9月、ホウセイケン(「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」)の下に「公共放送WG(ワーキンググループ)」が設置され、議論がスタートしました。
来年6月に最終報告を取りまとめる方針で、これをもとに法案作成作業などが進みます。内閣法制局からの厳しいチェックを受けたうえで、法体系全体に矛盾がない法案を作ります。他省庁や国会議員への根回しも進めながら、再来年の通常国会での提出・成立を目指します。全体で2年がかりの作業。その入り口となる有識者会議については私も「どうせシナリオがあるんでしょ?」なんて考えていました。しかし実は、けっこう熱い議論が交わされているんです。
スケジュールにもワケがある
有識者会議はたいてい秋口にキックオフします。通常国会閉幕を待って遅くとも8月初旬までに役所の人事が行われ、担当の局長・課長らの顔ぶれが入れ替わります。そして内閣改造で大臣が決まります。これら幹部の了承を得てからでないと、有識者会議の新シーズンは始められないのです。そして年末または年度末までに中間報告、翌年6月までに最終報告を取りまとめられます。
ホウセイケンの例で見てみましょう。
昨年は、7月に総務省幹部人事が終わっていたものの、菅首相退陣により自民党総裁選が行われ、金子新大臣が10月に就任。さらに衆院選もあったため、ホウセイケンは11月にようやく初会合をむかえました。通常のペースに追いつくため3週間に1回と、ハイペースで進められました。
民放連・NHK・TVer・新聞協会が意見陳述し、1月にはキー局HD2社が要望を説明しました。3月には三友座長が長野県に出張しNHK長野局を含む5事業者と意見交換。その報告もなされています。そして3月末に「論点整理」が公表されました。
4月以降はテーマが少し変わり、「マスターのクラウド化」についてアマゾンウェブサービス社(AWS)幹部が出席する場面も。
そして最終報告書となる「取りまとめ案」は6月24日に基本了承。その5日後には幹部人事があり担当局長が交代しました。前任の吉田博史さん(現・国際総審)はギリギリで成果を見守れた、ということになるのでしょう。
3週間の意見募集(パブコメ)では、事業者・団体85および個人25から合計110件の意見が寄せられました。その一部は修文に反映され、「取りまとめ案」から「案」の字がとれて、8月5日に公表されました。
なお、この5日後には内閣改造があり、寺田稔大臣が就任しています。
"親に子がぶら下がる"
有識者会議では、「子(こ)会議体」を設置することがあります。「分科会」とか「WG」などと名付けられ、より専門的見地から詳細な検討を行う場となります。
親会(おやかい)からは、子の議論をリードする「主査」ら数人が兼務派遣され、同時に子の議論に必要な専門知識をもつ有識者が数人加わるケースが多いです。
ショカダイ(「放送を巡る諸課題に関する検討会」)には、地域情報確保、視聴者プライバシー保護、衛星放送未来像、新CASなど、6年間で10以上の子会議体がぶら下げられました。子での議論は取りまとめて親会に報告され、一部は親会の最終報告に盛り込まれます。
ホウセイケンにも、ミニサテ局以下を対象とする「共同利用型モデル」についての「作業チーム」がぶら下げられました。その結論は、親会=ショカダイの「取りまとめ」第3章に、まるまる収められています。
ときには、「孫(まご)会議体」ができることもあるようです。
顔ぶれからわかること
有識者会議の開催(または再開)発表があると、私はメンバーに注目します。座長が誰になるかも大切です。事務局=総務省「放送ジマ」(注:詳しくは前回拙稿参照)が進めたい"議論の向き"が透けて見えるからです。ホウセイケンは放送政策課が事務局を担い、座長には三友仁志早大大学院教授が選ばれました。秋にスタートした、子の公共放送WGも同氏が主査を兼ねています。
放送関連の有識者会議は長い間、憲法や行政学の権威が座長を務めてきました。2000年以降を見ても濱田純一・長谷部恭男のおふたりは憲法学者です。放送行政を考えるに当たり、「表現の自由」や「知る権利」といった憲法上の問題を避けては通れないためで、憲法学者をトップに据え、その下に情報通信やメディア論の研究者、消費者団体の代表などが並べられてきました。
しかし、ショカダイの多賀谷一照座長は、電子データや個人情報保護に詳しい一方、港湾法や入管法なども幅広く手がける行政法学者。NHK経営委員や行政書士試験の作成委員も務めてきました。
