テレビ番組でのプロダクト・プレイスメント活用の可能性 ~英国の現状と規制の実態

井川 智宏
テレビ番組でのプロダクト・プレイスメント活用の可能性 ~英国の現状と規制の実態

※冒頭写真は生成AIで作成しました。本文内のリンクは外部サイトに遷移する場合があります。


企業のマーケティング手法の一つとして、コンテンツの中に自社の商品やブランドを自然な形で登場させる、いわゆる「プロダクト・プレイスメント」が定着している。

古くは1955年公開のハリウッド映画『理由なき反抗』で、主演のジェームズ・ディーンがポケットから取り出す「くし」が当時の若者の間で話題となり、コンテンツの中で商品やブランド名を露出させることが有効な宣伝手法と認識されるようになったのがその起源と言われている。

その後、米国では映画やテレビ放送番組での活用が進んだ。とりわけ映画は、テレビ放送番組と異なり、本編の途中でCMを挟んで広告収入を得るという商慣行がないため、こうした手法が重宝されたという側面もあるだろう。1982年公開の映画『E.T.』でもさまざまなプレイスメント商品が話題を呼び、同手法が広く知られる一つの契機ともなった。現在もプロダクト・プレイスメント市場は成長を続けており、後ほど紹介するが、その手法はますます洗練されたものになっている。その規模は、米国のメディアコンサルティング会社PQ Mediaが公表した『Global Product Placement Forecast 2024-2028』(https://www.pqmedia.com/product/global-product-placement-forecast-2024-2028/)によれば、2023年に世界全体で前年比12.3%増の296億ドル(約4.2兆円)に達し、その半分が米国と言われている。

民放連研究所では、テレビ放送番組で同手法が一定の条件のもと活用されている英国の概況について、FCI London社を通じて、現地のメディアコンサルタントのキャサリン・パーソンズ氏に調査を依頼した。

本稿では、同調査の結果を踏まえて、規制の経緯や概要と活用状況などを紹介したい。なお、本稿は、個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものでないことに留意いただきたい。

英国でプロダクト・プレイスメントが解禁に至った経緯

英国でテレビ放送番組におけるプロダクト・プレイスメントが解禁になったのは2011年である。それまでは法令上認められていなかった。そこで、解禁に至る経緯を簡単に振り返ってみたい。

まず、英国は、2020年に欧州連合(EU)を正式に離脱したが、それ以前は加盟国としてEUのルールを遵守する義務を負っていたため、EUにおける取り扱いがどうなっていたかを整理しておく必要がある。

放送分野に関するEUのルールは、1989年に採択されたTelevision without Frontiers DirectiveTVWF)までさかのぼる。日本では「国境なきテレビ指令」または「国境を超えるテレビ指令」と訳されることが多い。

注)
EU法には、一次法である基本条約の下に、二次法として、加盟国や、企業・市民に対する法的な拘束力の違いによって、Regulation(規則)、Directive(指令)Decision(決定)等の法令種別が存在する。Directive(指令)は、加盟国に対して、その内容と国内法を整合させる義務が生じる。

(参照)駐日欧州連合代表部・公式ウェブマガジン(https://eumag.jp/questions/f0813/

このTVWFは、EU域内の国境を越えたテレビ放送番組の流通促進のため、国ごとに異なる規制の水準を調和させるものであったが、広告の取り扱いに関しては、番組と広告の明確な識別を原則とし、広告であることを視聴者に認識させずに放送することを禁止しており、番組内のプロダクト・プレイスメントも認められないとの解釈であった。

こうしたなか、2005年に英国の情報通信分野の規制・監督を所管するOfcom(放送通信庁)は、テレビ放送番組でのプロダクト・プレイスメントの解禁に関する検討を実施した。しかしながら、当時、EU全体でも徐々に解禁の機運が高まりつつはあったものの、上述のTVWFが正式なEUのルールとしては有効であり、その解釈が変わることはなかった。そのため、Ofcomによる検討が実を結ぶことはなかった。また、Ofcomがこの問題に関して広く意見聴取を行ったところ、放送事業者は総じて賛成であったものの、消費者団体からは検討すべき課題が多く残されているなどといった否定的な意見が出され、国内的にも解禁に向けたコンセンサスが得られている状況ではないと判断されたようである。当時の検討結果をとりまとめた報告書がOfcomのウェブサイトに掲載されているが(https://www.ofcom.org.uk/tv-radio-and-on-demand/advertising/product_placement)、当時の議論の雰囲気を知るうえで大いに参考になる。

