※前編はこちらから。
後編では、メディア・情報源別の有用度や信頼性への評価と、災害時に大きな問題になっているデマやフェイク情報について見ていきます。なお、詳しい調査結果については、能登半島地震時の調査を中心にまとめた報告書を民放連ウェブサイトで公開していますので、興味のある方はご覧ください。
能登では避難時の有用度で周りの人の情報とテレビ、防災アプリ、防災無線が高評価
東日本大震災から能登半島地震までの4回全ての調査で、避難時から発災7日後までの期間について、避難時、発災当日、発災翌日~3日後、発災4日後~7日後の期間別にメディア・情報源別の有用度を情報ジャンル(被災・余震情報、安否情報、避難所・生活情報)別に聞いていますが、ここではスペースの関係で、災害から生命を守るために最も重要な期間である避難時のメディア利用について見てみます。
図表5は、発災直後の時期に(一時的にでも)避難した人に対して、最終的に避難した場所にたどり着くまでの間に役に立った情報源を聞いた設問の回答です。能登半島地震では、"役に立った"(7段階評価で"非常に役に立った""かなり役に立った""やや役に立った"の合計)は、周りの人の呼びかけが70%、テレビが63%とこの2つが頭一つ抜けており、続いて防災アプリ・サイト、防災無線、通話、SNS、自分の判断が50%を超えています。これを過去3回の調査と比べると、周りの人の呼びかけ、テレビが多いのは全ての調査に共通しています。防災アプリ・災害関連サイトは、熊本地震以降3回の調査でほぼ同程度で高水準の評価ですが、能登半島地震では防災無線が避難時に役立ったとの回答が半数を超えており、過去3回の調査との大きな違いになっています。
防災無線は、東日本大震災では停電に加え、地震による放送設備の故障や屋外スピーカーの損傷・流出等により機能しなかった地域も少なからずあったのですが、能登半島地震では発災後の避難時に防災無線の放送設備が機能しており、またスピーカーの多くも生きており、能登半島内の広い地域で情報を避難者に提供できていたことが推測されます。
また、能登半島地震では上位にありませんが、4回の調査のうち地震の直後に広範囲で停電が発生した東北3県と北海道では、ラジオの有用度が最も高くなっていたことも注目されます。しばらくして使えるようになるのではなく、その瞬間に電源が利用できるのか(あるいは通信網が機能しているのか)は、生命に関わる局面である避難時のメディア利用に大きな影響を与えます。当たり前の話ではありますが、電源がなくても、通信網がダウンしていても、放送波を受信できる限り使えるのがラジオ受信機の強みです。
<図表5. 発災後の避難時に役に立った情報源>
やはり車で避難してしまうので...車載テレビは重要
能登半島地震の調査では、避難した人の約7割が自動車による避難で、約3割が徒歩・自転車による避難でした。避難手段別に避難時に役に立ったメディア・情報源を見ると、ほとんどのメディア・情報源で有用度に大きな違いはありませんでしたが、テレビについてのみ、自動車で避難した人の有用度が明らかに高い水準になっていました。車載テレビやカーナビのテレビ機能が避難時に役立っていたことがわかります。"地震時の避難は徒歩で"とは言いますが、自動車の所有率が高く、また避難所までの距離があることも多い地方では、徒歩が不安な(あるいは無理な)高齢者も多く、どうしても車で避難しがちです。このため、特に地方では、車載テレビはかなり有用な災害時の情報手段と言えます。
能登ではテレビは安心感、信頼性について3分の2が高く評価
どんな非常事態でも人間の緊張状態はそう長くは持ちません。ここでは能登半島地震で、地震後に平常心を取り戻したり、安心感を得るうえで寄与したメディア・情報手段や情報の信頼性について聞いた設問の結果を紹介します。調査結果は図表6のとおりです。
発災から1週間の期間を総合して、平常心を取り戻したり、安心感を得るうえで役に立ったメディア・情報手段とメディア等からの情報の信頼性について7段階評価で聞き、トップ2カテゴリーの回答率とそれぞれの行為者率を示しました。なお、そのメディア等を使用していなかった非行為者を含む回答者全体と行為者のみの評価の両方を提示しました。
全体と行為者のみで評価の順位に大きな違いはありません。これは1週間以内と期間を長く取ったため、どのメディア・情報手段も7割前後以上の人が利用していたためと考えられます。また、連続した設問で聞いた影響もあったのかもしれませんが、「平常心・安心感」と「信頼性」で評価の順位はほとんど同じです。もっとも高く評価されたのはテレビであり、電話等での通話が2番目、防災アプリ・災害関連サイトが3番目です。ラジオと新聞を高く評価する回答は、行為者について見れば平常心・安心感では4割弱ですが、信頼性ではどちらも50%に達し、防災アプリ・災害関連サイトと遜色ない水準になっています。
