約5カ月かかっている。フィナンシャル・タイムズは後任候補としてチャンネル4のアレックス・マホン元CEO、大手制作会社All3Mediaのジェーン・タートンCEO、Apple TVの欧州クリエイティブ局長ジェイ・ハントなど、3人の女性の名を挙げたが、文化相は14日「報道経験が必要」との発言をしている。

BBCにとって次の特許状交渉では受信許可料(受信料)制度の見直しだけでなくBBCの編集方針や監督体制の見直しが避けられない状況となっている。「放送から配信への移行」など未来の公共放送サービスについての折衝も必至だ。まさにBBCの生存をかけた交渉を控えるだけに、リーダーとなる会長選びは容易ではなさそうだ。


¹  BBCはトランプ大統領の前半の発言「われわれは議事堂まで歩いて、勇敢な上院議員や下院議員らを応援する」の傍線部分と、54分後の演説「われわれは戦う。死に物狂いで戦うぞ」をつなげ、あたかもトランプ氏が「議会に行って戦うぞ」と襲撃を呼びかけたような編集をしていた。

²  2月に『PANORAMA』で放送されたガザ地区の子どもたちのドキュメンタリーが、ハマス幹部の息子をナレーターとして起用していたことを放送で明らかにしなかったことで、Ofcomは「重大な誤解を招く内容」で編集基準に対する「重大な違反」と認定し、BBCは謝罪した。6月にBBCが音楽フェスティバルの中継でラップグループ(ボブ・ヴィラン)が「イスラエル軍に死を!」と聴衆に呼びかけ、唱和した模様を放送・配信し大きな問題となった。BBCは中継をすぐにカットすべきだったとして放送は「危害・不快感に関するBBCの編集基準に違反する」として謝罪した。

³  書簡では「演説を短くするため編集をしたが、中傷するなどの悪意はなかった」「放送も(選挙権のない)英国で行われており、トランプ氏は再選を果たしているため損害は生じていない」などと説明した。

⁴  シャー理事長、デイビー会長、数人の非執行理事が委員を務めている。

⁵  2012年にエントウィッスルBBC会長(当時)は、未成年の少女らに性的虐待を繰り返していた人気司会者ジミー・サビルの起用責任をとって辞任している。BBC理事会はすでに指名候補になっていたトニー・ホール卿を説得し、辞任発表から12日後に同氏を後任として発表した。ただし、実際にホール卿が着任したのは5カ月後で、空白期間の臨時会長を務めたのがティム・デイビー氏だった。
  

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