EUはその後、伝統的な放送サービス以外のオンライン上の映像配信サービスに対する規制の必要性などを背景に、TVWFの全面的な改正に踏み切り、2007年にAudiovisual Media Services without frontiers DirectiveAVWF)が採択された。日本では、「国境を越える視聴覚メディアサービス指令」と訳されることが多い。

このAVWFの大きな特徴は、視聴覚メディアサービスを、リアルタイム視聴を前提とする"リニア"サービスと、ユーザーが視聴タイミングを選択できる"ノンリニア"サービスに区分し、規律のレベルに差異を設けるもので、日本における2010年前後の通信・放送融合法制に関する議論の際にも参照されることが多かったため、よくご記憶されている方も多いだろう。

このAVWFにおいて、広告の取り扱いに関しては、巨大な米国資本に対抗するための欧州系のメディアやコンテンツ制作関連事業者の経営基盤強化の必要性を背景として、規制が一部緩和されたのが特徴だと言えよう。欧州は、もともと伝統的に、文化面・言語面で相対的に近しい米国の文化や資本が自国内に流入することへの警戒感が強いと言われることが多いが、これもその具体的な対応策の一つなのだろう。その一環として、プロダクト・プレイスメントについても、視聴者への告知の必要性などの一定の条件のもとで認められることが明示された。

このAVWFの採択を受けて、英国政府も国内法の整備を進めた。プロダクト・プレイスメントに関しては、2010年に「Audiovisual Media Services(Product Placement)Regulations 2010」を策定。この法令を拠りどころにして、Ofcom2011年2月28日、Broadcasting Code(放送コード)を改正し、プロダクト・プレイスメントを実施するための具体的要件を示した。

プロダクト・プレイスメントの実施要件

Ofcomが定めるプロダクト・プレイスメントの実施要件の要旨は以下のとおりである。

(1) 特定番組での禁止
以下の番組カテゴリーでは禁止されている。
・ニュースおよび時事番組
・子ども向け番組
・宗教番組
・消費者相談番組

(2) 禁止商品
以下の商品を対象とすることは禁止されている。
・アルコール飲料
・タバコ製品
・ギャンブルに関するサービスまたは商品
・処方医薬品
・子ども向けの高脂肪、高糖分、高塩分の食品または飲料

(3) 透明性要件
プロダクト・プレイスメントが含まれている番組は、視聴者がその事実を確実に認識できるよう、番組開始時、終了時およびCM明けに決められたロゴ(「P」マーク)を表示しなければならない。

画像1.png

<「P」マークの画面表示例>

また、商品を過度に目立たせたり、商品・サービス・ブランドの購入等を直接的に勧めたりしてはならない。

(4) 番組編集の独立性
プロダクト・プレイスメントが番組内容に影響を及ぼしてはならない。また、番組の文脈に関連したものでなければならない。

(5) 視聴者保護
配置される商品・サービス・ブランドの性質や目的について視聴者に誤解を与えてはならない。また、商品は、年齢など、番組が想定する視聴者に沿ったものでなければならない。

(6) スポンサーシップとの違い
プロダクト・プレイスメントと番組スポンサーシップは明確に区別されなければならない。スポンサーが編集上の支配権を行使したり、番組への商品掲載を指示したりすることはできない。

(7) コンプライアンスと罰則
Ofcomの規則に違反した場合、罰金や行政処分、さらに違反が重大・深刻な場合は免許停止もあり得る。

注)
英国では、BBCに加えて、ITVChannel4Channel5などの一部の民放事業者が、Public Service BroadcastingPSB、公共サービス放送)に位置付けられている。上述のルールもPSBを対象とした規律であるが、BBCについてはそもそも原則として広告放送が認められておらず、プロダクト・プレイスメントも禁じられている。

なお、英国の放送制度の詳細については、民放online『英国の放送ってどうなってるの?part1 ~出版型放送とは?』(https://minpo.online/article/post-257.html)が参考になるので、関心のある方はぜひご覧いただきたい。

実際の活用例と消費者の受容性

英国の民放事業者の一つである、ITVの担当者は、「ドラマやリアリティショーなどの番組ジャンルでプロダクト・プレイスメントを活用しているが、番組内容との相性によってはどのジャンルでも効果的に機能する。重要なのは番組のジャンルではなく、活用の仕方である。自然に番組のストーリーに溶け込んでいる場合に特に効果的である」と話す。

