【NYCの家電量販店に行ってみた】 意外な実態、なるほどの売れ筋 テレビの購入相談は後日Zoomで!?

佐々木 香奈
【NYCの家電量販店に行ってみた】 意外な実態、なるほどの売れ筋 テレビの購入相談は後日Zoomで!?

新型コロナウイルスのパンデミック以降、人々は食品のような日用品から耐久消費財の大型家電に至るまで、何でもかんでもオンライン購入するようになった。それは米国も日本も同じはず。日本では百貨店が勢いを失い、専門店の集積であるショッピングセンターや郊外型のモール、それに併設される大型の量販店が賑わっていると聞く。では、とりわけ国土の広大な米国で家電量販店というのは今も元気なのか、店というよりショールーム化しているのではないのか――そんなことを思いながら、ニューヨーク市内の家電量販店を訪ねてみることにした。ニューヨーク市をもって全米の家電市場は語れないかもしれないが、それでもその一端を垣間見ることはできるだろう。


ニューヨーク市の家電量販店チェーンには、「ベストバイ」「PCリチャード&サン」「ターゲット」などがある。家電を含む量販店最大手の「ウォルマート」はニューヨーク市にはない。ビル・デブラシオ前市長の時代、ウォルマートの経営方針(特に労働組合問題)を市側が激しく批判し、実質的にウォルマートを市から締め出したからだ。市内在住で車を持たない筆者がぶらりと行ける範囲にある「ターゲット」は全て小型の支店で、家電売り場はない。そこで、今回は「ベストバイ」のマンハッタン店と「PCリチャード&サン」のクイーンズ店に絞って訪ねてみることにした(冒頭写真/写真はすべて筆者撮影)。

店頭付近はどの店も最新IT商品

マンハッタンの23丁目チェルシーにある「ベストバイ」。入り口を入ると、目の前に地下メイン売り場に降りるエスカレーターがある(写真㊦)。が、「降りる前に寄ってらっしゃいな」と誘うように、その横にある売り場はさながらミニApple Storeだった。Apple商品が多いが、このほかにもGoogleやAmazonの配信デバイスやスマホ、タブレット、ラップトップPC、Echoなどのスマートスピーカーといった、とにかく最新のIT機器が入り口を入ってすぐに位置している。日当たりも良く、ストリートからも見え、スペースは狭いがいかにも「イマドキのイチオシ」という扱いだ。これらが入り口近くに配置されているのは、同店のユニオンスクエア店でも、「PCリチャード&サン」でも同じだ。

ベストバイ23丁目、地下に降りるエスカレーターからの景色★.jpg

ゲーム・DVDの隣に一眼レフ?

なるほど......と思いながらエスカレーターを降りると、大きな体育館や見本市会場規模の売り場が広がる。ここで意外だったのは、エスカレーターを降りてすぐ右手に動画撮影機能付きの一眼レフカメラ売り場がドカンとあったことだ。ゲームやDVDと周辺機器という、これもいかにも今の売れ筋セクションの隣に、なぜか一眼レフ。すぐそこにいた若いお兄さん店員に「こんないい場所にコレ置いて、買う人いるの?」と聞いたところ、「いる」。お兄さん曰く、「僕も実は写真家。プロアマ問わず、一眼レフの需要はまだまだある」との熱弁だったが、さらに実態を突くと、どうやら最近は企業をクライアントにしてSNSで収益を上げているインフルエンサーといった人たちが、本格的な写真・動画撮影にこうした機材を好んで使うらしいのだ。

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<ずらりと並ぶ高級カメラ/ベストバイ>

ちょっと意外な? 売れ筋たち

どこの店でも比較的大きなスペースをとっているのが、コーヒーメーカーだ。お手頃価格の簡易なものから、プロ仕様の1,000ドル近いものまで品ぞろえも実にいろいろ。アメリカも最近は、あの薄いアメリカンコーヒーの汚名を返上し、まともなコーヒーにこだわるようになった。結果、家電量販店では自動でエスプレッソやカプチーノが作れる本格コーヒーメーカーが目白押しというわけだ。このほか、やはりパンデミック以来家庭の必需品となった空気清浄機も幅を利かせている。ダイソンのやたら値が張る最新型掃除機なども人気商品だという。

ベストバイの14丁目ユニオンスクエア店は、チェルシー店よりずっと広いこともあってか、電動自転車やセグウェイ(電動のキックスクーター)、トレッドミル(和製英語でいうルームランナー)までかなりの場所をとっていた。記憶にある限りだが、こういう商品はパンデミック以前には家電量販店では売っていなかったはず。やはりパンデミックが需要を変えたということか。

