【民放報道の現場から④】 防災に関する報道の地域連携と事前防災の取り組み

太田 祐輔
【民放報道の現場から④】 防災に関する報道の地域連携と事前防災の取り組み

民放連では、民間放送の価値を高め、それを内外に広く伝えることに力点を置いた「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」を策定し、2022-2023年度の2年間にわたり取り組んでいる。その具体的取り組みとして、報道委員会(委員長=大橋善光・読売テレビ放送社長)は、報道現場を熟知する担当者によるシリーズ企画「民放報道の現場から」を始めることとした。報道に関するトピックや実情などを、定期的に掲載する。
4回目は、防災士の資格を持つ九州朝日放送(KBC)の太田祐輔氏が、"命を守るための放送"を実施するために構築した地域連携のシステムを解説する。


災害時の自治体との「顔の見える関係」

2021年8月16日の夕方、私の社用携帯電話が鳴りました。電話に出ると相手は佐賀県小城市の防災担当者。内容は「小城市内にがけ崩れが発生しそうな場所があり、孤立しそうな集落がある。その地域に向けて避難を呼びかけているが、まだ避難されていない方がいる。KBCでその情報を流すことはできないか」というものでした。

九州朝日放送(KBC)と小城市は21年7月21日に防災に関するパートナーシップ(以下、防災協定)を締結しています。その協定に基づく依頼でした。電話を受けて、すぐにラジオの担当者に連絡しました。ラジオではちょうどスタジオから生放送が行われている時間。スタジオから小城市の防災担当者に電話をつなぎ、私が聞き手となって、今起こりつつある危険について伝え、ラジオを聴いている方でその地域の住人に知り合いのいる方は、すぐに連絡して避難を呼びかけて欲しいと伝えました。またその情報をテレビのL字情報にも反映させました。

災害発生時に自治体が住民に避難を呼びかける手段としては高齢者等避難、避難指示などの避難情報があります。しかし、その時点で小城市では8月12日17時に避難指示が出されている状況で、既に発令から時間がたっており避難情報に対する住民の感度も少し下がっていることが想定されていました。

KBCが福岡・佐賀の自治体と締結している防災協定には、「いのちを守るための情報があれば、いつでも連絡を取れる顔の見える関係を作っておくこと」がうたわれています。小城市の事例では、自治体から各放送局にLアラートを通じて送信される避難情報を補完し、"いのちを守る"ための貴重な情報を地域住民に伝えることができました。これは、防災協定があったからこそ、放送が迅速に対応できたものだと考えています。

住民のいのちを救うための防災協定

KBCと福岡・佐賀の自治体(従前より災害報道に関する協定が存在した福岡市、北九州市を除く)は災害時・平常時に住民のいのちを救うための防災協定を締結しています。最初の締結が2018年の6月の柳川市でした。きっかけは17年7月に発生した九州北部豪雨。福岡県、大分県で死者行方不明者41人を出したこの災害は、昼間に発生したにも関わらず、大きな被害が出てしまいました。「自治体とKBCが普段から連携を深めることで、いのちを救う取り組みができるのでは」という思いから各自治体との防災協定の締結がスタートしました。

協定の柱は大きく分けて2つ、「災害時」と「平常時」にいのちを守るための取り組みを自治体とKBCが協力して行うというものです。「災害時」には冒頭ご紹介した小城市のように、自治体の防災担当者とKBCの担当者が携帯電話で連絡を取り合える関係を築き、いのちを守ることに直結する情報のやり取りを行うことを想定しています。そして「平常時」には、KBCと自治体が協力しながら住民の防災意識啓発に取り組むことを目的としています。

「平常時」の取り組みの柱として実施しているのが年に2回実施している「防災ネットワーク会議」です。出水期前の5月には全自治体を対象に、11月はエリアを限定して実施しています。会議では自治体から「災害発生時に1時間ごとに避難所に避難している人数を聞かれる。その情報は本当に必要なのか」「災害時の問合せに関して、キー局からも地域の放送局からも聞かれる。災害時の対応の一つではあるが、もっと効率的に情報を共有する方法はないのか」などマスコミに対する要望が出されます。

KBC側からも自治体の情報発信の仕方についての要望を出し、建設的に取り組みを前に進めるための議論が行われます。またコロナ禍では開催できなかった会議後の懇親会も昨年秋の会議から復活させました。食事をとりながらさまざまな話で盛り上がり、「顔の見える関係づくり」を進めています。

第1回防災ネットワーク会議写真.jpg

<第1回防災ネットワーク会議

「平常時」の取り組みとしては、他に福岡・佐賀県内の小学校などで防災出前授業を開催しています(=冒頭写真)。災害の発生により児童が学校での避難を余儀なくされた福岡県東峰村の東峰学園や、大牟田市のみなと小学校で防災授業を開催しました。みなと小学校ではKBCの夕方ニュース『シリタカ』(月-金、18151900)の長岡大雅キャスターが児童向けに、普段から災害に備えることの大切さ、楽しく備えることの大切さを伝えました。一般向けには自治体が主催する防災講演会に私が講師として参加するなどの活動も行っています。

このように各自治体と連携しての取り組みを進めていますが、課題もあります。それは自治体の防災担当者が人事異動により頻繁に変わることです。自治体の規模にもよりますが、3年ぐらいで担当者が入れ替わることが多いように感じます。担当者が毎年入れ替わる中で顔の見える関係の維持は簡単ではありません。災害が発生しそうなタイミングでは、メーリングリストを通じて、積極的に情報発信すること、私が担当しているラジオの防災番組『KBCラジオみんなで防災』で自治体の取り組みを紹介すること、そして何よりも防災ネットワーク会議のその場でお互いが顔を突き合わせて話し合うことで、その関係をしっかりと「維持」できるように努めています。

「限界」を知り、「連携」していく

災害に立ち向かう中で大切なのは「限界」を知り、「連携」することだと考えます。災害対策に特化した部署が存在しない町・村レベルの自治体では、1人ないし2人のスタッフで日常の防災対策をしているのが実情です。

また、私たち報道機関も、エリア内のマス向けの情報を出す必要があり、一つ一つのエリアの細かい情報をすべてフォローすることはできません。そして「共助」を支える地域も高齢化、活力低下などの問題を抱えています。それぞれの「限界」があるからこそ「連携」し、お互いが補完し合うことが必要です。そのための取り組みが、KBCが自治体と締結している防災協定だと考えています。
今後も放送という枠を超えて、地域防災に取り組むことで地域に貢献できるように取り組んでいきたいと考えています。そしてその取り組みの中で生まれた「連携」と「関係」は私たちが目指す"いのちを守るための放送"にも活かされるものだと考えています。

 

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