少年事件報道の実名解禁は何をもたらしたか(上)

山田 健太
少年事件報道の実名解禁は何をもたらしたか(上)

本稿は、2022年4月に施行された改正少年法によって、1819歳の「特定少年」に関する報道の何が変わり変わらなかったのかを確認するものである。そもそも、特定少年は大人なのか子どもなのかという法そのものにかかる課題も念頭に置きつつ、加害者である少年の保護とその事件による被害者の可罰感情等の狭間(はざま)で悩む、取材・報道の現場の状況に触れながら、今般の法改正が誰にとってどのような意味があったのかを考えていきたい。

1.起訴時検察発表

法改正が浮上して以来、取材報道にも少なからぬ影響が及ぶとしてさまざまな議論があった。実際に法が成立してからは、放送・新聞の中でも施行前に勉強会を実施したり、特別企画を組んで対応した社も少なからず見受けられた。そうした検討の前提でもあり、取材・報道の実務のうえで大きな意味を持つと想定されていたのが、以下に示す「少年法等の一部を改正する法律の施行に伴う事件広報について」と題された、2022年2月8日付の最高検察庁の発信文書だ。ここに示された基準で、各地検が少年事件に関する氏名等の公表を実施し、報道機関が一定程度これに拘束されることになると考えられたからである。

文書のポイントは2つある。

1)推知報道が解除はされたが、国会附帯決議に示されたとおり、引き続き少年の健全育成・更生に十分配慮した取り扱いをする。

2)犯罪が重大で、地域社会に与える影響も深刻である場合は、氏名等の公表を検討する。その典型は裁判員裁判事案である。これ以外であっても、社会の要請が高い場合などで公表がありうる。

発表時の報道界の受け止めは、「2」の内容に注目し、基準は曖昧ではあるものの、裁判員裁判を1つの基準として、特定少年事案は氏名が公表されるようになるのではないか、というものであった。むしろ理屈からしても、表現の自由の極めて例外的な制限条文であった少年法61条に適用除外の規定が加わり、いわば「原則に戻る」のであるから、検察発表は相当程度に実名公表が実施されるとの想定があったのではないか。

あるいは歴史的な経緯からも、ひと昔前は少年事件も逮捕時において警察は一般に実名を発表していた経緯もあったことから、特定少年に関してはそのレベルに一歩戻る感覚を持っていたともいえるだろう(現在は少年事件の場合、逮捕時の警察発表も匿名が一般的であって、むしろ実名報道は極めて例外的であるとされている)。

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<2022年2月8日付の最高検察庁の発信文書

しかし、4月以降の実際の状況は必ずしも上記の想定とは異なる動きをしているといえるのではないか。その要因の大きなものは、検察の起訴時実名発表が少ないとみられていることだ。しかも、後で改めて触れるように、検察の発表時に匿名扱いをしても、その具体的な理由や判断根拠は述べられることなく、「総合的な判断」とされることが一般的だ。地元記者クラブにおける発表に際し、広報責任者である次席検事に報道機関が理由を問うても、答えは同じだ。これらを勘案すると、上記の「2」に着目していた報道界であったが、検察はむしろ「1」を重視して運用している状況のようにみられよう。

この意味するところは、実名報道か匿名報道かのカギを握っているのは検察ということだ。匿名発表を言い換えれば、検察が意図的に加害少年の情報を隠しているということにほかならず、これは、いわば公権力による情報コントロールともいえ、あえていえば、検察の外形的には不透明で、恣意的な判断による「情報の隠ぺい」であるともいえる。また、こうした検察と報道の「思い」のズレをどう考えればよいのかも課題での1つである。

それを知るうえでも、次節で4月以降の報道ぶりを確認していこう。

そしてもう一つ、こうした起訴時の検察発表・報道がそのまま公判報道にも与える影響を確認しておきたい。たとえば次節で示す新潟柏崎事事件では、2023年1月23日に裁判員裁判が新潟地裁で開廷され、同月30日に懲役4年の有罪判決があった。裁判の時点では成人(事件当時19歳)であったが、公判廷で、裁判官と検察官は「匿名」を維持した。一方で沼津事件は、202212月8日の静岡地裁沼津支部で裁判員裁判があり、15日に保護観察付き施行猶予(懲役3年)が言い渡されたが、この審理は「実名」で進められた。

ここでは2件のみであって確定的なことは言えないが、このように同じ裁判員対象事件であっても、最初の判断が公判中にも維持され、それは検察のみならず司法をも縛る傾向があるのではないだろうか。そうなると、ますます検察の判断が、公開の法廷を含めた情報コントロールに直結しているともいえ、より問題は大きくなると思われる。ちなみに両事件とも、地元紙(新潟日報と静岡新聞)の報道は起訴時も公判時も、いずれも匿名で行われている。

