NHK放送文化研究所メディア研究部で放送政策、地域メディア動向、災害情報伝達について発信してきたメディア研究者の村上圭子さんによる新連載をはじめます。テーマは「ローカル局」です。ローカル局が直面している厳しい現実のなかで新たな挑戦をする局、人への取材を中心に、地域メディアの持続可能性を考えていきます(まとめページはこちら)。(編集広報部)
はじめに
「持続可能な地域メディアへ」第2回は、地域事業から見た"多元性"について考えたい。筆者はこれまで、取材で地域を訪ねる際には、できるだけ同地域の複数のローカル局をはじめとした地域メディアに足を運んできた。地域にメディアが複数あるという多元性が、どれだけ地域性や多様性を実現しているのかを学ぶためである。中でも、ローカル局の地域事業や、事業と連携した番組制作からは、取り組みの多様性を学ぶことが多い。それは、番組制作や広告のように長年の間に培われたルールやフォーマットがない分、バリエーションの幅が広いということが一因としてあると考えている。また、事業に関するディスカッションをしていくと、その局が得意にしているものや大事したいと思っているもの、いわば、その局のアイデンティティやカラーのようなものに気づかされることも少なくない。
今回は、静岡県のローカル局4局(静岡第一テレビ、静岡朝日テレビ、静岡放送、テレビ静岡)を訪問し、主に地域事業についてディスカッションを行ってきた。その内容と、筆者の取材実感を伝えたい。以下、チャンネル順に紹介する。
静岡第一テレビ~地域に開かれた局として、地域と共に歩む
静岡第一テレビ(以下、Daiichi-TV)を訪問してまず驚いたのは、社内で多くのプロジェクトが同時に進行していることであった。社員約110人のうち、複数のプロジェクトをかけもちしている人も少なくなかった。以下、3つのプロジェクトを紹介する。
1つ目は夕方に放送している生活情報番組『まるごと』(外部サイトに遷移します。以下同じ)に関する取り組みだ。『まるごと』は、1994年にスタートしたDaiichi-TVの"顔"といえる存在である。2024年に30周年を迎えたことを機に、番組の事業化プロジェクトがスタートした。2024年度は、番組グッズ制作と販売、県内のチェーン店やローカル名物などとコラボ商品の開発とそのプロセスの番組化、移動販売車「まるごと号」での県内35市町キャラバン、ファンイベント(無料・有料)などを実施。今年度は番組内の人気コーナー、「ずん」の飯尾和樹さん出演の「ペコリーノ」が10周年であることから、「まるごと号」改め「ペコリーノ号(図表1)」でキャラバンを継続している。
2つ目は、静岡県、静岡県JAグループと進める「静岡茶振興プロジェクト」である。3者で連携協定を締結して協議会を作り、2024年7月から「しぞ~か茶魅力発信プロジェクト」を実施中である。協議会では、静岡茶を定額で楽しめる「ちゃブスク」、お茶とサウナを掛け合わせたイベント「CHAUNA(チャウナ)」、カプセルに異なる茶葉を入れてロシアンルーレット感覚で楽しめるサービス「茶ガチャ」、アニメによる魅力発信「静岡茶×アニメ」の4つを開発した(図表2)。今年度もサービスをブラッシュアップしながら継続中である。

<図表1. ペコリーノ号、図表2. しぞ~か茶魅力発信プロジェクトアンバサダー「露島ひかり」>
3つ目は、Teen層をテレビ視聴に回帰させよう、とのねらいで今年スタートした「青春SPARKプロジェクト」である。社内でメンバーを募ったところ、30代を中心とした若手・中堅社員13人が集まった。その1人、制作部でプロジェクトリーダーの増田謙さん(図表3)は、小学生の時にDaiichi-TVの中継に出演した"原体験"がきっかけとなり、就職先に決めたという。プロジェクトでは、増田さんのような原体験をTeen層に持ってもらい、長期的にDaiichi-TVに親しんでもらえる視聴者を作っていこうと具体的な企画が考えられていった。

<図表3. 静岡第一テレビ・制作部 増田謙さん>