クイーンズ店は洗濯・乾燥機、電動ベッドも店頭に

「PCリチャード&サン」はニューヨーク市で1909年創業の家族経営の家電チェーンだ。ベストバイよりも洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、コンロ、オーブン、エアコンなどの品ぞろえが豊富。特にクイーンズ区の店舗では、周辺に一軒家も多いからか、店に入っていきなり洗濯機と乾燥機がずらり。近年は一軒家でなくても、新築アパートには各部屋に洗濯機と乾燥機が完備されている物件が増えたので、家電商品としてのニーズも創出されたということだろう。ひと昔前のニューヨーク市ではありえない店内配置だ。何しろ昔は高級アパートでさえ、ビル内にあるランドリールームで洗濯したもの。個人で洗濯機や乾燥機を買うのは、郊外の一軒家住人と相場は決まっていた。それでも、店頭に洗濯機と乾燥機を配置するのはクイーンズ店ならでは。マンハッタンの家電店ではさすがにまだ見られない光景だ。ちなみに通路を挟んで向かいはIT機器だ。

クイーンズ店に限らずだが、PCリチャード&サンはベッドとマットレスの押し出しがハンパない。7年ほど前からマットレスを扱うようになったとのことだが、クイーンズ区の店舗では店の入り口を入るとまずそこにベッドがドカンと置かれている。そして店の奥にはベッドとマットレスのセクションがあり、眠りに落ちるための音楽がマットレスの下から枕部分に向けて流れる機能付きのベッドなど、あらゆる趣向が凝らされたベッド(とマットレス)がズラリ。「これはもう睡眠の科学だよ」と店員さんの営業トークだった。電動でマットレスの頭や足部分の高さを調節できたり、睡眠誘導音楽まで流れるとあれば、もはやベッドも「家電」というわけだ。

テレビ売り場は店内最奥の広いスペースに

さて肝心のテレビ売り場だが、どの店も場所をとるテレビ売り場は店の最奥に配置されている。ベストバイの店員に「なぜもっと目立つ入り口付近に置かないのか?」と聞くと、「奥の方がゆっくり見てもらえる。スピーカーも奥の方が遠慮なくデモンストレーションできるしね」ということだった。

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量販店①.jpg

<テレビ売り場/ベストバイ㊤、PCリチャード&サン㊦>

ベストバイでは、平日の昼間で他に客もいなかったこともあってか、親切な若いお兄さん店員がQLED(Quantum dot LED=量子ドットディスプレイ)、OLED(organic LED=有機ELディスプレイ)、Neo QLED(QLEDの新型版)、ただのHDと、それぞれどう違うのか、かなりの時間を費やしてレクチャーしてくれた。ただ、近い将来買う気があるふりをして質問しただけに、かなりの罪悪感。「今日は買わないよ」と念を押したが、それでも気前よく説明してくれた。

このあたり、やはりテレビに関しては店が完全にショールーム化していると感じた。小型テレビならその場で買っていく客もいるだろうが、今はテレビ全般が大型化しているので、いずれにしても店で注文して後日配達となる。今回の"潜入ルポ"では、店側はお客に店で現物を見せ、質問に答え、画質の違いをデモンストレーションし、後日Zoomによるミーティングの予約を入れる方法をとっていた。担当者がZoomで購入者の自宅を画面越しに見て、どこにテレビを置くのか、部屋の彩光状況、壁への設置の有無などの相談に乗ってくれるのだそうだ。実際に買う気があるなら、なかなかいいサービスだと思ったが、今回筆者は買うつもりはないので、後日このコンサルはキャンセルさせてもらった。

ちなみに店内での画質デモンストレーション用動画はどの店も同じものを使っていて、このあと訪れたPCリチャード&サンでも全く同じ動画を見せられた。

テレビの周辺機器あれこれ

店員によると、昨今テレビを買う人は必ずといっていいほどスピーカーを同時購入するという。テレビと同じくらいスピーカーの店内販促に余念がない。ほぼセット販売に近い。

このほか、細々としたという印象ではあったが、DVDプレーヤーやデジタルアンテナといった周辺機器も売られている。ベストバイもPCリチャード&サンも、テレビ売り場の店員は「コードカットしてケーブルテレビ契約料を浮かせたいなら、アンテナを買えば地上波は全部無料で見られるよ」とアンテナを勧めてくれた。ケーブルテレビ事業者にとっては至極迷惑な話だが、実際これから次世代放送規格(ATSC3.0)が現実的なものになれば、消費者がそれぞれにアンテナを買うことになるだろう。そうなれば、テレビ売り場でのアンテナセクションが拡大される可能性は大きい。ただ、ニューヨークのような人口密集地、高層ビル密集地でアンテナの受信状況がどの程度のものか、実は未知の部分だ。店員に聞いてもそのあたりははっきりわからなかった。筆者の周りにもアンテナ利用者は今のところいないので、体験談も聞けない。

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<テレビのアンテナもいろいろ/PCリチャード&サン>

テレビ売り場の店員、次世代放送規格を知らず!

