SNSで自信なくす若者
「インスタグラムは10代女性に有害 フェイスブック社も把握」。米有力紙『ウォールストリート・ジャーナル』(WSJ)による、2021年9月にはじまったキャンペーン報道の第一弾の見出しである。日本を含め世界中のメディアに波及し、大きな反響をよんだ。
記事は、元社員が持ち出したフェイスブック社(FB、現在はメタ)の内部文書に基づき、写真・動画共有アプリ・インスタグラムの悪影響を具体的に指摘している。たとえば、10代女性の32%が体型への不満を悪化させ、40%が利用時に「魅力的でない」と自己評価し、英の13%、米の6%は自殺願望すら抱いている、しかも、こうした問題をFBは社内調査で把握しながら、公表せず、過小に扱っていた、という。程度の違いはあれ、誰でも容姿は気になるものだが、SNSなどを通じ四六時中「外向けに公開された他者」を目にすることで、現代の若者、とくに女性は、とかく劣等感を募らせているようだ。
肯定的な体型イメージに着目
そこで今回、紹介するのが、「『私の体を愛してる、全部愛してる』 若者向け連続テレビ番組における体型肯定のメッセージ」という論文だ。ベルギーの2人の研究者による共著で、米学会誌『Mass Communication and Society』(2023年1・2月号)に掲載されている。
テレビに登場する人物の体型について分析した先行研究は多いが、その大多数はもっぱら「否定的」なイメージ形成を問題にしてきた。そうしたメッセージにはどのような種類があり、どのような人物に関連付けて伝えられているか、といった点が主たる関心事だった。冒頭で紹介したWSJの告発記事も、その延長線上にあるといえる。背景には、テレビでは(とくに女性の)体型に関し否定的な言説が顕著であることが先行研究で確かめられている、という事情がある。
これに対し論文は、これまで見落とされがちだった「肯定的」な体型イメージに着目した点で独創的である。テレビが映す「現実」が視聴者に及ぼす影響には、負もあれば正もあるはずで、双方を検討しなければ全体像には迫れない、というわけだ。
この問題意識に基づき、身体について前向きなメッセージがあらわれる頻度、発する出演者の性別や体型を統計学的に検討している。肯定的・否定的なメッセージが同時に見られる場面にも目を向けている。
ネットフリックスの人気6番組を分析
具体的には、若者向けの6つの連続ネット番組を対象とし、全体で165エピソード、3,151のシーンに登場する総計126人(男性52%、女性48%)の出演者を分析している。
番組は、ベルギー在住の12―18歳の235人への調査の結果、ネットフリックスでもっとも視聴されていた、『Riverdale』(シーズン3)、『13 Reasons Why』(シーズン3)、『Elite』(シーズン2)、『Atypical』(シーズン3)、『Sex Education』(シーズン1)、『Big Mouth』(シーズン2)、である。最初の3作品、『Riverdale』『13 Reasons Why』『Elite』はドラマ、つづく『Atypical』と『Sex Education』はドラメディ(コメディ要素を含むドラマ)、最後の『Big Mouth』はシットコム(特定の状況設定で展開するコメディ)に分類される。
「否定的」「肯定的」とは
論文がいう「否定的」な体型イメージのメッセージとは、外見をスティグマ化(汚名を着せる、烙印を押す、の意)したり、逆に理想的な身体を肯定・正当化するような言動である。たとえば、(自他を問わず)体重や容貌全般をあげつらったり、他者の身体をあるべき姿として称賛するようなシーンがこれにあたる。
逆に、「肯定的」とは、1)身体の適切な自己ケア、2)体型の積極的な自認、3)体型イメージを損なう言動に対する弾性(resilience)、という3つの類型のいずれかを含むメッセージである。たとえば、成長する体に自然かつ衛生的に対応する(自己ケア)、性徴期の変化や「美」の多様性を前向きに受けとめる(積極的な自認)、体型イメージを損なうような言動に(動じない、無視、関心を向けないなど)うまく対応する(弾性)、といった事例である。
論文は、体型イメージに関する「否定的」「肯定的」なメッセージが同時にあらわれる場面も分析に含めている。わかりやすい例として、鏡を見ながら機嫌よく身だしなみを整える人物の横で、友人が自身の容姿に不満をのべるシーンなどを思い浮かべればいいだろう。
