「MIP LONDON 2025」初めての開催③ テレビ局の"スタジオ化"が生み出す可能性

稲木せつ子
「MIP LONDON 2025」初めての開催③ テレビ局の"スタジオ化"が生み出す可能性

少し間をいただいたが、今年初めてロンドンで開催された国際的な番組・コンテンツイベント「MIP LONDON」の現地リポート3回目(最終回)をお届けする。2,800人近い参加者を集めるなど主催者の期待を超える成果を上げた同イベント。展示よりもネットワーキングが中心とされたが、コンテンツのジャンルをドキュメンタリーやバラエティ番組、ドラマなどに特定して主催者がマッチングする"お見合い形式"のミーティングが開かれるなど、新たな出合いの機会が作られていたようだ(冒頭写真=ⓒGetty Images)。

これまでに、主要放送局がそろって参加した日本が大いに注目された模様(第1回)や、気になる韓国勢の動きを報告しながら、日本のコンテンツ支援のありかたについても現地で生の声を取材した(第2回)。最終回では、番組販売のノウハウの蓄積が成果を生み出している日本の放送局の動きに触れながら、あらためて全体を総括してみたい。

"制作スタジオ"として
日本のセッションに登壇したThe Seven

これまでのMIPCOMやMIPTVで日本が国単位で開催するセッションに登壇していたのはもっぱらテレビ局だったが、MIP LONDONでは、日本のクリエイティブと海外とのパートナーシップをテーマにしたセッションにTBSホールディングスの制作会社The Seven¹ が登壇した。ビジネス開発担当のディレクターを務める西橋文規氏によると、設立当時からNetflixなどのグローバル配信向けにコンテンツ制作を進めてきたが、国際共同制作の機会も増えているという。同氏は2024年、米国や韓国の著名プロデューサーと結んだドラマの制作提携² などを引き合いに、海外とのドラマ共同制作の輪が広がっていることをアピールした(写真㊦)。現在は3社以上と国際共同開発中ということだ。

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<米韓の著名プロデューサーとの提携を説明する西橋氏(左端)=筆者撮影>

「以前は世界進出におけるハードルが高かったが、近年は日本のオリジナルコンテンツを世界に届けられるようになった」と語る西橋氏は、その背景として世界的な配信や国際パートナーシップのほかに、制作技術の進歩を挙げていた。確かに日本のマンガ(コミックス)やアニメは世界中で評価されている。このマンガの世界をVFXなどの最新映像技術を使って実写化したのが『今際の国のアリス』や『幽☆遊☆白書』(いずれもNetflixで世界配信)だったことを考えると納得がいくし、その将来性も感じる。

大手と組んでグローバル配信しているThe Sevenが見本市に足を運ぶ理由を聞いてみると、「オリジナルコンテンツを名刺代わりに配信で世界に届けるのは、企業戦略の第1段階。これを維持していくが、戦略は第2段階に入っている」³ と興味深い答えが返ってきた。西橋氏によれば、スタジオ機能を持つ独立制作会社として、大手配信事業者の資金に頼らず、セルフファンディングでハイエンドなコンテンツを作り、海外に売り込んでいくのが第2段階で、その流れのなかで国際協力の機会を探っている」ということだ。「見本市ではクリエイティブなパートナー探しが一つと、もう一つはそのファイナンシングのパートナー、これが重なる場合もあるが、二つの意味でいろいろな話をしている」と話してくれた。

海外との共同投資でコンテンツを制作するのは欧米の常套手段となりつつあるが、日本ではまだ事例がない。このリポートの第2回目で韓国勢のセッションで海外からの投資を呼びかけるプレゼンが目立ったことを報告したが、日本にもそうしたトレンドを積極的に取り入れる会社が生まれつつあることを頼もしく感じた。

