【対談】樋口尚文さん×佐井大紀さん 実相寺昭雄とは何者か 第2回「TBSレトロスペクティブ映画祭」に寄せて

【対談】樋口尚文さん×佐井大紀さん 実相寺昭雄とは何者か 第2回「TBSレトロスペクティブ映画祭」に寄せて

第2回「TBSレトロスペクティブ映画祭」が5月2日(金)から始まる。今回は元TBSのディレクターで後に演出家として多方面で活躍した実相寺昭雄を取り上げる(告知記事はこちら)。そこで、民放onlineでは実相寺監督の生涯と作品を跡づけた『実相寺昭雄 才気の伽藍』を著すなど、生前の同氏と親交のあった映画評論家の樋口尚文さんと同映画祭のプロデューサー・佐井大紀さんに実相寺作品の魅力や映画祭の見どころを語り合っていただきました。(編集広報部)


佐井 初めて実相寺昭雄さんの作品に触れたのは『ウルトラマンティガ』(1996~97年)の「花」と「夢」というエピソードです。檜舞台の上でウルトラマンと宇宙人が対決するという耽美的な映像にしびれてしまい......まだ2歳か3歳のときでした。

樋口 鮮明に記憶されていますか?

佐井 強烈に覚えています。先日も実家に帰ったら、母から「あなたはVHSで録画した『花』ばかり観ていたよね」と言われました。「ティガ」の後半に実相寺さんが監督した「花」と「夢」は、そらですべて語れるぐらいです。

樋口 うれしいですね。2016年に僕が『実相寺昭雄 才気の伽藍』を出版したとき、池袋の新文芸坐で実相寺作品のかなり濃いオールナイト上映をしたんです。僕も「花」と「夢」をどうしてもやりたくて、円谷プロにかけあって上映できました。

佐井 そのときはうかがえなかったのですが、渋谷のユーロスペースの特集上映は観客として劇場にいました。今回上映するドラマ『おかあさん』もそのときに全部観ています。トークショーでは実相寺監督の奥さまの原知佐子さんの毒気にあてられました(笑)。

樋口 わかります(笑)。しかし、2歳か3歳で覚えているって......。

佐井 母親の影響かもしれません。母はおそらく樋口さんより少し歳は上ですが、ほぼ同じ世代。『怪奇大作戦』(1968~69年)が大好きで、なかでも「かまいたち」がトラウマになっているようですから。

樋口 実相寺作品じゃなく、「かまいたち」(上原正三脚本、長野卓監督)ってところが渋いですね。

佐井 母は学生時代にシナリオ学校に通っていて、社会人になってからも石堂淑朗さんのゼミのようなところに行っていたとか......。だからか「かまいたち」はすべて覚えてるんです。全編をそらで語ってくれましたから。僕は中学になって、ようやく作品を観ることができました。

樋口 ものすごい英才教育ですね。 僕もお母さんにほしいぐらい(笑)。

故郷は「ウルトラ」シリーズ

佐井 そんな母の影響もあって、中学生以降はテレビ・BSでの再放送やビデオ、名画座通いを重ねながら、『ウルトラセブン』の「狙われた街」(メトロン星人の回)も『怪奇大作戦』の「京都買います」「呪いの壺」も実相寺作品だったことを知ることになります。関連の著作も参考に、それまでとその後の作品を追いかけるようになりました。その意味で、自分にとって「作家で映像作品を観る」という原体験が実相寺昭雄さんだったんです。

樋口 お母さまとほぼ同じ世代の僕は、佐井さんのその体験をそのまま30年ほどスライドさせて、初期の「ウルトラ」シリーズや『怪奇大作戦』を幼児から小学生時代にリアルタイムで触れています。『ウルトラマン』の「地上破壊工作」(テレスドンの回)や「故郷は地球」(ジャミラの回)などの6話が実相寺初体験でした。『怪奇大作戦』の「死神の子守歌」「呪いの壺」などは、あまりの衝撃で知恵熱を出しちゃって、寝込んでしまったぐらいのインパクトでした。

