【消費者からみた米テレビ視聴の現実】 コードカットとコードネバーってなんだ? それに拍車をかけるディズニーとチャーターのすったもんだ

佐々木 香奈
【消費者からみた米テレビ視聴の現実】 コードカットとコードネバーってなんだ? それに拍車をかけるディズニーとチャーターのすったもんだ

米国では、「コードカット」という一種キャッチーな新語がメディアに氾濫して久しい。そのうちに「コードネバー」というさらなる新語も生まれた(=冒頭写真:ニューヨーク市内の家電量販で売られている「コードカッターキット」/写真はすべて筆者撮影)。今、このコードカットが年々加速している。データはさまざまあるが、市場調査会社のインサイダー・インテリジェンスによると、2023年末までには全米世帯の54.4%がコードカットする予測だという。2010年には全米世帯の88%が有料テレビ契約していたが、今年末には50%以下になるということだ。

実際には今、米国ではテレビ視聴の概念とテレビの視聴方法は世代間で相当ズレがある。特に子どもから20―30代の若い世代と、シニア層とでは、「テレビを見る」ことの定義が異なるはずだ。これは日本にも共通することとは思うが、「テレビ」がシンプルに「テレビ」だった時代は終わった。今回は、ニューヨークに在住する筆者の一消費者からの視点で、米国でのテレビ視聴の現実を検証してみようと思う。


コードカットって何?

米国の一般的な家庭は、ケーブルまたは衛星テレビ会社が提供するテレビサービスを有料契約して、テレビ(地上波とケーブルチャンネル)を視聴している(=写真㊦:オーソドックスなケーブルボックス〔セットトップボックス=写真内の左下〕でリニアテレビを見る友人宅のテレビ周辺)。コードカット世帯が全米世帯の50%を超えるようでは、もはや「一般的」とは言い難いかもしれないが......。それはともかく、この有料テレビ契約を解約してしまうことを「コードカット」という。ケーブルというコード(cord)を切る(cut)――英語の語呂もいいので、メディアが使い始めた造語だ。そして、はなからケーブルや衛星テレビの契約などしたことがない若者層のことを、「コードネバー(cord never)」という。

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コードカットが進み続ける理由は、配信サービスの充実と普及に加えて、ケーブルテレビの契約料がどんどん値上がることにある。配信コンテンツを視聴する時間が増えれば、地上波やケーブルチャンネルを見る時間が減るわけで、にもかかわらずケーブルテレビ契約料が値上がりすれば、誰だって解約したくなる。

ただ、近年は配信によるテレビチャンネルのバンドルサービスの解約も含めて、「コードカット」と言われるようになっている。ケーブルテレビを解約して、その代わりに、当初「スキニーバンドル」などと騒がれた、地上波とケーブルチャンネルの配信バンドルプラン(vMVPD)に乗り換えたはいいが、プランによっては結局高額になり、これらも解約が相次いでいるのが現状だ。

NY市のテレビプロバイダー

筆者が住むニューヨーク市の主だったテレビプロバイダーは、3社に絞っていいだろう。最大手は、米メディア企業大手チャーター・コミュニケーションズのケーブルテレビ部門「スペクトラム」で、2番手が電話大手ベライゾンのケーブルテレビ部門「Fios」(ファイオス)。この2社に大きく差をあけられた3番手が、衛星テレビの「Dishネットワーク」だ。Dishは文字通り、お皿のような衛星アンテナをビル屋上に配置して衛星からの電波を直接受信するもので、ちょっと前まではアパートビルの屋上にズラーっと並んでいる光景も珍しくなかったが、近年は凄まじい勢いで解約が進んでいると聞く。実際、最近はあまり屋上の皿も見なくなった。

スペクトラムもベライゾンのFiosも提供するサービスはケーブルテレビだけでなく、インターネット、固定電話、携帯電話サービスで、これらをバンドルにした(束ねた)割安プランを武器に、お互いに契約者の取り合いをしている。1980―90年代なら、スペクトラム(当時はタイムワーナーケーブル)はケーブルテレビだけの会社で、ベライゾンは電話専門の会社だったが、米連邦通信委員会(FCC)がケーブル会社と電話会社の垣根を徐々に取り払っていったため、今は2社とも"通信系丸ごとサービス"みたいになっている。