ノンスクリプトで注目をあびる日本テレビ

日本の放送局でMIP LONDON期間中に最も露出が多かったのは日本テレビ放送網(以下、日本テレビ)だった。同社がコロナ禍前に放送した単発番組『Mr.ボディーガード』の海外向けフォーマット『Red Carpet Survival』のイタリア版(4回シリーズ)がAmazon Prime Videoで配信されたことが複数のセッションで言及されたほか、グローバル制作会社のフリーマントルと共同開発した新作フォーマット『ANTS』(日本では『ANTS~ぜんぶ運べば一攫千金~』のタイトルで24年11月に単発で放送)が、フレッシュフォーマットとして取り上げられ、そのユニークな演出が話題を呼んだ。

日本テレビは昨春からMIP LONDONへの参加を前向きに位置づけ、相当数の人員を投入する計画を立てていたという。取引先との信頼関係があるため、見本市の場所やフォーマットが変わっても必ずミーティングのアポを取ることができるので不安はあまりなかったそうで、商談数もMIPTV並みの数を確保できたという。海外取引実績が多い日本テレビらしい発言だが、コンテンツビジネス部次長の高島陽子氏は、MIP LONDONで重視したのは「人間関係や取引案件を含めた日々の取引のフォローアップ」ということで、カンヌで開催されていたMIPTVやMIPCOMと比べ移動も多いが「会合の時間が割と長く取れて、ゆとりがある」と、変化を前向きに捉えているようだった。

同時並行で欧米の大手制作会社やスタジオによる独自の発表イベント(The London TV Screenings=LTS)が開催されていることも、バイヤーらと接触するための好機となった。メールではクリアできなかった交渉ポイントが、対面の説明ですんなりまとまったとのことで、ビジネス関係が深まるほど、実は直接会うことが大切になるようだ。その一方で、ロンドンでの取引のフォーカスをノンスクリプト(クイズやゲームショーなど台本のないバラエティ系の番組フォーマット)にあて、ドラマの販売部隊数名はロンドン入りしなかった。ノンスクリプトコンテンツやフォーマット取引が春の見本市(MIPTV)の柱となっていた業界のビジネスサイクルは、ロンドンでも引き継がれているようで、日本テレビのこのあたりの使い分けはなかなか興味深い⁴ 。

同様に、MIP LONDONでテレビ朝日と朝日放送テレビが国際共同開発したバラエティ番組(テレビ朝日『Song vs Dance』〔1回目で紹介〕、朝日放送テレビ『Miracle100』〔2回目で紹介〕)を披露したが、日本テレビは新作の発表をLTSのなかで行っている。正確には共同開発した制作大手フリーマントルの幹部が、同社の発表会で新作3フォーマットの一つとして紹介したのである(写真㊦)。

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<LTSでのフリーマントルの発表会で『ANTS』を紹介する
グローバル・エンターテインメント・ディレクターの
アンドリュー・リナレス氏(写真提供=日本テレビ)>

フリーマントルは同作品のグローバル販売権⁵ を持っている。得意先のバイヤーを招待するLTSでお披露目してもらうのは、日本テレビにとっても理想的な展開だ。同社のヴァーシャ・ウォレス上級副社長は「視覚的なギャグが満載で、プロモーション効果の高い瞬間があり、編成面での柔軟性⁶ もある。この作品は新しいトレンドを生む先駆者になれると信じている」と強調。さらに、「今回のプレゼンテーションが大きな話題となり、現在、主要バイヤーと商談中」と続けた。

放送局の"スタジオ化"では、TBSグループが先鞭をつけたが、実は日本テレビもノンスクリプト分野を視野に入れたスタジオ設立構想を温めており、今年前半はそれに向けて水面下での交渉に力を入れていた。6月にGYOKURO STUDIOの設立とLAオフィスの開設、カナダの大手制作会社Blue Ant Studios⁷ との提携を立て続けに発表している。実は『ANTS』の共同開発を担当したのもフリーマントル・アメリカのプロデューサーだった。海外戦略の多くは、点と点をつなぐ作業となるが、今回、日本テレビは北米進出に向けた土壌づくりに成功したと言えそうだ。LAオフィスは『ANTS』の販売にも関わるということで、今後の展開が注目される。

