「今回も主要先進国で最下位」(朝日新聞デジタル)、「韓国に大差をつけられ116位」(プレジデントオンライン)――。これらの見出しを見ただけで何の記事かピンとくる人は、多いのではないだろうか。7月に世界経済フォーラム(WEF)が発表した2022年度版の「ジェンダーギャップ指数」について、日本の順位を伝えるものだ。
2005年にWEFが公表を始めたこの指数。政治、経済、教育、健康の4分野における男女間の格差を指数化したものだが、対象の国を倍増した06年のデータをみると、日本は115カ国中79位と、G7の中で最下位だった。22年が146カ国中116位だったので、相対的な順位はずるずると下がってきている。
一方、06年に70位だったフランスは22年には15位にまで上昇。77位だったイタリアも22年には63位へと順位を上げた。06年時点で日本と似たような状況だったフランスは、わずか15年ほどで男女格差を大きく解消してきていることが分かる。イタリアについても、G7のなかの順位は6位と低迷しているが、ジェンダーギャップ解消の傾向にあるようだ。こうした状況をみると、冒頭のような手厳しい見出しが日本のメディアで踊ることは必然であろう。
ジェンダーギャップ指数は昨今、さまざまなメディアで大きく取り上げられており、筆者が教鞭をとる大学でも、多くの学生が日本の順位が相当に低いという認識を持っている。
それでは、日本のメディアはいつごろから、この指数に注目しているのだろうか。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、そして日本経済新聞の全国紙4紙のデータベースにあたってみた。WEFが公表を始めた当初からしばらくは、新聞によっては全く取り上げない年もあった。また、報道したとしても、主に日本の順位を伝える短めのストレートニュースが中心だった。
潮目が変わり始めたのは2012年、13年ごろ。安倍政権が「女性の活躍」を掲げたことが一つのきっかけだろう。多くのメディアがこの指数を引用して、日本の"後進性"を指摘。女性の地位向上に向け、政権に注文をつけた。
例えば、14年10月28日の朝日新聞朝刊では、日本の議員、企業幹部における女性比率の低さを問題視し、諸外国がクオータ制やパリテ法(フランスなどで施行された候補者男女同数法)などの導入によって、男女間格差の解消に向かっていることなどを伝えている。ジェンダーギャップ指数のニュースの取り上げ方は、より大きくかつ具体的、分析的になっている。
日本のジェンダーギャップについて憂い、先進事例に習って男女格差解消を訴えるマス・メディアだが、報道機関のジェンダーギャップ解消に向けた努力などは、どうなっているのだろうか。報道する側がジェンダーバランスに無頓着であるとしたら、新聞紙上やテレビ・ラジオで訴えていることの説得力に欠けるというものだ。
コンテンツにも影響「ジェンダーバランス」
この拙稿が「民放online」に掲載されるということもあり、今回は放送業界、なかでも報道・番組制作に関わる「体制や組織」について考えていきたい。こうした「オフスクリーン」の問題は、「オンスクリーン」、つまりコンテンツそのものと密接に結びついていることは言をまたない。
詳しくは拙稿「メディアとジェンダー:メディア業界におけるジェンダーバランスの現状と改善に向けて」(21年12月7日公開)に譲るが、放送業界において、女性従事者の割合が高まっていることは間違いない。しかし、編集トップ、制作部門のトップにほとんど女性がいないというのが現実だ。
12の国と地域を対象とした各国のテレビ、新聞などの主要メディア10社の編集トップの男女比を調査したロイタージャーナリズム研究所(英国)の最新調査結果によれば、21年度、日本における女性の編集トップは0%であったが、22年度には9%へと増加した[1]。最下位を脱し11位につけたとはいえ、日本のメディアにおける女性の編集幹部、番組制作トップの割合、依然として非常に少ない。また、デスクやプロデューサーといった現場の要となるポジションに就く女性の数も十分とはいえないだろう。
<女性編集トップの割合>
