【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】④ 厳しさを増すローカル局をめぐる放送政策議論

村上 圭子
【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】④ 厳しさを増すローカル局をめぐる放送政策議論

メディア研究者の村上圭子さんによる連載です。テーマは「ローカル局」。村上さんは、NHK放送文化研究所メディア研究部に在籍時から放送政策、地域メディア動向、災害情報伝達について発信してきました。ローカル局が直面している厳しい現実のなかで新たな挑戦をする局、人への取材を中心に、地域メディアの持続可能性を考えていきます(まとめページはこちら)。(編集広報部)


はじめに

2025年116日に行われた総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」(第38回会合)では、10月3日の第37回会合に引き続き、ローカル局に関する議論が行われた。筆者は本連載の③で、第37回会合の議論を「再編・統合に関する方向性」と「地域性の"指標化"」の2点に整理し、筆者の考えを述べた。本稿ではその続編として、第38回会合で総務省事務局から示された「前回会合における構成員コメントの関連データと分析」の資料と、それに対する構成員の発言を中心に議論を整理しておきたい。

 ①「売上規模」「当期純利益」は下方シフト

図表1・2は、総務省事務局が民放テレビ局127社の決算資料等を基に作成した「売上規模」「当期純利益」の比較(2004年度と2024年度)である。いずれも20年間で下方シフトしていることがわかる。

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<図表1.民間地上テレビジョン放送事業者の売上規模の比較(2004年度・2024年度)>

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<図表2.民間地上テレビジョン放送事業者の当期純利益の比較(2004年度・2024年度)>

この図に対して、林秀弥構成員(名古屋大学)は「放送事業者の経営が二極化してきているように感じる」としたうえで、「ローカル局の経営基盤確保のためには、マスメディア集中排除原則(以下、マス排)の緩和がラストピースとして考えられる。総務省には、踏み込んだ対応として各局のニーズ把握調査を行ってほしい」と述べた。林構成員は前回の会合でも同様の要望を述べていた。また、奥律哉構成員(電通総研)からは、一般論であるとしたうえで、「売上規模が40億から50億くらいのところが臨界点だと思う。そこを下回ってくるとかなり厳しいと言えるだろう」との発言があった。そのうえで両構成員から、こうした経営の二極化や下方シフトの傾向については、放送対象地域の局数や人口との関連を見ていく必要があるとの指摘があった。

総務省事務局からは、売上と純利益の推移についてはより詳細な分析を試みること、そして、総務省によるローカル局対象のマス排緩和のニーズ調査については前向きに検討するとの発言があった。

 ②コロナ禍後の「放送外収入」の伸びは?

今回の会合で総務省事務局が示した資料には、民放連が毎年発行している『日本民間放送年鑑』(以下、民放年鑑)を基に作成されたものが複数あった。図表3は、2012年からの民放テレビ局の収入源の推移である。これをみると、コロナ禍の影響を受けた2020年度に、東名阪テレビ局の「タイム(広告収入)+制作収入」と「スポット(広告収入)」が大幅に落ち込んでいることが分かる。総務省事務局からは、東名阪テレビ局ではちょうどその時期を境に、「放送外収入(売上高からタイム+制作収入とスポット収入を除いたもの)」が大きく増加していることが報告された。一方で、東名阪テレビ局に比べるとローカル局の放送外収入は横ばいであるとの報告もあった。

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<図表3.民間地上テレビジョン放送事業者の収入源の推移>

③系列ローカル局の「自社制作比率」は横ばいで推移

「自社制作比率」についても、総務省事務局は民放年鑑を基に2つの図を作成していた。1つ目が、ここ30年間(1994~2024年)の自社制作比率の推移(図表4)である。系列ローカル局については、おおむね9%前後で推移していた。一方、2008年の独立局の比率は準キー局よりも高い約23%であった。ただし、1994年には35%程度だったことから、10%強、減少したことになる。キー局は90%以上、準キー局は20%前後で推移していた。

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<図表4.民間地上テレビジョン放送事業者の自社制作比率の推移>

