【民放報道の現場から②】 安倍晋三元首相の銃撃事件から1年

曺 琴袖
【民放報道の現場から②】 安倍晋三元首相の銃撃事件から1年

民放連では、民間放送の価値を高め、それを内外に広く伝えることに力点を置いた「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」を策定し、2022-2023年度の2年間にわたり取り組んでいる。その具体的取り組みとして、報道委員会(委員長=大橋善光・読売テレビ放送社長)は、報道現場を熟知する担当者によるシリーズ企画「民放報道の現場から」を始めることとした。報道に関するトピックや実情などを、定期的に掲載する。
2回目は、TBSテレビで『報道特集』を担当する曺琴袖氏が、安倍元首相銃撃事件と、その後の旧統一教会と政治に関する報道をテーマに、メディアの責任を考える。


今年の改憲集会にも教団信者の姿

 安倍晋三元首相の銃撃事件から1年。この事件から始まった『報道特集』の「旧統一教会と政治」をめぐるキャンペーン報道は1年後の7月8日、19回目を迎えた。
放送の内容は岸田首相も出席した5月の「新しい憲法を制定する推進大会」に、旧統一教会の関連団体が関わっていたというものだ。大会を主催するのは、自民党議員を中心とした新憲法制定議員同盟。昨年も一昨年もこの大会には旧統一教会の関連団体が動員をかけていて、一国の首相経験者が教団に恨みを抱いていた青年に殺害される事件やその後の岸田首相による教団と「関係を断つ」との宣言の後も、教団側はこれまでと同様、何事もなかったかのように議員主催の"改憲集会"への関与を続けたわけである。

番組は3月の時点で、旧統一教会関連団体のUPF(天宙平和連合)から、教団が「摂理機関」と呼ぶ関連団体の機関長に一斉に宛てた信者の動員を呼びかけるメールと、大会のチラシを入手していた。放送にあたっては、果たして、この呼びかけに応じて実際に教団の信者らが参加したのか確認しなければならない。大会に出席した信者の取材協力者に話を聞くことができた。会場内で他にも知った顔がいたかを聞いたが、この取材協力者は信者には1人も出会わなかったという。教団の組織は複雑に分かれていて、年齢や住んでいる地域によって互いの交流が全くないこともある。

1年に及ぶキャンペーン報道の中で、番組に情報を提供してくれる教団関係者の数は20人近くになっていた。私たちはこの複雑な組織を縦断して様々な信者と交流がある別の現役信者に大会の映像を見せることにした。映像を目にしたこの現役信者は会場内で他の参加者を誘導し、座席の案内をしている人物にまず目をとめた。

「これUPF(天宙平和連合)の幹部です」

その後も次々と信者らを特定していく。ほとんどが「摂理機関」の幹部だ。これらの幹部は会場に入る時間が早い。前方の席に座ることを心がける人が多いという。その理由は教団内で教祖による講和を聞く際に前に座り、その唾を浴びることがご利益だと教えられてきたからだという。

なぜ教団側は、自民党などの「関係を断つ」という方針が出た後もこうした大会に関与を続けるのか? 大会に参加し、総理が使うマイクや壇上の机の配置を直していたUPFの幹部は私たちの取材に「個人で参加した」「(設営は)下の者に頼まれた」と答えた。一方、大会に参加した岸田首相や他の政治家らは、教団信者らが動員をかけられていて、マイクや机の設置を手伝っていた事実を「知らなかった」と回答した。この放送の反響は極めて大きく視聴者から番組宛てに「教団と全く関係が断てていない」と政治家への失望や怒りを伝えるメッセージが多数届いた。

報道が途絶えた間に何が?