下の写真は、ITV制作のドラマ『Coronation Street』のシーンであるが、画面の奥に露出している「Costa Coffee」と「Coop(生活協同組合)」のブランド名は、プロダクト・プレイスメントが活用されている。

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<ITV『Coronation Street』における活用シーン>

ただ、プロダクト・プレイスメントの安易な活用に対して警鐘を鳴らす声もある。 

例えば、ドラマでオリジナルの脚本と異なる商品を露出させることは、原作者の意図とそぐわない可能性があるといった意見もその一つだ。

政府の規制の不十分さに対する指摘もある。一例を挙げれば、"子ども向け番組"では禁止されているが、子どもも含めて家族がそろって視聴することが想定される"家族向け番組"では禁止されていないといった批判だ。

また、"商品を過度に目立たせない"という規制はかなり抽象的であり、解釈の余地が大きい。たとえコンテンツ制作者サイドにその意図がなかったとしても、見る人の印象や価値観によっては"過剰だ"と感じてしまうこともあるだろう。例えば、2018年には上述の『Coronation Street』において「Costa Coffee」と「Coop」のブランド名が特に強調された演出があったとして新聞等で批評された。

しかしながら、一般の視聴者の反応は悪いものではないようだ。

ITVが視聴者に対して行った調査によれば、91%の視聴者がプロダクト・プレイスメントは視聴者の視聴体験を阻害するものではないと回答、さらに7%の視聴者が番組のリアリティを向上させると回答している。

また、プロダクト・プレイスメントの専門会社BenLabsの調査によると、回答者の88%が、映画やテレビ番組で商品やブランドを見た後、ポジティブな感情(興味・関心など)を抱いたと回答している。

効果と収益への寄与は?

プロダクト・プレイスメントの効果測定については、視聴率のような一般的に確立した評価尺度が現時点では存在しない。番組内での商品・ブランド等の露出時間や回数と、それに対する消費者の購買意向の変化などを追跡調査して総合的にどの程度効果があったかを判断しているようだ。

また、今回の調査では、現地の放送事業者に取材を行い、プロダクト・プレイスメントに関する所感や得られた知見などを伺ったが、同手法による具体的な収益データについては各社とも開示を断られたため、放送事業者の収益面への寄与を定量的に明らかにするには至らなかった。

ただし、放送事業者の担当者からは、「営業戦略の一部として収益の多様化に貢献している」「重要な収入源になっている」とのコメントが寄せられており、収益面で一定の手ごたえを感じていることは垣間見えた。

デジタル技術の活用でより洗練された手法へ

最近では、番組制作の際に実際の商品を物理的に配置する伝統的な手法だけでなく、既存のコンテンツの中に後からデジタル技術で商品やブランドを埋め込む"バーチャル・プロダクト・プレイスメント"あるいは"デジタル・プロダクト・プレイスメント"と呼ばれる分野の開拓が進んでいる。

この手法を活用すれば、同じシーンの中でマーケティング戦略などに応じて異なる商品に差し替えることが可能となる。グローバル展開する企業にとって、国ごとに異なる文化や生活様式などに応じた適切な商品を配置できることは大きな利点だろう。また、商品のリニューアルの際に新商品に差し替えることも容易となる。制作者サイドとしても、商品の現物が制作スケジュールに間に合うか気を揉む必要がなくなるし、自分たちが制作したコンテンツを海外に展開する際も、商品の差し替えによって対応が可能だ。

日本でも、放送事業者や関連企業が、ネット配信サービスにおいて、こうした技術の開発や活用を進めている。

いくつか例を挙げると、TVQ九州放送はSDGs特別番組の配信映像でAI技術を用いたデジタル・プレイスメントを実施(https://gaie.jp/news/archives/707)。フジテレビジョンが開発した「iCADs」ではAIを活用して配信映像内に広告情報を付与することが可能だ(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001331.000000084.html)。ABEMA2024年、オリジナルの配信番組の一部で、バーチャル・プロダクト・プレイスメントの広告フォーマットの提供を開始している(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000771.000064643.html)。

さらに一歩進んで、視聴者の属性や趣味・嗜好に基づいて適切な商品を配置する手法も開発が進んでいる。例えば、番組内の演者がワインを飲むシーンがあった場合、アルコールを飲まない視聴者に対しては同じブランドが販売している清涼飲料水を飲むシーンに自動的に切り替わるといった具合だ。

専門会社Ryffhttps://ryff.com/)は、オンライン上の視聴者の購買履歴や閲覧履歴を活用したパーソナライズド・プレイスメントにより、広告が表示されない質の高いコンテンツの供給と、コンテンツ制作者の代替収入源の創出を両立することが可能になるとコメントしている。

日本における規制は?

