米国ローカルテレビ篇part2:放送局所有会社のはなし~「データが語る放送のはなし」⑪

木村 幹夫
米国ローカルテレビ篇part2:放送局所有会社のはなし~「データが語る放送のはなし」⑪

今回は、前回も触れましたが、米国の放送局所有会社のはなしです。日本にはない業態の会社ですので、ピンとこない部分もあるかも知れませんが、米国のローカル放送を語る際に理解必須の情報ですので、できるだけわかりやすくお話ししたいです(願望......)。

テレビ局所有会社とは?

前回お話したように、米国の場合、テレビ局もラジオ局も各地の放送局自体は法人ではなく、所有会社が複数の局のライセンスを所有し、放送事業を運営しています。

図表に米国のテレビ局所有会社について、2021年のグループ売上高合計順の上位10社を示しました。"Markets"はテレビ局を所有するマーケット(DMA)の数です。"FCC Reach"は、当該社が保有するテレビ局の到達可能世帯(リーチ)が全米のテレビ保有世帯に占めるシェアですが、これはFCC(連邦通信委員会)が定める計算法で算出したものです。VHF局は実際のリーチをカウントしますが、UHF局は実際のリーチの50%しかカウントしません(アナログ放送時代の名残と考えられますが、詳しい歴史的経緯は把握できていません)。FCCはこの数値を使用して全米レベルでのテレビ局所有規制を行っており、39%が制度上の上限になります。その隣にある"Actual Reach"が、実際のリーチです。

断トツの1位は、近年急速に規模を拡大させてきたネクスター・メディア・グループです。115のマーケットで約200のテレビ局を所有・運営しています。同一エリア内での複数局所有・運営が多いのがこのグループの特徴のひとつです。Actual Reach68%ですから、全米の約7割のテレビ保有世帯でネクスタ―の局を視聴可能と言うことになります。

ランキング表の3位と4位はグレイ、シンクレアの大手テレビ局所有会社です。2位のStandard General LPは、LP (Limited-Partner)からわかるように投資ファンドです。メディア分野に多く投資しているファンドですが、今年に入ってTegnaとCoxという2つの大手テレビ局所有会社を買収していますので、FCCによる承認が下りれば、所有局数、放送局の売上規模はこの表よりも大幅に増えることになります。5位から8位に4大ネットワークの直営局部門(直営局からの収入のみ)が並んでいます。ネットワーク会社は、上位マーケットだけに直営局を持つことが多いため、大部分の局が中小規模のマーケットにあるテレビ局所有会社に比べると所有局数がかなり少なくなります。10位のHearst Televisionは、約130年前に新聞から始まった歴史のあるメディア複合企業のテレビ部門ですが、ここはもっぱら上位マーケットに局を所有する方針のようで、所有局数は30局超程度とネットワーク会社に次いで少ない数です。

連載⑪図表.jpg

<米国のテレビ局所有会社(売上高ランキングの上位10社)

再送信同意料収入とは?

この表にある情報で、もっともインパクトがあると私が思うのは、右から2番目の"Retrans. Revenue"です。前回のこの連載でも少し触れましたが、地上波チャンネルを再送信するケーブルや衛星放送から支払われる収入である再送信同意料(Retransmission Consent Fee)収入は、今や地上波テレビ局の収入の40%から50%以上を占めるまでになっています。この表を見ると、ネクスターの場合、全体として52%に達していることがわかります。この収入は、ケーブルテレビ事業者や衛星放送事業者が得る収入のうち、地上波再送信分を配分するという性格のものですので、放送事業者にとっては、当然のことながら、それを得るための追加コストが限りなく0に近い収入です。ただし、番組の大部分はネットワークが供給していますので、私が以前、米国でNAB(全米放送事業者連盟)やローカル放送事業者から聞いた話によれば、局は再送信同意料収入の約半分程度を加盟するネットワーク会社に支払うことになっているようです。それでも約半分は利益として残るわけですから、再送信同意料収入は、今やテレビ局にとって死活的に重要な収入源と言えます。

多チャンネル放送事業者との"戦い"

この再送信同意料(Retransmission Consent Fee)は昔から存在していたものではありません。これは1992年に制定されたCable Television Consumer Protection and Competition Act of 1992 (1992 Cable Act)で導入された制度です。それまでケーブルテレビや衛星など、地上波テレビ放送を再送信する多チャンネル放送事業者(米国ではMVPDsと言います)は、地上波テレビ局の信号をマストキャリー・ルールで(無償で)必ず再送信しなければならないことになっていました。ところが裁判所が「マストキャリー・ルールは(言論・報道の自由を保障する)憲法修正第1条に抵触する」との判断を下したため、1992 Cable Actでは、ケーブルテレビなどのMVPDsに対して、商業放送局の信号を再送信する際に、当該局の事前同意を得ることを要求しました。そして、テレビ局は同意を求められた際に対価を求めることができるとしています。この背景にはNABによる強力なロビイングもあったようです。「地上波テレビ局が制作した番組で加入者を引き付けているんだから、収入の一部を分配すべきだ」、「ローカルテレビ局が、MVPDsから得た収入で地域のための番組制作を充実させることは公益にかなう」というロジックは、客観性と合理性を持っていると受け取られたようです。