ターゲットはTeen層で最も多感な時期にある高校生に決め、多くの高校生や教員とディスカッションを重ねて、プロジェクトのコンセプト、「高校生が"静岡"を伝える、"静岡"とつながる。」が誕生した。7月からは、朝の番組で各高校の部活を紹介するミニコーナーを放送。そして、11月末には県内の高校生が一堂に会し、静岡に関するさまざまな取り組みの成果を発表するイベント「青春SPARK祭」が予定されている。増田さんたちは今、公募で集められた高校生で作る実行委員会のメンバーと共に、準備の佳境を迎えているであろう。イベントが盛り上がることを期待したい。
以上、3つのプロジェクトを紹介してきた。地域事業では、いかに効率的・効果的に成果を出すかということも大事だが、各プロジェクトの担当者に話を伺うと、地域の企業や団体、学校や視聴者などと、労を惜しまずにコミュニケーションを重ねていることが見えてきた。地域とのつながりを丁寧に紡いでいこうとしている局の姿勢から、Daiichi-TVのアイデンティティであり局のカラーは、「地域に開かれた局として地域と共に歩む」ということではないかと筆者は感じた。
気になるのは、こうしたプロジェクトがどこまで収益化できているかである。本稿では詳細な記載は避けるが、いずれのプロジェクトも番組連動を戦略的に行っており、スポット企画、イベントパッケージ企画、協賛などのセールスに取り組んでいる。ここは、日本テレビ(以下、日テレ)で経理局長、取締役執行役員(経理、グループ会社担当)を歴任した黒岩直樹社長のリーダーシップによるところが大きいと思われる。また、黒岩社長は日テレ時代に長年スポーツ局に所属しており、副社長として着任して以来、Daiichi -TVでは静岡に本拠地があるスポーツチーム(サッカー、バスケットボール、バレーボール、野球)の試合などの配信サービスという、新領域の事業展開も急ピッチで進めている。地域スポーツの育成や盛り上げはローカル局における重要な公共性の1つである。こちらについてはあらためてテーマとして設け、取材していきたい。
静岡朝日テレビ~放送から事業まで、トータルで地域の安心・安全を支える
静岡朝日テレビ(以下、SATV)に対して、筆者が訪問前に抱いていた印象は、生放送に力を入れている局というものであった。今回、あらためてタイムテーブルについて伺うと、『とびっきり!しずおか』というタイトルで、平日は16時40分~19時、土曜日は9時半~13時半、日曜日は15時20分~17時30分という、かなり長時間の生放送を行っていた。生放送中であれば、災害や事件事故などの有事の際に速やかに対応することができるとの考えがあるという。番組の中身についても、特に平日の編成ではニュース・報道に力を入れて、他局との差別化を図っているとのことだった。
こうしたニュース・報道重視の姿勢は事業にも反映されていた。まず、2020年に開始したニュースサイト「LOOK」である。放送で取り上げた地域ニュースや高校野球等の記事、そして2021年7月に発生した熱海土砂災害については、現在も項目を立てて継続取材の内容をまとめている。
地域ニュースのネット上での収益化は、ローカル局共通の課題である。Yahoo!への配信は1PV数あたりの単価が低いため、SATVは自社のプラットフォームとしてLOOKを構築し、運用型広告を回すことにした。単価はYahoo!の約10倍だという。今後はさまざまな地域メディアとの連携も視野に、コンテンツの質を高め、量も増やしていきたいとのこと。今年度の広告収入の目標は、年間2,000万円を超えることだという。
災害対応・防災に関する事業も2つ行われている。1つが、データ放送を活用した「SATV自治体広報情報サービス」だ。2021年10月にサービスを開始し、今年4月現在、導入している自治体は12市町(全35市町)、全県人口カバー率は54.7%だという(図表4)。
もう1つが、今年度から開始した「こども防災プロジェクト」である。これは静岡県危機管理課が推進する「ふじのくにジュニア防災士」育成事業を支援するもので、県内企業から約40社の協賛を集め、スポットCMを通じて普及広報活動を行っている(図表5)。また、小学生約5,000人のジュニア防災士には、SATVが制作した防災に関する知識を盛り込んだ下敷きを配布している。

<図表4. 自治体広報情報サービス(データ放送)、図表5. 「こども防災プロジェクト」協賛CM>

<図表6. 静岡朝日テレビ・総合ビジネス局長 古賀倫子さん>
