【onlineレビュー】信用回復へ...報道現場へのエール 『ジャーナリストの条件』を読んで

山下 洋平
【onlineレビュー】信用回復へ...報道現場へのエール 『ジャーナリストの条件』を読んで

500ページを超える分厚い本だ。翻訳書ということもあり、読み始めるには少し心理的ハードルが高いのは確かだが、本欄執筆のため気になったところに付箋を付けながら読み進めると、あっという間に付箋だらけになった。紹介される事例はアメリカのものだが、日本の報道を取り巻く現状にそのまま当てはまる点が多く、全く他人事ではない。

報道、とりわけテレビ報道が信用されていない。そう感じる同業者は多いと思う。私自身、SNSなどで目にするメディア批判に抗うべくローカルニュースやドキュメンタリーの現場で日々取材対象に向き合っている一人だが、不信感の根本原因や打開策について明確には答えられずにいた。

アメリカのジャーナリストであり研究者である著者2人は、SNSなどで誰もが情報発信できるようになった今、報道機関の役割はもはや「人々がどの情報を知るべきかを判断する関門係(ゲートキーパー)ではない」と指摘する。ただし、これはジャーナリズムの弱体化を意味するのではなく、その質を向上させる機会を与えられたのだととらえ、立ち戻るべき、そしてさらに発展させるための「10の原則」を示したのが本書だ。「取材対象から独立を保たなければならない」(第5章)、「力ある者を監視し、力なき者の声となれ」(第6章)――この章題は自分の座右の銘にしたい――、「ニュースにおいて、全体像を配分良く伝えなければならない」(第9章)をはじめ、どの原則も深く頷くものばかりだが、やはり肝となるのは第2章と第4章で記される、ジャーナリズムの第一の責務である「真実」を追究すること、そして「事実確認の規律」についてだろう。

デジタルの時代、真実を探り出そうとするプロセスに掛かる「圧力」として挙げられるのが「速さ」、そして「自動化技術やプラットフォーマー企業の価値観」だ。もともとテレビ報道は新聞に比べて「速報性」が売りではあったが、昼、夕方、夜といったニュース番組の放送時刻が〆切だったのははるか昔。多くの社が競うようにインターネットで速報を配信している。そして、ツイッター(現X)投稿で「精神的あるいは感情的な単語が一つ使われるごとに、拡散力が20%高まる」という研究結果が紹介されているように、よりニュース記事を見てもらえるような(ともすれば過剰な)タイトル付けも日常的に行われている。

さらに、伝統的な「事実確認ジャーナリズム」に対して著者たちが名付けた「断言ジャーナリズム」の問題もある。競争も速度も激しくなる中で、物事をよく調べることにあまり時間をかけなくなり、編集に手を入れた「パッケージ」ではなく、生インタビューの形式が好まれるようになる。日本では記者会見がニュース番組やワイドショーで生放送、またはネットでライブ配信されることが増えたが、そのさなかにファクトチェックや背景を補う時間はほとんどなく、インタビューを受ける側や会見する側の言い分を垂れ流し、誤魔化したり、逃げたり、誤信させたりするのを許してしまっているという指摘だ。また、本書では言及されていないがVTRよりもスタジオでのコメンテーターの話(それも、必ずしも専門分野ではない)に長い尺を費やしていることもそうだろう。

これに対して本書が掲げるのが事実確認の規律、中でも「透明性」を保つことの大切さだ。「情報源、根拠、そして報道すると決めた判断などを含め、作られた過程に透明性があるニュースを目指していかなければならない。噂、匂わせ、情報操作を取り除こうと、外部にも分かる努力をしているジャーナリズムを求めていかなければならない。つまり必要なジャーナリズムは『これはなぜ信用すべきか』を私たちが言えるものだ」(p.126

「テレビ報道が信用されていない」と書いた。本書を読み進めると、その理由について思い当たる節がありすぎて嫌な汗がにじんだ。だが、読了後に感じたのは悲観ではなく、なんとかしなければという前向きな思いだった。それは著者たち、そして日本の報道の現状を踏まえた上で分かりやすい翻訳を手掛けてくれた澤康臣さんによる、われわれ報道現場に対する「熱いエール」を感じたからに他ならない。

「ジャーナリズムの危機は、民主主義の危機である」と本書は言う。ここに書かれた原則にいつも立ち戻るとともに、ただそれを守るのではなく、新しい時代にふさわしいものに変えていく。2001年に第一版が刊行されて以降、今回の第四版まで更新を重ねている本書はそのことを体現した一冊と言えるだろう。


ジャーナリストの条件―時代を超える10の原則―
ビル・コバッチ/著 、トム・ローゼンスティール/著 、澤康臣/訳、2024年4月25日発売、新潮社、2,750円(税込)
四六判変型、544ページ、ISBN:978-4-10-507411-1

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