【アメリカにおけるテレビ最新事情(後編)】放送局によるテレビ広告取引の新たな挑戦

小木 真
【アメリカにおけるテレビ最新事情(後編)】放送局によるテレビ広告取引の新たな挑戦

前編では放送局のテレビ広告取引の中心となるアップフロントの現状を中心にアメリカにおけるテレビ事情を紐解いた。アメリカの放送局は、急速に進化するメディア環境に対応するため、テレビ広告取引において新たなチャレンジに取り組む。視聴者の行動が大きく変化し、技術革新が進む中で、従来のビジネスモデルでは、もはや十分に対応できなくなっている現状を踏まえ、放送局は新しい戦略を模索し、テレビ広告取引の効率化と効果の向上を目指している。後編では、アメリカの放送局がどのようにテレビ広告取引に取り組んでいるのか、新たなチャレンジについて詳述する。まずは、NBCUniversalとWalt Disney(以下、ディズニー)の取り組みをご紹介したい。

NBCUniversal「One Platform」

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出所:NBCUniversal「One Platform」

NBCUniversalが提供する統合的な広告テクノロジープラットフォーム「One Platform」は、広告主に対してクロスプラットフォーム広告の管理と最適化を提供することを目的としている。自身が所有する地上波テレビ、ストリーミング、デジタルメディアを統合して扱い、広告キャンペーンを効果的に管理するためのツールを提供しており、主にNBCUniversalのメディア資産(テレビネットワーク、映画会社、ストリーミングサービス「Peacock」など)を最大限に活用し、広告のターゲティングを可能にしている。

主な特長は以下が挙げられる。

  • クロスプラットフォーム管理:NBCUniversalが所有するさまざまなメディア資産を横断的に管理し、広告主は一つのインターフェースで広告キャンペーンを統一的に管理できる。地上波テレビ(放送、ケーブル)、ストリーミング(Peacockなど)、およびデジタルメディアに対する広告配信を効率化する。
  • ターゲティング広告: NBCUniversalが所有するメディア、ストリーミングサービスを含む自社ファーストパーティデータとNielsenの視聴率データを含む複数のサードパーティデータを有している。膨大な視聴者のデモグラフィックデータや行動データ、さらには購買履歴に基づいたターゲティングを行うことが可能。広告主はより精緻で効果的な広告配信ができ、広告費のROI(投資対効果)の最大化をはかることができる。
  • パフォーマンス測定と最適化:リアルタイムで広告キャンペーンの効果を測定する機能を備えており、広告主は広告のインプレッション、クリック率、視聴時間などのデータを活用してキャンペーンを最適化できる。広告主はより具体的な結果に基づいた意思決定を行うことができる。
  • シンプルな取引管理: 地上波テレビとデジタルメディアを統合し、広告主にとって複雑な広告取引をシンプルにし、広告の買い付けや配信を一元化する。直接購入も可能であり、手間のかかる複数の取引先との交渉や調整を軽減できる。

2024年のパリオリンピック/パラリンピックでは、本サービスでプライベートマーケットプレイスを公開し、代理店や広告主が直接買い付けを行い、予測が難しいアップダウンするOTT視聴在庫に対する効率的な売買を試みている。こういった地上波テレビとデジタルを組み合わせた取引はまだこれからの段階ではあるが、将来に向けた取り組みとして注目されている。また、「One Platform」を通じて、広範な広告主へのアプローチも可能であり、他のデジタルサービスとの競争も見据えた対応と言える。

Walt Disney「Disney Advertising Sales」

112426.png出所:Walt Disney「Disney Advertising Sales」

「Disney Advertising Sales」は、ディズニーが提供する広告セールスの総合プラットフォームで、ディズニーの多様なメディア資産(テレビ、映画、ストリーミングサービス、テーマパーク、デジタルメディアなど)を通じて広告主に広告枠を提供するサービスである。ディズニーの広告セールス部門は、ブランドのストーリーテリングを活かした広告キャンペーンを支援し、広告主が多様な視聴者層にリーチすることをサポートしている。