SATVは2022年からショッピング事業にも参画している。週1回の通販番組とEコマースを展開しているが、最も購入されているのが防災用品だという。担当する総合ビジネス局長兼ショッピング事業部長の古賀倫子さん(図表6)は、「最初は何が売れるかわからなかったが、静岡の皆さんは本当に災害への意識が高く、防災関連商品が想像をはるかに超えて売れているので驚いた」とのこと。特に、ソーラーパネル付きポータブル電源の売上が伸びており、今年度からはOEM(注)商品を製造して価格を抑えるなど、販売体制の強化を図っているという。
テレビショッピングやECを手がけるローカル局は多いが、"売り"になる商材を作れず、苦戦が続いているという話もよく聞く。SATVは、放送、配信、事業の全てにおいて防災に力を入れていることから、"防災に強いSATV"という局ブランドが構築され、そのことがショッピング事業にも反映しているのではないだろうか。筆者は、SATVのアイデンティティであり局のカラーは、「放送から事業まで、トータルで地域の安心・安全を支える」ということではないかと感じた。
静岡放送(静新SBSグループ)~デジタルを旗印に地域変革をリードする
静岡放送(以下、静新SBSグループ)については、連載の1回目「新規事業への挑戦」で紹介したため、本稿ではそれ以外の取り組みを短く紹介する。
「静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。」と宣言し、大きな話題となったのは2021年1月のことだった。筆者も当時、取材を通じて、これからは一方通行のコミュニケーションから脱却し、デジタルを通じて静岡県の一人一人とつながる、という心意気に大いに刺激を受けた。あれから4年半、静新SBSグループ内では、デジタルファーストに向けた社内カルチャーの変革や、業務のDX化を加速させるさまざまな取り組みが続けられていた。
こうした社内変革のプロセスで得た知識や経験は、県内の企業の課題解決にも活かせるのではないか。こう考えて2024年9月に開始したのが、企業向け課題解決サポートメディア「SHIZUOKA Business Compass(以下、ビジネスコンパス)」である。DXや新規事業に役立つインタビュー記事や、静岡経済の最新動向などの情報の提供、各種セミナーの開催などを行っている(図表7)。

<図表7. SHIZUOKA Business Compass>
今年7月、このビジネスコンパスに、初めて定額制のサービスが加わった。広報担当者向けの「PR Compass」である。オンライン学習事業を手掛ける企業と連携して、各種セミナーやコミュニティーの場を提供したり、静新SBSグループでのメディア展開の相談などを行ったりするサービスだ。こうしたBtoB事業を強化していくため、社内では6月に組織改編を行い、メディアX(クロス)デザイン室を創設した。
とはいえ、変革は一朝一夕には進まないものである。特に、「マスコミをやめる。」と宣言した時に目指した、デジタルを通じて静岡県の一人一人とつながるというBtoCのサービス変革は、これからが勝負どころだという。ただ、静新SBSグループが、県内で先んじてDX・デジタルファーストに取り組み、格闘し続ける当事者であるからこそ、地域社会や地域住民に変革を促していくことには説得力がある。静新SBSグループは静岡県において、「デジタルを旗印に地域変革をリードする」存在であり、それが、アイデンティティであり局のカラーであると筆者は感じた。
テレビ静岡~静岡の未来を育む"寺子屋機能"
テレビ静岡(以下、テレしず)といえば、最初に思い浮かぶのが『テレビ寺子屋』である。今年で49年の歴史を持つ長寿番組(番組の歩みはこちら)で、子育てや生き方のヒントになるゲストの講話を、公開収録して放送するという独特のスタイルが今も続いている。この番組は1970年代から、フジテレビ系列をベースに全国ネット番組になっており、東京在住の筆者も、土曜日の朝に早く起きた時にはよく視聴している(各地の番組の放送時間はこちら)。
テレしずでは主に3つの事業について話を伺ったが、いずれも教育・啓発活動に力点が置かれているものであった。