『報道特集』が初めて旧統一教会の問題について報じたのは1987年。霊感商法や高額献金の問題だけでなく、1982年アメリカで教祖の文鮮明氏が脱税の罪で有罪判決をうけた後、1992年に日本に初入国するにいたった背景に政治家の関与があったという調査報道や、2012年には、佐賀県唐津市と韓国を結ぶ「日韓トンネル」建設は実現不可能で、資金集めのためのプロジェクトなのではという疑惑を報じていた。これが去年、銃撃事件が起きるまで『報道特集』として旧統一教会を取り上げた最後の放送となったのである。そして同じ年の201212月末に第2次安倍政権が発足、教団の元幹部らによると、この時期からそれまで一定の距離を置いていた安倍元首相が旧統一教会とぐっと近くなったとされる。そして2015年には教団は悲願だった名称変更を達成する。

去年の銃撃事件以降、取材を始めた私たちを驚かせたのは"教団の狙い"だった。

番組が独自入手した「ビジョン2020」、この内部資料は2015年当時の宋龍天総会長が韓国本部に教団の現状を説明するために作成した資料だ。2020年に「統一教」を日本の国教にするとして、そのためのロードマップが示されている。国会議員362名、地方議員1万名と連携するとの目標数字が書かれているのだが、衝撃を受けるのは、この目標とは別に、教団が2015年の時点ですでに「提携関係にある」と記した議員の数だった。国会議員150人、地方議員800人。2022月に自民党が公表した教団との接点をもつ議員の数が179人だったことを考えると、この150という数字にはかなり信憑性がある。勝共連合の幹部として教団の政治活動の中心にいた男性は「80年代後半から信者らを秘書として養成する研修を勝共連合で行い、地方議員や国会議員の秘書として送り込んでいた。中には秘書を経験した後、議員になる者もいた」と証言する。

「ビジョン2020」には具体的に政策に関与する目的も明示されている。「国政・地方政治に参画」した上で「家庭強化のための条例・基本法」の制定・成立を推進すると記される。番組は、この名前に酷似した、例えば家庭教育支援条例などと名付けられた条例が昨年月までに10の都道府県で成立していたことを報じた。そしてこの条例制定と並行して、地方議会に家庭教育支援法の制定を国に求める意見書が相次いで提出されていたことも取り上げた。別々の地方議会に提出されたこの意見書は、なぜか文面がほとんど同じ内容で、番組の取材に対し複数の地方議員が「意見書の提出に教団関係者から働きかけを受けた」と証言した。大手メディアが取材や問題提起を途絶えさせている間に、教団はその目標どおり、提携議員の数を増やし、教義に近い政策の実現のため政界に働きかけを続けてきたのだ。 

問われるメディアの責任

 冒頭に書いた今年月の「新しい憲法を制定する推進大会」。動員や机の配置などに教団関係者が関わっていたという放送後、視聴者の反響は、私にとって予想外のものだった。

多くの視聴者が政治家の「教団との関係を断つ」「見直す」とした言葉を額面通り信じていたことが伺い知れた。それは『報道特集』が1年間に報じてきた内容が十分に視聴者に届いていなかったことを示唆もしている。私たちはこれまで何度も、旧統一教会と自民党の長い関係性について取り上げてきた。旧統一教会の日本初の本部は、岸信介元首相の邸宅にあった。90年代の芸能人による合同結婚式参加などで報道が過熱するまでは、政治家は、反共産主義をともに掲げ、堂々と教団とのつながりを公にしてきた。教団の古参幹部には「自民党政治を二人三脚で支えてきた」と今も自負する人が多い。政治家にとっても、無償で選挙運動を手伝い、集票に力を貸してくれる教団はありがたい存在でしかない。むしろ、政治家にとって教団との関係のデメリットは一つしかない、それは「教団との関係性が明らかにされ、有権者の信頼を失うこと」なのだ。

メディアの報道は旧統一教会による被害者救済法が施行されたことや、文化庁が現在も宗教法人法に基づく質問権を行使していることでひと段落したように感じる。だが90年代報道が過熱した後の30年間に起こったことを振り返るとき、この問題が再び埋もれ、有権者の目が届かなくなれば、同じことが繰り返されるのは明白だ。その間、活動にお墨付きを与えられた教団では二世・三世が誕生し、宗教虐待から助けを求める声はかき消されてきた。

報じてこなかった過去にどう埋め合わせをしていくのか? その問いかけは、今もずっと続いている。

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