テレビスポットの"今そこにある危機" Part 3 スポットをプラスにする方策はあるのか? 「データが語る放送のはなし」㊱

木村 幹夫
テレビスポットの"今そこにある危機" Part 3 スポットをプラスにする方策はあるのか? 「データが語る放送のはなし」㊱

月の初めにアップしたPart1Part2から少し間が空いてしまいましたが、「テレビスポットの"今そこにある危機"」のPart3です。この間、月末には来年度のテレビ、ラジオ営業収入を予測した「2024年度のテレビ、ラジオ営業収入見通し」を発表し、ここでもその概要をご報告しました。2024年度もテレビは営業収入全体、タイム、スポットともにマイナスを継続というものです。2022年度から3年連続のマイナスを予測しました。

 このシリーズのPart1では、テレビ広告費が置かれている現在の状況をデータをもとに確認し、Partでは、その原因について考えてみました。近年のテレビ広告費の景気と連動しない低迷には、テレビの視聴時間減少(CM供給可能量の減少)に加え、ネット広告費、特にネット動画メディアへの広告費のシフトと世の中の物価上昇の趨勢とは無縁の価格の低迷ないし低下があることなどをお話ししました。

では、テレビ広告費、特にかつては景気や企業収益との連動性が高かったスポットを少なくとも景気が良くなればプラスにもなり得るようにするには、どうすればよいのでしょうか? 最終回となる今回は、その処方箋(そんな大層なものではないのですが......)について考えてみましょう。

単純に視聴率が上昇すれば問題は解決するのか?

当然ですが、視聴率の上昇=(スポットの)商品量増加です。テレビスポットへの需要が強ければ、視聴率上昇で商品量が増えた分、販売量も増加し、売り上げ増になりますが、現在のテレビスポットへの需要は、PUTが継続的に低下している状況でも、全体としては商品量が足りなくなることはなく、スポットの在庫が局単位で"パンク"している局はごくわずかのようです。多くの局では商品量が減少しても売り切れていません。PUTの低下は、全体としての商品量減少による供給面の制約という意味合いよりも、大きく視聴率が下がっている性年齢層(若年層の場合が多いようです)向けの在庫を充分に提供できない(=特定ターゲット別出稿を収容しきれない)という問題を生じさせています。そうしたターゲット向けの広告キャンペーンについては、地上波テレビへの出稿金額を減らすか、かなり極端な場合は、キャンペーンから地上波テレビを丸ごと外してデジタルだけで実施するということもあるようです。

つまり、全体の視聴率を上げるだけでは不十分で、広告主のニーズが高い層(全国広告やキー局ではF1M1などの層(2034歳)である場合が多いようですが)の視聴率を上げなければ、増収には結び付きにくいということです。

これはかなりの難題です。Z世代を包摂する層はデジタルメディアの接触時間が長く、(これは以前からですが)リアルタイムのテレビ視聴時間は層や層に比べて少なくなっています。"テレビ番組"に興味・関心はあっても、テレビを"習慣"として見る人が上の年代よりも少ないこの層(例えば、ビデオリサーチダイジェストプラスなどを参照)にリアルタイムのテレビ視聴時間をこれから増やしてもらうのは、他の年代よりもかなり難しいと思われます。個々の番組単位、特にオンデマンドならこの層に訴求できる番組はあると思いますが、層全体としてのリアルタイムの視聴時間を増やすための有効な手立てはあるのでしょうか?(これは私見ですが、キー局はZ世代を含む層については、リアルタイム視聴増にも注力しているのでしょうが、オンデマンド(TVer)で捕捉することに傾注しているように思えます。)

