30歳以下の放送局員に「これから」を考えてもらう企画「U30~新しい風」(まとめページはこちら)。20回は北海道テレビ放送の喜多和也さんです。担当した「ろう学校の手話教育のあり方をめぐる一連の報道」は2024年民放連賞の「放送と公共性」で優秀、「北海道立看護学院パワーハラスメント問題 3年間の追及報道」は第61回ギャラクシー賞(23年度)の報道活動部門で奨励賞を受賞しています。喜多さんには報道記者時代の経験とともに、テレビの力や未来のテレビに向けた想いを語ってもらいました。
テレビは、時代遅れだと言われることがあります。しかし、私は6年間の報道記者経験をとおして、テレビにはまだまだ大きな力と可能性が秘められていると確信しています。それは、情報を伝えるだけでなく、人々の心を動かし、社会を変える力です。この春、情報番組のディレクターに異動しました。新たな挑戦を前に、報道記者として過ごした日々を振り返り、未来のテレビについてあらためて考えています。
「おかしい」と声を上げ続ける
報道が変えた看護学院パワハラ問題
「報道の役割は異議申し立てだ」
学生時代に尊敬するテレビマンでもある恩師から教わった言葉です。この社会はまだまだ完璧ではありません。たくさんの理不尽であふれています。そして、そこには必ず声を上げている人たちがいます。その声をないものとせず、しっかりと耳を傾けて取材を尽くし、拡声器となって社会に伝えていく。権力や多数派に向けて、おかしいことにはおかしいと訴えていく。それこそがジャーナリズムの核だと思っています。
<『看護師になりたかった...~命の救い手 断たれた未来~』(2021年9月放送)>
報道記者として過ごした6年間の半分は「北海道立高等看護学院でのパワーハラスメント問題」の取材に取り組みました。2021年3月、函館支局勤務時代に1通の情報提供を受け、取材を開始。すると、現役生や卒業生、保護者から同様の被害を訴える声が次々と届きました。中には、自ら命を絶った学生もいたのです。3年間の粘り強い取材で明らかになったのは、10年前から被害の訴えがありながら、学校を管轄する北海道はその声に耳を傾けようとせず、隠蔽ともとれる対応を続けていたという衝撃的な事実でした。情報公開請求や15人以上に及ぶ学生らの証言を取材するなど、あらゆる手段を尽くして真実を明らかにしようと努めました。時には北海道のトップである知事に対し、定例会見の場で10分間にわたって質疑を行うなど追及を続けてきました。
<鈴木直道・北海道知事との質疑>
取材の原動力となったのは、私自身の「これはおかしい」という強い思いと、勇気を出して証言してくれた人々の存在です。一連の報道後、北海道や学校には多くの問い合わせが寄せられ、第三者調査委員会が設置されました。そして、11人の教師による53件のパワハラが認定。自殺した男子学生に対しても3人の教師による4件のパワハラが認められ、パワハラが自殺につながったと結論付けられました。学校は今、新たな体制の下で生まれ変わり、多くの学生たちが看護師になる夢に向かって勉学に励んでいます。多くの人がテレビを見て「おかしい」と感じ、声を上げたことで、事態は大きく動きました。
<中央は筆者>
視聴率の先へ
手話ドキュメンタリーがもたらしたもの
斜陽産業と言われるテレビですが、私はまだ大きな力を持っていると信じています。テレビ局にいると毎日のように「視聴率」の話題が飛び交います。「今日は目標達成!」「この話題で数字が落ちたな......」それだけ民放にとって視聴率は重要な指標です。しかし、私にとってもう1つ大切なのは、視聴者に与える「影響」です。100人中10人がなんとなく見て忘れてしまう番組ではなく、100人中5人でも、食事の手を止めて画面にくぎ付けになり、何かを感じ、行動を起こすような番組――私はこれを「お箸を止めるテレビ」と呼んでいます――、そのような番組を作りたいと思っています。
今年2月、私はテレビ朝日系列で全国放送されたテレメンタリー2024『世界一きれいな言葉』(=冒頭写真および写真㊤)を制作しました。耳が聞こえない「ろう者」や、その人たちにとって大切な言葉である「手話」を取り上げたドキュメンタリーです。聞こえない人たちにも伝わることを目指して、リモコンの字幕ボタンを押さなくても字幕が表示されるオープンキャプションを取り入れ、ほぼ全編にろう者による手話通訳を入れて放送しました。視聴率は目標には届きませんでしたが、番組を見て学校で手話クラブを作った小学生がいたそうです。番組のテーマは、手話のことを知ってほしい、手話に触れてほしいというものでした。その思いが、その子どもには届いたのだと感じた瞬間でした。
誰一人取り残さないために
テレビが越えるべき壁
今回の番組制作でテレビの力を感じた一方、テレビの限界も感じました。手話は日本語などの音声言語とは別の独立した言語で、本来は音声言語と同時に使うことはできません。私は番組作りにおいて手話という言語を大切にすることを一番に考え、ろう者が話をするシーンには通訳やアテレコなどの音声をつけず、手や服の擦れる音など自然の環境音のみで構成したいと考えました。それが多くのろう者の希望でもあったからです。しかし、大多数の視聴者である耳が聞こえる人(聴者)とって、音のないインタビュー映像は「テレビの故障」と受け取られる可能性があるという指摘を受けました。最終的に環境音を極限まで調整するなどして対応し、手話には音声をつけずに放送しましたが、目の見えない視聴者にとっては不親切な放送だというご指摘もごもっともです。マスメディアであるテレビは、より多くの人に情報を伝える役割を担っています。しかし、本当に「誰一人取り残さない」ためにはどうすれば良いのか、あらためて考えさせられました。
<手話通訳を担当した善岡修さんの収録>
東京・大阪・名古屋と独立局を除いたローカル局の総放送時間に占める字幕放送時間の割合の平均値は58.1%ですが、1週間あたりの手話放送時間は在京キー5局で31分、同ローカル局で23分です(総務省「令和5年度の字幕放送等の実績」2024年10月公表)。これは、聴者が中心となって作られているテレビの現状を反映しています。聴者だけで議論していては、ろう者に寄り添った番組作りは難しいでしょう。『世界一きれいな言葉』の制作では、ろう者の意見を積極的に取り入れました。聞こえない世界、手話の世界を理解するには、当事者の声が不可欠だからです。今回は耳が聞こえない人の存在は大切にできましたが、目が見えない人の存在にまでは配慮が至らず反省点も多くあります。しかし、こうした議論ができたことだけでも一歩になったと感じています。
<耳が聞こえる手話コーディネーター㊧とともに進めた収録>
未来のテレビは私たちの手に
テレビはまだまだ進化できるはずです。音声、文字、そして映像という強力なツールで、情報を多角的に伝えられる無限の可能性を秘めています。未来のテレビを切り開くのは、私たち若い世代の情熱と行動だと信じています。ローカル局は予算や人材の制約などもあり、何でも自由にできる環境ではありません。しかし、そこであきらめることなく挑戦を続け、未来のテレビを創造していきたいと考えています。私たちの新しい発想を温かく見守り、積極的にご支援いただければ幸いです。