横浜で放送ライブラリーを運営する放送番組センターは11月20日、番組アーカイブを教育や研究活動にどう活かすかをテーマに公開セミナーを開いた。東京の上智大学を会場にオンラインを活用したハイブリッド形式で、司会はセミナーを共催した同大学メディア・ジャーナリズム研究所の音好宏所長が務めた。
同センターが収集・保存した番組は放送ライブラリーでの公開だけでなく、2013年度からは図書館や博物館などの公共施設で視聴できる「サテライト・ライブラリー」、20年度からは大学など教育・研究機関で教材として利用してもらうサービスをそれぞれスタート。利活用の場を拡充している。
図書館・博物館が対象の「サテライト・ライブラリー」は本年度、全国14の施設が個別ブースを設け、利用者はストリーミングで番組を視聴する。6月には沖縄県立図書館が同サービスの周知を兼ねたセミナーを開いた。教育・研究機関では、教員からの申し込みにもとづいて同センターが当該番組の権利処理を行い、ストリーミングで授業に供される。コロナ禍による在宅授業の増加などのニーズもあり、オンラインによる学生の個別視聴にも対応する。大学だけでなく中学や高校では修学旅行の事前学習などに各地域の番組が活用されているという。これまで33校の77授業で利用され、受講者は5,500人に上る。
この日のセミナーは、まず関西大学社会学部の松山秀明准教授と毎日放送(MBS)でローカルドキュメンタリー『映像』シリーズを手がける奥田雅治プロデューサーが、同大学とMBSの連携講座を紹介した。本年度春期に行った同講座は『映像』シリーズから沖縄のジャーナリズム、JR福知山線事故、原子力開発、過労死を扱った番組など7本を抽出。学生が事前にオンライン視聴できる仕組みを放送ライブラリーのシステムを使って構築し、授業では奥田プロデューサーをはじめ各番組のディレクターらが放送ジャーナリズムの現状と未来について講義を行った。
「ネット上の短い動画やバラエティ系の番組に慣れ親しんだ学生にとって、60分の長尺ドキュメンタリーを見ること自体が初めての経験だったのではないか」と松山准教授。しかし、番組は早送りできないよう設定、メモをとりながら視聴するように指導することで、「番組を真剣に視聴する態度を醸成できた」。また、授業で番組スタッフとのリアルな対話を行い、作り手の「顔」や番組ができるまでの仕組みをわがこととして理解できる有用な場になったという。奥田氏は「事前視聴で番組をフル尺で見てもらえる。分かりにくいところは繰り返し再生もでき、実際のオンエアより深く内容を理解してもらえた」「ふだんのオンエアでは得られない若い視聴者層からのダイレクトな感想や意見を肉声で聞くことができた」と作り手の立場からの気づきを強調した。過労死を扱った番組で遺族が実名でしかも顔出しで出演していることに、学生からは「信じられない」「SNSの時代に自分なら絶対に取材は受けない」などのリアクションも。このため、局側からは放送や新聞が真実性を確保するための「実名原則」について丁寧に説明していることなど、相互理解を深める機会になったとのエピソードも披露した。
NHKエンタープライズの加藤久仁・イノベーション戦略室エグゼクティブ・プロデューサーは、同社が提供する「オンライン授業用ライブラリー」のサービスを紹介した。『NHKスペシャル』や『映像の世紀』『プロジェクトX 挑戦者たち』などNHKの幅広い教養番組から201本を厳選。大学の学生や教職員向けに教育目的に限定して視聴できる有償の映像ライブラリーだ。「一級の学術的資料である動画コンテンツを有効に社会還元したかった」と加藤氏。新型コロナの感染拡大で対面授業ができなくなり、オンラインでも授業の質を落としたくないという大学側の声も後押しした。このため、ネット配信のための著作権処理やシステムの構築、保守・運用はNHKエンタープライズ側で行い、学生たちが自宅や移動中のスマホでも見られるようにした。教員の側にも優れたドキュメンタリーに触れてもらうための「利用の手引き」を用意するなど学習支援も行っており、利用した学生や生徒たちからは「歴史は苦手だけど動画には没頭できた」「何度でも繰り返し視聴できて理解が深まった」などの手応えを感じているという。
<左から松山氏、奥田氏、加藤氏>
これらの経験から、「ドキュメンタリーこそが一番の教材だ」(松山氏)、「学生のふだんの勉強はまだまだ活字頼り。しかし、ドキュメンタリーからは主人公の"表情"や"声"など文章では得られないものが映像で伝わってくる。生きた知識が得られる」(加藤氏)などと放送番組を教材として活用する意義が相次いで挙がった。
こうした映像アーカイブ教育をさらに実りのあるものにしていくためには、フランスのINA(国立視聴覚研究所)のような一元的な放送アーカイブセンターが日本にも必要との意見も。同構想については、政府が関与することへの懸念など日本の放送界では抵抗感が根強いことを司会の音氏が紹介した。これに対して、「若い作り手には過去の名作に刺激を受けてステップを踏んでもらいたい。しかし、自社のアーカイブで自局の番組は見られるが、他局のアーカイブは見ることができない」(奥田氏)との指摘もあり、「各局の番組アーカイブが連携できる仕組みづくりが急務」(松山氏)、「各局や各機関が有するアーカイブの情報をネットワーク化していくことが必要」(加藤氏)との提言が出された。
フロアやオンライン聴講者を交えた質疑では、放送局側にもアーカイブの有用性に対する認識に温度差があることが指摘されたほか、放送ライブラリーの番組収蔵にさらなるスピードアップを求める意見もあった。最後に音氏が「新聞と放送は一定の信頼性が担保された装置。ネットメディアが勢いを増すなか、オンラインでもアーカイブが展開されていくことが放送メディアの存在価値を高めることになる。情報空間全体におけるインフォメーション・ヘルス(情報的健康)を実現するための日本的なモデルを、人材開発も含めて模索してほしい」と締めくくった。
【訂正】11月25日10時に公開した内容に一部誤りがありました。NHKエンタープライズの加藤氏による「オンライン授業用ライブラリー」サービスの紹介の部分で、NHKが行っている別のサービスと混同した記述がありましたので訂正いたします(11月29日10時修正)。