総務省の歩き方③ 法案専従別班『タコ部屋』とは

氷室 興一
総務省の歩き方③ 法案専従別班『タコ部屋』とは

4月上旬に寄稿しようと思っていたのに、ずいぶん遅くなってしまいました。

3月は「行政文書」問題の取材・出稿でバタバタでした......。地上放送課長が交代するなど放送行政への影響も懸念されています。昨年末も大臣と政務官が相次いで辞任しましたし、総務省内では「どこかにお祓いにいかないと」と嘆きすら聞かれます。

さて、前回(「総務省の歩き方②」)では、有識者会議で約1年かけて議論がなされ、制度改正の方針が煮詰められるプロセスをご紹介しました。今回は、「法律ができるまで」の後半戦です。

「法案だします!」と名乗り

ホウセイケン=「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」が、テレ朝HDとフジメディアHDの要望を踏まえ、マス排(マスメディア集中排除原則)緩和方針を盛り込んだ最終報告を公表したのは、昨年の8月5日でした。
総務省「放送ジマ」は、テレ朝の要望内容は放送法の改正で、またフジの要望は省令の改正で解決することを内部決定。これを受け、「放送法改正案」作りがスタートしました。

年明け(通常は1月)に始まる通常国会に法案を出したい役所は、前年8月に「内閣提出予定法律案等件名・要旨届」、短縮して「けんめい・ようし」を内閣総務官室に提出します。法案を出します!と名乗りを上げるのです。

有識者会議の議論集約→1カ月程のパブコメ→それを反映させての最終報告公表と、6月下旬あたりからバタバタするのは、「できれば夏の人事異動の前に」という事情と、「名乗りが遅れないようにするため」です。

「タコ部屋」は精鋭ぞろい

法案作成を担うのは入省3~15年ほどの若手・中堅官僚です。新たな制度を法律という言葉で編み上げるのが法案作りですから、緻密に「詰める」のが得意な人、行政実務に詳しい人が選ばれます。ランクは課長補佐・係長が中心。キャリア官僚・ノンキャリア・技官も入ります。未経験者も少し加え、法案作成にかかる技術の継承も図ります。

場所は、省内のあまり活用されていない部屋が充てられ、「タコ部屋」と呼ばれます。戦前の炭鉱などで、労働者を長時間、働かせるため監禁した宿舎がタコ部屋でした。タコ壺漁でのタコのように一旦入ったら出られないから、という恐ろしい由来です。

入省20年前後の企画官級キャリア官僚がチーフで、「タコ長(ちょう)」と呼ばれます。

「超そもそも」から議論

タコ部屋メンバーらの前に立ちはだかる「大きな壁」は、内閣法制局の参事官です。
法制局は、総務省も含む行政府が国会に提出する法案について、

▷ 憲法や他の法律と矛盾していないか

▷ 有識者会議の最終報告などに示された趣旨が法改正により正確に実現できるか

▷ 用語に間違いがないか

などを、あらゆる角度から漏れなく精査します。この壁を乗り越えないと、法改正はできません。

タコ部屋メンバーらは、「あなたがやりたい制度は、新法または法改正でしかできないのか?」という、"超そもそも" のところから説明を求められます。政令や省令、通知などでできることであれば、法律はいじらない、というのが法制局の基本姿勢です。
これがクリアできると、「どういう制度にしたいのか?」「似たような制度はないのか?」「それと同じようにするのか?」あるいは「違うものを作るのか?」「なぜ、違うものが必要なのか?」「その法改正が本当に一番いいのか?」「他の、より良い方法はないのか?」等々、法制局参事官から問い詰められます。
あらゆる角度から質問が飛んでくるために、「千本ノック」と恐れられています。

更に「他府省所管の法律・制度への影響がないか」などもチェック。この作業だけで、ひと月以上かけることもあるそうで、改正の規模によっては100ページ近い資料ができあがります。どこから突かれても崩れない理屈を積み上げていくわけです。

ようやく現れる「法案」の姿

この作業がある程度すすむと、今度は、改正前と改正後の条文を上下に並べて、変更箇所がすぐに把握できる「新旧対照表」を作り始めます。千本ノックで積み上げた理論=ヨコ書きの資料から、改正後の条文案=タテ書きに。「ヨコをタテにするのが、けっこう骨の折れる仕事なのです」と関係者の1人は言います。

法改正で、条文に書き加える言葉は、すべて語義が明確でなくてはいけません。既存の法律の中で使われているのと同じ意味で使われているか、確認がなされます。複数の解釈が生まれるような条文は許されないからです。この「用語検索」と呼ばれる作業、デジタル化される前は、分厚い法令集を何冊もめくりながら、人の目で探したといいます。

過去の法律に使われていない言葉を新たに用いることは非常に難しいそうです。例えば、IT基本法(正式名称「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」、2000=森喜朗内閣の時代に制定)に盛り込まれた「インターネット」という用語は、「定義があいまいだ」として法制局が強硬に反対したものの、当時の郵政省が「内閣の看板政策だぞ!」と押し切った、と語り継がれています。
ただ最近では、AI、クラウド、IoTといった技術用語を、条文により定義づけることで使用可能にする"工夫"もみられます(2016年施行「官民データ活用推進基本法」2条)。

