本稿は民放連研究所が会員社向けに作成している『民放経営四季報』No.144(2024年夏号)への寄稿の転載です(※四季報の閲覧にはユーザー名とパスワードが必要です)。(編集広報部)
前編はAIを取り上げたが、NABショー(冒頭写真)で今年も特別コーナーを設けていた米国の次世代放送規格「ATSC3.0」も着実に歩みを進めている。調査会社ニールセンのデータによれば、全米世帯の75%で使用可能となっており、対応製品は100種類を超えているとされる。データ放送やモバイル放送など多機能が謳われているが、主要機能の一つである"パーソナライズされた放送"が既に始まっている。ATSC3.0のコンセプトである地上波放送とインターネット配信の融合を体現したサービスと言える。
NBCUは今年の4月からATSC3.0の技術を活用し、個々の視聴者向けにパーソナライズされた放送を視聴できるサービスをニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、マイアミの4都市、6局で開始している。この4市場でATSC3.0対応のテレビをアンテナ経由で視聴をしている視聴者は、放送中の番組を最初から見直したり、一時停止したり、居住地のピンポイントの天候予報やニュースなどのコンテンツにアクセスできる。また、スポーツやローカルなどカテゴリー別にニュースコンテンツをオンデマンドで視聴することもできる。
写真㊤はマイアミでのスペイン語放送局Univisionの放送画面のデモ。リモコンのボタンを押すと画面下にバーが表示され、番組を巻き戻して最初から視聴できる。リモコンを操作すると、画面の左側に視聴可能な動画コンテンツを表示でき、オンデマンドで視聴できる。動画コンテンツは、放送局側で自由に設定でき、視聴者は、オンデマンドと放送をリモコン操作で簡単に切り替えることができる仕組みだ。オンデマンドにはアドサーバー経由でプレロール、ミッドロールの広告配信が可能で放送局のマネタイズにも役立つ。NABショー時点で導入局は140局とされ、年末には220局を目指しているという。
こうしたソリューションのバックエンドとなっているのが、Run3TVだ。前出のNBCUはATSC3.0向けに2つのアプリケーションを開発しているが、アプリケーション自体は放送局によって異なるので、膨大な数の異なるアプリケーションにテレビメーカーが対応する必要がある。Run3TVは、業界のオペレーティングシステムとなり、標準化やデータ収集などに対応している。Run3TVで収集されるデータは、新たな視聴データとしても期待を集めている。米国ではケーブルなどのセットトップボックスから得られるデータやスマートテレビのACRデータがテレビ視聴のビッグデータとして使用されているが、アンテナ経由(OTA)の視聴データはこれまでニールセンのパネルデータのみだった。Run3TVは、ATSC3.0を利用してOTA視聴データを集めることが可能で、ニールセンをはじめ各測定会社に提供していく予定だという(写真㊦はRun3TVによるOTA視聴データの画面)。
さらにRun3TVを通じて、地上波の広告を差し替えるアドレサブル広告もテストされている。TVメーカーとのテストで改善を重ねており、実用に近づいているということだ。
米国では特に若い世代が、これまでの地上波やケーブル経由の視聴から離れ、配信に移行している。放送局は配信同様の利便性や操作性を提供することで、そうした層を取り戻そうとしており、ATSC3.0を通じたこうした機能はまさにその取り組みの成果と言える。
大胆な発想転換と人材育成が急務に
放送業界は大きな変革の渦中にいる。これまでケーブルや衛星という有料放送経済圏とともに成り立ってきた放送業界は、急速に進むコードカット(消費者が有料視聴サービスを止める現象)によってその土台が崩れつつある。次の一手とした配信事業への転換は、消費者の解約問題やパスワード共有問題、膨大なマーケティング、コンテンツ制作コストで、想定したような金の卵とはならず、赤字から脱却できずにいる。その間に、配信でトップを走るNetflixやデジタル大手のGoogleやAmazonがメディア産業に本格参入し、スポーツや映画といった大規模投資が必要なコンテンツの制作や権利獲得を進めている。
今年の広告主向けイベント「アップフロント」に、Netflix、YouTube、Amazonの3社が参入したのはその象徴と言える(関連記事はこちら)。"放送業界"は、今、"ビデオ業界"へと変貌している。そうした相手と伍していくためにも、AIや最新のテクノロジーを駆使していくことはこれからの放送局に求められることだ。そして戦略を実行するには、人材が不可欠だ。AIを適切に使うには、まず使う人間の訓練が必要であり、そうした人材育成には時間がかかる。AIの学習には膨大なデータも必要だ。AIの進化は日進月歩だが、組織の進化は時間を要する。来たるべき日に備えて、今から計画的に準備を進めるべきだろう。