1つ目は、教育支援事業である。テレしずでは、県内の新小学1年生全員に黄色い色をした交通安全ノートを贈る「黄色い手帳運動」を46年間行っている。手帳の配布と共に啓発CMの放送も実施しており、今年は52の企業・団体の協賛を集めた(仙台放送、北陸放送、秋田テレビなどでも実施している)。
今年、この運動に加えて新たに開始した教育支援事業が「おしごとBOOK」(テレビ大分をスタートに、フジテレビ系列の岡山放送、石川テレビなどでも実施)である(図表8)。配布対象は、県内の新中学1年生全員、約3万人。地元企業や職種についての理解を深めてもらうことがねらいで、キャリア教育の副読本のような内容である。紹介するのは各業種1社のみ。掲載を希望する県内の企業・団体を協賛金80万円で募集し、現在、2026年版発行に向けて、各企業の取材を進めている最中だ。
2つ目が、環境関連事業である。静岡県は"海""湖""山"に恵まれているが、3カ所それぞれ異なる取り組みを行っている。"海"については、日本財団「海と日本プロジェクトin静岡」の事業を10年以上手がけ、今年9月には、若者がゴミ拾いを競い合う「スポGOMI甲子園2025」を開催。また、海を守るには街もきれいにしていかなければならないと、テレしず独自で地域でのごみ拾いイベントも実施している。"湖"については、海草「アマモ」が減っている浜名湖で、アマモの苗を採取し、そこから種を取り出してより強い苗に育てて湖に戻し、生態系を復活させていこうというプロジェクトに参画している。"山"については、「Jクレジット」という、CO2等の温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証し、発行されたクレジットを、CO2を排出する他の企業等に売却する事業に参画。自治体や企業との連携協定を締結している。
<図表8. おしごとBOOK協賛チラシ、図表9.『みんなで応援!パラスポ!!』>

<図表10. テレビ静岡・営業局長 宇佐美正之さん>
3つ目が、年齢や性別・障がいなどにかかわらず、誰でも一緒に楽しめるユニバーサルスポーツ、いわゆるパラスポーツに関する取り組みである。テレしずは2024年から、JA共済の協力でパラスポーツに関するイベントを開催している。そして今年5月からは、パラスポーツを健常者の出演者が体験して、その魅力を静岡県内外に発信する番組『みんなで応援!パラスポ!!』を制作、TVerでも全国に配信中だ(図表9)。お話を伺った営業局長の宇佐美正之さん(図表10)は、制作局に在籍していた時に、パラスポーツのドキュメンタリーを担当した経験もある。宇佐美さんの「スポンサーが1社でも見つかれば、番組が終わったとしても、その企業はアイデンティティとして、ずっとパラスポーツを応援してくれるかもしれない。地域にそういった企業が1つでも増えることに貢献することも放送局の役割だと思う」という発言が心に残った。
3つの事業の話を伺い、筆者は、テレビ静岡のアイデンティティであり局のカラーは、「静岡の未来を育むための"寺子屋機能"」ではないかと感じた。
静岡県のローカル局4局の皆さんには、ここには記しきれない他の多くの事業や番組についてもお話を伺った。直接伺ってディスカッションさせていただいてあらためて、ローカル局の多様性・地域性を学ぶことができた。多忙な中でご対応いただいたことに感謝したい。なお、本稿で記したそれぞれの局のアイデンティティやカラーは、あくまで筆者の取材実感であるということを申し添えておく。
おわりに
筆者は、ローカル局の多様性・地域性は、自社番組制作だけでなく、広告、事業などトータルで評価していくべき、という考えである。特に事業については、連載第1回で取り上げたように、放送広告以外の収益を確保して経営基盤を強化するためにも、また、今回取り上げたように、放送以外の接点で地域社会や視聴者と直接つながったり、番組と組み合わせることによって、より地域メディアとしての存在感を示したりするためにも、欠かせないものだと感じている。今回は静岡県を訪ねたが、機会があれば別な地域でも同様の取材を続けていきたい。
(注)他社のブランド名で販売される製品を製造すること。原価を抑えられるので価格が安く品質の高い製品を市場に供給することができる。

