次世代テレビ放送規格ATSC3.0 米全世帯の75%で受信可能に

編集広報部
次世代テレビ放送規格ATSC3.0 米全世帯の75%で受信可能に

NAB(全米放送事業者連盟)が主催する「NABショー」が今年も4月13~17日にラスベガスで開催された(冒頭写真はインタビュー形式で基調講演するNABのカーティス・ルジェット会長)。

近年のNABショーで話題の中心といえば次世代テレビ放送規格「ATSC3.0」の現状とこれから。今年もその普及状況や関連機能、周辺デバイスの開発について報告やデモンストレーションが行われた。

▶大規模市場で導入続き、周辺デバイス・機能も続々
ATSC3.0はこの1年でニューヨークやシカゴ、フィラデルフィアなどの大規模市場にようやく導入された。推進団体ATSC(Advanced Television Systems Committee)のマデレーン・ノーランド代表はNABショーで全米の75市場、全世帯の75%で受信と視聴が可能になったと報告。2億4,000万人にリーチできるということだ。ここまで普及が進んだことを同代表は高く評価するとともに、残された25%の多くは小規模市場であることから普及はきわめて難しく、さらなる技術的な工夫が必要になると話した。

こうしたなか、明るいニュースはこの1年でATSC3.0の新たな周辺デバイスが市場に投入されたこと。全米民生技術協会(Consumer Technology Association=CTA)によると、2024年は約500万台のテレビと周辺機器を売り上げる見込みだという。特に、アトランタDTH(ADTH)製のATSC認定外付けチューナーが1台約90ドルの低価格で発売され、今後の普及に拍車がかかると期待されている。ATSC認定チューナーには「ATSC3.0」のロゴが付く。対応チューナーはこれまでも販売されていたが、ATSCが認定したものではなく機能や性能に問題があった。テレビを買い替えることなく、安価なチューナーを接続するだけでATSC3.0放送を視聴できることは、さらなる普及にとって大きなプラスとなる。

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<メーカー各社のATSC3.0製品が並ぶATSCのブース>

外付けチューナーを接続するまでもなく、ソニー、Samsung、HisenseはすでにATSC3.0チューナー搭載のスマートテレビを販売している。韓国のLGエレクトロニクスは残念ながら24年から米国市場向けのスマートテレビへのATSC 3.0チューナー搭載を中止しているが、その穴を埋めるべく中国の家電メーカーTCLが今年のNABショーで24年末からATSC 3.0チューナー搭載のスマートテレビを販売すると発表した。

ちなみに、ATSC3.0放送の視聴にはチューナー以外に電波を受信するデジタルアンテナも必要になる。

▶ATSC 3.0セキュリティ・システムと録画機能
ATSC 3.0の普及には放送局のコンテンツ保護システムも課題の一つだった。ATSC 3.0を放送する局はコンテンツを保護するために、暗号化して伝送する。このため、ユーザーからは「録画できない」といった苦情も寄せられ、セキュリティの強化とコンテンツ保護システムの構築に業界全体で取り組んできた。NABショーでは、システムを開発する組織「ATSC 3.0 Security Authority」 (A3SA) から、録画のための新たなセキュリティ・プロトコルが発表された。これによって「放送局側も安心して番組を放送でき、家電メーカーはATSC 3.0経由での放送コンテンツの録画デバイスを開発することが可能になる」とノーランド代表は語っている。

一方、シンクレア・ブロードキャスト・グループも独自にATSC 3.0のセキュリティ・システムの構築に取り組んでいる。NABショーに先駆けてシンクレアが発表したところによると、同社は韓国のコンテンツセキュリティ・プロバイダーDigicap社と提携し、新たなATSC 3.0自動セキュリティ認可・管理システムを導入するという。これも、ユーザーに録画機能を楽しんでもらうためには欠かせない技術だとのことだ。

▶自動録画機能組み込みのATSC 3.0で視聴体験もインタラクティブに 
ATSC 3.0に新たに組み込まれつつあるのが自動録画機能。視聴体験がよりインタラクティブになるという。ROXi社やEvertz Ease Live社などインタラクティブエンターテインメントを手がける企業が開発した新しいシステムがNABショーと前後して発表されている。これらのシステムをATSC 3.0に組み込むことで、リアルタイム視聴中にも頭から見られたり、一時停止や巻き戻しができるようになる。ユーザーサイドでの追加デバイスは一切必要ないという。

NBCUはニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、マイアミの4市場の傘下6局で4月15日からこの自動録画機能の付いたATSC 3.0放送を開始している。これに加え、画面上の指示でリモコンを操作するだけで自分が住む地域に限定した気象情報が得られるほか、スポーツやローカルニュースなどカテゴリー別に見たい番組を選んで視聴することもできる。配信のオンデマンド視聴にほぼ近いかたちだ。

ROXi社が開発したFast Stream技術は、まずシンクレア・ブロードキャスト・グループ傘下の放送局で導入されたが、現在はグレイ・テレビジョン、ネックススター・メディアグループ、ハースト・テレビジョン、テグナ、E.W.スクリプスといったパールTV加盟の全放送局グループと提携し、導入が進められている。

▶次世代放送の最大の利点はHDR 
ATSC 3.0で特筆すべきは高画質表示のHDR(ハイダイナミックレンジ)だとパールTVのアン・シェル代表はNABショーで強調した。HDRなら現行の放送規格SDR(スタンダードダイナミックレンジ)よりも、広さ・明るさともにはるかに高精細で再現でき、特にスポーツ中継にその機能が活かされるという。シンクレアがすでにATSC 3.0放送を行う傘下約40局でHDR画像をオプションで提供している。今年1年間で、全米各地のローカルテレビ局がATSC 3.0のHDR放送にアップグレードすると期待され、導入率は今後も確実に上がっていく見込みだ。NABショーでシェル代表は「ATSC 3.0放送局は現在、2,400万世帯にHDR画像を届けている。パリ五輪が開催される今年の夏は、8,000万世帯に増えるだろう」と期待した。

米放送界の存続をかけて開発され、放送局が自発的に導入を始めたATSC 3.0規格。業界と規制当局は大いに盛り上がり、ようやく全米75%の世帯が受信可能になるまで漕ぎつけたが、肝心の視聴者サイドではもう一つ実感がない。真の普及と実用化を目指すためには、ユーザーサイドのインフラをさらに充実させるだけでなく、視聴者にどのような周知と啓発を展開していくかが今後の課題といえよう。

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