そして、配信サービスが台頭し、テレビというデバイスそのものがコネクテッドTV(CTV)時代に入ると、インターネット経由の動画配信サービスのさまざまなチャンネルも加わった。それぞれに有料(または無料)のサービス契約が必要になる。多くのシニア層は、配信・CTVという概念を理解できず、混乱しているのが現状だ。

全米で約半数のコードキープ派は
どうやってテレビを見ているのか

コードカット世帯が全米世帯の半数以上になるなら、もう半分のコードキープ派は、テレビ画面上でどのようにコンテンツを視聴しているのか。これが今、デバイスの側面から見ても極めて流動的。コードキープ派の典型とも言える筆者を例に説明すると――。

1)ケーブルテレビプロバイダー(例えばスペクトラム)との有料契約
●選択肢が増えたケーブルプラン
単に有料テレビ契約といっても、今は昔よりプランの選択肢が増えた。筆者は長年(タイムワーナーケーブル時代から三十数年)スペクトラム契約者だ。これまでは、何百とあるチャンネルが全部入ったプランを押しつけられてきたが、このコードカット時代、ケーブルプロバイダーも契約者維持に必死で、昨年から自分が見たいチャンネルだけを選ぶ格安プランが導入された。

筆者が契約するプラン「Choice」は、ベーシックチャンネル(地上波やPBSなど本来アンテナ経由でなら無料で見られるチャンネル群)に、15のケーブルチャンネル(例えばMSNBC、CNN、ESPN、Fox Sports、Food Networkといった具合に)を選び、その他のチャンネルは見ることができないというもの。

筆者は昨年、スペクトラムへの月々の支払いが250ドル(ケーブルテレビ、インターネット、固定電話全部で)に達した時点で、この「Choice」に変更し、月50ドルを節約した。テレビプランを変えるだけで、これほど節約できたのは前代未聞だ。

●Add on(追加)の有料ケーブルチャンネルの混乱
ケーブルテレビの契約に自動的に含まれるこれらのチャンネルに加えて、HBOやShowtimeなどは、昔からチャンネルそのものが有料。別途追加料金を支払わなければ見ることができない。しかし、今は例えばHBOなら配信サービスのMax経由で見られるなど、視聴方法が複数ある。これについては正直なところ、筆者も混乱の真っ只中だ。

ケーブルボックスか、アプリか、Xumoか?!
ケーブルテレビサービスと契約すると、問答無用でケーブルボックスが"貸与"される。これに気づかない契約者は実は多い。筆者がそうだったが、まさか課金されているとは思っていないのだ。

が、毎月の請求書をよく見ると、ちゃんとケーブルボックス1台につき賃貸料が月11ドル(これは80年代からあまり値上がりしておらず、昔から10ドルくらい)加算されている。2台ならその倍だ。昔はこのケーブルボックスがないとテレビ視聴できなかったので、テレビの台数分ボックスが必要だった。ところが今は、ケーブルプロバイダーが配信視聴用のアプリを無料提供しているので、視聴契約さえしていれば、ケーブルボックスなしで、CTV、Apple TV、Rokuといったデバイスでアプリをダウンロードし、テレビを"ネット視聴"できる。そのため、近年ケーブルボックスを返却する契約者が激増中だ。

かくいう筆者も、ついにこの夏返却した。これまで我慢して月11ドルも払っていたのは、単一目的のケーブルボックスの方が、アプリ経由よりもチャンネルを変えたりする操作が格段に簡単だからだ。しかし、背に腹は変えられない。節約を優先し、返却に踏み切った。

さてその時に、「アンケートに答える条件で、無料で提供するから使ってみてくれ」と押しつけられたのが、「Xumo(ズーモ)ボックス」だ(=写真㊦:モニター右下の黒い端末。ちなみに、モニターには「スペクトラム」のアプリ、下の左はApple TV。ケーブルボックスを返したら、結局また別のボックスを使う羽目になった。Xumoというのは、コムキャストが開発したケーブルと配信アプリ用のハイブリッドボックス。これまでのケーブルボックスよりもずっと小型で、ちょうどAppe TVくらいの大きさだ。これを使えば、有料契約しているケーブルサービス(この場合スペクトラム)のチャンネルと、その他の主だった配信サービスがすべてXumoのプラットフォーム上で管理できるというもの。スペクトラムはこの夏試験導入を始めたばかりで、順調に導入が進めば、1台につき月5ドルを課金する計画のようだ。ケーブルボックスが絶滅種なら、新たにXumoを使わせて収益につなげようという魂胆だろう。

