全米放送事業者連盟(NAB)が主催する「2025 NABショー ニューヨーク」が10月22、23の両日、マンハッタンのジェイコブ・ジャビッツ・コンベンションセンターで開かれた。来場者は約1万2,000人、出展社は260社を超え、ニュース、配信、スポーツ、映画、クリエイターエコノミー¹ など幅広い分野で展示や議論が行われた。特に今年は、急速に拡大する人工知能(AI)の利用とその影響が主要テーマに掲げられ、報道・制作現場への導入や倫理問題をめぐって活発な討論を繰り広げた。
なかでも注目を集めたのが、10月22日に行われたパネル討論「The Future of News: AI, New Revenues and Risks, and the Policy Response(ニュースの未来: AI、新たな収益とリスク、政策対応)」だ。ここで公表されたのが、AIがジャーナリズムの信頼を揺るがす可能性があるとの調査結果だ。米調査会社OnMessage Inc.が実施したもので、76%が「AIが報道記事やローカルニュースを盗用・複製することに懸念を抱いている」と回答。報道を許可や対価なしにオンライン上で複製・再利用するAI行為を違法とする法整備を77%が支持。「AIが生成した情報は信頼できる」と回答したのは26%にとどまり、68%が「信頼できない」と答えた。
討論に参加したNABのカーティス・ルジェット会長は「AIがジャーナリズムの健全性を損ない、放送局と地域社会の信頼を脅かす懸念が現実化している」(=冒頭写真/右端がルジェット会長/YouTubeのNABショー公式チャンネルから)と警鐘を鳴らしたうえで、「放送局のコンテンツを無断で操作したり変更する行為は、オリジナルの文脈を曲げ、報道の信頼性を根本から損なう。AIという新技術が地域ジャーナリズムを搾取するのではなく、支援する方向に進むために、今こそ公正な議論を始めるべきだ」と述べた。また、「政府による一定のガードレールが必要であり、AIの透明性確保と著作権保護を制度的に担保すべきだ」と強調した。
AIがローカルニュースの取材・編集現場にもたらす経営的圧力もテーマに。収益率の低下や制作コストの上昇に加え、AIシステムによるコンテンツの不正利用が増加し、事実に基づいた地域密着型のジャーナリズムの持続可能性が脅かされつつある現状が共有された。
*
AIをめぐる懸念はエンターテインメント業界にも広がっている。ハリウッドでは、AIによるバーチャル"俳優"「ティリー・ノーウッド」² が注目を集め、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)が強い警戒感を示している。カリフォルニア州ではAIの安全性を確保するための米国初の州法がすでに成立している³。
また映画製作の現場では、脚本の初期選別を担うストーリーアナリストがAIに取って代わられるのではないかとの脅威も根強い。制作会社はすでに脚本を自動で要約・評価するAIプラットフォーム「ScriptSense」や「Greenlight Coverage」を導入しており、全米映画編集者組合もAIと人間、双方の分析結果を比較する実験を行っているという。
AIはメディアのあらゆる領域だけでなく、社会生活全般に急速に浸透しており、効率化の一方で著作権、倫理、雇用、そして「人間による創造と信頼」の価値が問われ始めている。NABのルジェット会長が述べたように「信頼されるジャーナリズムを守るための議論は、まだ始まったばかり」といえるだろう。
¹ 誰もがコンテンツや商品をつくり、いつでも発表・販売できるようになり、企業や団体でなくても個人が支持層や顧客とつながることで形成される経済圏のこと。※参考:一般社団法人クリエイターエコノミー協会
² オランダ出身の俳優でプロデューサーのエリーネ・ファン・デル・フェルデン氏が英ロンドンの映像制作会社とともに作成したAIによるバーチャル"俳優"。2025年9月のチューリッヒ映画祭でタレント事務所との契約予定があると発表され、ハリウッドなどが猛反発。SAG-AFTRAは「盗まれた演技を使って俳優の仕事を奪い、パフォーマーの生活を危険にさらし、人間の芸術性を貶めるという問題を生み出している」との反対声明を発表。作者側は「人間の代わりではなく、創造的な芸術作品」としているが、対立が続いている。
³ 2025年9月29日にカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が署名した「AI安全開示法(Transparency in Frontier Artificial Intelligence Acts)。米国で初めて最先端AI技術を対象にした包括的な州法で、AIモデルの開発者に大規模サイバー攻撃への対策など安全対策を公表するよう義務づける。2026年1月1日施行。