報道現場における意思決定層に女性が少ないことで、オンスクリーン、すなわちコンテンツにどのような問題が生じるのだろうか。筆者が昨年より行ってきたテレビ業界の第一線で活躍する女性たちへのインタビューをみてみよう。
まずは40代のAさん。ジェンダーをテーマにしたドキュメンタリーを提案してもなかなか企画が通りにくいと日々感じている。男性上司は得てしてジェンダーの問題を敬遠する傾向にあるという。「意志決定者層を男性ばかりが占めていることの弊害は大きい」と力を込める。
同じく40代のBさん。時間との戦いとなる報道は、じっくり話し合う余裕がない場合も多く、絶対的な多数を占める男性の目線で物事が進むケースが少なくないという。待機児童や少子化といった女性の視点が強く求められるテーマでさえ、男性中心の組織では、多数決の論理で問題設定の変更を余儀なくされることも日常茶飯。こうした理不尽を少しでも改善しようと、女性の有志らと会社側に要望を伝えているが、壁は厚い。
女性は出産や育児で思うように会社でキャリアを積むことができないこともある。自らも子育て中のBさん。「バランスの取れた経歴がないと、デスクや部長に取り立てられない」という空気を感じており、こうした会社の現状に憤りを隠さない。男性中心の現状を少しでも変えるには「局として女性を幹部に意識的に引き上げる仕組みがないと、いつまでたっても女性の管理職は増えない」
こうした現状を聞くにつけ、日本のテレビ報道の現場が構造的に男性優位となっていることを筆者は危惧する一方、この状況を早急に変えていく必要があると訴えたい。
"上から目線"にならないために
マス・メディアの役割の一つは、情報を取捨選択し、社会に対して問題を提起する議題設定機能(アジェンダ・セッティング)だろう。ところが、インターネットの発展で、多くの人が多様な立場からSNSなどを通じて情報発信している。マス・メディアが従来備えていた「特権的な立場」は薄れ、相対化されつつある。また、いかにも特権的立場を振りかざすような立ち居振る舞いは、"上から目線"と受け止められ、せっかくの議題設定機能も視聴者・リスナーや読者離れを加速する引き金にもなりかねない。視聴者・リスナーや読者の半分は女性という現実一点をとっても、メディアの側もジェンダーバランスを考慮し、多様な属性をもつ人たちが、報道や番組制作の現場で意思決定に関わることがいかに重要かが分かる。
英国の公共放送BBCでは局内のジェンダーバランスの平等実現に向け「50:50(フィフティ・フィフティ)The Equality Project」に取り組んでいることをご存じの方も多いのではないだろうか。番組に登場するキャスターや記者、専門家らの男女比を50:50にするだけでなく、そこで働く人の役割分担も50:50を目指すという取り組みだ。この流れはBBCにとどまらず、一部のドイツや米国、オーストラリアなどのテレビ局にも広がっている。
日本の放送局が一足飛びでそこまで到達することは難しいだろう。民放連がまとめた『日本民間放送年鑑2021』によると、放送局の女性従事者は2020年で約25%だった。一方、デスクやプロデューサーなど管理職以上の女性は15%にとどまる。筆者としては、管理職以上の役職の女性割合を早急に30%まで引き上げるべきと考えている。全体の30%というのは存在を無視できない「クリティカル・マス」を形成するには十分な数字だろう。
女性役員が増えることも重要であるが、まずは番組制作の要となるプロデューサーやデスクといった役職にバランスよく女性を配置する必要がある。もちろん、女性といっても男性のような考え方をする人もいるだろうし、育児、介護などケアワークへの関わりによっても立場は大きく異なるだろう。そのうえで、多様な考えを持つ女性を積極的に登用することが、マス・メディアとして幅広い視点を提供する土台となる。
[1] Women and leadership in the news media 2022: evidence from 12 markets | Reuters Institute for the Study of Journalism (ox.ac.uk)