【onlineレビュー】生まれもった好運と感性、そしてこだわり 菅原正豊著『「深夜」の美学』を読んで 

植村 鞆音
【onlineレビュー】生まれもった好運と感性、そしてこだわり 菅原正豊著『「深夜」の美学』を読んで 

「onlineレビュー」は編集担当が気になった新刊書籍、映画、ライブ、ステージなどをいち早く読者と共有すべく、評者の選定にもこだわったシリーズ企画です。今回は、この3月に放送1,500回を迎え、4月には30周年を迎える『出没!アド街ック天国』(テレビ東京)の生みの親でもある菅原正豊氏(制作会社「ハウフルス」代表)がこのたび上梓した『「深夜」の美学』を、同番組開始時の編成局長だった植村鞆音さんに紹介いただきます。(編集広報部)


3月の半ば、民放連の西野輝彦さんから電話があって、「菅原正豊さんが『「深夜」の美学』という本を上梓された。読みましたか」と聞く。「読んでない」と応えると、「送りますから、よかったら『民放online』に書評を書いてみませんか」といって、翌日には同書が届いた。

西野さんとのつき合いは長い。私がテレビ東京を辞めてしばらく経ったころ、テレビ草創期からの番組回顧をやってはどうかという私の提案に、『月刊民放』で2年にわたって応えてくださった。私はNOがいえない立場なのである。しかし、いまの私は局を退職して22年になる87歳の半ボケ老人。エッセイストを名乗って毎月雑誌などに埒(らち)もない雑文を書き綴っているが、他人の書いたものの書評など畏れ多くてやったことはない。恐る恐る『「深夜」の美学』を一読してみた。

菅原正豊さんはテレビ番組制作の世界では知る人ぞ知るクリエイターの大御所である。終戦の翌1946年東京世田谷生まれ。慶應義塾大学在学中に日本テレビの『11PM』という帯番組のADとして制作に参加し、その後独立して制作会社「フルハウス」(現「ハウフルス」)を立ちあげ、代表を務めながら数々の番組を制作して今日に至る。レギュラーでは『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)、『愛川欽也の探検レストラン』(テレビ朝日)、『出没!アド街ック天国』(テレビ東京)、『チューボーですよ!』(TBS)、『秘密のケンミンSHOW』(読売テレビ)、単発で『メリー・クリスマス・ショー』(日本テレビ)などを制作、タイトルをあげていけばきりがない。

奥付を見ると同書は、ライターの戸部田誠さんが全体の構成を担当していて、菅原さんの業績と人となりがよく分かるように出来上がっている。全体の芯をなすのが制作した番組をめぐる菅原さんの談話だが、談話で欠けた部分、いい足りない部分を戸部田さんが随所で補足している。それ以外の部分も至れり尽くせりで申し分ない。

菅原さんが毎日新聞でかつて連載した「業界用語の基礎知識」というコラム記事が、10章ある各章の終わりに再録されているのもおもしろい。軽口まじりで。おそらく、これが本文よりも本物の菅原節に近いのだろう。巻末には菅原さんのお気に入り、山田五郎さんとの対談も載っている。戸部田さんは先輩に気を遣われたことだろう。

一読して感じるのは、菅原さんの好運だ。まず、もって生まれた感性である。生まれも育ちも首都東京。自宅は裕福で、自身の会社も倒産の憂き目にあったというが、あまり苦労をした様子はない。王道を外れた脇道で物を見たり考えたりできるのは番組制作に必要な作家性だと思うが、彼にはそれが備わっている。本人が人間好きだということもあるのだろうが、人脈がすごい。「邂逅こそ人生の重大事」(亀井勝一郎)」。本文に紹介されている番組関係者だけ拾い出しても、田邊昭知、タモリ、山田五郎、愛川欽也、桑田佳祐、古舘伊知郎、逸見政孝、後藤達彦、伊丹十三......。彼を支えたり支えられたりした業界の有力者はまだまだ登場するが、紙数の関係でそれは割愛。

菅原さんの番組制作への関与の仕方を読んでいて気がつくのは、私にとっては異常とも思えるディテールへのこだわりである。コントのギャグのオチからスタッフロールの入れ方まで彼は知恵をしぼっている。天才は細部に固執しないものと思っていた。視聴者の反応を見ながら彼は番組を成功へと導いている。

深夜の番組とはいえないが、テレビ東京の『出没!アド街ック天国』(「アド街」)は私がすこし関わった番組の一本である。第5章「クリエイターは『オシャレ』で『粋』でありたい、な。」のなかほどで「テレビ東京の植村編成局長に感謝ですね。企画って誰が乗ってくれるか、ですからね」とひとこといってくださっている。ちょうど同書を読み終えたタイミングの3月22日、テレ東では1,500回記念の「アド街」特番を放送していた。30年も続いたのか......。もっとたくさん私のこと褒めてくださればいいのに。

「アド街」の企画の話を持ちこんでくださったのは元日本テレビの後藤達彦さんだった。私と同僚の宮川鑛一がいまはもうない麹町の「ゆたか」で菅原さんの新企画のプレゼンを受けた。「街の深掘りをやってみたい」。私は即座に応えた。「分かりました。やりましょう」。番組は企画書ではなく誰が作るかによって成否が決まる。当時私は、あらゆる番組で作家主義を通そうとしていた。菅原さんが同書のなかでいっている。「みんなで作った番組は面白くない」と。翌日、私は当時の杉野直道社長に菅原さんの「アド街」をやることにした旨報告した。それだけ。

『「深夜」の美学』を読み終えて菅原さんに聞いてみたいことがひとつできた。昨今のテレビ番組をどう見ているか? そして、テレビ界の将来の見通しは? 私は、加齢や先の見えない世界への不安があるせいかもしれない、テレビをだんだん見なくなっている。


「深夜」の美学  『タモリ倶楽部』『アド街』演出家のモノづくりの流儀
菅原正豊 著 戸部田誠(てれびのスキマ) 構成 大和書房 2025年3月13日発売 1,980円(税込)
四六判/288ページ ISBN 978-4-479-39446-4

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