米FCC(連邦通信委員会)の5人目の委員がまったく決まらない。民主党側委員、共和党側委員ともに2名ずつのため、重要案件を審議できない膠着状態が約2年3カ月も続いている。バイデン大統領から指名を受けていたギジ・ソーン氏が3月に指名辞退を申し出たため、一連の承認手続きは振出しに戻ってしまった。これにより当分の間は、バイデン大統領が公約しているネット中立性規則の復活や、メディア複数所有規則の改定作業に入ることはできない。
これまでの経緯をおさらいしておくと、バイデン政権発足時点で、FCC委員5席のうち、パイ前委員長(共和党)が任期を残しながら慣例により辞任したため1名分が空席となっていた。また、2021年12月末でローゼンウォーセル委員(民主党)が任期切れとなるため、同委員を再任するか、民主党側から後任の委員を就任させる必要に迫られていた。通常、就任手続きには数ヵ月を要し、上院議員数は民主党と共和党で同数、ハリス副大統領の決裁票がなければ承認できない状況であったにもかかわらず、ギジ・ソーン氏の承認手続きと、ローゼンウォーセル委員の再任手続きが始まったのは、バイデン政権発足から9カ月後の2021年10月のことであった。ローゼンウォーセル委員は実績を評価され、共和党議員からも一定の支持があったため任期切れとなる前に再任されたが、ソーン氏は指名直後から関係各方面から反対の声があがるなど、当初から難航が予想されていた。
2回の公聴会を経て、2022年3月に上院商業・科学・交通委員会での評決まで漕ぎつけたが、賛成・反対ともに14票の同数で決着は着かず。上院本会議に賛成を勧告できないまま、11月の中間選挙が迫ってきても事態はまったく進展しなかった。労働組合や市民団体などから強力な後押しがあり、民主党の上院議席数が過半数となったにもかかわらず、すべての議員が賛成する確証が得られず、ついに12月末までに上院本会議で承認することができなかった。
年が明け、会期をまたいだため、FCC委員の承認手続きは振出しに戻り、バイデン大統領がソーン氏を指名し、2月14日に公聴会を開催した。指名、公聴会ともに3回目となる異例の事態である。しかし、3月7日、かねてから異を唱えていたジョー・マンチン上院議員が反対の考えを公表したことを受けて、ついにソーン氏は指名辞退を申し出ることになった。マンチン議員以外にもジャッキー・セーゼン議員、ジョン・テスター議員、マーク・ケリー議員、キャサリン・コルテス・マスト議員などは賛成しないと見られており、過半数の賛成を得る道が閉ざされたからである。民主党の足並みの乱れがソーン氏のFCC委員就任を阻んだと言える。
反対の理由は、過去のSNSへの投稿内容、地上波テレビ局の番組をネット配信するLocastの経営幹部に就任していたこと、著作権保護に関する考え方が問題視されたほか、共和党議員からは規制強化的思考が激しすぎると猛反発されていたことは事実だが、通信、ケーブル、IT関係等のロビイストから前例のない猛烈なネガティブキャンペーンが展開されたと言われており、真偽のほどは不明だが、ソーン氏は指名辞退の理由の中で同様のコメントを発表している。
冒頭に述べたとおり、5人目のFCC委員承認手続きは振り出しに戻ってしまい、バイデン大統領による候補者指名、公聴会の開催、上院商業・科学・交通委員会の審議、評決、上院本会議での評決の手順を一からやり直さなければならない。ソーン氏の指名辞退から約1カ月が経つが、次の候補者はまだ指名されていない。8月の休会前に決着できるのかどうかが大きなポイントであろう。休会明けまで指名されないと年内の承認が難しくなり、年が明けてしまうと再び一からやり直しになってしまう。民主党の足並みの乱れを考えれば、次の候補者を早急に指名すべきだろう。
FCCが抱えている重要案件の中で、民主党と共和党との間で意見が激しく対立するのは、ネット中立性規則とメディア複数所有規則である。ネット中立性規則とは、2015年2月にオバマ政権下のFCCが、インターネット上のトラフィックをすべて平等に扱わせるため、インターネットサービスプロバイダーに対して特定のコンテンツの閲覧を禁止したり、通信速度をコントロールすることを禁じたものである。
バイデン大統領は、共和党主導となったFCCが2017年12月に撤廃したネット中立性規則の復活を公約しているが、5人目のFCC委員が決まらなければ、議題にのせることさえできない。ソーン氏が指名辞退に追い込まれたのは、同氏が、オバマ政権でFCC委員長を務めたウィーラー委員長(当時)の側近で、ネット中立性規則の策定、成立の実務を取り仕切った経歴の持ち主だというのが最大の理由であろう。
一方のメディア複数所有規則は、数十年の間解決不能と言われてきた。1996年通信法により、FCCは4年ごとにメディア環境をレビューし、その結果を公表するとともにメディア複数所有規則の維持、改正または廃止を義務付けられているが、政権が変わるたびに改正案に対する訴訟が繰り返されてきた。共和党政権下のFCCが2017年に断行した大幅な規制緩和策は、控訴裁から2019年に無効判決が下り、それを不服としたFCCは最高裁での審理を願い出た。最高裁はFCCの主張を認め、2020年に控訴裁の無効判決を破棄した。
訴訟の間に到来した2018年レビューは中断したままで、無効判決後の検討は手付かず。2022年レビューも行われず、4年ごとの法定レビューは宙ぶらりんのままである。ローゼンウォーセル委員長は規制緩和策を打ち消す方向に舵を切ると思われるが、法定レビューを完了し、5人目の委員が承認されるまでは手を付けることができない。昨年2月に発表された、投資ファンドのスタンダード・ゼネラルによるテグナ(全米51市場に61局のローカル局を所有する放送会社)の大型買収に対して、FCCは1年以上経過した今年2月、行政手続法に則り行政法審判官による公聴会の開催を求めた。これが受理され、公聴会での審議が始まるため、資金調達のための融資契約期限には間に合わず、この大型買収は事実上つぶされるかっこうだ。