日本の放送法第12条は、対価を得て広告放送を行う場合、視聴者が広告放送であることを識別できるようにするための義務を放送事業者に課している。裏を返せば、視聴者がしっかりと広告であることを識別できるようにすれば、必ずしもコマーシャル以外の広告フォーマットが禁じられているわけではない。

ただ、放送法を受けて、民放連の放送基準では、「広告放送はコマーシャルとして放送することによって、広告放送であることを明らかにしなければならない」(第92条)と、広告はコマーシャルとして放送する旨の規定が置かれており、番組内での広告は認められていない。つまり、自主基準で自分たちをより厳しく律している。

また、景品表示法では、202310月から、広告であることを隠して商品やサービスを宣伝する行為に対する規制(いわゆるステマ規制)が始まっていることにも留意が必要だ。

注)
いわゆる「ステマ規制」導入検討時のパブリックコメントにおいて、プロダクト・プレイスメントに関して、以下の質問と、それに対する行政側の見解が示されているので、参考までにご紹介しておく。

【質問】
「映画等におけるエンドロール等の表示」に関連して質問があるのですが、いわゆる、プロダクト・プレイスメント(映画やドラマのシーン内で、自社の製品・サービスを積極的に利用・表示してもらうために、自社の製品・サービスを撮影のために無料で提供したり、または、広告費用を支払うこと)についても、今回の規制の対象になり、「映画等におけるエンドロール等」に表示が必要になるでしょうか。また、プロダクト・プレイスメントが、今回の規制の対象になる場合、エンドロールに、当該事業者の名称を、例えば、「協力」「撮影協力」「スペシャルサンクス」と記載するだけでは不十分で、エンドロールにおいて、事業者の名称とともに、「広告」、「宣伝」、「プロモーション」、「PR」といった文言まで必要になると考えるべきでしょうか。」

【見解】
「景品表示法でいう「表示」には、・・・映画やドラマのシーンにおける表示も同法の「表示」に該当すると考えられます。ただし、仮に、「映画等」が「事業者の表示」と判断される場合であっても、映画等のエンドロールにおいて事業者名が記載されている場合については、一般消費者にとって、映画やドラマ内に当該事業者の表示が行われていることが明瞭となっているものと整理しております。そのため、「広告」、「宣伝」、「プロモーション」、「PR」といった文言までは必要ないと整理しております。」

【参照】https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_cms216_230328_04.pdf

 結びにかえて

放送法の規律、民放連の放送基準、そして各社が策定する番組基準を礎にして、民放事業者は、視聴者や社会からの信頼を培い、その社会的な役割を果たしてきた。その重要性は今後も揺らぐことはないだろう。

他方、企業のマーケティング活動では、受け手にとってストレスが少なく、かつ効果が見込める宣伝手法が日々研究されており、プロダクト・プレイスメント市場の成長はその一つの証左である。民間放送事業者として、こうしたニーズに的確に対応し、持続可能な経営のために安定した収益を確保するという視点も欠くことができない。

また、視聴者の意識や視聴実態において放送とネット配信の垣根がなくなりつつある現状において、配信事業者と放送事業者との"イコールフッティング"も一つの論点になろう。

2024年の民放大会のあいさつで、遠藤龍之介会長(当時)は、民間放送が社会で果たしている使命・役割は不変だとしつつ、「重要な役割を果たしていることが、事業の継続性を自動的に保障してくれるわけではありません」と述べ、「激変するメディア環境のなかで、民間企業としてビジネスを展開している以上、生き残るための闘いが求められます」と力を込めて語った(https://j-ba.or.jp/category/topics/jba106372)。

これまで培ってきた視聴者や社会からの信頼を堅持しながら、どのように収益を維持し、そして伸長させていくか。とても重い課題であるが、本稿が、その闘いを生き抜く術を考える際の一つの参考材料となれば幸いである。 

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