テレビと通話(つまり家族・親類、知人・友人等)は、能登半島地震以外の調査でも信頼性では最上位にくるメディア・情報源ですが、防災アプリ・災害関連サイトはこの2つに次ぐ信頼性を確保するまでになっています。自由記入欄の回答を見ると、LINEの安否確認機能やグループチャットでの情報交換は、被災者にとって有用というだけでなく、精神的な支えのひとつにもなっていたようで、これが高い平常心・安心感の醸成につながっていることが推測されます。
<図表6. 能登半島地震(※以下同じ):メディア・コミュニケーション手段別の平常心・安心感への寄与と信頼性>
デマ・フェイク情報はネットメディアが多く、マスメディアが少ない
熊本地震以降、特にSNSを用いた災害時のデマやフェイク(偽)情報の流布が注目されるようになりました。能登半島地震でも、国内だけでなく全世界の多くの発信元からさまざまな意図を持った多くの偽・誤情報が広められました。
能登半島地震の調査では、メディア・情報手段ごとに、発災後調査時点までの期間中に、デマやフェイクと思われる情報があったかどうかを聞いています(図表7)。その結果、SNS接触者の6割以上がSNSの情報には"デマやフェイクと思われるものがあった"と回答。50%超の接触者があったと回答した動画サイトがこれに続きます。一方、テレビでは約3割、ラジオで約25%、最も少なかった新聞で23%の接触者が、デマやフェイク情報があったと回答しています。
あくまでも意識レベルでの回答ですので現実のデータを正確に反映しているわけではありませんが、ネットメディアでデマ・フェイクが"あった"との回答は、新聞、テレビ、ラジオなどマスメディアの2倍程度の水準になっていることがわかります。
<図表7. デマやフェイク情報があった情報源>
若年層ほどネット系メディアには懐疑的
これを、主要なメディア・情報源について年齢層別にみたのが図表8です。SNSと動画サイトでは、若年層ほどデマ・フェイクがあったと回答する傾向が見られます。それ以外の情報源では、10代~30代の回答率がやや高い傾向はありますが、SNS、動画サイトのようなきれいな傾向は見られません。普段からSNSや動画配信で玉石混交の情報に接している若年層の方が、マスメディアなどの既存メディア中心に情報を得ている高年齢層よりも、情報の真偽に敏感なのかもしれません。
<図表8. 年齢層別のデマやフェイク情報があった情報源>
"テレビで得た情報と矛盾するからフェイクだと思った"が最多
それでは、なぜ回答者はその情報が"デマやフェイク情報"と認識したのでしょうか? 図表9はデマ・フェイク情報があったと最も多くの回答者が認識していたSNSについて、"なぜ情報にデマやフェイクがあったと思ったのか"と聞いた結果です。テレビで得た情報と矛盾するが最も多く、周辺の人の情報との矛盾、社会常識との矛盾がそれに続きます。なお、"テレビで得た情報と矛盾する"の回答率について、年齢層別の回答率の違いはほぼ見られません(サンプル数がかなり少なくなるので参考程度ですが)。
図表10は、同じくテレビで得た情報にデマやフェイクがあったと回答した人に、なぜデマやフェイクと思ったのかと聞いた結果ですが、テレビで得た情報と矛盾するが突出して多く、ラジオ、周りの人、自分自身の固有知識が続きます。
調査では全てのメディア・情報手段について、マトリクス形式で同じ内容を聞いていますが、全てのメディア・情報手段について、テレビの情報と矛盾するのでデマ・フェイクと判断したとの選択肢が35~50%近く選ばれています。このスコアは他の選択肢(他のメディア・情報手段)の2倍前後の水準です。SNSのデマ・フェイク情報だけでなく、テレビが伝えたデマ・フェイク情報をテレビ自身が打ち消していた状況も伺えます。自由記述欄には、「テレビにも不確かな情報や誤情報が散見された」「いったん伝えた情報を後で自分で訂正することもあった」との回答が見られました。
<図表9. なぜSNSの情報にデマやフェイクがあったと思ったのか>
<図表10. なぜテレビの情報にデマやフェイクがあったと思ったのか>
2024年の能登で、テレビの有用性・評価は事前の予想以上
これまでとりとめもなく調査結果を見てきましたが、この辺でまとめたいと思います。古い話で恐縮ですが、筆者は民放連研究所が2011年に公表した『東日本大震災時のメディアの役割に関する総合調査 報告書』で、"ラジオのあらゆる分野での有用性の認識、高評価は事前の予想を大幅に超えるものであった"と書きました。2024年の能登半島地震調査の結果を端的にまとめれば、"テレビのあらゆる分野での有用性の認識、高評価は事前の予想を大幅に超えるものであった"とすることができそうです。東日本大震災から能登半島地震まで13年。その間ネットメディアは飛躍的に発展し、テレビに代表されるマスメディアは行為者率が継続的に低下しているにもかかわらず、能登半島地震時に被災地で各種のメディア・情報源が果たした役割を一言で表現すれば、ラジオがテレビに置き換わっただけになるとは、調査前には予想していませんでした。
能登ではなぜラジオではなくテレビだったのか?