肯定的なメッセージ:約半数の出演者が発する
まず、肯定的な体型イメージを示すメッセージの頻度を調べたところ、シーン全体では数%だが、出演者のうち約半数が少なくとも1回は発しており、内容の類型では否定的な言動への「弾性」が最多であった。
より詳しく見ると、全3,151シーンのうち106(3.4%)が少なくとも1回、同じく126人の出演者のうち62人(49.2%)が少なくとも1回、肯定的なメッセージを示していた。大まかに、平均約40分のエピソード1回で約2度、という頻度だ。
類型別では、シーンでは多い順に「弾性」(73回、2.3%)、「自己ケア」(28回、0.9%)、「積極的な自認」(24回、0.8%)、出演者では「弾性」(54人、42.9%)、「積極的な自認」(27人、21.4%)、「自己ケア」(14人、11.1%)となった。
最多の「弾性」について特徴的なのは、その大多数が容姿に関する否定的な言動に対するもので(シーンでは73回のうち60回)、理想的な体型に対してはごくわずか(シーンでは73回のうち4回、全体では0.1%)しか認められなかったことである。
否定的な体型イメージのメッセージは、全3,151シーンのうち115(3.6%)で少なくとも1回見られ、肯定的(106、3.4%)とほぼ同数であった。
そのうち、62シーンで肯定的・否定的なメッセージが同時に見られた。統計学的には、否定的なメッセージが出現すれば、肯定的なメッセージも有意に予測できることになる。また、62シーンのうち45(72.6%)は容姿に関する否定的な言動に対する「弾性」を示していた。
全体としては、体型イメージに関するメッセージは、肯定的・否定的か一方に偏ることなく、一定のバランスがとれているといえる。
肯定的なメッセージ:細めの人に多く、太めで少ない
肯定的なメッセージを発する出演者(126人のうち62人)は、割合で女性(30人名、女性全体の50%)が男性(32人、男性全体の48.5%)を若干、上回った。しかし、これは統計学的に有意な差ではない。
有意な差が見られたのは彼らの体型で、割合の高い順に、平均以下の体重(37人のうち21人、56.8%)、平均の体重(84人のうち39人、46.4%)、平均以上の体重(5人のうち2人、40%)であった。
簡単にいえば、細めの人の方が体型について肯定的なメッセージを発しやすく、逆に、太めの人は発しにくい、ということだ。
そもそも、太めの出演者自体が極めて少ない(126人のうち5人で4%、現実には世界人口の39%が該当)点にも留意が必要だ。
SNSに比べ放送は劣等感をもたらさない
最後に、日本の放送界への示唆を含め、若干の私見を記す。
もっとも目を引いた知見は、人気の高い6つのネットフリックス番組に関する限り、従来考えられてきたほどには、体型に対する若者の自意識を害する内容に満ちているわけではない、という点だ。制作側が、意識してそうしているのかもしれない。これは、同じネット上のサービスでも、送り手がつくった番組をパッケージとして届ける放送局型の動画配信と利用者が相互に情報をやりとりするSNSとの違いを浮き彫りにする。
つまり、作り手の方針次第で、SNSに比べ放送は、視聴者に劣等感をもたらさない、あるいは、自己肯定感をうながしえるコンテンツを届けやすい、ということだ。
この点は、日本の放送界にとっても、対SNSの優位性としてより強く主張できるかもしれない。マス・メディア離れ(ロイター『デジタル・ニュース・レポート』)がすすむ現状で、自意識にダメージを与えぬ、心理的に安心できる娯楽は有力な武器になりえる。
誰もが永遠につきあう外見問題
ただし、いわゆる「ルッキズム」は複雑極まりない現実的な社会問題で、単に放送上で「肯定的」なメッセージを量的に増やせば事足りるわけではない。
「弾性」に比べ「自己ケア」と「積極的な自認」が大幅に少ないこと、細めの人と太めの人でメッセージ発出に有意な差があることなどが、難解さの一端を示している。安易な「肯定」がかえって「否定」に転じる危険性すらあるだろうし、そもそも「肯定」それ自体が重荷となってしまう場合もありえる。
誰もが生涯、外見とともにある。つくづく、人間が永遠につきあっていかねばならない問題のようだ。