「ポッドキャスト」が登場してすでに二十数年。この間、通信技術の革新に伴ってリスナーとのインターフェイスは変化しながらも、ラジオ放送に匹敵する音声コンテンツとして発展し定着してきました。そのコンテンツの内容も多岐にわたり、制作のプロである放送局だけでなく、他業種からの参入も相次いでいます。そこで、民放onlineではポッドキャストを再考するシリーズを始めます。第1回は全国のラジオに造詣の深いコラムニストのやきそばかおるさんに、各局が手がけるいまが"旬"のおすすめコンテンツを紹介いただきます。(編集広報部)
今年2月、radikoアプリからポッドキャストにアクセスできるようになった(使い方はこちら 〔外部サイトに遷移します〕)。ラジオ局が配信するポッドキャストのコンテンツは、すでに放送された番組全体もしくは一部をカットして配信するもの、ポッドキャストのみで楽しめるオリジナルのコンテンツを作って配信するものなど、さまざまだ。本稿ではラジオ局が制作しているもののなかからポッドキャスト向けのオリジナルを中心に、気軽に楽しめるコンテンツを紹介する(番組情報は8月末現在。以下、パーソナリティおよびタレント名は敬称略)。
パーソナリティの"別の顔"も
AIR-G'(FM北海道)の『ムシラジ』(土曜配信)は自宅に100匹前後の昆虫を飼育する"カブクワ女子"(昆虫飼育を趣味とする女性)のLalamiが、北海道のさまざまな場所へ昆虫採集に行き、歩きながら収録している。土曜25時から30分番組としてラジオで放送されており、その"完全版"をポッドキャストで配信する。
7月の放送では恵庭渓谷で巨大なミヤマクワガタを探しに行った。道中で大量のカゲロウを発見してビックリしながら実況する様子や、シカに遭遇した様子を伝えたりと、さながら"聴くブログ"といったところだ。途中で撮影した動画はLalamiのTikTokでも公開している。環境保護の観点から詳しい採集場所を明かしていないところに生きものに対する愛を感じる 。
BSNラジオ(新潟放送)の『松本愛のしあわせお断り』(土曜配信)はポッドキャストのオリジナル。前半はお便り、後半は本の紹介で構成している。前半と後半で雰囲気が少し異っており、前半は仕事や恋愛をはじめ、森羅万象に対する松本の愚痴が見え隠れする。後半になると真面目な雰囲気に一転。ノンフィクション作品『ある行旅死亡人の物語』(武田惇志・伊藤亜衣、毎日新聞出版)、『墜落の夏―日航123便事故全記録―』(吉岡忍、新潮文庫)や林真理子の恋愛小説『初夜』(文春文庫)まで多種多様な本を紹介している。
松本は一度聴くと忘れられないセクシーな声の持ち主で、イヤホン越しに会いに行きたくなるような声質だ。もともとFM PORT=新潟県民エフエム放送(2020年6月30日閉局)の開局時メンバーで、その後はBSNラジオの夕方のワイド番組を担当していたが、『しあわせお断り』では松本独特の"夜の世界観"を色濃く出している。ポッドキャストはパーソナリティにとって、ラジオの放送とは別の顔を見せることができるのも面白さではないだろうか 。
終了番組が思わぬ"復活"
J-WAVEのポッドキャストオリジナル『空きコマスタジオ』(月曜配信)はJ-WAVEの大学生・専門学生コミュニティWACODES(ワコーズ)のメンバーから2〜3人が出演。ある回はお笑いが大好きな大学生が友達と浅草の演芸場・東洋館に行った時の感想を語ったり、大教室の授業ではどの位置に座るかといった話を展開する。それぞれがおすすめしたい授業を紹介する回もあり、大人が聴いても興味深い。
『空きコマスタジオ』では大阪のFM802を支える大学生サポーター「802WANNABES」とオンラインで結んで座談会を行ったこともある。それぞれのラジオ局の特徴を紹介したり、好きな番組について話したりするうちに、お互いのラジオ局に対する興味が膨れ上がっていた。まわりにラジオを聴いている人が少ないという彼らにとって、ラジオの話ができる同世代の人がいるだけでうれしいという。
WACODES のメンバーからは「高校時代に藤田琢己さんの番組をよく聴いていた」「吉岡里帆さんの番組が好き!」、802WANNABESのメンバーからは「私たちの好きな曲をたくさん流してくれるオチケンさん(落合健太郎)がすごく好き!」と話す人もいて、聴いているだけで楽しくなる話が満載だった。
