鹿児島放送・樺山美喜子さん 自衛隊基地建設の島でいま起きていること【戦争と向き合う】⑨

樺山 美喜子
鹿児島放送・樺山美喜子さん 自衛隊基地建設の島でいま起きていること【戦争と向き合う】⑨

シリーズ企画「戦争と向き合う」は、各放送局で戦争をテーマに番組を制作された方を中心に寄稿いただき、戦争の実相を伝える意義や戦争報道のあり方を考えていく企画です。
第9回は鹿児島放送(KKB)でニュース解説委員を務める樺山美喜子さん。テレビ朝日系列のテレメンタリーで2024年2月放送された『馬毛島~無人島が基地になる日~』を紹介いただくとともに制作後記をまとめていただきました。(編集広報部)


▼求人サイトで「馬毛島」を検索してみると......
世界自然遺産の島・屋久島と、JAXAのロケット発射場がある種子島。その間に馬毛島(まげしま)という無人島があることは、知らない人の方が多いかもしれません。でも、求人サイトで「馬毛島」と検索してみると......、「1,000人規模の作業員宿舎」「重機オペレーター月給50~65万円」「住み込み」「国家プロジェクト」などなど。馬毛島の基地建設に関わる求人が数多く並んでいます。

鹿児島県にある無人島「馬毛島」で防衛省が自衛隊基地の建設を進めています。着工は2023年1月。そこから1年弱の変化を伝えようと取材は始まりました。

▼根拠が見えない馬毛島買収額
馬毛島は世界自然遺産の屋久島にも近く、JAXAのロケット発射場がある種子島の西側に小さく寄り添うように位置します(下地図参照)。東京ドーム約174個分の島の大半を所有していた都内の開発会社と国の売買交渉が合意に達したのが2019年11月。買収額は約160億円と、当初防衛省が算出した不動産評価額約45億円の実に3倍超ですが、その積算根拠について政府は「適切な段階で説明したい」と述べたまま今に至ります。

馬毛島地図①小.jpg

▼閉ざされた島~工事の進捗は
見えないのは積算根拠だけではありません。馬毛島は、種子島北部の西之表(にしのおもて)市から10数キロ。海の向こうで夜間も工事の灯りが見える位置ですが、島周辺は工事を請け負うJV(共同企業体、ジョイント・ベンチャー)が手配した警備艇が周回し、工事関係者以外は地元の漁船でも接岸は困難。現場の作業員は「島で見たこと、起きたこと」を口外しないよう指示され、朝夕に工事関係者用の海上タクシーを運行する漁師も作業員と話をしないよう指示されるという閉ざされた島になっています。

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<種子島・西之表市から見る馬毛島夕景>

2023年1月に着工した馬毛島・自衛隊基地建設の工期は防衛省によると概ね4年。すでに1年半が経過しています。上空からの撮影では島内に資機材を搬入する仮設桟橋は2基が完成間近で、島を覆っていた広大な森林は一部を残すのみ。作業員宿舎など仮設の建造物も増え、建設用の生コンプラントと見られる大型施設も見えてきました。

一方で、防衛省が当初「今年秋ごろの完成を目指す」としていたアメリカ軍のFCLP=空母艦載機の離着陸訓練に使う滑走路エリアは7月現在、上空から明確な変化は見えません。工事の進捗を見守るため自衛隊の先遣隊が今年度中に馬毛島に入るとされていますが、作業員の数は当初計画の6割に満たない状況で、冒頭にふれた求人サイトにも人手不足の状況が垣間見えます。

空撮2枚(23年1月/24年7月).jpg

<馬毛島空撮画像(㊧=23年1月/㊨=24年7月)>

馬毛島周辺の厳しい自然環境も工事の進捗を左右する要因の一つ。季節によっては、作業員を乗せた海上タクシーも資機材を積んだ船も出港できない日がまれではなく、着工当初に島内で働いていた元作業員は取材に対し「強風も日差しも遮るものがない過酷な現場だった。工期の遅れは海の状況次第なのに、とにかく工期を詰められる。事故が起きてもおかしくない」と話します。

