英BBC、リモコンボタンにPSB優遇措置求める 新メディア法草案への意見募集で 

稲木 せつ子
英BBC、リモコンボタンにPSB優遇措置求める 新メディア法草案への意見募集で 

英政府が3月28日に提出した新メディア法の草案に対する意見募集で、BBCの配信サービス「iPlayer」専用のボタンをテレビのリモコンに設けることを法律で義務づけるようBBC自身が求めて話題を呼んだ。法案はおよそ20年ぶりの大幅な改正で、昨2022年に政府が発表した「放送白書」に基づき動画配信事業者(プラットフォーム)を規制対象とすることなどを盛り込んでいる。

草案を起草した文化・メディア・スポーツ省(DCMS)が議会のDCMS委員会での検討のために実施した意見募集には、5月17日の提出期限までにBBCや大手民放をはじめ、Netflixやディズニー、業界団体などから計58件の意見・要望が寄せられた。これらが5月末に英議会のウェブサイトで公開されたことから、草案への業界関係者の反応に関心が集まり、テレビのリモコンボタンを要求したBBCの主張が取り沙汰されることになった。

PSBのコンテンツを「見つけやすく」

BBCは意見書で「法案を歓迎する」と強い支持と早期実現を求めたうえで、「英国のメディア産業が将来にわたって繁栄できるよう、また、法案の将来性をさらに高めるために」として、「追加措置を必要とする3つの主要な分野」に焦点をあててコメントしている。 その3分野とは、

▷動画配信サービスにおいてPSB([※]) 放送局のコンテンツを際立たせる「TVプロミネンス」(卓越性規則)
▷放送局のラジオ配信やポッドキャストなど、主要ラジオ局の音声コンテンツを、スマートスピーカーなど経由で容易に見つけられるようにする「オーディオ・ファインダビリティ」
▷オリンピックなど重要スポーツイベントの無料放送を保証する、いわゆる「リスティング・イベント」をPSBの配信サービスにまで広げる措置――だ。

新メディア法の「TVプロミネンス」は、放送の電子番組表(EPG)上でPSBのチャンネルが目立つ位置に表示される措置を配信サービスにも拡大し、PSBのコンテンツを「見つけやすく」することを保証するというもの。この措置についてBBCは「重要で前向きな一歩」と評価しつつ、米大手のSVOD(広告なしの有料配信サービス)に加え、広告ビジネスモデルによるリニア編成の配信サービス(FAST)など新たな配信サービスが市場参入していることに着目。政府が業界の技術革新を阻まないようにする必要はあるものの、「将来にわたってPSBのコンテンツが重要であることを保証するための適切なセーフガード(予防措置)」とのバランスをとることが大切だと訴え、その具体的な予防措置として、テレビのリモンコン上で「プロミネンス」を求めたのである。

スマートテレビの普及で、NetflixやAmazon Prime Videの専用ボタンがテレビのリモコンにつくようになって久しい。BBCは意見書で「リモコンはテレビとコンテンツを結ぶ、いわゆるユーザー・インターフェースであり、コンテンツへの主要なゲートウェイとなる」と主張。配信大手ブランドのボタンをめぐるリモコン上での競争が激化するなか、「法的な支援なしには、PSBはグローバルなプラットフォームに負けることになる」と訴えている。そして、販売される製品のデフォルトとして、「Netflix」などPSB以外の動画サービスの専用リモコンボタンが組み込まれている特定のリモコンについては、以下の追加措置を求めた。

▷「PSB専用ボタン」も設置することを義務づける
▷または、利用者がリモコン上の数字(PSBのチャンネル番号)を長押しすることで各PSBのアプリに直接アクセスできるようにすることを義務づける

BBCは、特定のリモコンにおいて、上記の措置を義務化することは、「英国向けのリモコンを製造する会社を外国の競合他社に対して優遇するものでない」として、不公平な保護にはならないと補足しているが、英政府は「メーカーのハード仕様に政府が義務を課すことはWTO(世界貿易機関)のルールに抵触しかねない」との立場を変えていない。ただし、BBCの懸念には一定の理解を示し、「リモコンのようなテレビのハードウェアへの措置はメディア法案の対象外だが、PSBのサービスがスマートテレビ、セットトップボックス、同様の機器のユーザー・インターフェースの目立つところに表示されるようにするため、相応の新しい規則を導入する」とコメントしている。

プラットフォーム側の思惑は......