2.各事案からみる報道実態

法施行後の4・5月に起訴されニュースになった特定少年事案として、以下の9件をあげることができよう。ここでは前述した視点である「検察発表」を軸に、あえて二分して表記する。ちなみに、後段の匿名発表事案では、報道は筆者の知る限りすべて「匿名」である。

<検察実名発表>事案

・甲府事件(放火+殺人)4/8起訴 地元紙・民放含め圧倒的多数が実名
・寝屋川事件(強盗致死)4/28起訴 民放は実名、新聞は判断分かれ
・江戸川事件(殺人)5/13起訴 民放は実名、出身地(青森)ほかが実名、在京紙の一部(産経)実名
・福島塙町事件(強盗殺人)5/18起訴 地元紙は匿名、放送は実名、在京紙の一部(産経)も実名
・茨城土浦事件(傷害致死傷)5/19起訴 地元紙は実名、在京紙の一部(朝日)も実名

<検察匿名発表>事案

・新潟柏崎事件(危険運転致死) 4/21在宅起訴
・千葉事件(強盗、裁判員裁判対象外)4/22起訴
・いわき事件(過失運転致死、裁判員裁判対象外)5/2起訴
・神戸事件(恐喝、裁判員裁判対象外)5/2起訴

そのほかに、6・7月の事案として以下があるようだ(事例研究として、小関慶太「特定少年の実名報道の研究(1)」『八州論叢』2号、八州学園大学、2022年9月がある)。

<検察実名発表>事案

・沼津事件(強制猥褻致傷)7/7起訴 地元は匿名
・宮城角田事件(強盗致傷)7/25起訴 地元は匿名(共犯の成人は実名)

<検察匿名発表>事案

・高知事件(強制性交、裁判員裁判対象外)6/3?起訴
・山形事件(麻薬取締法違反、裁判員裁判対象外)6/10?起訴
・さいたま事件(強盗致死傷)7/14?起訴
・大分事件(過失運転致死)7/22起訴
・札幌事件(強制性交)7/29起訴

※匿名発表事案は報道が少なく「?」をつけたままになっていることをご容赦願いたい。
※大分事件は「危険運転致死」への訴因変更で、昨年12月に検察が実名公表。

ここからわかるとおり、「実名」で検察が発表した事案であっても、報道は必ずしも実名報道をしているとは限らず対応は割れている。もちろん、実名か匿名かの対応は社によって一定の傾向がみられるもの、同一媒体でも判断が分かれる例もあって、斑(まだら)模様であることが特徴である。たとえば朝日新聞は、甲府・福島塙・茨城土浦の各事案では実名扱いをする一方、寝屋川事案では匿名を選択している。寝屋川については民放がほぼ一致して実名報道するなど、全体としては実名報道に傾いた事案であったが、そこで匿名にしたことに、どの程度の統一感があるのかは不明だ。

紙面上では「おことわり」を掲載しているが、匿名にする場合も実名にする場合も、いずれも「総合的に考慮」した判断としており、外形的にはその基準は不透明であって、前節で指摘した検察庁の不透明さと同等であるといえる。

ここで、施行時の新聞各紙・テレビ各局の扱いについてまとめておく。なお、放送については、ほぼ横並びである。

<匿名維持>

・中日/東京、琉球新報、河北新報(河北は当該事件に限りのニュアンス)

なお、東京新聞は4月9日付紙面で、「事件や事故の報道で実名報道を原則としていますが、20歳未満については健全育成を目的とした少年法の理念を尊重し、死刑が確定した後も匿名で報道してきました」「少年法の改正後もこの考え方を原則維持します。社会への影響が特に重大な事案については、例外的に実名での報道を検討することとし、事件の重大性や社会的影響などを慎重に判断していきます」と社告を掲載している。

<匿名傾向>

・地元紙、毎日
・一部のネットメディア(ABEMAプライムなど)

<実名・顔写真なし(ネットでは匿名の場合あり)>

・朝日、日経、読売
 ※このなかでは、朝日に実名傾向が強い
NHK、一部の地元民放

<実名・顔写真あり(ネットでも実名の傾向)>

・産経
・多くの民放

このように実質第一号となった甲府事案ではこぞって実名報道をしたものの、その後は徐々に「落ち着いた」報道ぶりとなっており、むしろ現在では従来どおりの「匿名原則」ともいえる状況である。これは、最初は「解禁」という高揚感に支配されたともいえるし、事件の重大性ということからみて、甲府事案が「重大」であったからこそ、ほぼ各社の実名報道が揃ったのであって、通常の特定少年事件においては、各社ともに実名報道に踏み切ることはそうはないということなのかもしれない。このあたりを引き続き、後編で考えることとしたい。

(下)に続く>

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