佐井 そのぐらい、「ウルトラ」シリーズの一部の回が当時のお茶の間で子どもに植えつけたトラウマというものは大きいということなんでしょうね。

樋口 『怪奇大作戦』は実相寺作品以外にも、先ほどの「かまいたち」もそうですが、全体のポテンシャルがすごすぎる。ですがそれは実相寺さんの影響だと思うんです。彼が「マン」から「セブン」に至る過程でまいてきた種が円谷プロ関係の脚本家、演出家に伝搬して、テレビ映画の狂い咲きのような形で全体が底上げされたんだと思います。

佐井 僕の場合、リアルではないけれど、中学時代にこれらの作品を浴びるように接しながら、樋口さんのご著書などで背景を学ぶことで、その映像が持つ意味を少しずつ理解できるようになりました。ヌーヴェルヴァーグとの関連性とか、仏教とのかかわりとか。より分析的に観るようになりました。

樋口 われわれに世代はそれができなかった。調べようにもほとんど本などありませんし。いまはなくなってしまった名画座の大井武蔵野館の16㍉の上映会などに足を運んで、観られるものを観るしかなかった。いまでこそ類書がいろいろと出てきましたが、作家のエッセンスを次代に申し送るためには、エピソード集ではなく客観性をもって作家性の軸をとらえた研究書が大切。しかし、実相寺さんの没後十年以上たっても総括するような研究が出てこなかった。それなら、資料を渉猟できる立場の自分がやるしかない――そんな使命感もあって、2016年に『実相寺昭雄 才気の伽藍』を書くことになった。だから、佐井さんのような若い世代が今回、このような上映会を企画してくれるのは、とても頼もしいし、灯を消さないで続けてほしいですね。

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<左から樋口尚文さん、佐井大紀さん>

情報として処理するのではなく、体験してほしい

佐井 寺山修司さんを取り上げた昨年の第1回目の映画祭にはかなり若いお客さんが集まってくれました。僕自身「樋口さんや是枝裕和さんの著書などで古いテレビドラマの名作への言及があって、知識としては知っていても、なかなか観ることができない」という想いを抱えた学生でした。自分はテレビマンではあるけれど、やはり名画座を漁って苦労して観た映画体験のようなものを提供する場もなんとかつくりたい――。だから若い映画ファンたちに「3週間劇場を空けてもらうから、ちょっとみんな変わったものを観に来てよ!」というのが今回の大きなモチベーションでもあります。

樋口 先日、新著の『砂の器 映画の魔性』(筑摩書房)の上梓にあわせて、新文芸坐で『砂の器』(松本清張原作、野村芳太郎監督、1974年)を上映したんです。大学の映画学科で教えている学生たちを誘うと、「配信では見てます」と。だったら、だまされたと思って映像も音響もハイスペックの大スクリーンで観ようよと背中を押しました。案の定、場内から出てきた彼らの表情が違っていた。「自分たちは、『砂の器』を"情報"として処理していたけど、"体験"にはなっていなかった」。一様にそんなリアクションだったんです。

佐井 今回上映する作品はもちろんスクリーンや大音響で観ることを前提にはつくられていません。ただ、実相寺さんのその後の足跡を考えれば、すでに20代で「テレビ」というものの表現の限界に挑戦する"志"を持ってつくられていることは間違いない。だから、"体感"するものとして現代に提供する意味があると思っています。実相寺さんならではの超どアップや反復されていく映像、大胆な移動ショットをスクリーンで観ると、ある種のトランス状態になれます。4対3という当時の画角で、まだ発展途上だった技術でどこまでできるのかへの挑戦。いま見ると胸が熱くなります。その熱量を感じてくれる仲間が少しでも増えてくれればいいな、と。