BBCの提案はPSB全体を対象としたものだったが、最大民放ITVの戦略・政策担当のディレクターは6月6日に開かれたメディア法案に関するDCMS委員会の公開ヒアリングで、リモコンの扱いについては、BBCの要求に同意せず、むしろ「プロミネンス」措置でハードの規制は行わないとする英政府の立場を支持した。これにより、リモコンに「iPlayer」の専用ボタンが設置される可能性はなくなった。

BBCと民放PBSらとの意見の違いはほかにもあり、BBCは「プロミネンス」措置をスマートテレビだけでなくスマホ、タブレット、ゲームコンソール経由の視聴においても適用すべきだと主張しているが、ITVなどは配信大手との競争の主戦場はコネクテッドTV(CTV)だとの見方を示し、対象の拡大を強く求めていない。これは、マスト・キャリー原則が細かな対象にまで適用されると、民放側にも対応のための技術コストがかかることから、費用対効果を見たうえでの見解とも言える。他方、新規制が与える「プロミネンス」の度合いについては、"適切な″という文言を"顕著な"という表現に強めることで、BBCと意見が一致。また、細則を策定し、監督する独立規制機関OFCOM(英放送通信庁)に、将来的な変化に伴って規制内容を修正・追加できる「柔軟性」を求めている。

6月20日に開かれたDCMS委員会のヒアリングで、BBCはリモコンに関する独自提案にはもはや触れず、代わりに「プロミネンス」確保において、時代の変化に対応できる柔軟性の重要性を強調し、担当大臣が3年ごとに規制対象の見直しを行うよう求めた(=冒頭写真)。また、翌週(27日)のヒアリングでは、NetflixやAmazon などプラットフォーム側が「プロミネンス」の度合いを"顕著な"という表現に修正することに反対し、PSB側との思惑のぶつかり合いが浮き彫りになった。

今回のメディア法案は、およそ20年ぶりに放送法を含めたメディア規制をデジタル時代に対応させるもので、「TVプロミネンス」のほかにも、放送基準に準じたコンテンツ規制を配信サービスにも課す「VOD基準」の制定や、国民の関心が高いスポーツイベントでPSBによる無料放送を保証する「イベントリスト」措置の対象を「配信サービス」にまで広げることなどが盛り込まれている。また、ぎりぎりで民営化を逃れたチャンネル4(公社)の事業体制の改革も今回の法改正の対象だ。

同委員会は、7月に規制当局のOfcomや法制側の文化・メディア・スポーツ省(DCMS)からのヒアリングを終わらせ、秋までに政府への勧告を含めた報告書をまとめたいとしている(政府最終案の議会提出は秋以降となる見込み)。


[*] PSB(Public Service Broadcasters=公共サービス放送)は英国特有の放送制度で、いわゆる受信料で運営される公共放送BBC(ラジオ・テレビ)のほかに、公平で信頼できるニュースや英国独自の番組など、一定の公共性が高い放送サービスを提供することが放送免許の一部で規定されている民放局など全体を指す。現在PSBに指定されているのは、BBCの全チャンネル、チャンネル3(ITV)、チャンネル4、チャンネル5、ウェールズ語放送を行っているS4Cのメインチャンネルとなっている。


【参考】英国の新メディア法に至る経緯については「英仏の公共放送をとりまく環境の変化と影響 受信料撤廃と次世代のメディア戦略②」と「各国で強まる巨大IT規制②~プラットフォームを放送法の規制対象に イギリス、カナダの放送制度改革」をあわせてお読みいただくと、さらに理解が深まります。

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