クリエイティブ業界の再編成が
海外進出を助けた韓国

これで在京テレビ2社が独立スタジオを設立したことになるが、日本全体の海外進出において今後影響が出るのだろうか? 韓国のコンテンツ産業の変化と比べながら考えてみたい。韓国で長年コンテンツ産業に関わってきたサニー・リー氏(第2回参照)は、クリエイティブ産業のなかで、放送局と制作会社の力関係が逆転した経緯について、「放送局が弱体化したからだ」と説明する。

かつて韓国の放送局は、日本のように放送したコンテンツの著作権を独占する資金力があった。だが、日本よりも先にネット社会が実現した韓国では、放送事業の収益率が下がり、放送局は一部の権利(フォーマット権や海外ライセンス権など)を解放せざるを得なくなったという。その一方で、制作会社のなかにはテレビ局からの発注だけに頼らずに、独力で生き残れる力をつけていくところも出てきたそうだ。

KOCCA(韓国コンテンツ振興院)も制作会社に対して人材育成やプロジェクト支援などを強化し、韓国のクリエイティブ産業の構造を多層化させることに役立ったようだ。「韓国のコンテンツ市場はとても小さく競争も激しいので、国外で販売しなければならない。そのために大変な苦労をしている」という発言は、同国の大手民放SBSグループの制作会社SBS Medianetの幹部であるクウォン・ホジン氏からも2年前に聞いていた。

オランダやイスラエルなど国内の市場規模が小さい国が海外向けコンテンツ販売で成功する事例はこれまでもあり、韓国もその一つと考えることもできる。リー氏は、日本の放送局は、まだ余裕があるのではないかと語る。だが、今後はどうだろうか? 日本には多くのローカル局があり、韓国とはやや事情が異なるが、日本のコンテンツ産業の成長(再編成)を考えるうえで、ローカルにあるクリエイティブな力をどう支援しながら産業を多層化していくかが早急に検討されるべき課題だと感じた。

総括 : MIP LONDONが吹き込んだ新風

所変われば品変わる――MIP LONDONでは英国の放送局事情がわかるセッションが人気を呼んだ。特に定員を大幅にオーバーしたのはチャンネル4とYouTubeのセッションで、これまで誰もが避けてきた放送局とYouTubeとのマネタイズについて踏み込んだ。

チャンネル4のデジタル戦略に深く関わってきたマット・ライリー氏⁸ は「2024年末には、フルエピソード(長編コンテンツ)の再生回数が前年比で170%増え、収益は約80%増加した」ことを明らかにした。コネクテッドTV(CTV)の普及により、テレビでのYouTube視聴が増えたことが、新たなビジネスチャンスを生んでおり、ライリー氏は一つのコンテンツを時間差をつけて異なる販売チャンネルや配信プラットフォームに公開していく"ウィンドウイング戦略"をミックスできると話し、最も視聴が増えたドキュメンタリー作品のなかから⁹ 、ビットコインの生みの親が誰かを探るドキュメント作品『Seeking Satoshi : The Mystery Bitcoin Creator』(5話)を例に挙げた。同作品は長編ドキュメンタリー(1時間枠2話)としてチャンネル4のリニアと配信の両方で流されたが、放送開始の1週間前に、全編を25分前後のドキュキャスト¹⁰ にリフォーマットしてYouTubeでデビューさせた。

ライリー氏は「放送ではあまりうまくいっていないコンテンツをチャンネル4のYouTube公式チャンネルにアップすると、英国限定のジオブロック(地域制限)がかかっていても、とんでもない再生数になることがある」と述べ、コンテンツをどうパッケージすれば視聴を最適化できるかを試行錯誤しているところだ」と説明した。多くが注目したのは、YouTube上で獲得した視聴者が「まったく新しい視聴者」だった点だ。同氏は、コンテンツを先出ししても、リニアや局の配信での視聴トレンドやパフォーマンスに影響はなく、「追加的な視聴の獲得」となったことが「同局のデータ分析により証明された」と語っていた。