能登半島地震でラジオが大きな存在感を示せなかった理由としては、まず、東日本大震災や北海道胆振東部地震と異なり、発災後に停電が発生した地域がそれほど広範ではなかったことがあります。能登半島地震調査で、発災後自身がいた場所(自宅、避難所等)に停電が発生した人は、回答者全体の約28%でしたが、停電中の使用率が最も高い情報端末はやはりラジオで、テレビ、通話、防災アプリ/サイトが続いていました(ただし、ラジオとテレビ、通話(モバイル端末)の利用率の差はわずかです)。また、能登半島では夜間の中波ラジオ受信障害がかなりのレベルで存在しているため、中波ラジオに頼ることが難しい時間帯があったことや、発災時、能登半島全域でコミュニティ放送が1局しか存在しておらず、臨時災害放送局も2025年7月7日になって「まちのラジオ」が開局したにとどまる、などが考えられます。なお、発災直後の時期にラジオを聴いていた回答者からは、東日本大震災時同様、「ラジオが伝える情報は信頼でき、ありがたかった」「心理的にラジオに救われた感がある」といったコメントが回答されています。ラジオのリスナーとの距離の近さやコミュニティ形成機能は、特に心理面で被災者に大きく貢献したようです。
テレビはデマ・フェイクを打ち消した
能登半島地震時に出回ったデマやフェイク情報を打ち消すのに被災地で最も役に立ったのはテレビのようです。他に信頼性が高いメディアとして、新聞やラジオなどもある中でテレビを挙げる回答が突出して多いのは、行為者率や接触時間の大きさに寄るところが大きいと考えられます。なお、テレビと並ぶ"高行為者率低フェイク"のメディアとしては、ニュース・災害サイトがありますが、デマ・フェイクを打ち消した情報源としてはそれほど多く回答されていませんでした。
「最初は周りの人から状況を聞くことしかできずそれを信用していたが、スマホが使えるようになるとだんだんSNSから変な情報(県外ナンバーの車の情報、当て逃げ、空き巣、人さらいなど)が出回ってきて、みんなへの信用度が減ったというかおかしくなっていった。みんなもその情報を信じていた。実際はどうだったかわからないが、平常じゃない心理状況だったのでみんなすぐに信じてそれを共有して噂が広がっていたようだった」(自由記入欄の回答をそのまま引用)という、ある種異常な状況で、デマ・フェイク情報を打ち消し、被災者に平常心を取り戻してもらい、安心感を得てもらううえでマスメディアの役割は大きかったと推測されます。ファクトチェック機能は、もともと情報のゲートキーピング機能を持つテレビ、ラジオ、新聞などのマスメディアとの親和性が高いと考えられます。加えて特にテレビは、現在でも多くの人が日常的に長時間接触するメディアでもあります。災害時に限定せず、ファクトチェック機能を発揮するのに適したメディアと言えるかもしれません。
災害時のメディアはひとつではないが...
災害時に被災地で有用なメディア・情報手段はひとつではありません。緊急地震速報をスマホで受信し、津波警報はテレビ、ラジオから知り、通信網が生きていればアプリでも確認。その後は、もっぱら車載テレビ、ラジオや防災無線の情報をもとに避難し、避難所ではさまざまなメディアに接触するとともに、口頭や防災アプリ、SNSで他の被災者と情報を交換する。"災害時にはこれ!"というオールマイティなメディアは存在しませんが、インフラの頑健性や情報の信頼性、速報性、そして日頃の接触習慣から言えば、調査結果が示すように、現状では放送メディアの総合的な有用性は群を抜いていると言えます。
首都圏などの都市部では、既に東日本大震災の頃から、もっぱらネットメディアやSNSの災害時の有用性が強調されていましたが、被災地の現実は、被災していない地域の人の感覚とはやや異なっているようです。