中京テレビ・北山流川さん「テレビの魅力は僕たちの毎日の中に眠っている」<U30~新しい風>⑮

北山 流川
中京テレビ・北山流川さん「テレビの魅力は僕たちの毎日の中に眠っている」<U30~新しい風>⑮

30歳以下の放送局員に「これから」を考えてもらう企画「U30~新しい風」(まとめページはこちら)。15回は、中京テレビの北山流川さんです。『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』や『こどもディレクター』などを担当する北山さんに番組制作現場で感じた「テレビの魅力」を語ってもらいました。(編集広報部)


収録を終え、新幹線。今日も名古屋の中京テレビ本社に帰る。レギュラーで担当している『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』(火、19:00~19:54)も『こどもディレクター』(水、23:59~24:54)も当社制作ながら名古屋ではなく東京で収録している。

毎回の移動は正直かなり体にくるが、収録の朝ギリギリまで編集したVTRを持って新幹線に乗車する高揚感と、食べ損ねたロケ弁当を片手に帰路に就く不思議な疲労感がなんとも癖になる。僕はこの往復3時間の無駄にも思える移動がとても好きだ。今、新横浜。いつもならもうウトウトしているところだけど、今日はこの原稿を執筆することにした。

「テレビのこれから」というテーマをもらった時に正直どうしよう......と思った。7年前の入社面接で同じことを聞かれた際も、「とりあえずSNSとの共存っすかね」と浅すぎる回答をしてしまい、当時の社長が何とも言えない表情をしていたのを鮮明に覚えている。ディレクターになってからも、目の前の仕事に精いっぱいであまり正面きってテレビの未来について考えることはなかった。明確な答えを持つ同業者とも会ったことはないし、飲みの席でそんな話をされたらちょっとだけその人を嫌いになる。

ここ数年PUTがワーストを更新する頻度が増えた。やばいことに、実感がない。きっと皆どこかに不安を抱えながら、毎週押し寄せるようにやってくる収録や取材と向き合っているのだろう。でも7年間過ごしてきた番組制作現場では、少なからず「テレビの魅力」を感じる瞬間があった。今回はこれまでで感じた「テレビの魅力」という観点で綴っていく。

番組がメッセージを持つこと
『オモウマい店』の取材論

日本テレビ系全国ネットで放送中の『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』(『オモウマい店』)。この番組は、全国の「オモてなしすぎてウマい店」を紹介するグルメ番組だ。でもフォーカスされるのは料理だけでなく「ヒト」。

「騒ぐんじゃねぇ!」とたんかを切りながらサービスを続ける鈴子ママや「刺激が欲しい」と野菜を無料で配るエキサイトスーパー田中社長。店主さんの生きざまに焦点を当てるようになったのは、番組をとおして伝えたいことが放送前に決まったからだ。

#36 サービスを断ると騒ぐ中華ママ_鈴子ママ.PNG

<鈴子ママ>

「明日誰かに優しくなれる番組を作りましょう」。この言葉を聞いたあなたは「何きれいごとを言っているんだ......」と思うかもしれないが、当時のプロデューサーと総合演出がスタッフ全員を集めた会議で本当にこの言葉を言ったのだ。

番組の立ち上げは新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時期だった。外出自粛や飲食店への規制も厳しく、多くの店主さんたちが苦しい思いをしていた中での番組作り。世間のムードも相まって、取材は困難を極め、僕らスタッフとしても「ここの大盛が面白いから!」なんて面白半分の理由ではロケに出る意味も見失うような状況だった。しかし、いざお店に入ると店主さんたちは誰よりも優しかった。自分たちがいかに苦しい状況下でも、店に来たお客さんに頭を下げ、これでもか!というくらいご飯を盛り、笑っていた。

僕たちスタッフはそれぞれが違うお店にいながら、「この姿を伝えなくてはいけない」と強く思った。それは決してお涙ちょうだいな番組を作ろうという意味ではなく、一生懸命な人の姿は何も加工しなくてもとにかく笑えて温かい気持ちになるというバラエティの新たな発見でもあった。