ABCラジオ(朝日放送ラジオ)のポッドキャスト『よな水 リターンズ』(水曜配信)は2014年から7年半にわたって放送された深夜の生放送『よなよな...』の水曜日が放送終了から2年のブランクを経てポッドキャストで復活した。『よなよな...』時代は聴いていなかったが、ポッドキャストで知ってファンになった人も多く、リスナーは全国に点在する。
シンガーソングライターの近藤夏子と北村真平アナウンサーの"陽と陰"の真逆の性格のコンビの爆笑トークは健在。『よなよな...』が始まって今年で10年。ふたりとも年齢を重ねるにつれて人生観や恋愛観の話が深くなる。
同社が年に1回開催している「ABCラジオまつり」では23年にデジタル配信ステージが登場した。『よな水 リターンズ』もトークショーを行ったところ、多くのリスナーが集まりパーソナリティのふたりも「こんなに聴いてる人が多かったの⁉︎」と驚いていた。以降はトークイベントやグッズの販売を始めてさらにファンを増やしている。一度終了した番組が思わぬかたちで"復活"して、当時からのファンや新たなリスナーの拡大にもつながるところがポッドキャストの効用ともいえるだろう。
配信から放送への人気の還流も
BSSラジオ(山陰放送)『いただきカルテット〜ラストオーダーまで30分』(火曜配信)は『森谷佳奈のはきださNight』(月、20:00~22:00)で人気の森谷佳奈アナウンサーをはじめ、真咲郁、原奈津美、比和谷恭子の"仲良し4人組"が出演。 仕事、恋愛、人間関係など、アラサー・アラフォー世代が気になる話題を持ち寄って30分しゃべっているオリジナルコンテンツだ。ツッコミ役が不在なので本音が出続けるところが面白い。
<左から森谷アナ、真咲郁さん、原奈津美さん、比和谷恭子さん>
本稿のために出演メンバーに話を聞いたところ、リスナーは『森谷佳奈のはきださNight』を聴いている人も多いが、ポッドキャストで知って聴き始めた人も多いという。「なかなかラジオを聴く機会がない人でも『いただきカルテット』は聴いているという人もいます」(原)、「イケイケな雰囲気の女性からも『聴いてます』と声をかけられます」(森谷)と新たなリスナーが増えていることを喜んでいた。
放送とはまた違って、心のストッパーを外してあけすけに話しており、「ポッドキャストは気軽に仲良しメンバーで始められるところが良い」(真咲)、「『羽目を外しすぎたかな』と思うこともあるけど、聴いている方にとってはそのくらいが楽しんでもらえる」(比和谷)とのこと。
ポッドキャストの利点は過去に配信した回(アーカイブ)をまとめて聴くことができる点にもある。「過去の回をさかのぼって聴いているうちに『4人のメンバーの中で私と○○さんの価値観が似てる!』と親近感を抱く人も多い」(森谷)という発見もあったそうだ。
9月28日(土)に米子コンベンションセンターで開催される「BSSまつり d!scover FES」では、『いただきカルテット〜ラストオーダーまで30分』初のトークイベントが開催される。
マニアの心くすぐり特番からポッドキャスト化
KBCラジオ(九州朝日放送)のオリジナル『金子哲也 バス語り記』(木曜配信)は今年の正月に4時間の特番として放送された番組が、ポッドキャストのコンテンツとしてレギュラー化された。同局で主に番組制作に携わる金子は、子どもの頃から地元熊本の路線バスを利用しており、バスに対する熱が冷めないまま社会人になったという。日本一のバスの町・福岡からバスの魅力を全力で伝えようという内容で、マニアックな目線だけでなく、路線バスの現役運転士や路線バスの愛好家をスタジオに招いて話を聞いている。高校生の路線バス愛好家のふたりをゲストに迎えた時は「超マニアック座談会・新人戦」と題して盛り上がり、金子も「話がマニアックなので検索をしながらお聴きください」と告げたほどだ。バス旅の思い出、未来に向けたバス業界の動きなどを紹介する。