確かに、CTVや配信デバイス用のアプリよりも、Xumoの方がケーブルテレビの操作はずっと簡単で、ケーブルボックスの代替としては悪くないかもしれない。ただ、毎月5ドルを払ってこれを使う若者はいないだろうし、シニアに至ってはさらに混乱してしまうだけのような気がする。

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2)SVODやAVODとも別途契約、その場合の配信用接続デバイスは?
各配信サービスと別途契約していれば、CTVやAppleTV、Roku、FireTVなどの配信用接続デバイスでそれぞれのアプリをダウンロードすることで、テレビ画面上で視聴可能。例えばNetflixは、CTV、Xumo、AppleTVなど、いずれのデバイス経由でも視聴可能だ。その場合、デバイスごとにNetflixのアカウントにログインしなければならない。

大手メーカーのCTV(例えばSamsungなど)はリモコン自体にNetflix、Amazon Prime Video、YouTubeなどのボタンがついていて、それを押せばいいようになっているので、いちいちアプリをダウンロードする必要はない。そういう意味では、配信用接続デバイス自体が必要なくなる日もそう遠くない気がする。筆者の場合も、アニメアプリのCrunchyrollがCTVのアプリ検索でどうしても引っかかってこず、そのためにだけにAppleTVを使っている。それ以外は、CTVさえあればXumoも含め接続デバイスは必要ないというのが、いろいろ使ってみての結論だ。

先ほども書いたように、筆者はタイムワーナーケーブル時代からの長年のスペクトラム契約者だが、かといってスペクトラムに満足しているわけではない。高い契約料、予告もなく月20ドル、30ドルと一気に値上げする殿様商売にはウンザリだ。いつでもコードカットする準備はできている。

それでも、筆者がまだコードカットしていない理由はただ一つ。

コードカットしない理由は
ケーブルのローカルニュース「NY1」

スペクトラムは事業展開する全米各地でその地域のローカルニュース局を運営しており、ニューヨーク市のそれは「スペクトラムニュース・NY1(ニューヨーク・ワン)」。コードカットしてこれが見られなくなると、とても困るのだ。「NY1」は1992年、まだタイムワーナーケーブルだったころに開設されたローカルニュース局で、2016年チャーターに買収されて今の名前になった。多くのキャスターは地元出身で、それぞれの地域に根づいた情報を誇張なし、尾ひれなしで的確に提供し、市民の絶大な信頼を勝ち得ている。「NY1」を理由にスペクトラムにとどまる昔ながらの視聴者は、筆者だけではない。

というわけで、スペクトラムというケーブルテレビプロバイダーにとって、このローカルニュースチャンネルは、何物にも代え難い武器となっている。しかし、近年はそれだけでは解約(コードカット)にブレーキをかけられないこともまた事実だ。

コードカット防止に必死のケーブル会社

昨年からスペクトラムが安価なテレビプランを増やしたことに触れたが、今年6月ごろさらに一歩踏み込み、「スポーツチャンネル抜きの超格安テレビプランを新設する。これで、スポーツを見ない視聴者は契約料を節約できる」と発表していた。この8月末から9月初旬にかけて、ディズニーとスペクトラムが再放送同意料の交渉で決裂したが、その際ディズニーがゴネた理由が、このスペクトラムの"スポーツチャンネル抜き"プランだった。ESPNで勝負するディズニーとしては聞き捨てならないといったところだろう。ただ、ケーブルプロバイダーとしては、そのくらいしないとケーブルテレビそのものの存続が揺らぎかねないとの危機感があったはず。

ディズニーとスペクトラムの交渉、やっと成立

いったんは決裂したこの交渉が和解をみたのは、9月11日午後2時半ごろ(米東部時間)。それぞれの分野で最大規模2社の派手な交渉決裂とあって、ディズニーの全チャンネルがスペクトラムでブラックアウトされたこの11日間、業界も視聴者も相当揺さぶられた。

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<ディズニーとの交渉決裂後、ESPNほかディズニーチャンネルで流されたブラックアウトに関するスペクトラムのメッセージ画面>

