テレビ報道は感染拡大抑制の一助になり得たのか~「コロナ時代の民放報道研究」③

桶田 敦
テレビ報道は感染拡大抑制の一助になり得たのか~「コロナ時代の民放報道研究」③

2020年春、私が所属する大妻女子大学をはじめとする大学は、新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大に翻弄された。当時、私は学科の教務委員をしていたこともあり、新入生に大学での履修方法を教える立場にあった。高校までの履修と異なり、大学では自分で受ける科目を決めなくてはならない。一方で、語学やゼミなど少人数であらかじめ履修する科目と時限が決まっているものもあるなど、新入生にとって履修登録はかなり複雑なオペレーションなので、その説明のオリエンテーションを対面で行うことを計画していた。だが、新型コロナの脅威がさまざまなメディアによって拡散され、政府の対応も曖昧な状況が続く中、大学当局は、急きょ、新年度開始から全面登校自粛を決めた。授業やその他全ての学校行事が休止もしくはオンラインで行われることになった。

新年度の慌ただしいなかで、急きょ、履修に関する説明ビデオや資料を作成し、新入生に見てもらうようにはしたが、口頭での説明も一切ないままで学生に正しい登録ができるわけはなく、混乱を極めた。その後も、連日テレビから流れてくる新型コロナに関するさまざまな情報は、過剰なまでに学生だけでなく教師にまで影響が及び、それは2年を経た現在でも続いていると言わざるをえない。

そんななか、テレビは新型コロナをこの2年間どう伝えたのだろう? そんな疑問から、これまでやってきた、東日本大震災後の10年の災害報道分析の延長で、新型コロナ報道について分析を行うことにした。最初に手をつけたのは、2020年1月から2112月までの2年間の在京キー局各社の報道量の変化である。本稿は、先に紹介された民放連・本間謙介氏による「コロナ時代の民放報道研究」報告書の「民放テレビ・ラジオ実態調査」と対をなすもので、報告書「Ⅰ. NHKと民放 時系列から見た新型コロナウイルス報道の特徴」の概要をまとめたものである。詳細については報告書をお読みいただければ幸いである。

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<図1 東日本大震災とその後の10年の災害報道の量的変化>

出典:『GALAC20214月号を改編

筆者は、現職に至るまでは在京キー局と地方局で災害報道担当をしていたこともあって、現在でも災害報道に関する研究を行っている。その観点から、新型コロナ報道を考えることを現在進めている。東日本大震災とその後の10年の災害報道の量的変化を示した[i]のが図1である。新型コロナに関しては、2020年1年間の報道量を示しているが、端的に言って、その報道量は、2011年の東日本大震災や原発事故報道の約5倍近くにも及ぶ。もちろん、原発事故は別にして、震災というある意味"点"で起きた事象と、日々感染状況や被害の拡大が報じられた新型コロナ報道を単純に報道量だけで比較することはできないのは承知のうえであるが、その圧倒的な報道量は、新型コロナがいかにメディアにとって重要なニュースコンテンツであったのかがわかる。

新型コロナに関する報道の量的な把握は、(株)JCC提供の「テレビ報道データーベース」[ii]を利用して、在京キー局(日本テレビ、テレビ朝日、TBSテレビ、テレビ東京、フジテレビ)にNHKを加えた地上波在京6社の放送から、「新型コロナ」or「新型ウイルス」でキーワード検索した番組もしくはニュース項目を抽出したテキストデータをもとに以下の分析を行った。

  1. キーワード検索で抽出された番組のジャンル、数などの基礎データを明らかにし、
  2. そのうえで、報道量の時系列変化(全体、局単位、ニュース、情報系単位)と政府(あるいは東京都など)が行っている新型コロナ感染対策との関係性を求める。
  3. 時系列変化の中で、KHコーダーを用いたテキストマイニングを行い、頻出語(月単位)を抽出して、共起ネットワーク図を作成して報道内容の変化を明らかにする。

本稿においては、在京キー局の報道内容を一括でまとめたものとNHKの報道を対比させた。

時系列で見た新型コロナウイルス報道

図2は、在京6社の新型コロナ感染報道量と感染者数を、週単位でまとめたものをグラフ化したものである。左軸が報道量(単位:秒)、右軸が感染者数(単位:人)である。黄色で表示しているのが、緊急事態宣言が発出されている期間である。

(株)JCCが提供する「テレビ報道データ-ベース」は、検索語と検索範囲、放送局を指定することにより、JCCが独自にリアルタイムで視聴し、その「内容」を記載した番組データを、項目や番組コーナー単位で抽出できるものである。「内容」には、放送日、番組開始・終了時間、コーナー開始・終了時間、コーナーの時間(秒)、ヘッドライン、放送内容の要約が記載されている。在京6社の全番組から「新型コロナ」「コロナウイルス」をキーワードとして抽出されたニュース項目や情報番組の各項目、新型コロナウイルス関連の番組の放送時間(秒)を週単位で集計しグラフ化している。民放各社は、便宜上、A社、B社などと表記した。また、感染者数を赤線で示した。