「YouTube上の追加的な視聴者を育てられれば、とても面白い展開になる」とするライリー氏の前のめりな発言の背景に、YouTube UKのパートナー戦略の変化がある。英国戦略パートナーを担当するニール・プライス氏は「チャンネル4のように、営業やデジタル広告で自社能力を持つパートナーにはYouTubeで直接、自社の広告在庫を販売する権限を与えることができる」と述べた。CTVの普及もありYouTubeで消費される動画の尺が長くなっており、良質なコンテンツを抱える放送局の価値が見直されているようだ。ライリー氏も「営業は放送、配信(BVOD)とYouTubeをバンドル化して販売している」ことを明らかにした¹¹ 。ウィン・ウィンの関係を構築できるのか、今後の展開を注視したい。

放送局の営業がYouTubeでの広告を売る時代の到来――。英国に限った事例ながらも、筆者は、放送局の将来に直結しそうな地殻変動の最初の「揺れ」を感じることができ、新天地でのMIP LONDONを直接取材した手応えを感じた。

一方、初のイベントながら、しっかりした体制で臨んだ日本勢はどうだろうか。1年の上半期のドラマ販売を、今後どう展開するかで課題が残っているものの、日本のコンテンツを国際的に披露する場として十分活用できるイベントだったように思う。欧米の大手メディアが独自に新作発表するLTSとの兼ね合いも、まずまずだ。

フリーマントルのウォレス上級副社長(前出)は、MIPCOMやMIP LONDONの諮問委員会の委員を務めているが、「LTSはとても活気のある取引のハブとなっているが、MIP LONDONはさらなる活気をもたらした」と前向きに評価している。お祭りは大勢で盛り上がるのがいい。ビジネスカレンダーのなかでも重要な場となっている2月末のロンドンが、来年以降もさらに盛り上がることは、さまざまな関係者にとって朗報となるだろう。


¹  世界市場を視野に入れたハイエンドな映像コンテンツの企画・開発・プロデュースを行う目的でTBSホールディングスが2022年に設立した制作会社。国内最大規模のVFXスタジオを抱え、ドラマを中心にコンテンツを制作しながら、映画やゲームを含めた新分野でのIP創造にも取り組んでいる。

²  米映画『フェイス/オフ』などの制作で知られるデヴィッド・パーマット氏や、Netflixで大反響を得た韓国ドラマ『今、私たちの学校は...』のイ・ジェギュ監督と共同制作提携を結んだ。

³  2025年4月に第2段階のプロジェクト第1弾として、The Sevenは『愚か者の身分』の制作発表を行った。企画・制作から配給までを同社が一貫して手がける初めての劇場映画(10月公開予定)で、海外展開も目指している。

⁴  3月に仏パリ近郊で開催された連続ドラマに特化したイベント「Series Mania」に日本テレビはドラマ販売チームが出展。韓国勢もパビリオン展示し、韓国ドラマセッションを開催していた。

⁵  日本テレビは販売実績がある一部のアジアの販売権のみ獲得。他地域の商談にも共同開発者として同席することがあるが、交渉は任せている。

⁶  配信やマルチプラットフォーム戦略に適しているという意味合い。ウォレス氏は「視聴者は延々と番組の展開(物語)を追い続ける必要はなく、立ち寄って数分ごとに大笑いを楽しめる」とアピールしていた。

⁷  ドキュメンタリーやノンスクリプト制作ではカナダ最大の規模を持つ。日本テレビとの付き合いは『はじめてのおつかい(Old Enough!)』のフォーマット販売から。今後は北米市場向けにバラエティ系のコンテンツの共同開発・制作を目指すという。

⁸ ライリー氏はSNSプラットフォーム向けのショートコンテンツを制作するスタジオ4.0のトップも兼任しており、2024年は同局が抱える30チャンネル全体の再生回数も3割上げた。

⁹  ライセンスの関係もあり、YouTubeのチャンネル4のドキュメンタリー(フルエピソード)には英国限定のジオブロックがかかっている。国内限定としたこともあり、英国からの視聴増加があったと話していた。

¹⁰  音声中心のポッドキャストに対して動画が中心となるドキュメンタリー系のシリーズ配信が「ドキュキャスト」。

¹¹  ライリー氏は「コンテンツはいろいろな方法で収益化されている。YouTubeが販売するものもあれば、私たちが販売するものもある」とし、全広告枠をバンドル化してはいない。

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