樋口 「ドラマのTBS」といわれた豊富な財産のあるTBSですから、佐井さんのように熱量をもった方がもっと現れてもいいのですが......。

佐井 「TBSレトロスペクティブ映画祭」ということで社として取り組んでいますが、法律、映像修復、フィルム発掘など、少数精鋭でやっています。僕も含めてみんなかけもちです。ドラマの場合、権利問題のクリアは不可欠ですが、ご承知のとおり複雑です。古い作品ですからTBSがすべて所蔵しているわけでもない。縁のある方から提供されたVHSをAIで修復したり......。フィルムは残っているだろうとよく言われますが、実はかなり廃棄されていることも今回の過程で分かりました。報道素材でも、意外なものが破棄されていて愕然としました。ましてやこの時期のドラマはほとんど残っていないと考えていい。

樋口 では、本業のドラマ制作と社内で"二足の草鞋"ですか?

佐井 99%はマンガの原作を見つけて企画書を書いたり、番宣のため出演者にバラエティでドッキリやってもらえないかと事務所と交渉したりとか。残りの1%で好きなことをやらせていただいているって感じ。だからこそ、社内外に映画祭の意義をわかってもらえる方々が必要なんです。間違いなく、テレビドラマとは最大公約数のコンテンツ。そこにはその魅力があって、職人も育っていきます。成瀬巳喜男さんなどはそういう職人的な技が研ぎ澄まされていって、あの領域まで到達した映画作家だと思うんです。最大公約数的なものを突き詰めたら作家主義になる。一方、それとは極北にある実相寺昭雄さんのような人の業績を伝承していくことも必要なのではないか。なので、まずはドラマの仕事を誠実に、謙虚に務めながら、先人の作品とその技を伝承していければいいな、と。

樋口 同じ局の先輩として、実相寺とご自身をシンクロさせているようにも思えますね。

佐井 実相寺さんがエッセイで「明け方まで『怪奇大作戦』なんかを撮れていたのは、恵まれていたから。フリーランスになってやっとわかった」といったことを書いていました。局員としてすごくよくわかる。局内にいると、公共の電波を預かっていることで、いかに甘やかされて、わがままが利く厚遇にあるか。テレビメディアがいろいろな意味で問われているいまだからこそ、草創期にテレビ表現の可能性を追求しながら先陣を切ってそこから飛び出していった実相寺さんに、同じ会社の後輩としていろいろと話を聞いてみたい。時を越えた対話というのも、実は裏テーマにあります。

樋口 僕は実際にご本人と何度もお会いして、佐井さんのような心持ちでいろんなことを尋ねてみたのですが、基本的にシャイな方で、いつも焼酎の梅割りを飲みながら喜んでへらへらしている。大好きだったキャラクターの「けろけろけろっぴ」と、風俗店の話しかしないんですよ(笑)。でも実相寺さんが高校生の頃から晩年までつけておられた日記を精査すると、実に真摯な作家的思索に満ちているわけです。そんなADのキツさとか、がんばって書いた企画書が上司にはねられた経験とか、実相寺さんが言わんとしていたことを佐井さんは追体験して、想像できる立場にいらっしゃる。だから、実相寺さんの思索の歩みを正しく推察できる千載一遇のポジションにいると思います。さしずめ時を越えた精神的な霊界通信かしら(笑)。

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<映画祭のポスターを背景に>

そこに「悶え」はあるのか?

佐井 とてもクールで理論派。ある意味で人間に対して突き放したようなテーマで撮り続けた実相寺さんが、表現することにハングリーで、熱くて真面目な青年だったということは、今回上映する『おかあさん』を観ていただければ確かにわかりますね。

樋口 そんな作家性のエッセンスを申し送ろうとしたら、絶対に客観性が必要なんですよね。実相寺さんって、そこがご人徳でもあるわけですが、スタッフにめちゃくちゃ甘やかされていたし、スタッフもまた心酔しきっていた。なんと没後二十年近くになろうというのに、そのスタッフやファンのカルト的な心酔はいまだやまずという感じでしょうか。でもどんな巨匠名匠であれいいところとダメなところはあるわけで、そこを両方踏まえたうえで作家の独自性を冷静に伝えていくことが正しい伝承であり、正しい愛のかたちだと思うんです(笑)。だから、そうしたしがらみを越えて、ぐんと若い佐井さんの世代が実相寺観をクールに濾過してくれる感じがすごくいいんです。