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<図2 新型コロナウイルス感染報道と感染者数の推移
(2020年1月~2021年12月)>

新型コロナウイルス報道の特徴を一言で表すとすれば、国内での感染が発覚した2020年1月15日以降、NHK、民放各社とも爆発的に報道量が増加し、1回目の緊急事態宣言が発令される4月初旬が、本調査が終了する2112月までの間のピークとなったことである。その後は、感染者数の増減にあわせてピークを作りながら増減を繰り返すも民放各社は報道量としては減少傾向が続いていく。NHKは、週単位での増減が大きいが、これは、新型コロナウイルス関連の番組、「NHKスペシャル」などが放送されることで、総放送時間量が増えていくことに起因する。

各社の報道時間は、図2のグラフから明らかなように、2020年、2021年を通して、NHKの放送時間が民放各社に比べ圧倒的に長い。また、2回目の緊急事態宣言が終了した21年3月末、テレビ局で言う改編期を境にして報道量が減少する。特に、C社は、20年は民放で最も放送時間が多かったが、21年4月から番組改編があったため21年は民放3位に落ちている。また、3回目の緊急事態宣言が発出中で、かつデルタ株によるそれまでの感染者数とは桁違いに多い21年7月末から8月上旬にかけての期間であっても、NHKを含む各社の放送時間量が低いのも特徴の一つと言える。

頻出語から見た新型コロナウイルス報道

JCCが提供する「テレビ報道データーベース」から、「新型コロナ」「コロナウイルス」をキーワードに検索して得られた「内容」に記載された報道内容の「要約」を、1カ月単位でNHKと民放(在京キー5社分を一括)に集約し、KHコーダーによるテキストマイニングを行った。要約には、事実関係以外に「映像」「スタジオ」などの報道内容を説明する語句も含まれるため、それら(具体的には、映像、スタジオ、コメント、解説の4語句)を除いて頻出語の抽出を行った。

頻出語の比較から、NHKの報道と民放各社の報道内容の差異がある程度読み取ることができる。新型コロナウイルスに関連する報道内容の検索を行っているため、「新型コロナウイルス」や「感染」といった語句が上位を占めているのは当然であるが、在京社の報道内容と言うこともあってNHK、民放どちらも「東京」というキーワードが上位にきている。特に民放はその傾向が強いことがわかる。これは、2021年においても顕著である。また、NHKでは、地域は「東京」以外は30位に入っていないが、民放では「横浜」「大阪」「沖縄」といった地域が、感染者が多いこともあり、30位以内に入っている。さらに6月、7月は「新宿」が入っている。これは、小池百合子東京都知事が、感染拡大の一要因として「夜の街"新宿歌舞伎町"」と名指ししたことを受けて、歌舞伎町を中心とした地域を民放各社が重点的に取材していたことの反映だと考えられる。

21年における頻出語の特徴は、NHK、民放ともに「ワクチン」「接種」といったキーワードが上位にあがっていることだ。待ち望んでいたワクチンの開発とその有効性の報道、ワクチンの確保、供給と実施状況などが日々ニュースとなって取り上げられた。

調査から見えた課題

テレビ報道は、何か事象が起きた時に、飛びついたように集中的に情報を発信していくが、災害過程にはフェーズがあり、それぞれ必要な伝達要素があり、それらを必要とする人たちに届ける役割がある。そういった観点からすると、実際に新型コロナによる被災者が2年間の中で最も多い21年後半の第5波の際が、それまでの報道量において最も少なかったという現実は見逃せない大きな問題である。報道内容においても、相も変わらず新規感染者の数や過去最多の感染状況といったパターン化した後追い報道に終始したのは、明らかである。

「対策」というキーワードが、NHKで9位、民放に至っては19位(ともに2021年8月における頻出語)で、有効な手立てや対策について十分に言及していなかった結果として、感染拡大を抑制する一助になり得なかったのではないだろうか。

コロナウイルスも刻々と変異し、人々に与える影響も変化していく。もちろん、感染症対策は政府や自治体の重要な課題であるが、何をどう住民に伝達して被害を少しでも抑えるか、あるいは、住民はどんな情報を求めているのかをすくい上げるのも放送メディアとしての重要な役割である。日々のニュースにおいてもマンネリ化やパターン化せず、何が重要で何がポイントなのかを的確に把握して報道することが求められるのではないだろうか。


[i] 株式会社JCCから提供をうけた在京キー局6社の放送メタデータをもとに、キーワード検索で得られた番組やニュースコーナーの時間を年度単位で集計したもの

[ii] https://www.jcc.co.jp/rean/tvdb.html2022年2月26日最終閲覧)

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