放送局とケーブル会社の交渉決裂による短期的なチャンネルのブラックアウトは近年特に珍しいことではないが、今回はディズニーのやり方が強引だった。通常、チャンネルのブラックアウトは視聴者に前もって予告をしてから行うものだが、ディズニーはあろうことか、テニスのUSオープンのプライムタイム生中継中、しかも優勝候補カルロス・アルカラス選手の2回戦の真っ最中に、突然ブラックアウトさせたのだ。視聴者無視も甚だしい。

ディズニーのチャンネルは地上波のABCやケーブルのESPN、FX、ナショナルジオグラフィックも含め30チャンネルくらいになる。それが全部スペクトラムから消えた。怒ったスペクトラム契約者らがSNSで「今こそコードカットする時だ」と炎上した(=写真㊦:「スペクトラムに月300ドル〔日本円で約4万2,000円〕も払っているのに、ESPNも見られないのか? 「契約者に公平を期す」だって? CEOに年収$40ミリオン〔約56億円〕も払う会社がどの口で言うか。今こそコードカットの時だ」/筆者訳)

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ディズニーはその後、スペクトラムの契約者に「Hulu Live TVと契約すれば、ESPN見られるよ」と、自社の配信サービスへの勧誘を始めた。USオープンの出場選手からも「ホテルで試合を見ることができない」と苦情があったため、選手たちにはHulu Live TVへの無料アクセス権を提供していたという。

一方のスペクトラムは、スポーツのライブ配信アプリ「Fubo TV」の期間限定無料トライアルを勧めてきた。最初の1週間だけ無料で、その後は毎月60ドル。本末転倒もいいところだ。

スペクトラムがディズニーの配信サービスも
契約に入れることで合意

ケーブルテレビの交渉が決裂した時に、両サイドから配信のライブテレビアプリを勧められるとは、なんとも皮肉な話だと思っていたら、なんと、今回の2社の合意内容にも配信サービスが導入されるところにカギがあったことが分かった。スペクトラムは今後、ディズニーのケーブルチャンネルと並べて配信サービスも契約者に販売していくという。具体的にはこれから新プランが提供されていくことになるが、おそらくはリニアチャンネルとESPN+やHuluなどディズニーの配信サービスが、ケーブルテレビ契約者にバンドルか単独で割安提供される、といった展開になるのではないかと想像する。

放送局とケーブルプロバイダー間の契約としては初めてのケースで、スペクトラムは「革新的合意」と自画自賛している。これを受けてニューヨーク・タイムズ紙は「スペクトラムも含め、多くのケーブルテレビプロバイダーはインターネットのブロードバンドサービスも提供している。ケーブルテレビ事業が虫の息の今、ネットビジネスとしての配信サービスを推し進めるのは理想的なビジネスモデルだ」と報じている。

2社間の交渉がまとまる前は、放送局とケーブル会社間の長年のビジネスモデルが一気に崩れる可能性もあると米メディアは報じていた。チャーター・コミュニケーションズも今回のディズニーとの決裂直後、投資家向けにケーブルテレビ事業からの撤退をほのめかしていたほどだ。結果的に、チャーターはテレビ事業から撤退するどころか、新しいビジネスモデルを提示した形となった。これが消費者の視聴体験向上や経費節約にどうつながっていくかが問題だ。

そもそもケーブルテレビの契約料が一気に20ドル、30ドルと値上げされてきたのは、放送局側がケーブル会社に大幅な再送信同意料値上げを吹っかけてくるからだ。ケーブル会社は、消費者に視聴料を値上げすることで交渉を成立させてしまう。そしてそれが、この配信時代には消費者の逆鱗に触れ、コードカットに直結する。こう考えると、すでに今のビジネスモデルは崩壊している気がしてならない。ディズニーとスペクトラム2社間の、配信サービスも含めた新たなビジネスモデルが視聴者サイドにどう働くか、業界全体にどう影響していくか、これからの動きに注目したい。

さらに言えば、これから次世代放送規格ATSC3.0と、そのチューナー搭載のCTV市場が成熟すれば、消費者はデジタルアンテナで地上波を当然のように無料で見るようになるかもしれない。そうなるとテレビ市場はまた一変するような気もする。CTV搭載のATSC3.0チューナーでケーブルチャンネルのシグナルを変換することはすでに市場での実証実験も行われており、そう難しいことではないという。末端の消費者でしかない筆者には、これから米国のテレビ視聴インフラがどう変わっていくのか、さっぱり分からないというのが正直なところだ。

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