【対談 山下洋平 × 澤康臣】権力を監視し声を上げるのは記者の役割 ゲーム条例の取材から(前編)

編集広報部
【対談 山下洋平 × 澤康臣】権力を監視し声を上げるのは記者の役割 ゲーム条例の取材から(前編)

全国で初めてゲームおよびインターネットの利用時間の目安を盛り込んだ「ネット・ゲーム依存症対策条例(通称:ゲーム条例)」が2020年4月に香川県で施行された。条例成立過程の検証をはじめ、施行後も含めゲーム条例をめぐる動きを3年にわたり追った『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』(河出書房新社刊)が2023年4月に出版された。同書の著者で瀬戸内海放送(KSB)記者の山下洋平氏と、元共同通信記者で専修大学文学部ジャーナリズム学科教授の澤康臣氏の二人に、この取材・報道を通じてジャーナリズムをめぐるテーマを中心に語り合ってもらった。前・後編に分けて掲載する。


違和感が取材のきっかけ

 このたび出版された『ルポ ゲーム条例』を拝読しとても感銘を受けたんですが、取材の始まりは条例素案へのパブリックコメントの結果を伝えるニュースを見たときの違和感だったそうですね。2,686件の意見のうち、賛成が2,269と圧倒的に多いという内容でした。行政が発表するものは、ほとんどの記者はそれをストレートニュースで伝えていくものですよね。どういう点で「これはおかしい」と思ったんですか。

山下 2020年1月に"ゲームは1日60分まで"というゲーム条例の素案が公表され、ネット上では話題が広がっていたし、朝日新聞はその当時から問題視して報道していました。そこに「県民の8割が賛成」という自社のニュースを、たまたま休暇で自宅で見てショックを受けました。私自身は当時、別のドキュメンタリー番組を抱えて編集室にこもりっ放しのような時期で、この条例案の報道に関われていなかったんです。もちろん夕方のニュースに間に合わせるために、8割という数字をどこまで調べて報じられるのかという現実もわかるんですが、それでも発表をそのまま伝えるような報道への反省もあった。そもそも、パブコメは賛否を問うものではないですし、もっと掘り下げて報道しなければ、と考えたのが私の取材のスタートになりました。

 発表されたものを正確に伝えるというだけではなく、掘り下げて疑問を相手にぶつけないと駄目だといった姿勢を記者として大事にされているんですか。

山下 そうですね。おそらく記者歴21年目の積み重ねだと思うんですけど、当局の発表だけをうのみにして報じてはいけないとか、あるいは組織は情報を隠すものだということを度々取材で経験してきましたから。取材を通じてそういう目が養われてきたことが大きいと思います。

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<瀬戸内海放送 記者・山下洋平氏>

 例えば、どのような取材経験がありますか。

山下 高知県で起きた白バイとスクールバスの衝突事故の取材をしましたが、これは冤罪の疑いが極めて強く、しかも捜査機関側が証拠をねつ造した疑いもありました。この報道は皆さんに評価いただけたんですけど、こうした経験を通じ、権力を持っている側は何でもするし、裁判所も例外ではないと思っています。

司法神話みたいなものがあって、判決が出たら報道も急に黙ってしまいます。判決は絶対みたいに思われているようですが、裁判官は取材も受けないし、極端なことを言えば、証拠をつまみ食いしたような、一方に都合のいい判決を書いても批判されない。判決が出たらもう扱えない、というのはおかしいと言い続けてきました。だから、今回の県議会によるパブコメ結果の発表内容を疑問に思ったし、それを指摘することにためらいとかは全くなかったですね。

権力監視の意義は伝わっていない

 司法神話は深刻ですね。「確定していないのに」という言い方をする人がいますが、それなら確定したらいいのか? という話ですよね。また、確定していないからこそ議論する必要がある。しかし、テレビの報道記者の役割は、まさに今言った当局や力のある者、これは行政や司法に限らず企業もそうだと思いますが、そういう者が言っていることを吟味していくことだと思います。その役割は市民、視聴者に伝わっていますか。

