前編ではドナルド・トランプ氏の「報道の自由」への抑圧がこれまで以上に厳しいものになるのではないかを中心に見てきたが、メディア業界にとってもう一つの大きな関心事が米連邦通信委員会(FCC)の人事だ。委員長が誰になるかによって通信・インターネット、ラジオ・テレビ業界の経営が大きく左右されるからだ。
これまでもFCCの人事は政権によって左右されてきた。新政権が民主党主導のFCCの現在の顔ぶれをを一新することはわかっていたが、トランプ氏は早くも11月17日、新政権下でのFCC委員長にブレンダン・カー現FCC委員(共和党)を指名した。カー氏はトランプ氏当選が決まって以降、新政権支持の姿勢をアピールしており、指名の数日前も「FCCは現行の検討事項を差しおいてでも、迅速にトランプ政権への移行にフォーカスすべき」と発言していた。上院が承認すれば、FCCの方針も一変するだろう。
FCCのあり方そのものにも影響?
本来、FCCや連邦取引委員会(FTC)は政権から独立した規制機関。大統領や閣僚の思いどおりにはならないはずだが、それでも不安なのは、トランプ氏が昨年すでに、これら独立機関を政府直属とする意向をほのめかしていること。大統領の権限がどこまで拡大されるのか、あるいはされないのか、現段階では予測がつかないものの、不安を禁じ得ない。しかも、第1期トランプ政権でFCC委員長を務めたアジット・パイ氏は時に政権に相反した決断を下したこともあったが、カー氏は完全にトランプ氏の言いなりなだけに大きな不安要素だ。
この人事についてニーマン・ラボは11月18日にウェブサイトで「カーFCC委員長の下では、"プロジェクト2025"スタイルのメディア規制が敷かれるだろう」と分析している。ニューヨーク・タイムズ紙も同様に「カー氏はFCCの立ち位置を劇的に変えるだろう」とし、新生FCCの下ではTikTokの禁止、メディア所有に関するあらゆる規制の撤廃、政治的偏見を理由にしたメディアへの弾圧などが実践されると予想している。カー氏こそが"プロジェクト2025"のFCC関連内容の大部分を執筆した人物だという。"プロジェクト2025"は米国の有力な保守派が推進する米政府の再編構想だ。しかもカー氏は、今やトランプ政権の重鎮ともみなされている実業家のイーロン・マスク氏とも親交が深い。バイデン政権下で復活したネット中立性ルールも、再び覆されることはまず間違いない。
次期FCC委員長にカー氏が指名された後、ジェシカ・ローゼンウォーセル現FCC委員長(民主党)は2025年1月20日付でFCC委員を辞任することを表明している。
Varity誌ほか米メディアの予測によると、新政権下では企業合併に対する政府規制が大幅に緩和され、大型合併が増えるという。企業サイドにすれば大歓迎だろう。現政権下では独禁法(反トラスト法)抵触の有無が司法省で厳しく審査され、合併が阻止されることも少なくない。現在、映画製作大手のスカイダンス・メディアによるパラマウント・グローバルの吸収合併も、政府の認可を待っている。新政権下では思いのほか早く認可が下りる可能性もある。ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリー(WBD)やコムキャストなどは、これまでケーブル部門の売却を模索しながら、政府の認可を得ることが難しいこともあり断念していた。それだけに、新政権下では苦戦するリニア事業を一気に切り離すメディア企業が増えることも予想される。
キャンペーン戦略も様変わり
長くニューヨーク市に住む者の実感として、広告・キャンペーン戦略がこれまでとは様変わりしていることが、今回の選挙結果で明らかになったように思う。既報のとおり、今年の大統領選における広告支出額は民主党が共和党を圧倒していた。11月8日付のNBCニュースによると、2024年選挙の広告支出総額は約110億㌦(約1兆7,000億円/AdImpact調べ)。このうち約32億㌦が大統領選挙への広告費で、内訳は民主党とその支持団体による支出が約18億㌦、共和党とその支持団体による支出が約14億㌦と4億㌦の開きがある。それでも勝利を収めたのは共和党のトランプ氏だった。米各メディアが指摘するのは、広告も含めた選挙キャンペーン戦略の大幅なシフトだ。
ハリス陣営は従来どおり伝統的な主要メディアの有料広告に多額を投下し、歴代の大統領候補者の誰もがそうしてきたようにCBS『60ミニッツ』の単独インタビューに応じた。トランプ氏がルールや伝統を無視するなら、それとの対比を強調するかのように、伝統を重んじている姿勢を示した。そのうえで、NBCの『サタデー・ナイト・ライブ』にも飛び込み出演するなど、メジャーテレビ局を大いに活用した。