ローカル局にとって2層、3層はかなり重要

ただし、いま現在、層やティーン(13―19歳男女)よりも個人視聴率の落ち幅が大きいのは(35-49)です。少し前までは横ばい傾向だった層(50歳以上)も減少傾向に転じています。層だけなら以前の層の加齢による持ち上がり("世代効果"="コーホート効果")とも考えられますが、3層にまで影響が及んでいるとすれば、これは"時代効果"が強く出ていると言えるでしょう。高齢層(65歳以上)はあまり変化していないのですが、5064歳のリアルタイム視聴が減少しているようです。中年層にもリアルタイム視聴離れが進んでいるんですね。

この影響をより大きく受けるのはローカル局です。もともとローカルエリアの年齢構成が大都市圏よりも中高年層に偏っているため、中年層以上の視聴率低下の影響が大きく働くことに加え、ローカル局自前の商品であるローカル制作番組や購入番組の主なターゲットは層以上であり、ローカルゾーンのスポットも層以上をターゲットにする場合が多いからです。

結局のところ、地上波テレビ全体としては、ティーンや層だけでなく、高齢者を除くすべての層のリアルタイム視聴を増やす必要がありそうです。

 値上げの"威力"

前回もお話ししましたように、CTV(コネクティッド・テレビ)の普及が進展し、テレビ受像機でネット動画を見る視聴者が増え、その視聴時間も大きく増えています。その効果もあり、TVerの利用は拡大しているようですが、この状況でリアルタイムの視聴率を上げるのは容易なことではありません。

売上高は、当たり前のことですが、販売された商品量×単価で決まります。販売量を増やすのが難しいのなら単価を上げるしかありません。図表は、値上げの重要性を示したものです。これは2000年頃の米国のS&P1500構成企業の財務指標を元に、値上げが営業利益に及ぼす影響について極限まで単純化して示した図です。要するに、コスト増を一切伴わずに単純に平均1%の値上げを全ての取引で実現した場合の営業利益の変化率を見たものです。現在の売上を100として、営業費用はそのままで売上だけが1伸びれば、当然、営業利益は(この図の場合)12.5から13.5になり、営業増益率は8.0%になります。この図が言いたいのは「たった1%の値上げでも利益へのインパクトはかなり大きい」ということです。

これを現在の地上波テレビに当てはめれば、2023年度上期決算での地上波テレビ全体の営業利益率は約3.0%、ローカル局に限定すれば1.0%でしたから、値上げだけで%増収を達成できれば、地上波テレビ全体で営業利益は33.3%増益、ローカル局に限定すれば何と50%増益です。

図表.値上げのインパクト.jpg

出典:「マッキンゼープライシング」p70, ダイヤモンド社(2005年)

<図表. 値上げのインパクト>

値下げ→シェア拡大→売り上げ増は危険な戦略?

値上げとは対極の戦略として用いられるのが、値下げによるシェア拡大とそれによる売り上げ増です。マッキンゼー(図表の引用元の本)は、値下げによるシェア拡大策について、米国の企業のデータを分析した結果から導かれてた知見として、「値下げだけで(大きく)需要が増えるケースはきわめてまれである。値下げをして売上数量を伸ばし最終的に増益に結び付ける戦略は、どんな市場・業界でもまず失敗に終わる傾向にある」としています。

筆者は、これは日本の放送広告取引、特にスポット取引にそのまま当てはまる知見だと考えています。パーコスト(PRPパーコスト)売りのスポットの場合、パーコストに定価はありませんので、価格は放送事業者と代理店、広告主の者(現実には、もっぱら放送事業者と代理店の間で決まるようですが)の間での力関係や需給関係、慣習、過去の経緯やこれまでの実勢価格で決まります。要するに"相場"なのですが、現実には"これまでの価格の維持"が、近年では最重要視されるようです。その結果として、前回お示ししたようにスポットの価格は経済情勢に関係なく一定になってしまいがちです。