主な特長は以下が挙げられる。

  • 多様なメディア資産の活用:ディズニーが所有する多くのメディアプラットフォームを統合的に活用する。これには、ABC、ESPN、Disney Channelなどのテレビネットワーク、Disney+、Hulu、ESPN+などのストリーミングサービス、さらにテーマパークや映画館などが含まれ、広告主はこれらのプラットフォームを横断的に活用することができる。
  • ターゲティング広告:ディズニーの広範な視聴者データを活用し、より精緻なターゲティングを実現する。ディズニーが所有する視聴者データ(デモグラフィックデータ、視聴履歴、行動データなど)を基に、広告主はターゲットオーディエンスに向けた広告を展開することができる。
  • クリエイティブな広告ソリューション:広告主に対して単なる広告枠提供にとどまらず、ブランドに合わせたクリエイティブな広告キャンペーンの制作も支援する。ディズニーの映画やキャラクター、ストーリーを活用することで、視覚的に魅力的で感情的なつながりを生む広告を提供している。
  • テレビ広告デジタル広告の融合:テレビ広告(ABC、ESPN)とデジタル広告(Disney+、Huluなど)を融合させ、広告主に対して包括的な広告ソリューションを提供する。

ディズニーは、競合放送局と同様に、クロスプラットフォームでの広告取引の効率化とターゲティング精度の向上を目指している。特に、ディズニーが独自で所有するAudience Graph(オーディエンス・グラフ)と呼ばれる、消費者の行動、興味、視聴履歴、デモグラフィックデータを保有するデータベース、そしてテクノロジーを活用することにより、よりパーソナライズされた広告キャンペーンが可能となり、広告主に対する付加価値を高めているという。

視聴データの活用

これまでは従来の視聴率データが重要な指標として使われてきたが、最近では視聴者の行動履歴やターゲティングデータの利用が一層進んでいる。特に、ストリーミングサービスやプログラマティック広告の普及により、広告主は特定の視聴者層に対してピンポイントで広告を届けることが可能となっている。このためテレビ広告取引でも、視聴者の年齢層、性別、興味関心など、より詳細なデータが提供され、広告主はそのデータに基づいたキャンペーン設計を行うことができる。アメリカではクレジットカード情報との直接の連携など、ファーストパーティデータを活用しやすい環境にある。OpenAPという放送局が連合して作ったターゲティングプラットフォームでも、先ほどのNBCUniversalやディズニーによる各社独自プラットフォームでも、行動データを組み合わせたターゲティング広告サービスに取り組んでいる。

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<視聴データを提供する主な会社>

なお、取引指標データについてはこれまで同様Nielsenがメインではあるが、Paramountとの契約が難航しているといった話も聞かれている。VideoAmpやiSpot.tvなど新興調査会社のデータもマーケティングデータとして活用されてきており、取引指標が複数化しているマルチカレンシー状態になっているが、複数データ活用はコストがかかり、データ傾向の違いもあって正解が分からなくなることもあり、今後のデータ活用の動向については不透明な部分が多い。

アメリカの放送局は、急速に進化するメディア環境において、テレビ広告取引で新たなチャレンジに取り組んでいる。ストリーミングと放送の統合に向けた動き、プログラマティック広告の導入、ターゲティング広告の強化、さまざまな視聴データの活用など、放送局は視聴者の行動に基づいたより効率的な広告戦略を提供しようとしている。これらの取り組みは、従来の広告市場の枠組みを超え、テレビ広告の新たな可能性を開き、広告主にとっても視聴者にとってもより価値のある広告体験となるものだ。今後も、デジタル化やストリーミングプラットフォームとの競争が激化する中でますますテレビ広告取引の新たな提供方法が進み、さらに広告モデルも多様化していくことが予想される。アメリカのテレビ広告取引の進化をわれわれも注視していきたい。

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