テレビスポットの"今そこにある危機" Part 2「データが語る放送のはなし」㉟

木村 幹夫
テレビスポットの"今そこにある危機" Part 2「データが語る放送のはなし」㉟

Part2では、テレビ広告費が景気・企業収益に関係なく低迷している要因を、インターネットとの関係でもう少し詳しく掘り下げてみましょう。

コネクティッドTVの普及と
放送のリアルタイム視聴

よく知られているように、テレビの視聴率は、近年、低下傾向にあります。以前は世帯単位で"どのくらいの世帯がテレビ放送をリアルタイムで視聴していたのかを示す割合"であるHUT(総世帯視聴率)がリアルタイムの視聴率を全体として見るための指標として利用されていましたが、現在では"どのくらいの人がテレビ放送をリアルタイムで視聴していたのかを示す割合"であるPUT(総個人視聴率)がリアルタイムの視聴率を全体として見る指標として利用されます。PUTが用いられるようになったのはPM調査(機械式個人視聴率調査)が全国で実施されるようになった2021年秋以降ですが(全国規模での取引指標のP+C7移行は22年4月)、PUTは、全ての地区ではありませんが、大都市圏を中心とする多くの地区で、21年後半から現在に至るまで低下トレンドにあります。この原因はなんなのでしょうか?

これは、もっぱらコネクティッドTV(インターネットに結線されたテレビ)の普及によるもの、と考えてよさそうです(もちろん、これが全ての原因ではないでしょうが)。インテージの方による分析(海外のジャーナルに掲載された学術論文)によると、「1.NetflixやAmazon Prime VideoなどのSVODは、録画視聴やドラマ、映画といったテレビ放送の特定領域と代替関係が強い。2.YouTubeはリアルタイム視聴やニュース、バラエティを含めたテレビ放送の広範な領域と代替関係が強い。3.TVerはテレビ放送のリアルタイム視聴との補完関係があり、録画視聴との間には代替関係がある」とのことです。

要するに、SVODの視聴が増えると録画再生視聴やリアルタイムの放送でのドラマ、映画など特定ジャンルの視聴が減る、YouTubeの視聴が増えると生放送をはじめ幅広いジャンルのリアルタイム放送の視聴が減る、という結論です。査読付ジャーナルに掲載された論文で得られた知見ですので、確からしさは学術的に保証されていると言えますが、視聴者の実感にもよく合っていますね。

卑近な話で大変恐縮ですが、筆者の自宅でも(遅ればせながら)23年春に4K対応のコネクティッドTVを購入したところ、SVODなどを見る時間が大きく増え、リアルタイムの放送を視聴する時間が減少し、録画はほとんど行わなくなりました。特に目的がない"なんとなく"のテレビ視聴が減った気もします。リモコンにボタンが付いている効果は絶大です。テレビ受像機でテレビ放送以外の複数のサービスが、完全に横並びでシームレスに選べるようになったのですから......。

若年層のYouTube利用率はテレビ以上

SVODは特定の番組ジャンルを中心にリアルタイムのテレビ視聴時間を奪っているわけですが、幅広い番組ジャンルでテレビ視聴を代替しているYouTubeの影響はもっと深刻そうです。図表2-1は、以前にこの連載でもご紹介した民放連研究所の調査データです。現在(といっても2023年3月時点ですが)、何らかの方法でインターネットに接続されたテレビが自宅に1台でもある世帯は、全国全世帯の6割に近づいており、個人のYouTube利用率(テレビ+モバイル+PC/タブレット)は74%と4人中3人にまでなっていることが推定されます。特に若年層(10代、20代)のYouTube利用率は男女ともテレビの利用率を上回っていることがわかります。

      〇性年齢別の利用率(2023年3月調査)

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      〇過去の調査との比較

35-2-1-2改.jpg<図表2-1. テレビ、ネット動画サービスの所有・契約率と使用率>

YouTubeは広告面でも競合

これも以前この連載で紹介したデータで恐縮ですが、テレビを持たない理由の第1位が"YouTubeがあればテレビはいらない"だったことを覚えていらっしゃいますか?その際、"YouTubeは視聴時間だけでなく、広告費でもテレビと競合している"と申しあげました。2022年時点で日本のYouTubeが得ている広告収入はおよそ3,000億円以上と推計されます(電通「日本の広告費」ベース)。これは在京キー局1局当たりの平均的な放送事業収入の約1.5倍に相当します。

現在、大手全国広告主が広告キャンペーンでテレビを用いる場合、大部分のケースでデジタル広告との組み合わせ出稿になっていますが、なかでもYouTube広告はほとんどのキャンペーンで組み込まれています(これも以前、この連載で調査データをご紹介しました)。両者が視聴時間だけでなく、広告費の配分面でも競合しているのは、前回ご紹介した計量モデルによる媒体別広告費の分析を参照するまでもなく明らかです。在京キー局1.5局分のテレビ広告費が失われたと考えれば、現在のテレビ広告費の低迷はおおかた説明がつきます。

もちろん、それが全ての原因ではないでしょうし、YouTube広告費の全てがテレビ広告費からの移行ではないでしょう。販促費からの移行があるのかもしれませんし、他のマス媒体広告費からの移行はあるでしょう。しかし、そのかなりの部分は、組み合わせ出稿の多さなどから考えて、テレビ広告費からの移行だと推測できそうです。

スポットの単価が上がらないのが大きな問題

さて、いろいろとデータをご紹介しましたが、"なぜテレビ広告費が低迷しているのか"に関する分析パートの最後として、ちょっと生々しいデータをご紹介します。

図表2-2は、2021年春から23年秋口までの、東阪名15社の全日個人全体視聴率(週平均)の前4週平均を月次平均に換算したものと月次の東阪名15社のスポット出稿額およびスポット秒数から推計したスポットの単価(PRPパーコスト)水準を前年同月を100とした指数で示したものです。もっとも実際のスポット取引では、東阪名であっても直近の前4週平均("号数")どおりの視聴率が使用されるわけでないので、かなり大雑把な(隔靴搔痒感のある)推計でしかないのですが、一応の参考にはなります。

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       *民放連研究所による推計。

<図表2-2. 東阪名テレビスポットパーコスト水準の推計値>

ご覧のとおり、東阪名スポットの単価は、コロナ禍の影響をほぼ脱した2022年春頃以降、概ね横ばいの水準と推測されます。この間も視聴率の低下トレンドは継続しており、売り物(PRP:個人全体視聴率×スポットの本数の総計)は減り続けているわけですから、単価が一定なら、売り上げは低下せざるを得ないことになります(前に見たように、実際に22年春以降、東阪名テレビスポットはマイナストレンドにあります)。

これまた以前のこの連載(英国篇第5回)でご紹介したとおり、英国でも地上波テレビの単価(CPT:1,000人当たり到達単価)は見た目(名目)横ばいで、物価上昇分を割り引いた実質で低下トレンドです。現在は、日本でも物価は継続して上昇していますので、テレビスポットの単価は実質的には横ばいではなく、低下傾向になっていることになります。

こうして見ていくと、景気・企業収益と連動しないテレビスポット低迷の要因は、①視聴率の低迷(商品量の減少)、②パーコストの低迷(単価の低迷)の両方によるものであることがわかります。そして、その背景にはコネクティッドTVの普及とネット動画サービスの視聴時間増大、ネット広告費の増大があります。

では、どうすればテレビ広告費を増やすことができるのでしょうか? 次回Part3では、テレビ広告費を増やすための対策について大胆に(!?)考えてみることにします。

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