またホウセイケンの三友座長は、情報通信と社会・経済の関係を研究してきた学者で、デジタル技術の進展をどう政策に反映させていくかに関心が強いことが、これまでの発言からもうかがえます。
これらの人選は、「表現の自由」や「知る権利」を事務局が軽視していることの表れ、ではないようです。多賀谷氏も三友氏も、バラバラの分野から集まった専門家らの意見が拡散しないよう取りまとめる実務能力が高いため、起用されたのです。
有識者会議は「法律・制度を創設・改正するための場」として存在し、座長は、議論をある程度まで活性化させつつ、事務局の想定範囲内に着地するよう司会進行する役割が求められています。世の中の多くの会議がそうであるように、大まかな方向性と期限が与えられているわけです。
ホウセイケンには、電通総研の奥律哉フェローら "常連さん" に加え、新たに、フィンテックに詳しい落合孝文弁護士と瀧俊雄マネーフォワード執行役員が入りました。金融の世界は技術進展を追いかけて制度・法律の変革が進み、利用者もインターネットバンキング等のサービスを享受しています。放送も、技術進展と視聴者ニーズに合った変革が求められていることは間違いなく、私も2人の発言に注目しています。
また、2人は政府の規制改革推進会議のメンバーでもあります。安倍政権下において、同会議は放送行政における規制緩和を強く要求してきたので、2人の起用には総務省(および放送業界)の取り組みを "体感" して、理解してもらう狙いもありそうです。
こうしたメンバー調整の結果、「メディアの果たすべき役割」などの議論に時間を割きすぎることなく、「認定放送持株会社傘下の地域制限撤廃」や「放送ネットワークインフラの将来像」といった一定の成果を出せたように見えます。
プロスポーツでの出場選手起用になぞらえれば、昨年1年間のホウセイケンは「守り」より「攻め」の選手を揃えて試合に臨んだ、と言えそうです。
審議会との違い
なお、総務省にもデンカンシン(電波監理審議会)やジョーツーシン(情報通信審議会)など、法令に基づき置かれている審議会があります。デンカンシンは総務省設置法第8条で、ジョーツーシンは政令である総務省組織令第121条で、それぞれ「置く」と定められています。
一方、ショカダイ、ホウセイケンなどは「研究会等」と呼ばれ、2つとも総務大臣の「私的諮問機関」という位置づけ。「私的」と言いながらも役所が全面的に事務局を担い、役所内で開かれ、法律・制度の新設・改正に強い影響を及ぼしていることには古くから批判もあるそうです。ただ、技術進展や社会情勢の変化によって新たに生まれる課題に対応するためには、いちいち法律・政令を改正して、審議会を新たに設けるという煩雑な手続きは取っていられない、という気持ちもわからなくもありません。総務省の情報通信部局だけで、毎年10前後の新たな研究会が立ち上げられています。
結論ありき、で進まないのか?
大臣や担当局長が頭で描いた方向に結論が向かうことは過去にもありました。しかし、公文書管理・情報公開の精神が定着していく中、水面下で一部権力者が決めたとおりになる、というのは難しくなっています。
ややこしい調整ほど、少人数で集中的に議論したほうがまとまりやすいのは当然です。自民党の税制調査会も幹部数人だけが「インナー」と呼ばれ、非公式幹部会議でその時々の税制改正の方向性を決めています。
総務省のショカダイでもメンバー16人のうち、インナー3人が報告書の下書きを担当しました。新美育文明治大教授・大谷和子日本総研法務部長・宍戸常寿東大大学院教授の3人(初期メンバー。その後、変動あり)。
インナー会議は傍聴が認められませんでしたが、しかし実は、総務省ホームページに議事要旨が公表されています。44ページにわたる報告書(取りまとめ)がどのように肉付けされていったのか、ある程度は議論をたどれるのです。インナー会議はショカダイの子会議体の扱いで、「取りまとめ案起草委員会」と名付けられています。
ホウセイケンのほうでインナーが活躍したかは不明ですが、6月24日の第12回会議の議事要旨を見ると、会議冒頭で示された「取りまとめ案」への各メンバーの意見に対し、飯倉主税放送政策課長が「何かちょっと記載できる感じで考えたい」とか、「(その部分は)今回は踏み込んで書きにくい。(今後)検討できればなと思っている」などと応じています。メンバーと事務局とで、最終報告案を磨き上げている様子がうかがえます。
有識者会議の味わい
これまで私も原稿を書くために、多くの審議会・研究会を傍聴しました。