山下 伝わっていないと思います。先日、ある大学に招かれ、このゲーム条例の話をしたのですが、「報道に権力を監視する役割があるということを初めて知った」という感想がとても多かったんです。やっぱりそうなんだ、と強く思ったことに加え、びっくりしたのは、ゲーム条例はいいものだと思っていたと言うんですよ。

 記者がいなかったら権力者のやりたい放題になる危険があるということ、あるいは主権者教育などに十分反映されていないということですか。

山下 本当にそこは深刻だと思うんです。私は、新入社員の研修も担当していますけど、本当に口酸っぱく言わないといけない。今、記者会見に行くと本当に記者がおとなしくて、全然質問しない。私が入社した20年前は40代、50代ぐらいのベテラン記者たちが行政に食ってかかるような戦う姿勢を見せていました。

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<専修大学 教授・澤康臣氏>

 発表されるものに対してチェックする目で吟味する、あるいは懐疑心を持って食い下がらないと、世の中は記者会見は必要なくて、YouTubeで発表すればいい、となってしまいそうです。今回、本を出版され、記者の仕事ぶりを知ってもらう意味がとても大きいと思います。

山下 それは私も意識したところで、若い記者に読んでほしいと思い、記者会見でのやり取りを詳細に書いているんです。実際には記者の質問に対し、まともに答えていないことが非常に多い。それも含めて知ってもらいたいと思っています。

 記者会見は社会や市民への説明ではなく、メディアへのサービスだと曲解されているという肌感覚が私にはあるんですが、これについて何か感じることはありますか。

山下 やっぱり私たちへの信頼ですよね。多分、信頼感がなくなってきているから、そういうふうに見られるんだろうなと。反省すべき部分もあるし、私たちの姿勢も含めて報道というアウトプットで納得してもらうしかないと思います。長い期間をかけて信頼が失われていったと思うのですぐには難しいのかもしれないですけど、私たちがいるからあぶり出せているものがあるんだぞ、というものを積み重ねていきたいと思いますね。

 ゲーム条例の成立過程では、県議会の検討委員会が非公開だったために何が議論されたのかよく分からなかった。情報が公開されないことの何が問題なのかを同僚や仲間の記者に伝えるのは難しかったですか。

山下 自分としては当然疑問を持つだろうと思っていることに疑問を抱かない同僚なり同業他社の人が多いことにはびっくりもするんですけど、粘り強く言っていくことしかないと思っています。

 学生に、記者は権力監視が重要な仕事であり、権力者が騙したり、黙っていたり、隠したりすることをこじ開ける人は記者のほかにいないことを、どうやって知ってもらえばいいんでしょうか。

山下 私は若い人たちと積極的に話をしようと、学校などに行っています。昨年は小学校に行きましたし、地元の香川大学でも講演させてもらいました。なるべくそういう場には行って、対話することを続けたい。また、本を書きたいと思ったのは、私自身が先人の本にかなりの部分を学ばせてもらっているからなんです。ノンフィクションが大好きで、学生時代にそれほど読んでいたわけではないですけど、この仕事に就いてから記者たちの取材過程が見えるノンフィクションを読んで、学ばされるし、刺激も受けるし、番組でも本でも、もっと広く記者が伝えるまでの道のりも含めたものに触れて熱い気持ちを持ちたいなと。対話することで、そういう思いを伝えたいです。
後編に続く


山下 洋平(やました ようへい)1979年、香川県生まれ。東京大学文学部卒業後、瀬戸内海放送入社。ニュース取材やドキュメンタリー制作を行う。著書に『あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇』(SBクリエイティブ)『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』(河出書房新社)がある。

澤 康臣(さわ やすおみ)1966年岡山市生まれ。東京大学文学部卒業後、共同通信記者として1990~2020年、社会部、外信部、ニューヨーク支局、特別報道室で取材。タックスヘイブンの秘密経済を明かしたパナマ文書報道などを独自に調査し、報じた。2006~07年、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所客員研究員。2020年4月から専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。著書に『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』(幻冬舎)がある。

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