さてその次世代放送規格(ATSC3.0)だが、2025年くらいからATSC3.0チューナー搭載テレビの販売が本格化し、市場が成熟すると言われている。あとたった2年だ。ところが驚くべきことに、ベストバイでもPCリチャード&サンでも、テレビ売り場の店員で、ATSC3.0について知る人は一人もいなかった。誰もが一様に「聞いたことない」「政府がなんか試してるんじゃないか?」とそっけない。筆者がそれでもと解説を試みるも、全くピンとこないらしく、みんなぽかーんとしている。正直これはショックだった。毎日のように全米どこかの市場で、「ローカル放送局がATSC3.0放送参入」のニュースが流れているが、騒いでいるのは業界だけだということが、今回よーく分かった。消費者はおろか、家電店のテレビ売り場の店員も何も知らないとは、驚愕だ。

すでにソニーは、現時点で全テレビモデルにATSC3.0チューナーを搭載している。このほかにLG、Samsung、Hisenseがいくつかのモデルに搭載。つまりニューヨーク市の家電量販店店員は、その事実も知らずにテレビを売っているわけだ。ニューヨークではまだ大手放送局がATSC3.0を導入していないので、それが消費者と店員の低い認知度につながっている可能性はある。1局でも参入している全米他市場でなら、もう少し認知度が高いことを祈るばかりだ。

ATSC3.0の外付けチューナーについては、すでにAmazonなどでは出回っているが、それらはATSCの認定を受けたものではなく、品質や機能は保証されていない。今年に入ってようやくATSC認定のチューナーが開発され、最近発売になったばかりだ。当然、今回巡った2つの量販店チェーンではまだ販売されていなかった。

こんなものがあるのか!「コードカッターキット」

もう一つショッキングだったのが、PCリチャード&サンのクイーンズ店で「コードカッターキット」が売られていたことだ。ベストバイにはなかった。キットには、アンテナ、デジタルチューナー、リモコン、録画保存用USBメモリーが入って100ドル。店員に聞くと、「このキットは一昔前からある。今もまだ、デジタル放送を見られないようなテレビを持っている人がいるので、そうした人はこれを買っていく」そうだ。そんな人がまだいるのかと、これもまた驚きだった。

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<コードカッターキット/PCリチャード&サン>

コードカットとは、ケーブルテレビや衛星テレビの有料契約を解除して動画配信サービスなどにシフトすること。ケーブルテレビ事業者にとっては深刻な問題となっており、今後、この傾向はますます加速するとみられている。

店舗ではさらに、「今コードカットするならこのキットじゃなくて、アンテナだけ買えばいいよ。新しいテレビは全部デジタルチューナー搭載だから。若い人はみんなアンテナだけ買っていくよ」と、店員はさらっと言ってのけた。何度もいうが、ケーブル事業者にしてみれば迷惑な話だ。とはいえ、コードカットしたいお客のために、必要な商品をそろえることは家電量販店としては当然のことか。

根強いラジオの需要

近年世界中でいろいろな災害が起こっている。日本では関東大震災から今年で100年ということで、メディアでも防災関連の企画が相次いでいると聞く。災害時には停電してWi-Fiもつながらず、携帯電波もパンクする可能性が大だ。そんな時、情報収集で唯一頼りになるのが電池で動くラジオだ。米国でも「First Informer」としてラジオの有用性が認められている。昨年暮れあたりから米国で物議を醸した、電気自動車(EV)へのAMラジオ受信機不搭載問題も、ここに来て搭載義務化の動きあり。今回の量販店巡りで、この極めてレトロな受信機器が今も根強いニーズを誇っていることを、あらためて実感した。実は筆者もPCリチャード&サンで、29ドルで売られていたパナソニックのラジオを購入し、災害時に備えることにした。

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<非常時に備え筆者もラジオを購入>

ちなみにラジオ売り場の近くには、ポータブルのCDプレーヤーも売られていた。Amazonなどオンラインショピングサイトで、オタク向けに売られているのではなく、量販店で堂々と売られていることに感銘を受けたと言うと大げさか。こういう単一目的の、一見すると時代遅れな商品はITに押されて絶滅の危機に瀕していると思いきや、実はひっそりと存在し続けている。

今回2つの店舗を回ってみて、パンデミックを経て量販店チェーンが元気に生き残っていることがわかった。しかも、同じニューヨーク市内でもマンハッタン区とそれ以外の区では、扱う商品が異なるくらいだから、全米他都市や郊外店となると、おそらく同じチェーンでもかなり品ぞろえが違うのだろう。時代も消費者ニーズも刻一刻と言っていいスピードで変化する昨今。量販店というのは、時代とその地域を映す鏡とも言えるのではないだろうか。

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