ドナルド・トランプ前大統領のホワイトハウス返り咲きが11月6日(現地時間)に決まった。2020年に民主党のジョー・バイデン候補が制したミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの「ブルーウォール(青い壁)」と呼ばれる激戦州も、今回は全てトランプ氏が勝利を収めた。全米の大統領選開票結果マップ(冒頭写真/NBCニュースのサイトより)で分かるように、北東部の州と西海岸はことごとくブルー(民主党勝利)だが、真ん中はほとんどレッド(共和党勝利)。筆者も含め、ニューヨーク市に住む多くの人々にとって、この結果は信じ難いものだった。とはいえ、今回の選挙はそのニューヨーク市と、西のロサンゼルス市という歴史的に大きくブルーに傾く大都市でさえ、共和党票が大幅に増えたと伝えられている。
7月にバイデン大統領が急遽、選挙戦からの離脱を表明し、カマラ・ハリス副大統領が新たな民主党候補に決まって以降、テレビや新聞など、これまで主流と目されてきたメディアの報道を見る限り、ハリス氏優勢のように思えた。しかし結果はトランプ氏の勝利。米国は結局のところ、人種的マイノリティの女性をリーダーに選ぶことはできないのか、バイデン氏が初めから2期目を辞退していればこんなことにならなかったのではないか、これまでの広告戦略ではもう勝つことはできないのか、伝統や社会機構は崩れていくのか――米メディアやハーバード大のジャーナリズム研究機関ニーマン・ラボ(Nieman Journalism Lab)などが選挙結果を受けてさまざまな議論を展開している。
そこで、本稿では37年間ニューヨーク市に住み、生活者・消費者として米国の政治やメディア状況を見てきた筆者の立場から、今回の衝撃と、今後起こり得るメディアへの影響を2回にわたり考えてみたい。
民主主義の砦「報道の自由」に暗雲
トランプ氏は選挙運動中から、当選した暁には独裁政権を敷くと豪語してはばからず、「二度と選挙しなくてもよくなる」とも発言していた。民主主義の象徴である選挙権を奪うと言っているに等しいわけだが、今回の選挙結果を見る限り、米国民はそれを肯定してしまった。そしてもう一つの民主主義の象徴で、"砦"とも言えるのが報道・言論の自由だ。米各メディアは、新政権下で真っ先に標的になるのはメディアだと警鐘を鳴らしている。
トランプ氏は政権1期目にも、自身を批判するジャーナリストに繰り返し暴言を吐き、CNNのホワイトハウス担当の記者証を剥奪するなど、自身が敵とみなすメディアへの攻撃的な姿勢は記憶に新しい。しかし、2期目はその程度では済みそうにない。政府の意向に反した報道を行うジャーナリストを不当にも投獄する可能性まで示唆されている。
ニュースサイトのAxiosが11月13日付で報じたところによると、新政権はホワイトハウスの会見室における日々のブリーフィングでMAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)寄りのメディアを優先し、逆にニューヨーク・タイムズ、ポリティコ、CNN、BBCなど反トランプの姿勢を取るメディアを締め出すことが予想されるという。会見室最前列に陣取るメディアの顔ぶれも一新されそうだ。座席はメディアごとに指定されており、政権によって差はあるが、これまで伝統的に最前列の席を占めていたのは常にテレビの主要ネットワーク各局だった。
トランプ氏は11月15日、ホワイトハウス報道官にキャロライン・リービット氏を指名している。同氏は選挙運動中もトランプ陣営の広報を担当し、現在も新政権への移行におけるトランプ陣営の広報担当者だ。指名が承認されれば27歳という歴代最年少の報道官が誕生することになる。
ニーマン・ラボによると、PBSやNPRなど公共放送サービスへの助成金も削減または廃止される可能性が大きいという。逆に、トランプ陣営を支持するケーブルニュース局のFOXニュースを優遇することは明白だ。直接関係するかはともかく、トランプ氏はすでにFOXニュースの司会者を務めてきたピート・ヘグセス氏を国防長官に指名して全米を驚かせている。
選挙中からメディアに数々の圧力