一方のトランプ陣営は、CBS『60ミニッツ』への出演を拒否。広告費を主要メディアに投資しながらも、SNSやポッドキャストなど無料または安価な新たなメディアを代替として大胆に活用した。結果的にこれら一連の判断が勝利を引き寄せたとの評価だ。なかでも10月、ジョー・ローガン氏が司会を務めるポッドキャストに出演したことが、今回の勝利の大きな要因だと言われている。2人は延々3時間、全てアドリブで会話し、それをYouTubeで配信した。ニューズウィーク誌によると、このエピソードは24時間で2,600万人、1週間で4,000万人が視聴したという。視聴者のほとんどは若い有権者だろう。トランプ陣営によると「主要メディアが意図的に避ける候補者の生の部分や人間味を、ローガンのポッドキャストで示すことができると思った」と、ローガン氏からの出演依頼を受けた理由を説明している。ローガン氏はハリス陣営にも出演依頼をしていたが、ハリス陣営は断っている。
日本も今年は"選挙の年"だったようだが、7月の東京都知事選、10月の総選挙、11月の兵庫県知事選はいずれも新聞やテレビの伝統的なメディアの事前の予想が覆され、ネットやSNSを駆使した新たな候補者が票を大きく伸ばしたとも聞く。トランプ現象は日本もけっして無縁ではない。
新聞の「支持表明」減が意味するもの
今回の選挙で話題になったことの一つが、ワシントン・ポスト紙とロサンゼルス・タイムズ紙というメジャー2紙がハリス氏への支持表明を拒否したことだ。両紙のオーナーはAmazonの創設者で元CEOのジェフ・ベゾス氏。「支持表明しない」と発表した後、両紙ともに媒体側の判断に反発した編集幹部が辞任し、定期購読者を一気に数百万人単位で失ったが、結果的にオーナーのベゾス氏は、実質トランプ側に付いて利を得た形となった。
ただ、支持表明しなかったのはこの2紙だけではない。Axiosとニーマン・ラボによると、全米の購読者数トップ100紙のうち民主・共和いずれかの候補者への支持表明を出したのは、全体のわずか3割以下だったという。04年には9割以上が支持表明していた。Axiosによれば支持表明が劇的に減り出したのは16年の総選挙から。それまでは8割が支持表明していたが、この年は6割を下回り、20年は5割に、そして今年は一気に3割以下になった。
新聞社の大統領候補者への支持表明は米大統領選の伝統行事のようなものだ。しかし、それも廃れてきていることに、今回気づかされた。新聞社が支持表明をしない理由の一つは、16年あたりから政治の二極化が始まったことだ。新聞社がどちらかを支持することで、選挙の結果次第では政治的な報復を受けることを恐れてのものだという。さらには、かつてそれぞれが独立して存在していた新聞社が、現在は大きな新聞社グループの傘下に入ることでかろうじて存続しているという現実。そのため傘下の各紙はグループ全体としての決定に従わざるを得ないことになる。ワシントン・ポストとロサンゼルス・タイムズもその例に漏れない。
ちなみに今回の選挙での新聞社による支持表明のほとんどは「ハリス支持」だった。「トランプ支持」を表明したのは、100紙のうちニューヨーク・ポストとラスベガス・レビュージャーナルの2紙のみ。20年には7紙から支持表明を受けている。繰り返すが、それでも選挙で勝利したのはトランプ氏だった。
メディアにとって2025年は正念場に
不倫の口止め料訴訟とレイプ訴訟で有罪判決34件、21年1月6日国会議事堂襲撃事件の先導者として捜査され、このほかにも訴訟山積という、前代未聞の"危険人物"ともいえるドナルド・トランプ前大統領。しかし、「勝てば官軍」とはこのこと。進行中の訴訟は全て撤回される見込みで、トランプ陣営はすでに続々と閣僚候補を指名中だ。米メディアは11月末現在、その速報に余念がない。
こうしたなかで、メディアの焦りを象徴するような出来事が起こった。MSNBCの平日朝のレギュラー番組『モーニング・ジョー』のアンカー2人がトランプ氏を訪ねてフロリダ州のマル・ア・ラーゴに出向いたとして、新政権に歩み寄るコメントを11月18日に放送したことだ。これまで散々トランプ叩きをしてきたこの番組が、トランプ当選を機に和平を求める報道姿勢に転ずるなど、番組支持者にとっては考えられないことだった。MSNBCとそのジャーナリストらが、それだけ新政権からの弾圧の可能性を恐れているということか――(ちなみに、イーロン・マスク氏がMSNBCの買収への関心を示すような発言をXで行ったことは前編でも触れた)。これまで真っ向からトランプ氏とその陣営、MAGA(Make America Great Again)議員らを批判してきたメディアも、今後は弾圧されない範囲を見極める必要があるということだろうか。それ自体がすでに「忖度」という名の弾圧に屈していると思うのは筆者だけだろうか。
米国の民主主義は今、大きく揺らいでいる――というと漠然としているが、具体的には民主主義を支える仕組みが骨抜きにされ、報道と言論の自由が奪われ、メディアは政権からの抑圧を受け入れざるを得なくなるということだ。独裁政権を叫ぶトランプが勝利したこと自体、民主主義はすでに崩壊しているのではないかとも言われている。ソーシャルメディアやAI(人工頭脳)が国民の生活に好むと好まざるにかかわらず浸透する今、メディアはこれまでのように自由にニュースを発信し、民主主義の基盤である「報道」を担う存在であり続けることができるのか。この10~20年はメディアにとって大きな変革期だったことは言うまでもないが、これからの数年間、いや来年は待ったなしの正念場となるだろう。