そこで「もともとスポット価格の根拠はあってないようなもの。上げられないなら、安く売ってもシェアを取れ!」という戦略をエリア内で1局でも採用すれば、エリア全体で安売り合戦の様相になってさらに価格が下がり、価格が下がっても地区内の在庫の総量(視聴率)は一定なので、地区全体では売り上げが下がる、というのが、今に始まったことではないのですが、スポット営業が陥りやすい罠と言えるのではないでしょうか。かつてのようにケタの利益率があった時代なら、他局からシェアを奪えた局にとっては有効だった戦略かもしれませんが、現在のように1%程度の利益率では、少なくとも継続することは困難でしょう。

値上げにはそれだけの"顧客便益"増加が必要

放送広告の価格は、今の世の中全体の値上げの潮流から取り残されている感があります。

では広告主・代理店に放送広告の値上げを認めてもらうにはどうすればよいのでしょうか? タイムの場合は制作費という原価の部分がありますので、制作に関連したコストの上昇を転嫁したいという説明が成り立つでしょう。しかしスポットには原価がありません。もちろん放送事業者の全体的なコストは、タイム収入だけでなく、スポット収入やその他事業収入を含めて全体で賄われていますから、番組の裏付けがないスポットにも間接的なコストは当然かかっています。ですが間接コストのデータだけでは納得してもらうのが難しいですし、もともとスポットは、そういったコストのデータとは離れたところで値決めが行われてきました。

電気やガス、水道のような独占的な公共サービスは、原則として原価+適正利潤で価格が決められますが、それ以外のモノやサービスの場合は、①価格、②受益者である顧客がそのモノやサービスから得られる便益、③顧客にとってのモノやサービスの価値のつの要因の間の関係で決まるとされます、式で表せば以下のように表現できます。

     顧客便益
顧客価値 = ――――――
     価格

目的変数である顧客価値(顧客がそのモノやサービスに感じる価値)は、そこから得られる便益を価格1単位当たりで表現したものになります。つまり、当たり前のことですが、顧客価値は絶対的なものではなく、そのモノ・サービスの価格との見合いで決まるということです。これを価格について解くと、

   顧客便益
価格 = ――――――
   顧客価値

となります。この式からも自明ですが、顧客にこれまでと同水準の価値を感じてもらいつつ価格を上げるには、顧客が得られる便益を増やす必要があります。従来からのスポットセールスでは、このためにパブリシティやイベントをオマケにつけたり、最近ではSNSや自社のオウンドメディア(サイトやアプリ)での展開を付加価値としてつけたりしています。また、個人視聴率で特定層(性年齢)の含有率を気にする広告主に対しては、そういった層が多く含まれる時間帯にスポットを多く流すことで単価向上を狙うこともあります。

オマケでは価格は上がらない?

ただし、筆者が昨年(2023年)の10月から今年の月にかけて実施したテレビ社に対する営業上の課題に関するヒアリング調査(12地区31社)によれば、以前ならこういった対策をすることで単価の上昇が(ある程度は)期待できたのですが、最近では、こういったオマケや対策は"当たりまえのこと"で、それをしないと他局に出稿を奪われるか、価格をさらに下げるよう要求されるかであり、価格上昇への効果はほとんどない、という状況になってきているようです。つまり、こういった対策で案件を獲得できたとしても、スポットの単価は現状維持で、コスト的にはマイナス要因になりかねないということです。

この状況でスポットの価格を上げるにはどうすればよいのでしょうか?

本来、広告の価格は、広告サービスの提供業者(媒体)である放送事業者とその受益者である広告主の間の交渉で決まります。しかし現実には、日本のテレビ広告、特に全国広告主のスポットの場合、放送事業者と(広告主からお金を預かって運用している)広告主の代理人であるごくごく限定された大手広告代理店との間の交渉で決まります。

どうすれば広告代理店に値上げに応じてもらえるのでしょうか? これまで以上にひたすらオマケを積み上げるしかないのでしょうか? しかし、パブリシティやイベント、オウンドメディアでの展開には自ずと限界がありますし、コストもかかります。第一、それで価格が上がる保証はありません。利益率が1%しかないローカル局にとって、サステイナブルな(持続可能性がある)やり方とは言えません。