佐井 カルトはカルトでしかない。だから実相寺さんはTBSで「ウルトラ」という高視聴率番組のいちディレクターをやっていたときが一番いいんですよね。それはご本人もわかっていたのではないでしょうか。

樋口 デジタルの時代になって、映像的な技巧や手法という点では"実相寺っぽいもの"は誰でもすぐにできちゃうようになりました。ただ、根本的に違うのは"悶え"がないということ。実相寺さんはもともとルネ・クレールが好きで映画界を目指したけど、さまざまな事情もあってそれはかなわず、生まれたばかりのテレビという世界で格闘することになった。しかし当時はカメラも大きくて自在なアングルは掘れないし、光も繊細に操れないという技術的な限界があった。でも、実相寺さんは志がうまく満たされない現場にいるというより、そういったテレビ的な粗さや限界、フィルムのような光学的な表現ではなく電気的なざらつきとか無機的な感じが意外と好きだったのではないか。だけど、コクのある映画も大好きだし撮ってみたい――そんな境界線上にいたのではないか。やりたいことといる場所のはざまで悶々としていた。そんな引き裂かれている感じ。その"悶え"がすごくいいんですよ。今回上映される『おかあさん』もバラエティにも、その据わりの悪さが、逆にいい。だから、いま、器用な人が形だけ"実相寺アングル"をやっても文化的なバックボーンの希薄さが露呈するだけなんですよね。

佐井 表現の技法や方法というのはこれからもいろいろと出てくるのでしょうが、最終的には「登場人物の感情をしっかりと追っているか」どうか。そこに迫っていった先に演出論というものが後からついてくるようにも思えます。その順番さえ間違えなければ、テレビドラマはこれからもできることがあるし、どんどん更新されていくと思います。もちろん、それだけシビアにやっていかなきゃいけないということでもありますね。今日はありがとうございました。

(2025年4月9日 民放連会議室にて/構成=「民放online」編集担当・西野輝彦)

《編集広報部注》樋口さんと佐井さんは会期中の5月6日にMorc阿佐ヶ谷の舞台あいさつに登壇されます。また同日、お二人のトークショーがライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」で配信予定です。詳しくはこちら(外部サイトに遷移します)。


映画評論家・映画監督
樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)
1962年生まれ。1987年に電通に入社。以来30年にわたってクリエーティブ局のCMプランナー、クリエーティブ・ディレクターとして数々のテレビCMを企画。2013年、閉館する映画館・銀座シネパトスが舞台の劇場用映画『インターミッション』で映画監督デビュー。2018年、第2作『葬式の名人』を監督。主な著書に『グッドモーニング、ゴジラ 監督 本多猪四郎と撮影所の時代』『テレビヒーローの創造』『黒澤昭の映画術』『テレビ・トラベラー』『実相寺昭雄 才気の伽藍 鬼才映画監督の生涯と作品』『大島渚全映画秘蔵資料集成』『砂の器 映画の魔性』など。2022年1月に東京の神保町にシェア型書店「猫の本棚」を開設。X: @higuchism  @nekohon

TBSテレビ ドラマ制作部
佐井 大紀(さい・だいき)
1994年、神奈川県出身。2017年TBSテレビ入社。『あのクズを殴ってやりたいんだ』『Eye Love You』など連続ドラマのプロデューサーを務める傍ら、ドキュメンタリー映画『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』などを監督。『TBSレトロスペクティブ映画祭』を企画・プロデュース、2021年には朗読劇『湯布院奇行』を企画し新国立劇場・中劇場で上演。音声配信コンテンツでドラマ『Call Me Not』の原作や『ビートルズ "赤"と"青"と"NOW&THEN"』のパーソナリティを務め、文芸誌『群像』、経済誌『Forbs Japan』『Pen』にも寄稿。X: @daiki19990803

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