▼種子島・暮らしの変化~人口急増↑戸惑う住民
種子島1市2町では各地で工事関係者向けの宿舎建設が始まり、ひと気のない山間の地区にもプレハブ宿舎が。今後ピーク時には種子島と馬毛島で約6千人の工事関係者が滞在する計画です。当初、ゴミ出しのルールや交通量の急増、水道水不足の懸念など住民から行政に苦情も相次ぎました。スーパーの総菜コーナーは消費者の急増で夕方を待たずに商品が売り切れ、タイムセールがなくなったと嘆く住民の声も。県外資本の飲食店も急増し、昨年9月に鹿児島県が発表した商業地の基準地価は西之表市中心部で28年ぶりの上昇を記録しました。

プレハブ.jpg<種子島・工事関係者向けの簡易宿舎>

▼種子島・暮らしの変化~スーパーの店頭で
馬毛島周辺の海で漁が規制された今、多くの漁師たちは漁協が基地建設のJVから請け負った海上タクシーとして稼働し、種子島漁協の水揚げは激減。取材に入った日は早朝の市場のセリに並んだ魚も数えるほどでした。地元スーパーも鹿児島市から取り寄せる水産物が届く時間帯まで鮮魚コーナーに商品はなく、肩を落として帰るお年寄りの姿を見るのが「本当に悔しい」と店主はつぶやきます。

会場TAXIの朝.jpg

<種子島・JVが 手配する海上タクシーに乗り込む工事関係者> 

▼人口減少の町と防衛力強化
鹿児島県内で「防衛」に関する変化は馬毛島にとどまらず、奄美群島など南西諸島の島々に広がりつつあります。中でも奄美大島は奄美駐屯地や瀬戸内分屯地など陸海空の自衛隊施設の整備が急速に進み、瀬戸内町では町主催のパレードで、物々しい装備を手に隊員が目抜き通りを練り歩きました。日米共同訓練の頻度も上昇し、島内3つの町が合同で防衛施設の誘致を進める徳之島で昨年行われた日米統合演習では、島外に出た孫が自衛隊員として訓練に参加していると笑顔で見守る男性も。住民の意図とは別に、国の南西諸島防衛強化の道筋が開けていくように見えます。

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しかし、自衛隊施設の誘致を望むのは離島に限ったことではありません。昨年暮れ、政府が「過去最大7.9兆円」の防衛費を含む24年度当初予算案を閣議決定した頃、熊本県にほど近い鹿児島県北西部の小さな町で喜びに沸く人々がいました。人口減少が止まらない町の打開策として官民で陳情を重ねてきた「火薬庫設置」の調査費が認められたことに、町議の一人は「やったーと思いました。私はバンザイした」と満面の笑顔でした。

▼屋久島沖で米軍オスプレイ墜落
番組取材も終盤の昨年11月末、屋久島沖で米空軍の輸送機オスプレイが墜落し乗員8人全員が死亡する事故が発生。島民へのインタビューでは「馬毛島の基地が完成したら事故が増えるのでは――」不安の声が多く聞かれました。墜落事故から3カ月半後、防衛省はオスプレイの運用を再開。米側が事故原因をどう説明したのかは、国民に伝えられないままです(米空軍は8月1日、調査報告書を公表した)。

種子島では、飲食業界など基地建設が追い風となった人々がいる一方で、賃金の高い馬毛島に人材が流出し、農業など深刻な人手不足に陥っている現場も少なくありません。基地建設が始まってわずか一年半ですが、小さな島に巨額の防衛費が投入されたその周辺で翻弄される人々がいます。基地建設が終了し、数千人の工事関係者が島を去った後に残るものは――。再び漁に出る漁師はどれだけいるか、種子島の暮らしはどう変わるのか。本当の変化は今後、基地が動き出してから大きなうねりのように顕在化するのではと感じています。

オスプレイ墜落事故を受けて番組は内容を大幅に変更しましたが、馬毛島でいま何が起きているのか地元メディアとして取材・発信を続けます。

※テレメンタリー『馬毛島~無人島が基地になる日~』はこちらからご覧いただけます(外部サイトに遷移します)。

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