米国ローカルテレビ篇part4:米国ローカルテレビ局の経営(前編) 収入の内訳とその変化 ~「データが語る放送のはなし」⑭

木村 幹夫
米国ローカルテレビ篇part4:米国ローカルテレビ局の経営(前編) 収入の内訳とその変化 ~「データが語る放送のはなし」⑭

米国ローカルテレビ篇もいよいよ最終パートです。今回と次回の2回に分けて米国ローカルテレビ局の経営についてお話しします。日本のローカルテレビは、中期的な売上の低迷により収益性が低下傾向にありますが、米国の場合はどうなのでしょうか?

今回は収入面を中心に紹介し、次回、費用と利益について見ることにします。

地上波の広告収入は半分強程度

図表12019年の米国ローカルテレビ局1局あたりの収入内訳を、全地区平均とDMAランキング別平均4カテゴリーでお示ししました。前回同様、4大ネット(CBSNBCABCFOX)の直営・加盟局のみのデータで、公共放送サービス(PBS)を含むそれ以外のネットワーク系列局や独立局は含みません。

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<図表1.米国ローカルテレビ局(4大ネット直営・加盟局)
収入の内訳 [2019年]

全地区で見ると、総収入(広告会社・レップ(ローカル局の全国広告の営業代行)手数料を含む収入)を100%とした場合、地上波の広告収入は約55%、その他放送事業収入が約45%です。その他放送事業収入には、インターネット・メディアからの収入やイベント収入(米国のテレビ局もイベントはやってます)も若干ありますが、その大部分は、ケーブルテレビや衛星放送などのMVPD(地上波放送を同時再送信する多チャンネル放送事業者)から支払われる再送信同意料収入です。なお、Total Trade-Outs and BarterTrade-Outs収入とBarter Programming収入の合計ですが、どちらもシンジケーション番組の取り引きに関わるものです。以前は5%近くありましたが、現在は1%未満と非常に少なくなりました。

小さなマーケットほど
ローカル広告の比率が高い

DMA1-10のトップマーケット(ニューヨークやロサンゼルス、シカゴ、フィラデルフィアなど)は、全地区よりも広告収入の比率がやや高く、その他収入の比率がやや低いですが、それ以外のマーケットでは、構成比にそれほど大きな違いはありません。ですが、広告収入の内訳を見ると明確な傾向があります。規模が大きなマーケットほど全国広告の比率が高く、小さなマーケットほどローカル広告の比率が高くなっています。大きなマーケットには大手のナショナルクライアントの出稿が多く、小さなマーケットはナショナルクライアントの出稿が少ない分、ローカルクライアントに依存する部分が大きいということでしょうか。ナショナルクライアントへの営業はレップに委託できますが、ローカルクライアント営業は自局だけないしは所有会社の助けを借りてやるしかありませんから、小さなマーケットほど営業は大変ということになるんでしょうね。

政党は上得意?

あと、「"政治広告"って何?」と思われる方もいるかもしれません。これは日本のように政党と言うよりも、多くは選挙の候補者のCMです。米国ではテレビCMを使った選挙活動は常識で、この表は大きな選挙がない2019年のデータなので、局の広告収入に占める政治広告の比率は3ー5%程度ですが、判明している直近のデータでは、中間選挙があった2018年は全地区で20%程度、最上位地区で15%程度、下位の地区では25%以上に達していました。テレビ広告費の総額自体に隔年でかなり大きなプラス影響を及ぼしています。政治広告は米国のローカル局にとって重要な収入源のひとつです。ただ、いくら政治的公平性を義務づけられていない米国の放送局であっても、政治広告はセンシティブなものではあります。そのためか、FCCのサイトには各局別に全て(?)の政治広告の発注書がPDFファイルで収められており、どの政党の地方支部からいつ何本のCMがいくらで出稿されたかが、誰でもインターネットで手続きなしで簡単に見られる形で公開されています。こういうところはアメリカってすごいなと思います。

インターネットからの収入はやっと5%に

表の一番下の部分に、純収入(Net Revenue)に占めるインターネット、モバイル関連の収入(米国では一括りに"デジタル収入"と呼ぶことが多いです)を示しました。具体的には、自社サイトからの広告収入、ローカルニュースを提供しているサイトからの収入、ソーシャルメディアからの広告収入やアプリからの収入などです。その水準は両方合わせて5ー6%程度です。日本同様、米国のテレビ局もこの分野の収入を増やすことには精力的に取り組んでいますが、なかなか大きくは増えないのが、これも日本同様、現実です。随分前からこの比率を10%にしたいという話をよく聞きましたが、おそらく2022年時点でもそこまでは行っていないと考えられます。しかし、金額で見ると全地区で136万ドル程度(1億7,000万円程度)、トップマーケットでは500万ドル程度(6億5,000万円程度)ですから、そこまで小さな金額ではありません。

デジタル収入最大の課題は、GAFAなどに代表されるデジタル・プラットフォームの取り分が大きいことと、コンテンツ提供者のコントロールを離れてさまざまなプラットフォームにコンテンツが拡散されるため、提供者にとって大きな機会損失が生じていることだと言われています。これは今、米国でも大きな問題になっており、NAB(全米放送事業者連盟)もこれを是正するための立法措置を後押ししようと議会に働きかけています。この話ではいろいろなデータも提示されていますので、いずれここでご紹介します。

2021年には再送信同意料収入が50%越え

図表1はテレビ局単体での1局あたりのデータでしたが、所有会社の収入構成ではどうなっているのでしょうか? ネットワーク会社には直営局部門以外からの収入もたくさんありますが、ローカル局所有会社の収入の大部分(社によってはほとんど)は、放送局の収入です。図表2に、以前ご紹介した米国最大のローカル局所有会社ネクスターの2021年の収入構成をお示ししました。このデータは、ほぼそのまま傘下の100局を超えるローカルテレビ局の収入の合計です。Distribution≒再送信同意料収入と考えてよいと思いますが、これは50%を超えています。少なくともネクスターでは2021年に再送信同意料収入が、それ以外の全ての収入合計を上回ったわけです。デジタルは8%ですからまだ10%には届いていませんね。

