30歳以下の放送局員に「これから」を考えてもらう企画「U30~新しい風」(まとめページはこちら)。第10回に登場するのは、TBSラジオコンテンツ制作部の松重暢洋さん。『脳盗』『東京閾値』を立ち上げたほか、漫談家・街裏ぴんくによる『虚史平成』が第5回JAPAN PODCAST AWARDS メディアクリエイティブ部門にノミネート。松重さんにはラジオの可能性について執筆を依頼した。
「オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム」を観なかった。
厳密に言うと、チケットが買えず観れなかった。
というのは言い訳で、観たくなかった。
理由はいろいろあるが、一番は何より落ち込みたくなかったからだ。
ラジオ番組史上最大規模のイベントなのは間違いなく、ラジオ史はおろか、日本のエンタメ史に残る歴史的な興行になることは、開催前から分かっていた。
19万人の応募があったことで、オードリーの若林さんが異例のお詫び文を出すほどだ。
すべてが伝説過ぎる。
私が担当するTBSラジオ『脳盗』のパーソナリティであるTaiTanさんは、現地に観に行っていた。
終演後TaiTanさんからの通知が『脳盗』のスタッフLINEに立て続けに届いた。
「絶望」
「深い深い絶望」
「どうしよう」
「ほんとに」
心から信頼しているパーソナリティの絶望は、私のみで味わう感情の絶対値を遥かに超えていた。
またLINEがきた。
「●●億くらい利益出てると思う」
少し安心した。どれだけ感情を揺さぶられても、金勘定の心を忘れない底知れぬやまっけにはいつも勇気づけられる。
スタッフの山口さんから返信がきた。
「ええええ!エグい」
続いてスタッフの菅谷さん。
「配信組ですがこれはエグいすね」
スタッフの絶妙に気の抜けたやり取りに、また安心した。
このLINEには、もう一人のパーソナリティである玉置周啓さんは入っていない。
そして多分、玉置さんも観ていない。私とは絶対に違う理由だが、そんな玉置さんに思いをはせて、ざわつく心を少しでも穏やかにしようと努めた。
悔しいが、観なかったせいであの夜をずっと覚えている。
全部あそこがやっちゃってんじゃん
ラジオの強みや可能性、将来像について意見を求められる機会は、今回の執筆依頼に限らず少なくない。4月から7年目のラジオマンだ。既存の番組を担当するだけでなく、自ら複数番組を立ち上げ、それなりに良い評価をいただく機会も増えた。
制作者として、実感値を以てラジオの強みや課題を語ることは、難しいことではない。ただ、現代ラジオの究極形である『オードリーのオールナイトニッポン』(以下、オードリーANN)を前に、何を偉そうに語れることがあるだろうか。
ラジオの強みや可能性、将来像。現状すべてがオードリーANNに詰まっていると言っても過言ではない。ので、情けない話だが、一介のラジオマンとしては、「全部あそこがやっちゃってんじゃん」という言葉しか持ち合わせていない。
2010年代後半以降の深夜ラジオ人気は、主にオードリーがけん引していたのは自明だろう。東京ドームのイベントはその集大成であり、一つの終止符だったとも思う。
私の周りにも、学生時代むさぼるようにオードリーANNを聴いていた友人はたくさんいた。もちろん今も聴き続けている者もいれば、大人になってあまり聴かなくなったという話もよく聞いた。それでも東京ドームは皆一様に、現地に行ったり配信を観たりして、終演後にはSNSでお礼を伝える投稿をしていた。
悲しいかな、私は全部チェックしている。
戦う土俵を変える
大げさな言い方かもしれないが、オードリーANNは、番組の枠組みを優に超えた一種のソレなのだ。ソレに入る言葉はご想像にお任せするが、従来のラジオ番組作りを踏襲するだけでは、到底到達し得ないレベルのことを成し遂げてしまった異常な磁場を持つ番組なのだ。
だとするならば、われわれはもはや、戦う土俵を変えるしかない。
まだどのラジオ番組も開拓していない田んぼをいち早く見つけ、なるべく多くの種を撒かないといけない。思い返せば、オードリーANNは、2019年の段階で武道館イベントを成功させている。あの時、勝負はすでに決まっていたのかもしれない。
この際だから言ってしまうが、ここ数年、TBSラジオはニッポン放送の後塵を拝している。聴取率も営業利益も話題性も、あらゆる面で劣っている。6年も働くと愛社精神が湧くのは自然で、本当に悔しくてたまらない。このままだと、負けグセが内面化して負のループに陥る危惧さえ感じている。小さなラジオ業界で争っている場合じゃないと言われるのはごもっともだが、競争によって市場が拡大していく方が、業界にとって健全だと私は思う。昨今の、局の垣根を超えて手を取り合おうムーブにはあまりノレない。主語が大きくなってしまったが、私は何より、「オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム」を、最後の絶望にしたいのだ。
「一回絶望から始めましょう」
あの夜TaiTanさんから最後に届いたLINEを、新たなる希望の始まりにしなければならない。
そんなわけで、『脳盗』ではいわゆるラジオイベントではない試みを3月16日と17日の2日間、赤坂BLITZスタジオで行った。TBSラジオが保有するおよそ200本のマイクを用いて、音を立てなければ"盗める"ショップを開くという、前例のない挑戦だった。と、過去形で書いているが、この記事を執筆しているのはまさに設営前の深夜3時。イベントが成功していることを祈るばかりだ。TBSラジオでしかできない、そして、ラジオ番組のポテンシャルを超え得る企画だと信じてチーム全員で進めてきたので、たくさんの方にご来場いただけていたらうれしい。新たな開拓の一手として必ず次につなげていきたい。
眠気まなこで眺めるPCのポップアップに、このイベントを発案したTaiTanさんから、またLINEが届いた。
「すべてを飲み込むぞおおおおおおお」
この絶望を、誰かに味わわせるまでレッツゴーするしかない。
もう朝が来る。
TBSラジオの夜明けも、いつかきっと来るんだ。
<期間限定ショップ「盗」>