 70年間維持してきた放送広告取引システムを変えるARMプラットフォーム

こういった閉塞状況に一石を投じようという試みが昨秋発表されました、日本テレビが開発している放送広告の新しい取引プラットフォーム"ARMプラットフォーム"です。これは、「地上波広告におけるリアルタイムなプログラマティック取引を実現」しようとするもので、要するに、地上波広告の取引システムをネット広告のそれに可能な限り近づけるものです。

現在、▷中3日間(オンエアの4日前までにCM素材を搬入)取られているCM素材搬入のリードタイムを0にする(直前の差し替えを可能にする)▷取引指標を見込み視聴率(号数指定)からインプレッションの実績(インプレッション保証)に変更する▷ターゲット別インプレッション保証での出稿を可能とする▷(将来的には)RTB(Real Time Bidding)による自動入札での値決めを可能とする▷TVerとの統合在庫の運用を可能にする――といったものです。開始から70年間維持されてきた放送広告取引の基本的な仕組みを根本的に作り変えようとする画期的な取り組みと言えます。

このプラットフォームのメリットは、何といっても"顧客便益"の向上につきます。テレビの弱点だったCM素材リードタイムの問題、見込み視聴率と実績の乖離の問題、ネット広告との媒体データの違いの問題、キャンペーン開始後のPDCAサイクルが回せない問題、ターゲット別出稿へのニーズを充分に充足できない問題などを解決しようとするものです。これは値上げのための大きな武器になりそうですし、RTBによる価格決定が導入されれば、市場原理に基づく取引価格の決定に近づくでしょう。また、TVerとの統合在庫運用は、配信からの収入を増やしたいキー局にとって大きなメリットです。

このプラットフォームは、日本テレビとその系列局内に閉じたものではなく、広く全国から参加社を募ろうというもののようです。2024年度内の稼働を予定していますが、参加するには、まずコスト負担の問題があります。どの程度の枠(時間や量など)を提供するのかも問題です。また、どのレベル(リードタイム0だけかそれ以外の機能もか等)での取引に参加するかの問題もあります。いずれにしても自社の営放システムをARMに接続することは必須ですし、CM素材考査のあり方を変える必要もあります。現時点(2024月末)では日本テレビのほかに系列の中京テレビが参加の方針を表明しています。代理店との関係などもあり、解決すべき課題は多いとは思いますが、ぜひ、利用が拡大してほしいですね。

 価格アップは取引の"仕組み"の改革から

いまさら言うまでもなく、"値上げ"は放送だけでなく、世界史的に例をあまり見ないほど長期にわたったデフレに悩んできた日本経済全体の課題です。他業界での値上げ、価格転嫁が進行するなかで、放送は完全に置いて行かれています。"デジタルに広告費が移行しているから仕方ない"では済まされない問題です。

以前、この「データが語る放送のはなし」でもご紹介したように("テレビの実力はそんなものではないはずだ"part1~、"同part2、"同part3、併せてテレビの広告効果に関する特設サイト、「テレビの広告効果に関する研究」第2回調査結果を参照)、テレビの広告効果・効率は、現在でもネット動画広告を凌駕しています。広告効果では、リーチと広告認知効率の段階でネット動画広告を大きく上回り、その後の購買に至る各プロセスではネット広告と同水準の効果を示していました。その結果、購買ファネルの各段階での獲得単価ではリーチから最終の購買にいたるまでの全ての段階でテレビはネットよりもかなり安価な水準を維持していたというのが、民放連研究所が2021年に日本アドバタイザーズ協会と共同で実施した広告キャンペーン効果測定調査の結果でした。

つまり、多くの解決すべき重要な課題を抱えているのは間違いないとはいえ、現在でもテレビ広告は、値上げを許容できるだけの"顧客便益"を提供しているのです。それが正当に評価される"仕組み"が欠けていることが根源的な問題だ、と筆者は考えています。

読者のみなさんはどうお考えでしょうか?

最新記事