米トランプ大統領が公共放送への助成金を打ち切る法案に署名 "ニュース砂漠化"さらに進む恐れ

編集広報部
米トランプ大統領が公共放送への助成金を打ち切る法案に署名 "ニュース砂漠化"さらに進む恐れ

ドナルド・トランプ米大統領は7月24日、公共放送局(PBS、NPR)への助成金を打ち切る内容を含む「2025年歳出撤回法案(Rescissions Act of 2025)」に署名した。米連邦上院議会が7月17日に可決し、翌18日に下院で可決されていた。大統領の署名で正式に法律として成立し、2025年10月1日に施行される。

▶上下院とも僅差での可決
法案は、すでに議会で承認されていた約94億㌦(約1兆3,900億円)規模の歳出を撤回するもの。下院で金額の一部修正が行われ、国際開発庁(USAID)を通じた対外援助金が約80億㌦、公共放送局への助成金が約11億㌦が撤回される。これにより、公共放送のテレビネットワーク(PBS)とラジオネットワーク(NPR)への支援を制度的に担ってきた公共放送公社(Corporation for Public Broadcasting=CPB)を通じた助成金が1967年の同公社設立以来、初めて完全に停止される。

同法案は共和党が単独で推進した。上下両院とも党派によって賛否が完全に分かれ、上院は賛成51票×反対48票、下院で賛成216票×反対213票と僅差となった。ただ、共和党のリサ・マーコウスキー上院議員(アラスカ州)とスーザン・コリンズ上院議員(メイン州)の2人は民主党とともに反対票を投じている。マーコウスキー議員は、自身の州で発生したM7.3の地震を例に「公共放送局が津波警報を中継することで、多くの住民や観光客が避難できた。地域住民の命綱に打撃を与えることはできない」と述べた。コリンズ議員も「公共放送は医療、教育、防災の分野で果たす役割が大きい」と予算削減に懸念を示した。

法案可決に至る経緯は、既報のとおり今年5月の大統領令にさかのぼる。トランプ大統領は5月1日、「偏向メディアへの税金補助の終了」を掲げる大統領令に署名し、PBS、NPRを「保守派に対して偏見を持つメディアだ」と批判。その後、政権は6月初旬に議会に対して歳出撤回法案の提出を要請。6月12日には下院が一度目の可決を行い、7月17日に上院が可決、最終的に7月18日に下院で修正案を承認する形で議会での手続きが完了した。

▶各方面化から懸念の声
これに対して各方面から懸念の声が相次いでいる。PBSのポーラ・カーガーCEOは「全局に影響が及ぶが、特に農村部の小規模局にとっては壊滅的だ」と述べた。NPRのキャサリン・マーハーCEOも「公共ラジオは災害時の情報や地域ニュースの命綱だ」と、今後への悪影響を警告している。

米国では公共放送が住民の唯一の情報源となっている「ニュース砂漠」と呼ばれる地域は少なくない(関連記事)。ノースウェスタン大学の調査によれば、2024年時点で地域メディアが存在しない郡(カウンティー)は全米に206。このうち67郡が公共ラジオが唯一のニュース供給源となっているという。また、緊急時の津波警報やアンバーアラート(児童誘拐警報)、シルバーアラート(高齢者失踪警報)なども公共放送ネットワークを通じて全国に配信されており、災害対応や公共安全面でも極めて重要な機能を果たしている。

全国ネットワークとしてのNPR・PBSは運営費用を企業からの協賛金や視聴者からの寄付など民間資金にある程度依存している。CPBから配分される連邦政府からの助成金が予算全体に占める割合はNPRが約2%、PBSは約15%だ。しかし、地方局では連邦助成金は運営予算の根幹であり、他に替わりとなる財源が乏しい。そのため、今後は番組の縮小やスタッフの解雇、最悪の場合には放送停止に追い込まれる可能性が高いと米各メディアはみている。

さらに、ローカル公共放送局の閉鎖で生じる周波数は将来的に商業用途などに転用される可能性も高く、一度失われた地域報道のインフラが元に戻ることはほとんどないとの指摘もある。PBSのカーガーCEOは「閉鎖された局の周波数は競売にかけられ、地域放送局が復活することは二度とないかもしれない」と警鐘を鳴らす。

6月下旬にCPBが実施した世論調査によれば回答者の53%が公共メディアへの連邦助成金削減に反対し、賛成は44%だった。また、82%が緊急警報、66%が教育番組や地域情報の提供について「公共放送の存在は非常に価値がある」と回答している。こうした世論のなか、今回の法案可決に対して、メディア業界や市民団体の間で公共メディアの独立性と存在意義を揺るがすものとの危機感が広がっている。財政規律を重視する保守派にとっては政治的勝利といえるが、その代償として全米の地域社会における情報インフラが大きく揺らごうとしている。

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