(①はこちらから)
放送法を改正し、IT企業を規制対象とすることで対応しようとしているのが、英、加両国だ。次に、両国の改正案をみていこう。
『放送白書』で包括的改革方針を示す
英政府は4月28日に発表した放送白書『Up next - the government's vision for the broadcasting sector』で、ストリーミングサービスを提供するプラットフォームをOfcom(情報通信庁)の規制対象とする方針を示した。
グローバル企業の参入や視聴者の動画視聴習慣の変化などで危機に立つ公共サービス放送(PSB:英国では公的サービスを提供する放送事業者という主旨で、主要民放を含む)を守り、「英国テレビの新たな黄金時代を築く」という強い意気込みで、包括的かつ大胆な制度変更を提言している。
以下、白書の提言のうち、プラットフォーム対応を主眼としたものについて簡単にまとめる。
・卓越性規則
PSBは、できるだけ多くの人が番組を見つけやすくするため、卓越性規則(prominence)が課されている。ニュースの不偏不党や番組ジャンルとその量、コンテンツ産業発展のため番組の一定割合を外注すること、などが義務づけられる一方、電子番組ガイドの目立つ位置に表示されたり、税制面での優遇措置などの特典も与えられる。
白書では、この卓越性規則を改正し、プラットフォームにも適用する方針を示した。Ofcomには情報収集や制裁に関する権利、プラットフォームとPSBの交渉に介入する権利も与えられる。また、番組のパフォーマンスに関する情報をPSBと共有することも提言している。
・デジタルプラットフォームをOfcomが規制
英国の放送番組コードは、これまでBBC iPlayerを除いてプラットフォームには適用されてこなかった。白書では視聴者保護のため、これをNetfilxやSkyグループが運営するNowなど大規模プラットフォームにも適用し、Ofcomの管轄下に置くことを提言している。Ofcomは、新たにデジタルプラットフォーム向けの番組コードを起草・施行し、テレビと同様の基準に従わせる。規制対象となるプラットフォームは、Ofcomの審査を経て、デジタル・文化・メディア・スポーツ相(文化相)が決定する。違反すると、最大25万ポンドまたは年間売上額の5%に当たる制裁金が課される。
・新たなPSBのあり方について
PSBが公共放送としての義務を果たす方法について、自由と柔軟性を与える。メインチャンネルに加え、今後はデジタルプラットフォームでの配信も含めて、PSBとしての義務を果たすことを認める。また、PSBに課されるクオーター制(外部独立制作番組に25%以上の放送枠を割り当てる)などのコンテンツ要件に「英国らしさ」という項目を加え、グローバル化により無国籍化しているコンテンツを英国の文化・生活に根付いたものに引き戻すことで、英国ブランドの再構築と発信力の強化を図る。
・スポーツイベントの放送権の拡大
国民的関心事である主要スポーツイベントは、文化相が指定するリスティングイベント制度によって国民に無料で生中継することが保証されているが、この制度にはデジタル著作権が含まれていない。主要イベントが有料メディアでしか視聴できないという事態を避けるため、同制度の範囲を拡大し、デジタル著作権を含める。
このほかにも、「Channel4の民営化」、「受信料制度撤廃を含むBBCの財源見直し」など、英国の放送業界を揺るがす提言がなされている。
Ofcomは7月15日、テレビ広告規制の緩和について意見募集を開始した。
現在の規制では、PSB以外のチャンネルは、1時間につき12分まで広告とテレビショッピングを入れられるが、PSB(ITVおよびSTVのChannel3、民営化が検討されているChannel4、パラマウント傘下のChannel5)は7分までと定められている。18時~23時については8分まで認められる。広告による中断は3分50秒以内で、21~44分の番組では1回しか認められていない。この広告の頻度と長さについて、視聴習慣の変化とストリーミングサービスの台頭に照らして再評価するというもの。視聴者の利益とPSBの持続可能性のバランスを取りつつ、プラットフォームとの競争力を維持できる方策を探るため、利害関係者からの意見を10月7日まで募集する。
ただ、ボリス・ジョンソン首相が7月7日に辞任を表明したことで、放送白書で示された政策がこのまま推進されるかは微妙だ。Channel 4の民営化については、政府が実施した世論調査で民営化への反対が96%に上ること、保守党の有権者2,000人を対象とした別の世論調査では、Channel4の民営化は政府が優先すべき項目の中で最下位だったことなどから、五分五分との見方もあった。21日になって、リシ・スナク前財務相は、ジョンソン政権の決定を覆さないと発言し、ソーシャルメディア愛用者や組合関係者の反発を招いている。BBCの受信料については、残る2候補はともに"撤廃派"とみられるが、リズ・トラス外相は最近、ロシアによるウクライナ侵攻に関してロシアが発信するフェイクニュースに対抗するため、BBCワールドに資金提供し、強化する必要があると主張しており、こちらもまだ着地点は見えていない。
カナダも放送制度改革へ
カナダでは6月21日、「オンラインストリーミング法案」が下院で可決された。インターネットを介した番組配信サービスを「別種の放送事業」と規定し、放送法の規制対象であることを明記する。これにより、オンラインストリーミング事業者も、放送事業者と同様に、カナダのアーティスト、クリエイティブ産業を支援し、カナダ文化の創造やコンテンツの可用性に貢献することが求められることとなる。
