英BBCは3月28日に発表した2024年度の事業計画で赤字額が4億9,200万㍀(約960億円)となる見通しを示した。BBCが視聴者から徴収している受信許可料(受信料)はこの4月から年間169.50㍀(約3万3,000円)に値上げされた¹ が、高インフレによる制作費等の物価上昇に追いつかず、赤字幅は前年度より4割の増となる(下表)。
BBCは制作コストがかさむパリオリンピックなどの大型スポーツ中継(ライブ配信)² が、例年より支出を増やしていると説明。また、重要な政治イベント(英総選挙や米大統領選挙など³ )の取材・報道コストも赤字を押し上げる材料となっている。3月に発表された民放最大手ITVとの合弁事業「BritBox International」の買収に伴う支出(2億5,500万㍀)も24年度の経費を膨らませたとみられる。
厳しいスタートとなったが、計画発表の2日前に講演⁴ したBBCのティム・デイビー会長は、赤字運営のプレッシャーを感じさせない強気の様子を見せた(冒頭写真)。同氏は「今年はBBCにとって重要な年になる。メジャーなスポーツや音楽イベント、エキサイティングな新ドラマ、世界中の選挙についてのニュースなど盛りだくさんだ」と述べ、BBCが「価値あるサービスを確実に視聴者に提供するために優先すべき重要な役割」として以下を掲げた。
① 特定の意図を持たず真実を追求する公正な報道
② 最高のレベルで英国の物語を伝える支援(英国のクリエイティブ産業に投資)
③ 見逃せないコンテンツを作り、人々をひとつに
①公正な報道は、「受信料を負担している国民の支持を得るには、放送の公平性を改善すべき」とした政府の指摘(報告書「中期レビュー」)を受けたもの。同時に、世界的に注目を集める選挙で公正な報道に力を注ぐことで、BBCのブランド力と信頼性をグローバルに高める狙いもある。その先駆けとして、今年4月から米国のFAST⁵ プラットフォームで、24時間生放送のニュースサービスの無料ストリーミングを開始しているが、今後はフェイクニュースの検証を海外向けにも展開し、ニュースサイトをグローバル向けに強化することなどが計画されている。
英国発のコンテンツ作りに投資する②は、BBCが21年に打ち出した「アクロス・ザ・UK」戦略を確実に実施する宣言と受け取れる。制作拠点を地方に広げ、地域色豊かなコンテンツを提供する戦略で、ラジオ制作も地方化を進め、本年度中にスコットランドや北アイルランドに新たな制作拠点を増やすとしている。
しかし実情は必ずしもバラ色ではない。受信料収入が実質的に減るなか、デジタル対応などの投資を確保する必要⁶ があるからだ。3月には24年度にドラマとエンターテインメントで100時間分のコンテンツを削減すると発表。これにより、同局発の「オリジナルドラマ」の放送時間は前年比13%減の350時間、ドラマ以外の娯楽やドキュメンタリーなども15%減の850時間となるという。地方を舞台にしたドラマの制作が事業計画で発表されているが、どこまで②が達成されるのかは明らかでない⁷ 。
見逃せないコンテンツを提供するという③は、パリオリンピックなどの生中継などが期待できる。ほかにも選挙や歌の欧州コンテスト(ユーロビジョン・ソングコンテスト)など放送だけでなく同時配信に力を入れるという。
さらに、デイビー会長は、米大手のSNSやSVODが多用するアルゴリズムは、嗜好や政治的信条などに合わせた「狭い範囲でのパーソナライゼーションをする」として、社会的な結束を脅かす可能性があるとの危機感を示している。BBCは共通の文化体験や人々が共有する喜びや感動の瞬間を伝えることで、社会の分断トレンドに対抗していく考えのようだ⁸ 。
こうした「付加価値」のあるサービスを提供しながら、前年度に続いてBBCをデジタル主導の放送局に進化させるとしており、同会長が22年に提唱した「デジタル・ファースト路線」は本年度も維持される。
BBC.com内のコンテンツを統合させ、視聴者に1つのトピックで動画、オーディオ、テキストを重層的に情報提供できるようアップグレードするほか、AIによる記事の自動翻訳などの利用も視野に入れながら、海外向けのオンラインサービスに広告を付けてマネタイズ化することを目指している。また、国内向けの配信アプリ「BBC iPlayer」は利用を増やすためのパーソナライゼーションを改善するとのことだ。BBCは、23年度に収入を記録的に伸ばした商業部門BBCスタジオのさらなる業績拡大に期待を寄せており、本年度はラジオ制作の一部をBBCスタジオに移し、ポッドキャストなどオーディオコンテンツの商業化に向けた準備をはじめる。
前述のように視聴者にとって受信料が値上げされた直後だけに、3つの重要な役割を十分に果たしているかを判断する国民の目は厳しいはずだ。BBCと国との「特許状」(Royal Charter)の更新に向けた交渉は来年に開始される。デイビー会長は「次年度は、黒字予算に戻るはず」と説明している。
¹ BBCは政府の意向で2年間の料金凍結を強いられていた。本年度から通常のインフレ調整が行われるはずだったが、不況を理由にインフレ率が低かった月を基準にインフレ調整が行われた。
² 2024年は6月に男子サッカーの欧州選手権が開催されるほか、BBCは24年からチャンピオンズリーグ(CL)のハイライト放送(配信)も行う。英国でCLの映像が無料放送で流れるのはおよそ10年ぶりとなる。
³ 年次計画によると、今年は約70カ国で選挙が行われる。5月にロンドンなど一部の地方自治体で市長選挙が行われたが、英国に影響する海外選挙ではロシアの大統領選(3月)、インドの総選挙(4~6月)、EU議会選挙(6月)、米大統領選(11月)がある。
⁴ ティム・デイビーBBC会長は、3月26日に英国王立テレビ協会(RTS)で、「未来に向けたBBC」というテーマで講演を行った。これに先立つ14日に同会長はBBC全スタッフにYouTubeでライブ配信される同講演を聞いてほしいとメールで呼びかけていた。
⁵ FAST(Free Ad-supported Streaming TV=広告付きストリーミング配信サービス)
⁶ デイビー会長は27年度終了までにさらに年間2億ポンドの節約をし、それをデジタル変革やよりインパクトのあるコンテンツ制作に再配分する予定だと語っている。
⁷ 「アクロス・ザ・UK」戦略は28年3月までの7年計画だが、実施が遅れているという指摘がある。4月に公表された下院の公会計委員会の報告書は「計画どおりに進んでいない」と評価し、ラジオ局のローカル制作の強化などの勧告をしている。他方、デイビー会長は3月の段階で「受信料は1万4,000社の英国のクリエイティブ企業を支援し、その経済効果の50%はロンドンの外にある」と実績を強調している。
⁸ デイビー会長は、BBCのオンラインサービスでイギリスの価値(民主主義や社会的寛容)に役立つユニークなアルゴリズムを作り、パーソナライゼーションを進めたいと発言している。また、異なる意見を議論する場の提供として、今春の地方市長選挙で、BBCは選挙が行われた地域の自治体で初めて討論会を開催し、放送・配信した。