番組が目指す方向性は、会議での先の言葉によってしっかりと示された。何かと話題性が求められ、「数字だ!」「配信だ!」と言われる昨今の番組作りにおいて、番組の成功より先に番組の方向性から考えたのは初めての経験だった。不思議なことに番組の幹が決まると演出方法もどんどん個性を帯びてくる。ナレーションも入れず、タレントロケもなく、リアルなお店の姿を淡々と映す、ある意味テレビ的ではない『オモウマい店』の演出方法は、あの時感じた店主さんへの尊敬と信頼に由来する。取材ではなく、ただ会いに行く気持ち。今もその想いがチームのベースにある。

大きいカメラを担いで多くのスタッフを引き連れて取材現場に行く良さもあると思うけれど、『オモウマい店』において自分一人で取材相手と向き合える良さにはかなわない。「予算削減で一人ロケかよ!」と簡単に悲観することもできるけれど、そこには確実に新たな魅力がある。何よりも、レンズ越しではなく目を見て話す取材が増えた。伝えたいメッセージを描く手段としてハンディカムを片手に「人と人」として取材相手と向き合うことがなぜか新しく見えた。これも作り手だからこそ感じるテレビの魅力のひとつだと思う。忘れがちなことだけど。

きっかけとしてのテレビの役割
『こどもディレクター』

現在演出を務める『こどもディレクター』は、そんな「ディレクターと店主」の取材を「子と親」に変えてみたいという想いから始まった。この番組は一般の方にカメラを預け、家族に聞きたくても聞けなかったことを"こどもディレクター"として取材していただく番組だ。今までずっと聞けなかったことが不思議と聞けるようになるカメラの力に驚いた。

「テレビ番組」というきっかけ、「ディレクター」としての役割がこどもディレクターたちの背中を押す。「僕のこと本当に愛していましたか?」「亡くなった母がつけた名前の由来を知りたい」当事者だけの取材には僕らには決して撮ることができないむき出しの感情が詰まっていた。映像は上手に撮れていないこともあるが、現場の空気がカメラに色濃く映っている。われわれが求めてきた完全な画は、圧倒的なリアリティの前では必要すらなかった。

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思えば、『オモウマい店』で取材が1対1になり、『こどもディレクター』で現場にスタッフさえもいなくなった。「新しいことをした」というよりも、これまでのテレビ画面の中にあったきらびやかな慣習や暗黙のルールから必要なもの以外を引いてみたら、伝えたいことがはっきりと見えた。

番組に出演していただいてる斎藤工さんが仰っていた言葉が胸に残っている。
「僕がいなくなっても、この装置(=カメラを預ける)は後世に残してほしい。誰かのきっかけになったらうれしいです」

さまざまプラットフォームが台頭し、視聴者が能動的にコンテンツを求め、見た後の感情まで予測して何を見るのかを選ぶこの時代。テレビは唯一残された受動的なメディアだ。急に訪れたきっかけで取材対象の方が家族に聞けなかったことが聞けるかもしれない。仕事帰り、ふとつけたテレビの番組でこどもディレクターが家族と向き合う姿やオモウマ店主の一生懸命な姿を見て、誰かの人生にきっかけを生むかもしれない。そんな番組を作り続けたい。その可能性を秘めたテレビに僕はずっと魅力を感じている。

今日の取材と向き合うこと

経験の中で感じたコトをいろいろ書いてはみたものの、「そんなこと考えながらずっと仕事をしていたか?」と聞かれたら自信を持って「そんなことない」と言える。入社して丸7年間、すべてが地続きであっという間だった。

「未来のテレビを!」と考えるよりも先に、とにかく今日の取材のことを考えてきた。そうするしかなかったのもあるが、それで良いとも思う。「あんまりテレビ見な~い」と甥っ子とかに言われながら、どうすれば彼らに届くかを考える。絶対に100点は出ないし、誰かの才能ある企画を目の当たりにすると時々嫌になる。

たぶん5年後も10年後も同じような感じ。でも、テレビの魅力はきっとそんな僕たちの毎日の中に眠っている。

新幹線は三河安城駅を通過した。あと9分で名古屋駅に到着する。「テレビのこれから」はまだ思い浮かばない。また今日が終わっていく。

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