具体的には、カナダで事業展開するストリーミング事業者は、カナダの公用語である英仏両言語でのコンテンツの作成などが義務づけられる。また、カナダのアーティスト支援のための資金を拠出すること、カナダらしいコンテンツを視聴者が見つけやすくすることも求められる。
IT規制策でありながら、文化政策的色彩の濃い法案となっているが、①一般ユーザーの作成したコンテンツが明確には区分されず、「表現の自由」が脅かされる可能性がある、②「カナダらしいコンテンツ」の要件、評価方法への疑問、③プラットフォームが「カナダらしいコンテンツ」を見つけやすくするため強制的にアルゴリズムを調整すると、国外での当該コンテンツの優先順位が下がることになり、クリエイターにとって逆効果となる、④CRTC(カナダ・ラジオテレビ通信委員会)への権力集中――など、問題点が指摘されている。
政府は夏までの成立を目指すとしているが、先行きは厳しい。
昨年、提出されたC-10法案を修正し、ユーザー生成コンテンツを規制対象としない旨を明記したとされるC-11法案だが、依然として言論の自由への影響が懸念されている。「政府は国民がインターネットで視聴するものをコントロールできるようになる法案を(下院で)可決した」として、多くのYouTuberが出国を検討しているとの報道もある。独立系シンクタンクのモントリオール経済研究所は、CRTCの権限拡大が法案の目的だとして、「カナダ市民のコンテンツを規制する意図がないのであれば、法案を修正すべき」と主張している。
また、CUSMA(カナダ・米国・メキシコ協定、新NAFTA)との絡みで、米国から横槍が入っている。キャサリン・タイ米国通商代表が、以前から問題視していたデジタル課税に加えて、C-11 法案への懸念を伝えた。他の締結国のデジタル製品に対する差別的待遇を禁じた第19条4項に反し、報復関税を課される可能性もあるというのだ。
ここまでみてきたように、訴訟など解決に時間がかかる反トラスト法のような事後規制に代わって、事前規制に乗り出す国が増えているが、その方策は多種多様だ。OECDは、国ごとの規制の細分化は、グローバル企業による被害の救済などを困難にするとしている。また事前規制は効果的である反面、イノベーションを妨げる可能性が指摘されている。
これらに変わってEUなどが提唱するのが官民一体となって問題解決に取り組む「共同規制」だ。EUは6月16日、フェイクニュースなどの拡散を防ぐための行動規範を、これまでの事業者による自主規制から共同規制とすることを発表した。Google、Meta、TikTokなどのIT企業は、各国政府と国ごとに取り組みの内容などのデータを共有しなければならなくなる。同規範はDSA(各国で強まる巨大IT規制①参照)を通じて施行される。
日本では、この共同規制の手法を採用した「デジタルプラットフォーム取引透明化法」に基づき、「規制の大枠を法律で定めつつ、詳細を事業者の自主的取組に委ねる(経産省)」取り組みが始まっている。海外の規制動向とその成果に注目しつつ、日本の意欲的な取り組みにも期待したい。
主な参考資料(①・②を通じて)
・「凄み増すバイデン政権のIT規制政策~相矛盾する2法案はローカル局を救えるか~」『民放経営四季報』133号、2021年9月
・Digital Services: landmark rules adopted for a safer, open online environment(2022.7.5)
・BILL C-11(PARLIAMENT OF CANADA)
・Up next - the government's vision for the broadcasting sector
・Consultation outcome
Government response to the consultation on a potential change of ownership of Channel 4 Television Corporation(GOV.UK 2022.4.28)
・Boris Johnson's Departure: Media In Overdrive, TV Schedules Ripped Up & Questions Over Future Of BBC & Channel 4 -- Analysis(Deadline 2022.7.7)
・As Race To Replace Boris Johnson Moves Up A Gear, BBC & Channel4 Focus Turns To Rishi Sunak & Liz Truss's Record On Public
Broadcasring - Analysis(Deadline 2022.7.21)
・US government "expressed concern" about Bill C-11 to Liberal minister(The Paradise 2022.7.14)
・Big Tech makes concessions on EU's new anti-disinformation code
Facebook, Twitter and TikTok set to agree to provide country-by-country data on efforts to curb fake news(FT 2022.6.14)
・「Ex Ante Regulation and Competition in Digital Markets」(OECD 2021)
・Big Tech makes concessions on EU's new anti-disinformation code(FT 2022.6.14)