しかし、制度の導入当初はケーブルテレビの全盛期で、大手ケーブルテレビ・オペレーターは、資本上もテレビ局への影響力が大きかったこともあり、ケーブルテレビ事業者はほぼ例外なく対価の支払いを拒否し、代わりに局のサブチャンネルも再送信することなどで、無償で、かなり強引に同意を引きだしていました。様相が変わり始めたのは2000年代に入ってからとされます。上位マーケットの4大ネット直営・加盟局を中心に、無償の再送信を拒否する局が増えました。米国では日本とは異なり、ケーブルテレビ事業者は空中波受信ではなく、テレビ局から直接信号を送りこんでもらうことで再送信を行っていますが、交渉が決裂した場合、局はケーブルへの信号供給を止めてしまいました。これに音を上げたケーブルテレビが渋々有償での再送信同意に応じ、再送信同意料を支払い始めました。当初はそれほど大きな金額ではなかったようですが、テレビ局(個々の局というよりテレビ局所有会社ですが)が猛烈な値上げ交渉を行い続けた結果、毎年、再送信同意料は値上げされ、現在では局の総収入の半分近くを占めるに至ったということです。

再送信同意料値上げの最右翼がネクスターです。同社は傘下のテレビ局数を増やすことによりケーブルテレビ事業者に対する一括交渉力を増し、値上げを実現してきました。コンテンツ供給力と最上位マーケットの局の影響力で値上げ交渉を行うネットワーク会社に対し、中小規模マーケット主体のネクスターは数の力で交渉を有利に進めていると言えます。なお、ケーブルテレビや衛星放送への信号遮断は、現在でも全米のあちこちで発生しているようです。

ネクスタ―とは何者か?

最後に、前回からたびたび言及しているネクスターについて、お話しておきたいと思います。テキサス州アービングに本社があるネクスター・メディア・グループ(NASDAQ上場)の2021年(12カ月)の傘下放送局の収入合計は、約397,200万ドル(約5,500億円)です。これはテレビ局だけの収入ですが、それ以外の収入も含めると約464,800万ドル(約6,500億円)になります(2021年)。これはNBCを持つコムキャストやABCを持つディズニーといった世界最大規模のメディア複合企業と比較すれば、10分の1以下の売上規模ですが、1局当たりの年間収入が日本のローカルテレビ局平均の半分程度しかない米国の地上波テレビ局で、それも中小規模マーケットの局主体の事業でこの規模を稼ぎ出しているのは、大変なことだと思います。

ネクスターは比較的新しい会社です。1996年に現在の会長兼CEOでもあるPerry Sook氏が、ペンシルバニア州スクラントンにあるローカルテレビ局を買い取ったのが始まりです。Sook氏は、ローカルテレビ業界だけでキャリアを築いたたたき上げの人物で、"ローカルの伝道師"と呼ばれることもあります。同氏はペンシルべニア州のラジオ局のDJからキャリアを開始し、ローカルテレビのニュースアンカーを経て、テレビ局のローカル営業マンに転じ、その後、セールス・レップ(ローカル局の全国広告の営業代行)などを経て、小さなテレビ局所有会社の幹部を務めていました。そこから独立して自分で起こしたテレビ局所有会社がネクスターです。最初は1局からのスタートでした。

"ローカル"へのこだわり

ネクスターはその後、急速に規模を拡大させ、2018年にTribune Mediaを吸収したことにより、19年から米国最大のテレビ局所有会社になりました。Sook氏はネクスターの個人筆頭株主とは言え、持ち株比率は3.6%(2021年末時点)しかないのですが、同社株式の大部分は数多くの機関投資家に分散され所有されています。そのため、同氏は比較的自由に経営の裁量を振るうことができるようです。

ネクスターの特徴は、これまでも見てきたように、徹底したローカルテレビ事業へのこだわりでした。特に、同一エリア内で複数の局を所有/運営ないしは、前回触れたLMA(Local Marketing Agreement)を利用して運営し、広範囲のオペレーションや設備を統合ないしは共有化して経営効率を高めることで、グループ全体の収益力を高めてきました。傘下には政治ニュースや食に関する情報に特化した番組・情報の全国的なシンジケーターもありますが、それらは傘下のローカル局に、他局にはない独自番組や情報を効率的に提供するためのものです。Sook氏は以前、雑誌のインタビューで「われわれが行うのは極めて重要な3つのことです。ひとつは、ローカルニュースを制作すること。もうひとつは、(ローカルエリアに)娯楽と情報を提供すること。そして、ローカルビジネスの販売・営業を支援すること。それらがわれわれの存在意義です」(Variety, Dec. 2018)と述べています。飾らない言葉で、極めて現実的かつ端的にローカル局の存在意義を表していると思います。

ついにネットワーク事業に進出

ただ、米国最大のテレビ局所有会社になり、FCCによる所有制限の上限まで拡大したネクスターは、現在、大きな転機にあるようです。同社は202210月、第5のネットワークであるCWの株式の75%をパラマウント(以前のCBSバイアコム)とワーナーブラザーズから買い取る手続きが終了したと発表しました。ネクスターは以前から最大のCW加盟局所有社でしたから、加盟局の所有社がネットワークを買収したことになります。CWには直営局もありますが、FCCルールには抵触しないので、買収の効果は即時発効すると発表されています。

実は、大手スタジオ系シンジケーター2社の同額出資による寄り合い所帯だったCWは、赤字体質でした。ネクスターは同社の債務を引き受けることで、キャッシュや自社株を支払うことなく75%の株式を入手したようです。ネクスターは番組制作のコスト構造を抜本的に見直すことで25年までにCWを黒字化するとしています。

ついにネットワークのオーナーにまでなったネクスターの今後の経営方針は、現時点では不明です。ローカルテレビ事業とネットワーク事業のシナジーを生かして、さらなる拡大、発展を目指しているのか、あるいは一時的に所有し、経営を立て直したのちに売却するつもりなのかはわかりません。今後もネクスターからは目が離せませんね。

さて、次回はpart3として、米国ローカルテレビ局の番組についておはなししてみたいと思います。どんな番組があるのでしょうか?

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