オーストリア、公共放送の受信料撤廃を含む大幅な法改正 新たな財源として全世帯から負担金を徴収へ

稲木 せつ子
オーストリア、公共放送の受信料撤廃を含む大幅な法改正 新たな財源として全世帯から負担金を徴収へ

オーストリアで7月初旬にも公共放送ORF(オーストリア放送協会)の事業財源モデル(放送受信料制度)の廃止が確定する見通しとなった。2024年1月からは「国民が公共放送を支える」という概念のもと、ドイツに倣った「負担金徴収制度」に切り替わる。4月27日に政府が国会に提出した「ORF法」を含む関連法の改正案によると、2023年末日をもって現行の受信料制度が廃止される。来年からは全世帯一律に「ORF負担金」が課せられるが、各世帯の金銭的な負担は現行の月額18.59ユーロから15.30ユーロに軽減される。また、これまで同様に生活保護を受けている世帯の支払い義務は免除される。

ネット視聴の"受信料逃れ"は不公平

今回の法改正の背景には現行の「受信料」制度が時代遅れになったことがある。同国ではラジオやテレビなど放送を受信するデバイスの所有に紐づけられて受信料が徴収されていたため、インターネットを通じたオンラインサービスのみを利用する層への対応が遅れた。2015年、受信料の支払い義務をめぐる裁判で行政裁判所は「インターネットでの番組視聴は放送の受信にはあたらない」と判断し、支払い義務の対象ではなくなった。オンライン利用による実質的な「支払い逃れ」を容認するかたちとなり、以降、受信料の徴収総額が年々落ち込んだ。このためORFは憲法裁判所に提訴し、判断を仰いでいた。

憲法裁判所は昨22年7月、オンラインのみの利用者に支払い義務がないとする考え方は違憲と判断。「受信料制度は公共放送の民主的・文化的意義から、その独立性を守る側面がある」とし、「放送を通じて公共の議論に参加できるすべての人がORFの資金調達に加わるのであれば、オンラインのみの利用者が支払い逃れをすることは不公平」と下級審の判決を覆した。そのうえで、現行制度の問題点を指摘し、23年中に新たな法規制を定め、不公平を是正するよう国に命じていた。

政府は新制度の導入で、「独立した公共サービス放送局の持続可能な資金調達」を目指しており、このほかにもORFの市場競争力を保持するためとして、オンライン事業のサービス拡大を認めている。具体的には見逃し番組の提供期間制限(7日間)が撤廃され、オンラインのみ、またはオンライン・ファーストのニュースや娯楽コンテンツの制作・配信が可能になる。さらに、将来的にはデジタルプラットフォームにおいて青少年向けチャンネルを立ち上げることが認められている。

全世帯一律に「ORF負担金」を徴収

これらの「オンライン強化」は、海外大手プラットフォームを意識した政策だが、ORFのVODサービス(ORF TVthek)の利用度は、23年においてもYouTubeには劣るものの、Netflixよりわずかに上回る人気があり、すべての無料放送のVODを合わせたシェアよりも上回っている。同様に、ORFのニュースサイトは国内メディアのなかでトップのアクセス数を誇っている。このため、民放や紙媒体は「ORFのオンライン事業が拡大されることへの懸念」を表明していた。

政府は「国内メディア間の競争が不当に歪められることがないように」とORFへの規制も盛り込んでいる。例えば、ORFのニュース・スポーツサイト「ORF.at」は、改正後に動画と文字ニュースの件数の割合が7対3になるよう規定され、掲載記事の量が1週間で350件以下に限定される。また、国内9つの州ごとに展開されているローカルニュースのページでは、記事の掲載制限が1週間で、1州80件までとなる。現在、週420件の動画と約900件の記事が掲載されているので、法改正後は動画とテキストの割合が逆転し、テキスト記事の量が居住する州のローカルニュース(80件)を含めても、現行の半分以下に減ることになる。加えて、動画に付随するテキストは300文字以内に制限されるとのことだ。

収益面でも民業への配慮があり、ORFの広告出稿量がラジオとオンラインで制限される(ORFの財源は受信料のほかに広告収入が認められており、総収入の約2割を占める)ほか、オンライン広告で地域情報や個人情報を使ったターゲット広告は禁止されている。政府の試算では、ORFの広告収入はこれまでより2,500万ユーロ削減されるとのことだ。

新制度は受信機の有無にかかわらずすべての世帯から徴収するため、新たに52万5,000世帯が対象となると見込まれており、負担金が2026年まで月額15.30ユーロに固定されることから、ORFは向こう3年は年額7億1,000万ユーロの収入を確保することになる。公共放送を国民が皆で負担しながら維持するという概念で導入される今回の「負担金」制度は、ドイツの制度に倣ったもので、住民票情報をもとに各世帯への自動徴収が行われるとのこと。

新たな財源モデルとして「負担金」制度の導入を求めたのはORF側で、政府は各世帯に一律の支払いを求める代わりに、ORFに大幅なコスト削減(26年までに累積で約3億2,000万ユーロ)を求めた。また、ORF法の改正のなかで職員の一部の手当の打ち切りや退職金の減額を行っている。さらに事業運営での情報公開も行い、改正後は、年収17万ユーロを超える職員のORFでの給与と副収入を名前付きで公表しなければならない。他の職員も給与レベルを6段階に分け、レベルごとに職員数、性別、副収入情報を規制当局に報告する義務が生じる。

ORF側の負担も応分に盛り込まれた改正案となっているが、法案提出後の5月25日まで実施された意見募集では、5,100件以上のコメントが寄せられた。個人からの意見は、強制徴収への反対意見が多い。民間メディアや関連団体はORFへのコンテンツ・広告規制が不十分だと訴えた。負担金の自動徴収や免除において各世帯の住民票データや生活保護世帯の収入データが取り扱われるが、情報保護局からは個人情報保護の対応が不十分との指摘もあり、地元メディアが大きく取り上げている。

多方面から法案見直しの声が上がるなか、政府は6月14日に原案をほぼ未修正で最終法案として国会に提出。オーストリア新聞協会のメア会長は「民間メディア市場に深刻な影響を与える近視眼的な決定」と述べ、「マーケットリーダーであるORFの事業計画や資金調達の枠組みは拡大されたが、メディア市場の他の事業者らが置かれている状況は配慮されなかった」と苦言を呈し、メディアの多元性が損なわれることになると批判した。与党は議会の両院で過半数を確保しており、夏休み前の7月初旬にも両院で採択される見通しで、その後、EUの審査・承認を経て来年1月1日から施行されることになる。


【参考】1年前の2022年6月に筆者の稲木せつ子さんにご執筆いただいた「英仏の公共放送をとりまく環境の変化と影響 受信料撤廃と次世代のメディア戦略」2回シリーズはこちら

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