もう1つが、売上高との相関を示した図である(図表5)。こちらの図は、キー局、準キー局および独立局を除外した系列ローカル局のみを対象としている。総務省事務局の説明によると、自社制作比率と系列ローカル局の年間の売上高には正の相関があり、売上高に応じて自社制作率も上昇する傾向があること、ただし、20年間の推移でみると、直近ではその相関が低下し、分散しているように見えるとのことであった。

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<図表5.民間地上テレビジョン放送事業者の売上高と自社制作比率の相関の比較(2004年度・2024年度)>

この図については、奥構成員と三友仁志座長(早稲田大学)から疑問の声があがった。売上高と自社制作比率については、一方が増加するともう一方も増加するという関係(正の相関関係)はあるとしても、一方が原因となってもう一方の結果を引き起こすという関係(因果関係)はなく、誤解を生むおそれがあるというものであった。事務局からは、このデータの作成に苦労したこと、そして、あらためて分析して回答する旨が伝えられた。

また、瀧俊雄構成員(マネーフォワード)からは、総務省事務局が資料の作成に用いた民放局のデータが掲載されている民放年鑑に関する要望が出された。民放年鑑は紙媒体として販売されているが、誰でも自由に利用できるパブリックドメインとして、Excelなどで頒布すべきだというものであった。瀧構成員は以前からこうした要望を出しており、民放連は、コメントとしては受け止めると応じた。

 ④会議を傍聴して感じたこと

図表6は、筆者が作成した、都道府県別の推計人口(2025年、2035年、2045年。出典:国立社会保障・人口問題研究所『日本の地域別将来推計人口』令和5(2023)年推計)を現在の放送エリアに存在する民放テレビ局の数で割り出し、1局あたりの人口を出したものである。都道府県のうち緑色で囲ってあるのが系列局の3局エリア、赤色が4局エリアである。棒線部分を囲ってあるのは、広域、もしくは2県エリアである。ケーブルテレビによる区域外再放送などもあるため実態を十分には反映しきれていないが、ローカル局を取り巻く経営環境のエリア格差をうかがい知ることはできるだろう。

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<図表6.民放1局あたりの人口(各放送エリアの人口÷局数)>

筆者がこの図を作成したのは、あるローカル局の方から、「自局がどれだけ厳しい経営環境の中で闘っているのかを理解して取材に臨んでほしい」と言われたことがきっかけであった。また、「エリアで圧倒的1位にならなくては生き残っていけないので、同エリアでの連携や協業は"きれいごと"にしか思えない」とか、経営環境が厳しいローカル局の方からは、「人口が多いエリアや局数の少ないエリアで取り組まれている地域事業の事例は自局には参考にならない」とのご意見もいただいた。今回の会合の中でも、「40~50億円の売上規模が分水嶺」「経営の悪化により、地域免許を与えた事業者として悪影響が出てくるおそれがある」といった発言があった。筆者自身がローカル局に向き合う際、これまで以上に個社の経営実態にもしっかりと目を向けて、個々の事情を踏まえた検討、分析を行う必要性を強く感じた。

今回の会合では、事務局側から地域性の指標化に関する具体的な提案はなかった。この論点については今後、議論が進行していくと思われるが、「個社の番組内容に過度に関わるようなことは避け(林構成員)」つつ、「ローカル局の自主的な判断を縛る形ではなく、良い形で生かせる(落合孝文構成員、弁護士)」ものとなるのか。そもそも、地域性の指標化とは、何のために設けられ、どのような内容となるのか。ローカル局が当事者として参画する機会はどこまで与えられるのか。今後も注意深く見ていきたいと思う。

連載の②で書いたように、筆者は、「地域にできるだけ多くのメディアが存在し、それらが競争・協調(連携)・棲み分けをしながら多様なメディア機能を提供していくことこそが、地域社会を豊かにし、地域の民主主義を育んでいく」というスタンスである。ローカル局の経営基盤強化を目的とした再編・統合施策によって、メディア企業としての経営形態が変化したり、放送対象地域の広域化が進展したりすることが想定される中、多様なメディア機能の提供をどのような形で維持する方策を考えていくべきか、そして、人口減少が進む地域社会だからこそ必要となる地域メディア機能とはどのようなものなのかについて、引き続き考えていきたい。

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