「新旧対照表」ができあがると、最後に国会提出するための「法案」が作られます。

「第ナン条『○○○○』を『△△△△』に改め、」などという文章がひたすら続くので、役所では「改め文」と呼ばれます。読みは「カイメブン」です(今国会成立のカイメブンは、こちら)。 このように、法改正の実務は"タコ部屋でカイメブンを作り上げること"なのです。

法制局参事官もイロイロ

タコ部屋メンバーは、毎週1~2回、大量の資料をカバンや風呂敷に入れて法制局に出向き、上述の新旧対照表やカイメブンのチェックを受けます。「1つの条文の審査に、3時間かけるからサンジカン(参事官)と呼ばれる」という、恨みのこもったジョークまであります。

このサンジカン、実は同じ役所(旧郵政省)から法制局第三部に出向している官僚で、旧郵政省部局と旧総務庁部局の提出法案を審査します。旧郵政省部局の後輩からすると、「役所の先輩が法案作成作業を導いてくれる」とも言えます。第三部には、もう1人、旧自治省部局からの出向参事官がいます。

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法制局参事官には、「全体を俯瞰しながら物事を突き詰められる」という同時に二兎を追うような能力、そして「複雑な事柄をシンプルに組み立てる構想力」が求められます。
ある経験者は「たこ部屋メンバーにはダメ出しばかりして、中には嫌う後輩もいるだろうけど、できあがった法案骨子を背負って、法制局参事官がその上司である第三部長、次長、そして長官にご説明しなくてはならない。最後はタコ部屋メンバーと同じ方向を向くわけです」と、時に厳しく指導するワケを教えてくれました。
「出向せずに総務省で法案をチェックすればいいのでは?」と尋ねたところ、別の経験者は「電波法のように技術的知識を要したり、放送法など過去の経緯が複雑だったりする法律が各省で増えている。事情に詳しい各省の官僚がチェックするのが最適。内閣法制局に身を置くことで『外部の目を以って審査する』という点が、より強く意識されるようになる」と話していました。

法制局出向は最短で5年。そのため「官僚人生の中で、最もやり甲斐があり、最も楽しい」とされる本省の課長職をほぼ1つしか経験できません。適任と考えられる人材が出向をためらうケースも多いのです。

厳しさを求められる大変重い職責だからでしょうか。過去には、ヤタラと威張ってしまう人や、オタク気質を抑えられずネチネチやる人がいたそうです。
「夜型」の法制局参事官に合わせて、午後6時から午前2時まで法令審査が行われたことも。タコ部屋メンバーらは人影もない深夜の霞ヶ関をトボトボ歩いて総務省に戻り、法制局参事官から出された「宿題」をある程度かたづけてタクシーで帰宅。数時間だけ寝て、昼前にはタコ部屋に。宿題の続きをやって、夕方から再開される法令審査に備えたといいます。
また、別の法制局参事官は、タコ部屋から差し入れた弁当が気に入らず、審査が厳しくなったという逸話が残っています。
「法制局参事官は好い人だったのに、その上司の第三部長がややこしい人で、深夜まで待機させられたり、無駄に思われる作業が増えたりした」という苦労話も聞きました。

一方のタコ部屋のほうも、タコ長のキャラ次第で「楽しいタコ部屋」「苦しいタコ部屋」に分かれます。狭い空間での長時間労働ですし、国会提出を控えた冬季は「クリスマスもお正月もない」と言いますから、人間関係は本当に大切デスヨネ!

 地味で苦しい「読み合わせ」 

タコ部屋の大切な仕事の一つに、法案に誤字・脱字などないかを声に出して確認する「読み合わせ」があります。読み手と聞き手(チェック役)2人にわかれ、例えば、カイメブンを読み上げ、新旧対照表などと照らし合わせていく作業です。
読み上げ方に独特の伝統が残っていて、例えば――、
句読点は「、」をポツ、「。」をマル、「・」はナカグロと読み上げます。

また、「及び」はキュウビ、「並びに」はヘイビニ、「係る」はケイル、「掲げる」はケイゲルと読んで、正しい漢字で表記されていることをチェックします。「定める」、「明らかに」はどう読むか?......もう、わかりますよね。

そして「規定」はキサダ、「規程」はキホドと読み分けます。電波法や電気通信事業法にはキサダ・キホドの両方が含まれていますが、放送法にはキホドは入っていません。

読み合わせは、第三部長・次長・長官に示す前、そして国会提出前など、何度も行われます。また、法案成立のアカツキには条文が官報に掲載されますが、これもミスがないか読み合わせを繰り返すそうです。

旧自治省系のある官僚が、地方税法改正案のタコ部屋に入った時には、1回の読み合わせに6時間かかりました。疲労がたまると、まず聞き手のほうが眠ってしまい、読み手に起こされます。法案提出時期が近づき睡眠不足が続くと、読み手のほうすら「寝落ち」してしまうそうです。この人は「タコ部屋で風邪をひいたが、診療室に行く暇もなく、肺炎になった。残業代もまともに払われないし」などとコボしていました。