トランプ氏による放送局への圧力(ハラスメント)は、選挙運動中からすでに始まっている。ABC主催のハリス副大統領との討論会で司会を務めたアンカーがその場でトランプ発言をファクトチェックしたが、それに立腹したトランプ氏は米連邦通信委員会(FCC)にABCの放送免許剥奪を訴えた。FCCは即座に却下したが、その後もトランプ氏はCBSを相手に100億㌦(約1兆5,740億円)の賠償金を求める裁判を起こしている。報道番組『60ミニッツ』が放送したハリス氏の単独インタビューでCBSが不当に内容を編集したというのがその理由だ。同時にトランプ氏は、CBSの放送免許剥奪をFCCに訴えた。この裁判は11月末現在も進行中で、CBSに罰金支払いの判断が下される可能性はまだ消えていない。
米国で放送業界の訴訟を専門に扱う弁護士がAxiosに語ったところによると、いかなる政権も、放送局の免許を剥奪するのは法的に無理だという。いずれにしても、新政権は反政府と目したメディアにあらゆる圧力をかけ続け、正常な業務遂行を妨げるだろうと予測されている。
トランプ派の共和党知事を擁するフロリダ州で10月、州政府による州内テレビ局への圧力が問題になった。同州では今回の選挙と同時に中絶の権利をめぐる法改正が住民投票にかけられていた。市民団体「Floridians Protecting Freedom」が法改正実現を訴えたテレビ広告を展開していたが、これをよしとしない同州保健衛生局は州内の各テレビ局に「この広告の放送中止を命じる。従わなければテレビ局に罰金を課す」との文書を送付していたのだ。市民団体側は「州政府によるテレビ局への脅迫」と連邦裁判所に訴え、連邦判事は即刻、合衆国憲法修正第1条(言論の自由)を基に政府にテレビ局への圧力禁止令を発令した。FCCのジェシカ・ローゼンウォーセル委員長(民主党)も、これについて「政府に反する意見を持つからといって圧力をかけるなど、もはや検閲だ」と厳しい批判声明を発している。
選挙運動中でありながらこれだけの暴走を見せたトランプ陣営。一国民、一視聴者として筆者が密かに危惧するのは、反トランプ派のケーブルニュース局MSNBCの強制閉鎖とそのジャーナリストの逮捕・投獄、そしてトランプ擁護派であるFOXニュースの"国営テレビ局化"だ。日本の読者には、陰謀論にかぶれているのではないかといささか唐突に聞こえるかもしれないが、この原稿執筆の数日後、トランプ派の重鎮である実業家イーロン・マスク氏がX(旧Twitter)でMSNBCの買収への関心を示唆しており、このくらいの危機感は持っておくべきだと、自分に言い聞かせている今日この頃だ。
業界団体の役割、これまで以上に大きく
全米放送事業者連盟(NAB)のカーティス・ルジェット会長は10月半ば、トランプ氏によるCBS、ABC、NBCなどテレビ局への度重なる圧力・攻撃について、「報道の独立性を著しく脅かすもの」として批判する声明文を発表していた。11月5日の投開票日には、米政治専門誌「ザ・ヒル」(The Hill)に「米国の放送局は、この誤情報の氾濫時代にあり、権力から放送免許剥奪の圧力に直面しながらも、事実に即したニュースを報道することで民主主義を死守しようとしている」との意見を投稿。「民主主義と報道の自由を守る選択を」と、暗に有権者に訴える内容だった。新政権下で、その民主主義がいよいよ危うくなっていく今後、NABをはじめとする業界団体の役割が重要になっていくだろう。
ルジェット会長はトランプ氏勝利の直後、同陣営と当選した議会議員らに祝辞とともに、次のような内容の文書を送っている。
「ローカルテレビ局とラジオ局は、ローカルジャーナリズム、緊急時の情報提供、スポーツとエンターテインメントへのさらなる政府投資を進めるべく、新政権と協力していく意向だ。全米のコミュニティはローカルメディアが提供する情報を頼り、欲している。NABは政策において超党派の立場から、これからも米国の民主主義の土台となる自由なローカルジャーナリズム強化に努めていく」(筆者抄訳)
モーション・ピクチャーズ・アソシエーション(MPA)も同様に「映画、テレビ、配信業界における重要な課題について、新政権、議会と一緒に取り組んでいきたい」との文書をトランプ陣営と議会に送った。業界、政府へのウォッチドッグとして、これら業界団体は今まで以上に目を光らせていく必要があるだろう。
(後編につづく)