part1、part2とこれまで、英国の放送事業の基本的な構造とハード・ソフト分離を中心とした水平統合について見てきました。いわば基本的な供給構造について見たわけですが、今回は、需要面である市場の現状や視聴者のメディア利用について概観してみます。
1.基本統計:人口:約6,700万人、世帯数約2,850万世帯
2.総広告費:319億ポンド(約4兆7,850億円)、うちテレビ47億ポンド(約7,050億円)、オンライン235億ポンド(約3兆5,250億円)[2021年](WARC, IAB UK調べ)
英国では2009年頃と比較的早い時期にオンライン(インターネット)広告費がテレビ広告費を上回り、21年時点ではオンラインはテレビの5倍の規模に達しています。テレビ広告費(地上波+衛星+ケーブル)は16年から21年の5年間で51億ポンドから47億ポンドへと約8%減少しています。その間、総広告費は16年213億ポンド→2021年319億ポンドへと約50%も増えていますが、これはほぼ全てオンライン広告費の増加(5年間で約2.3倍に)によるものです。
3.民放と動画配信サービスの売上
*Ofcom "Media Nations : UK 2022"より
これにBBCの受信許可料収入は含まれていません。一番下のPlatform operatorsは有料放送事業者の売上です(Sky、Virgin MediaとIPTVを行っているBT)。その上のDigital multichannelsはUKTVやDiscoveryなどPSB(公共サービス放送=Public Service Broadcasting)以外の放送事業者とPSB事業者の非PSBチャンネル売上の合計、Online video advertisingはYouTubeなどの広告型動画配信サービスの収入です。なおCommercial PSB channelsは、ITV/STV、Channel4、Channel5のメインチャンネルだけの売上です。
21年の民放と動画配信サービス売上の総合計は166億ポンド(約2兆5,000億円)、この中で16ー21年の5年間で増加しているのはSVOD(26.5%増)とオンライン動画広告(38.5%増)だけで、それ以外は(名目の)金額ベースではほとんど変化がないことがわかります。広告放送収入は計48億ポンド(約7,200億円)で、総合計に占めるシェアは約30%と3分の1に満たない規模ですね。
4.テレビの受信形態
*Ofcom "Media Nations : UK 2022"より
デジタル地上テレビだけを視聴(直接受信)し、どのSVODにも加入していない世帯は、2022年で440万世帯と17年からの5年間で310万世帯減少しました。同様に衛星放送ないしケーブルの有料放送だけ(どちらも地上波再送信あり)でどのSVODにも加入していない世帯は、22年で280万世帯と17年からの5年間で実に630万世帯も減少しました。一方で、地上波(直接受信)だけないしは有料放送に契約したうえで、何らかのSVODに加入している世帯は22年で1,950万世帯と5年間で1,000万世帯以上増加しました。ちなみに英国におけるSVODの世帯加入率は67%(22年第2四半期時点、いずれかのサービスに加入している世帯)と有料放送の世帯加入率44%(同)を大きく上回っています。有料放送の加入率は16年には54%でしたから、この5年間で10%減ったことになります。いわゆるコードカッティングです。
5.テレビ視聴時間(1日あたり分数、年平均)
*Ofcom "Media Nations : UK 2022"より
テレビ受像機でのテレビ放送視聴時間(4週間以内のキャッチアップ視聴を含むテレビ放送の視聴時間、個人、1日当たり:BARB調べ)は全体で減少傾向にありますが、65歳以上はほぼ横ばい、55-64歳は微減傾向に対し、44歳以下は減少幅が大きく、特に16-24歳と子供(4-15歳)は2001-21年の20年間で約3分の1にまで減少しています。高齢層の視聴時間は変化せず、若年層になるほど視聴時間が大きく減少しているのは日本と全く同じ傾向ですね。
6.テレビ・動画視聴の内訳(1日あたりの動画視聴分数の内訳、全デバイス)
*Ofcom "Media Nations : UK 2022"より
2017年にテレビ・動画視聴の73%を占めていたライブ視聴は21年には59%に低下しています。その間、最も大きく伸びたのがSVOD、続いてYouTubeです。これを16-34歳について見ると、ライブ視聴のシェアは21年で30%と全体の半分しかありませんが、SVODは全体の約1.4倍、YouTubeは同じく約1.7倍です。この年齢層ではSVODとYouTubeを合わせればライブ視聴の3倍近くあることがわかります。若年層を中心にYouTubeなどにライブ視聴時間を奪われているのはこれまた日本と同じですね。
トピックス:放送・動画サービスが
オールインワンのテレビ Sky Glass
ここで、英国のテレビサービスの分野での最近の話題のひとつをご紹介しておきます。衛星放送Skyは2021年10月、オリジナルのスマートTVである"Sky Glass"を発売しました。これはSkyが提供する全てのサービス(地上波・衛星チャンネルのライブ配信とVOD)へのアクセス機能を内蔵し、iPlayerやITV Hub(ITVX)、ALL4といったBVOD(Broadcaster VOD)とNetflixやAmazon Primeなどの主要なSVODもプリセットされている4K対応コネクテッドTVです。クラウド録画機能(一部のチャンネル、プラットフォーム限定)とコンテンツのプラットフォームを問わないプレイリスト作成機能も有しています。Skyが提供するベーシックサービスとNetflixの加入料が最初の3カ月間無料になるプラン(4カ月目からは別途月26ポンドの加入料が必要、SkyのプレミアムチャンネルとNetflix以外のSVOD加入料は別、無利子48回払い)で、テレビのサイズに応じて14-24ポンドの月額でテレビを購入できるサービスです(24回払い、一括払い699ポンドのプランもあり)。衛星や地上波のアンテナ、ケーブルテレビ接続がなくても、Wi-Fiに接続されたSky Glassだけで英国で利用可能なほぼすべてのテレビ・動画サービスを利用できます。
要するに、いろいろくっ付けた日本の携帯電話のプランみたいな売り方ですね。テレビ受像機と有料放送、SVOD/BVODをパッケージにしたような商品・サービスです。技術的な新規性はありませんが、ビジネスモデルはユニークです。英国における有料衛星放送の独占事業者であるSkyが、使用するインフラを衛星からブロードバンドにシフトしようとしていることを明確に示す事業だと思います。まだソフトウェアにバグが多く、画質にも問題があるとのレビューは多々ありますが、今後の進展に注目です。
<Sky Glassのオンライン購入画面>
*Skyのウェブサイトより
今回はここまでです。次回part4では、日本でも何かと引き合いに出されることがある、英国の放送事業者によるネット配信サービス"BVOD"に焦点を当ててお話しします。