でも。ご苦労されているのに、タコ部屋経験者は皆さん、薄笑み浮かべて、懐かしそうに話してくれるんですよねえ。

昨年(2022年)までの10年間で、通常国会で成立した法案のうち、政府提出法案の占める割合は80.4%です。残る議員立法は、国会議員とその秘書、および衆参両院の法制局職員しか携われませんので、「法案作成は国家公務員にしか経験できない仕事」と言って、ほぼ間違いないでしょう。タコ部屋メンバーに選ばれること自体が「優秀な官僚」の証ですし、過酷な勤務と引き換え(?)に、やりがいと達成感が得られます。他の優秀な仲間と同志的つながりが生まれることも他では得難いもののようです。

野党にも根回し こめる思い

さまざまな苦労の末、内閣法制局による審査をクリアすると、各政党での審査が始まります。
国会審議を前に各政党にきちんと説明し、特に与党からは事前に了承をとらなくてはなりません。自民党では総務部会→政調審議会→総務会の順に回します。公明党にも同様の機関があります。この作業は2月初旬または3月初旬に設定される「国会提出日」前の5日間ほどで急ピッチに進められます。

ここで改めて詳しい説明を求められたり、新たな注文を付けられたりすると、国会提出が遅れることになります。それを防ぐために欠かせないのが「事前のご説明」、すなわち根回しです。
「族議員」だけでなく、幹事長や政調会長、総務会長、また国会での法案審議の順序を決める国会対策委員長にもしっかり理解してもらう必要があります。相手の格に合わせて、局長・審議官・総務課長らが分担しますが、直接の担当でない課長・企画官らも時に動員されます。

国会提出後には、野党幹部や衆参両院の総務委員会に所属する野党議員への「ご説明」が行われます。一義的には、法案の中身が判らないと、各党が法案に対する賛否を決められないからです。

官僚からすれば、「世の中に必要だから」と手間をかけて国会提出するので、「できれば野党にも賛成してほしい」というのがホンネです。賛成まではしてもらえなくても、鋭い指摘などにより国会論戦を活発にしてもらい、国民に法案への理解が広がることを期待して、ご説明するわけです。

国会提出」はメールで?

 半年前後の苦労の末、法案は閣議決定され、国会に提出されます。
「きょう、□□□法改正案が国会に提出されました」なんていうニュースが流れますが、今の時代ですから、メール送信ボタンをポチッとやると提出......できるわけではありません。
内閣総務官室の職員が法案全文をプリントアウトして、衆参両院の「議事課」窓口に持参します。それぞれの法案の一番上には、「国会に提出する。内閣総理大臣 岸田文雄」という頭紙(あたまがみ)をつけるそうです。 

国会では予算案が優先して審議されます。3月31日までに予算が成立しないと、4月1日に新年度を迎えても「おカネがあるのに使えない」状態になってしまうからです。NHK予算案も同じ理由から優先審議されます。そして、予算と直接の関係がない放送法や電波法の改正案の審議は新年度に入ってから行われます。
今国会に提出された放送法改正案は、5月の連休明けから審議が始まりました。

タコ部屋には多い時には1日に100問もの国会答弁案作成が降りかかります。野党議員の質問に対し、松本剛明総務大臣や小笠原陽一情報流通行政局長が適切に回答しないと、議事が止まったり謝罪に追い込まれたりします。事態がこじれると法案自体が廃案に追い込まれかねません。そうなれば、有識者会議スタート以降の約2年間が無駄になります。タコ部屋メンバーは徹夜して答弁案を取りまとめ、そのまま朝、大臣や局長に「事前レク」を行います。

放送法改正案の審議入りを前に、「行政文書」問題が起こり、審議への影響が心配されましたが、衆院の総務委→本会議→参院の総務委→本会議と、順調に審議・採決が進み、改正放送法は5月26日に成立しました。

打上げの後も やること山積

成立を祝う打上げには、担当局長も立ち会ってタコ部屋メンバーらを慰労します。時には大臣が顔を出したり、地元のお酒などを差し入れしたりすることもあるそうです。
しかし、そうした楽しみはつかの間のこと。タコ部屋メンバーらは、法改正に伴う政令・省令・関連規則を改定する作業に取り掛かります。また、業界団体・消費者団体・関連学会に対し、法改正による新制度について周知・広報する活動を始めます。法改正はゴールではなく、新たな行政の仕組みを生み出すスタートなのです。 

そして、タコ部屋メンバーらは、官僚として一回りも二回りも成長した姿で、もとの部署に戻り、自分が手掛けた改正法の施行を担当します。また一部メンバーらは、人事異動により首相官邸や地方自治体、在外公館等の出向先に巣立って行くのです。

 

なお、本稿は個人的意見です。法案作りに携わった多くの関係者にお話を伺いました。また、以下のコラム等も参照いたしましたが、文責は私にあります。
デジタル化やAI活用により、どうかタコ部屋のお仕事がラクになりますように!


(参考)
入省3年目でタコ部屋に入った若手官僚の記録
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/wakate/0407_01.html 

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