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<図表2. Nexstar社の売上構成(2021年)>

ネクスターは投資家向け資料の中で、「(全テレビ視聴に占める)地上波テレビの視聴シェアは39%あるのに、(MVPDが支払う)再送信料の配分シェアでは24%しかない。再送信同意料収入はもっと伸ばせる余地がある」としています。MVPDと放送局所有会社の闘いはまだまだ続きそうです。

ここ20年、局の広告収入は大きく減少

次は収入内訳の変化を、20年前との比較で見てみます。図表31999年と2019年の収入の内訳を示しました。どちらも大きな選挙がない年です。この20年間で総収入は1.1ー1.5倍程度になっていますが、広告収入は逆に0.75ー0.87倍程度に減り、総収入に占める広告収入の構成比は1999年の90%超から2019年には55%程度にまで減少しました。

米国は、日本とは異なり、昨年来だけでなく、継続して物価が上がり続ける国です。経済成長率も日本よりもかなり高く、物価変動分を反映する名目GDP1999年から2019年の間に2.2倍になっています(日本は1.06倍)。ローカルテレビ局の総収入はGDPほどは伸びておらず、実質的には水準が低下していることがわかります。しかしもっと深刻なのは、広告収入の金額が減っていることです。日本のように長期間物価が上がらず、経済成長率も継続してかなり低い国とは異なり、米国のように名目でも実質でも毎年経済が拡大し続けている国で、ローカルテレビ局の広告収入が長期的に減少しているのは、これが構造的な衰退分野であることを示しているのかも知れません。2000年ごろまではほぼ0だった再送信同意料収入を毎年増やし続けることで、局全体としての売り上げをなんとか伸ばし、GDPの伸び率に比べれば緩やかながらも増収傾向を維持してきたわけです。

ネットワークの広告収入は減らず

なお、米国でも、直営局部門を除くネットワークの広告収入(全国広告)は、ほとんど減少していません。毎年減り続ける視聴人数を毎年のCPM1,000インプレッションあたりの広告単価)アップで乗り切っているからです。しかしこんな芸当は、全米レベルでの人気スポーツの中継権や大ヒットシリーズといった、ほかにはないプレミアム・コンテンツを持っているネットワークにしかできないことです。膨大な投資を行なってほかのサプライヤーにはない独自の価値を持つコンテンツを作り、広告主にそれを効果的にアピールし提供することで、ネットワークは毎年、カロリーアップを実現しています。

全国広告収入が大幅に減少。
下位マーケットでは3分の1に。

一方、放送局は、広告収入の減少を防げていません。ローカル広告は、この20年間でDMA1-10マーケットでは73%にまで減少しました。下位マーケットでは1.1倍未満の水準へと気持ち増加していますが、この程度の増加では物価上昇分を差し引いた実質ベースでは確実にマイナスです。より深刻なのは全国広告で、これは全地区で金額が大きく減少しています。1999年から2019年の間にローカルテレビの全国広告収入(金額ベース)は全地区で54%、最も減り方が少ないDMA1-10マーケットで67%にまで減少しましたが、マーケットの規模が小さくなるほど減り方が大きくなり、最も大きく減ったDMA151-175マーケットでは32%と3分の1の規模にまで減っています。繰り返しになりますが、毎年物価水準が上がり続け、経済が成長し続けている米国でこの水準まで減っているのです。ここまで減るのは、全国広告のインターネットへのシフトの影響はあるのでしょうが、それだけではなく、ネットワークの政策も関係しているような気がします。再送信同意料収入があるからいいよね? という......(詳しくは把握していません。リサーチ不足ですみません......)。

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<図表3. 米国ローカルテレビ局収入構成比の変化(1999年と2019年)>

再送信同意料収入はローカル局の救世主か?

こうした非常に厳しい状況でも、米国のローカルテレビ局に悲壮感のようなものはありません。これまで見てきたように、再送信同意料収入が毎年増加しているおかげで(加えて2年に1度の選挙の年には、政治広告が激増することもありますが)、名目の総収入は少なくとも減ってはおらず、所有会社が推進する経営効率化の進展もあり、以前ほどではないにしても、かなり高い利益率を安定的に維持しているからです。

米国ではネットメディアの隆盛により、2000年過ぎごろより、地方の小規模な新聞社が次々と廃刊に追い込まれましたが、ネットワーク系列のローカルテレビは、以前とほぼ変わりなくローカルニュースに注力しています。この活動を支える大きな柱が再送信同意料収入(と隔年の政治広告)です。現在のところ、再送信同意料収入はローカルテレビの救世主となっており、ネクスターの主張によれば、まだまだ増やせる余地があるということになります。ネクスターはさらに、ネット上で地上波チャンネルを同時送信する多チャンネルサービスであるvMVPDからの再送信同意料収入の徴収を強化する意向です。しかし、"フリーテレビ"である地上波テレビ局の収入の半分以上を、有料放送収入の分配金である再送信同意料収入が占めるのは、なんとも皮肉な状況と言えなくもありません。どうにか善戦しているネットワークの広告収入は別として、米国のローカルテレビ局の広告収入は、実は日本以上に厳しい状況にあるのかも知れません。

また長くなってしまいましたが、次回は米国ローカルテレビ篇の最終回(予定?)として、ローカルテレビの費用と利益について見て行きます。

"Cash Cow"(金のなる木)はまだ健在です。

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