バスの未来について金子氏に聞いたところ、「バスは衰退している印象があるが、AIなどを使ったさまざまな技術革新によって、いくらでも回復する可能性があると思う」と話す。福岡市の一部地域でも利用者のニーズに応じてAIを活用して走行するルートを決めるオンデマンドバス「のるーと」が活躍しているそうだ。また、番組によく出演しているバス路線探検家の"ちょんびん"こと沖浜貴彦は2008年以降、ブログで7,000本以上ものバスに関する記事を書いてきただけに視点がユニーク。福岡の路線バスの特徴、車体のドアの秘密、廃止された路線の話など、バスをテーマにした番組は稀有なだけに今後の広がり方が楽しみだ。また、ポッドキャストでの好評を受け、今秋から地上波でのレギュラー放送も決まったという。
MBCラジオ(南日本放送)の『毎日!Many!600』(土曜配信)は土曜のワイド番組『青だよ!たくちゃん!』(土、13:30~16:30)で放送しているコーナーをポッドキャスト化したもの。ある例文を英語教師の資格を持っている上塘(かみとも)百合恵アナウンサーが英語に、鹿児島の方言に詳しい野口たくおが鹿児島の方言「かごんま弁」に訳して分かりやすく解説する。
これまでに紹介された例文のなかには「あなたはスリッパとサンダルの区別がつきますか?」「ここだけの話、"めにめに600"ではスポンサーを募集しています」というユニークなものもある。この二つが実用的かどうかはさておき、英語とかごんま弁で教え合うふたりの会話は発見が多く、聴いていてとても楽しい。その地域ならではの方言も、ローカル局にとってはネタの宝庫。そこに外国語を掛け合わせたところがユニークだ。各局でもいろいろなアプローチができるのではないだろうか。
貴重な音声アーカイブを活用
ラジオ沖縄のポッドキャスト専用コンテンツ『サウンド・メモリー~ROKアーカイブ・セレクト』(不定期配信)は過去に同局で放送された音源を配信している。1960年7月1日に同局が開局した時の音源や、沖縄出身の牧志ツルさんが長崎で被爆した体験を取材し1983年に放送された「女性ジャーナル~母の語る戦争体験」、沖縄の被爆者の現状と基地問題をリポートした「沖縄にとって広島とは何か」、2004年8月13日に起きた宜野湾市の沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事故の当日からその後の県内外の動きを伝えた「2004年・重大ニュース~音でつづるこの一年」など、貴重な音源を再編集して紹介している。
米軍ヘリコプター墜落事故は『サウンド・メモリー~ROKアーカイブ・セレクト』のパーソナリティ・小橋川響アナウンサーの母校、沖縄国際大学が事故現場だ。当時、小橋川アナは現役の学生で、事故が発生する30分前まで校内にいたこともあり、当時の様子を振り返った。また、被爆体験を語った番組では被爆者が当時の様子を振り返るとともに、平和の大切さと、絶対に戦争を起こしてはいけないことを訴えた。
各局のライブラリーに眠る取材・報道活動の貴重な音源は、ラジオ放送史だけでなく広く戦後史の貴重な証言や記録の宝庫でもある。すでにテレビでは番組だけでなく、配信でもさまざまな試みが行われている。沖縄という、豊かな文化と歴史を有し、戦争の記憶が刻まれ、いまなお多くの課題を抱える地域からこのような試みが行われるのは他地域でも参考になるのではないだろうか。
まずは、ポッドキャストを始めてみよう
ポッドキャストは好きな時間に何度も聴くことができる。しかもインターネット環境があれば、さまざなポータルサイトから多くが無料で、しかも全国で聴ける。ただ、この便利さが浸透していないようにも感じる。
一方、ポッドキャストのコンテンツは放送局だけでなくそれ以外からの参入も増える一方だ。コンテンツの存在が知れわたるには時間はかかる。しかし、海外でも聴くことができ、何度も聴ける利点もあって発展の可能性は大いにある。例えば『ムシラジ』や『金子哲也 バス語り記』のようにニッチな企画は海外でも通じるだろう。詳しくて話したい分野はあるけれど担当している番組では話す機会がなかったり、放送局のある地域で詳しい人がいる場合は立ち上げてみるのもひとつの手だ。また、ポッドキャストは海外に住む日本人が日本の番組が懐かしくなって聴くケースも多いという。雑談や地域の話題を話す企画にも鉱脈があると思われる。「思い立ったが吉日」...... ポッドキャストは参入しやすい。各局でこれから取り組んでみたいと思っているなら、まずは始めてみることをおすすめする。