コロナ禍以降はウェブ開催だけの会議が一気に増え、時にシステム不調により音声すら満足に聞けない研究会もありました。「情報通信を所管する役所で、テレワークも推進しているはずなのに」とがっかりさせられることも一度や二度ではありませんでした。
開始時刻になっても始まらないなと思ったら、いつの間にか断線していたことも。私のほうの通信事情のせいだったかも知れませんが、開始前に音楽でも会場内の雑音でも流しておいてくれれば、冒頭の大臣挨拶を聞き逃すこともないのに、なんて不満に思うのでは甘えすぎでしょうか......。
事務方資料を説明する若手幹部にとっては、有識者会議は晴れの舞台となります。
入省10~15年目ぐらいの統括補佐や企画官といったクラスの官僚たちですが、説明の巧拙だけでなく、進行が遅れれば説明を割愛して急ぐなど、臨機応変な対応ができているかなども注目してみてください。「上手だなあ」と思わせた若手幹部が、数年後に重要課長ポストに就くことが多いような気がします。
有識者会議は1時間半から2時間あるので、傍聴中にメール処理などをしたくなります。また、冬には暖房で頭がぼうっとして、眠気に襲われることもあります。しかし、2時間なら2時間、資料を見つつ議論に集中すると、取り上げられている問題の歴史的経緯、技術的課題、各方面の意見の相違などがハッキリとつかめます。私はそう気づいて以降は、できるだけ会議の流れに没入するように努めています。
傍聴者の目の前で緊迫のヤリトリ
最も記憶に残っている審議は、ショカダイの第13回です(2016年12月13日)。
この日は、NHK・民放連・新聞協会が出席。ネット常時同時配信に向け放送法改正を求めたNHKに対し、民放連は「国民的議論がまだ不十分だ」と指摘。新聞協会も「NHKは三位一体改革が不可欠で常時同時配信のみ法改正を先行させることには反対だ」などと意見陳述しました。
三者に対するメンバーからの質疑がひと段落したところで、多賀谷座長がA4で1ページだけのカミ(資料)を配布しました。傍聴者席の私も係員からカミを受け取りました。有識者会議では通常、会場入り口で資料をまとめて配布されるので、私は「へえ、途中でカミを配ることもあるんだ」と思いました。
カミには「民間事業者との連携・協力を前提としたうえで、災害時や地域情報、報道・教育などの良質なコンテンツがネットにおいても いつでも視聴できる環境を整備することが求められているのではないか」とありました。
「これはNHKに常時同時配信を認めようとするものだ!」と、私は驚きました。
多賀谷座長に指名されたメンバーらが次々にこのカミへの賛意を示します。その数は10人を超えましたが、講談社の瀬尾傑構成員と、知財に詳しい弁護士の三尾美枝子構成員が異論を唱えました。
しかし多賀谷座長は「ニュースを中心に、信頼できるナマモノを流すのが放送の役割だ」「民放も一緒でなければいけないという意見が多かった」などと述べ、議論を締めくくろうとします。
「え、強引じゃない?」と戸惑う私。
「座長!」
民放連の堀木卓也企画部長(当時、現 専務理事)が高く手を挙げ、発言を求めます。
「民放とともにと言われても、まだネット配信は試行錯誤の段階です。足並みをそろえてというわけにはまいりません。個社の経営判断に制約を与えかねないようなことは避けていただききたいと思います」
民放にまで努力義務が課されないよう、必死の抵抗です。しかし、居並ぶ有識者らの大半が多賀谷座長のカミに賛成しています。
私は「民放連や新聞協会があんなに反対しているのに、押し切られちゃうんだなあ」と感じました。
ところが今度は、高市早苗大臣(当時、現 経済安全保障担当大臣)が挙手し発言を求めました。
「座長、わたし、もう少し民放テレビ局の意見を聞きたいんですよね」
私はふたたび驚きました。こんな公開の場で、 "ちゃぶ台返し" が行われるなんて......。
その後、各方面を取材したところ、当時の総務省担当幹部が、NHKの常時同時配信を盛り込んだ放送法改正案を国会提出すべく、ショカダイを使って取りまとめを狙ったものの、大臣が退けたらしい、ということがわかりました。
この文章を書くにあたり、あらためて総務省ウェブサイトの議事要旨を確認しましたが、かなり丸めた形での記載でした。ナマで傍聴してシビれた、あの緊迫感はうかがえませんでした。
これ以上にドラマチックな場面には出会えないかもしれませんが、これからも有識者会議の議論に真剣に耳を傾けていきたいと思っています。
なお本稿は個人的意見でして、文責は私にあります。