【民放報道の現場から③】 南海トラフ地震に備える「名古屋モデル」

柴田 正登志
【民放報道の現場から③】 南海トラフ地震に備える「名古屋モデル」

民放連では、民間放送の価値を高め、それを内外に広く伝えることに力点を置いた「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」を策定し、2022-2023年度の2年間にわたり取り組んでいる。その具体的取り組みとして、報道委員会(委員長=大橋善光・読売テレビ放送社長)は、報道現場を熟知する担当者によるシリーズ企画「民放報道の現場から」を始めることとした。報道に関するトピックや実情などを、定期的に掲載する。
3回目は、報道委員会の下部組織、災害放送専門部会で委員を務める名古屋テレビ放送の柴田正登志氏が、南海トラフ地震などによる大津波警報発表時にヘリコプターの共同取材を行う「名古屋モデル」を解説する。


愛知・岐阜・三重の3県を放送エリアとする民放4局、CBCテレビ、東海テレビ放送、名古屋テレビ放送(メ~テレ)、中京テレビ放送は、2019年5月に「ヘリコプターの共同取材に関する覚書」を締結し、通称「名古屋モデル」と命名、南海トラフ地震発生時に少しでも被害を減らすべく取り組んでいます。この「名古屋モデル」のしくみ、現状や課題についてお伝えします。

名古屋モデル
~迫りくる津波を「複数の眼」で捉える

甚大な被害が想定される南海トラフ地震が発生した際、私たちテレビメディアが果たすべき役割は何か? 放送法108条(災害の場合の放送)では「被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない」と規定されています。

「海岸に向かってくる津波をいち早くヘリコプターで捉え、視聴者にリアルタイムで送ることができれば、その後に津波が襲来すると予想される地域の方々にリアリティをもって避難を強く呼びかけることができるのではないか。また、津波襲来後に建物の屋上などに取り残された方々の情報を上空からの映像で伝えることで、救助隊による公助だけではなく、住民による共助の一助にもなるのではないか」......前述の覚書の前文には、こう書かれています。

また、過去の災害報道では被害が大きい場所に全局の取材が集中して、災害の全体像が見えないという指摘も教訓となっています。そこで、4局がヘリコプターの取材エリアを分担し、生中継の映像を共有することで、1つの視点ではなく4つの視点からより多くの情報を視聴者に届けて、避難の促進や人命を救うことにつなげることを目標にしています。「名古屋モデル」は、系列の枠を超えて4局が連携する取り組みです。

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<昨年の「名古屋モデル」4局合同訓練のヘリ映像

「名古屋モデル」の発動条件は、「愛知県および三重県のいずれかの沿岸部に大津波警報が発表された時」です。大津波警報の発表と同時に自動的に発動となり、原則として24時間有効(4局の報道責任者の合意で延長・短縮可能)。その間は各ヘリコプターの空撮映像を4局の共有素材として自由に放送することができます。映像だけではなく、ヘリからの音声リポートも各局で使うことができます。

取材エリアについては、愛知県と三重県の沿岸部を4つのエリアに分け、離陸順などに従って4局のヘリがいずれかのエリアを担当します。4機が飛ぶことができれば、愛知県と三重県の沿岸部をほぼ網羅できます。両県の沿岸部には、南海トラフ地震の発生時に、10分程度で津波の第一波が襲来すると想定される地域(津波予報区の愛知県外海、三重県南部)があります。一方で、伊勢湾内に位置する名古屋市は、地震発生から津波の第一波到達まで約100分かかると想定されています。津波は地震発生直後に愛知、三重の外海を襲った後、伊勢湾内に入り、沿岸の街を襲い遡上します。取材エリアは、下記の図で示すように、「名古屋市および知多半島方面」、「三重県南部方面」「三重県北部方面」「西三河および東三河方面」の4方面としています。

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「その時」に備える 現状と課題

4局の取材エリアの担当は「名古屋モデル」が発動した直後に決定します。大地震の直後は電話やメールなど通常の通信が途絶える可能性があるため、4局には「名古屋モデル」専用の無線機が配備されています。発動直後にお互いに無線で連絡をとり、4局のヘリの状況を確認して、取材エリアを決定します。大地震直後は4機すべてがすぐに飛行できないことも考えられ、たとえば2機しか飛行できない場合の割り振りなど、さまざまなケースを想定しています。4局による無線連絡がスムーズにできるよう、毎月1回、4局合同での無線訓練を実施しています。デスクや泊まり勤務を行う記者ら、報道のスタッフ全員が無線に習熟し、いざという時にスムーズに4局で連絡が取れるようにするためです。

年に1回は4局で実際にヘリを飛ばす合同ヘリ訓練も行っています。訓練は南海トラフ地震が発生したことを想定し、取材エリアの決定から、4局間連絡、ヘリの飛行などを実際に名古屋モデルの発動時と同様に約2時間かけて行います。各局は4機のヘリ映像を使って、多くの報道・技術スタッフが参加し、それぞれ特番の訓練を行っています。

訓練後には4局の災害担当デスクや技術担当者で反省会を行いますが、さまざまな課題が提示されます。「取材エリアの設定は現状のままでよいか」「ヘリのカメラマンのリポートは、どのようなコメントが求められるのか」「ヘリの現在地をどのように4局で共有したらよいか」など......

毎年の訓練で感じている課題は、「ヘリ4機が別々の場所を飛んでいても、いざ1機が津波の映像を捉えると、その映像のオンエアを続けてしまい他の3つの映像が視聴者に伝わらない懸念がある」という点です。海岸に接近する津波を伝え続けることで避難を呼びかけることは非常に重要なのですが、その時、愛知と三重の上空には最大で4機のヘリが地上や海の映像を捉えているわけです。広いエリアに多くの視聴者を抱える中、「地上や海を捉えている4つの眼を4局が最大限に生かし、視聴者に伝えるにはどのような方法がベストなのか」を考え続けてなくてはいけません。

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<昨年の4局合同訓練 メ~テレの模擬特番画面

「名古屋モデル」の4局の放送エリアである愛知・岐阜・三重の3県は東日本大震災以降、震度5弱以上の地震が発生していません。全国的にも珍しい「地震無風地帯」となっています。しかし、地震の歴史を見ると、津波を伴う巨大な地震にたびたび襲われ、今は南海トラフ地震がいつ起きてもおかしくない時期に入っています。普段、地震や津波に慣れていない人々に正確な情報を伝え、的確な避難行動をとってもらうために「名古屋モデル」は重要な役割を果たすと考えています。

「その時」に備えて、今後4局の担当者が替わっても、課題を解決しながら連携をより深めていきたいと考えています。

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