AI Frenzyで変容する放送業界~2024年のCES・NABショーから(前編)

渡邉 卓哉
AI Frenzyで変容する放送業界~2024年のCES・NABショーから(前編)

本稿は民放連研究所が会員社向けに作成している『民放経営四季報』No.144(2024年夏号)への寄稿の転載です(※四季報の閲覧にはユーザー名とパスワードが必要です)。(編集広報部)


昨年のChatGPTの登場以降、放送業界でもAI活用に関する議論は白熱している(AI Frenzy)。生成AIを活用したバーチャルアンカーから営業資料の作成補助までその活用範囲は多岐にわたる。その程度と速度に企業差はあれど、AIは放送業界でも確実にその存在感を増している。今年のNABショーでは200にのぼる企業がAI関連の展示を行い、AI関連のセッションは150を超えた。AIが株式市場のみならず放送業界にもどれほどの熱狂をもたらしているかお分かりいただけるだろう。

CESやNABショーの展示を見るにつけ、AIが人間のすべての活動に関わるサイエンスフィクションのように語られ、AI、特に生成AIがインターネットの出現と同じように世の中全体を変容し得る技術として位置づけられていると感じる。サイエンスフィクションのようなハイプ(大風呂敷)と実際の能力を区別するのは、現時点では難しいが、少なくともAIの持つ計算処理能力やデータ分析、単純作業の精度とスピードは、膨大なユーザーデータやメタデータを持つメディア企業にとって、巨大な機会になる可能性は高い。

そこで、今年1月のCES(冒頭写真)や4月のNABショーでの取材から、現時点での放送業界におけるAIの活用事例をハイプは避けながら紹介したい。後編ではATSC3.0などの動きを紹介する。


(1)コンテンツ制作へのAIの活用例

AIはビデオ編集、特殊効果、仮想プロダクションなどのコンテンツ制作に広く活用されており、編集プロセスの高速化、効率化を支援している。仮想プロダクションにおいて、LEDディスプレイやカメラのデータを組み合わせて、数分でフォトリアリスティックな3Dの背景を制作する工程にAIは活用されている。Industrial Light & Magic社の「StageCraft」(写真㊦)は、大画面のLEDウォールを活用して、リアルタイムで背景を生成することができる仮想プロダクションのソリューションで、AIはセットの調整や特定の光の条件をシミュレートするために使われ、物理的なセットを作る手間を省き、制作コストを削減できる。

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自社制作コンテンツのみならず、ライセンスしたコンテンツの品質管理や字幕生成でもAIは活躍している。ビデオやオーディオの品質をAIがリアルタイムで監視し、品質基準に達していないコンテンツを自動的に識別できる。また、音声認識技術を利用した自動字幕生成も広く使用されており、多言語の字幕生成を支援している。Netflixでは、映像の品質を自動でチェックするためにAIを使用しており、画像のブロックノイズや音声の途切れなどの問題を自動的に検出し、品質保証のプロセスを効率化している。

(2)コンテンツの運用で省力化も実現

ニュースやスポーツの放送や配信において、AIはニュース記事の自動生成やスポーツイベントでのハイライトの自動制作など、コンテンツ運用を自動化し、現場の作業を軽減している。BBCの「News Labs」は、ニュースの自動編集やタグ付けにAIを活用している。AIがニュースのキーワードを抽出、関連するビデオクリップを自動で選定し、短いニュースビデオを生成する。また、AIを活用したメタデータ生成で、同社の豊富なコンテンツライブラリーの管理と活用を可能にしている。

FOX Sportsは、スポーツイベントでキーとなるプレイや時間帯を自動的に識別し、ハイライトとして切り出すAI技術を導入している。編集作業が大幅に短縮され、ほぼリアルタイムでハイライトを視聴者に提供することができる。また、膨大なデジタル画像のキャプチャーと整理、分析にもAIプラットフォームを活用している(写真㊦)。こうしたプラットフォームは、オフィシャルな映像に加え、視聴者が試合会場などで撮影した膨大な映像をリアルタイムで収集し、それらをAIによって分析・整理する。まさにAIの得意とする分野だ。ユーザーであるリーグやチーム、アスリート、放送局は、ソーシャルメディアなどの他媒体に簡単に、リアルタイムで画像を展開できる。

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(3)広告とマーケティング

広告分野では、AIを活用した全自動の広告キャンペーンソリューションが登場している。広告主が複数の条件を生成AIに与えることで、求めるペルソナ(消費者像)をAIが生成し、そのペルソナに応じたオーディエンスターゲティングを実行することでキャンペーン効率の最大化を図るというまさに全自動キャンペーンツールだ。GoogleやMetaでは既に導入されている。

Google AIは、生成AIがオーディエンスのペルソナを生成することで、そのペルソナと関連するオーディエンスをマッチングし、広告主が開拓できていないオーディエンスを見つけだす支援をしている。これまでのように数千とあるオーディエンスセグメントから広告主が選択する必要はない。ペルソナ起点のオーディエンスターゲティングでリーチとターゲティングの双方を効率化し、広告キャンペーンの成果をさらに高めるという仕組みだ。

コンテクスチュアルターゲティングへの活用も広がっている。AIによる映像解析でコンテンツの詳細なメタデータを付すことで、例えば視聴者の感情(特に幸福感)を狙って広告を配信することが可能となる。NBCUは、AIを活用した感情ターゲティングを発表。NBCUのコンテンツをAIが解析し、NBCUのオーディエンスファーストパーティーデータと結びつけることで、300を超える感情ベースのオーディエンスセグメントを構築している。

動画を見ながらそのまま買い物につなげられるショッパブルTVでもAIは活用されている(写真㊦)。コンテンツをAIが解析し、買い物可能なリストと結びつけることで、これまで以上の買い物体験が可能となる。今後は、生成AIによる消費者ごとに異なるショッパブルTV広告素材の自動生成(ダイナミッククリエイティブ)も導入が見込まれる。パラマウントなど大手のネットワークは既に商品化している。

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(4)オーディオコンテンツへの活用も進む

動画同様に音声分野でもAIの活用は進んでいる。AIボイスはその最たる例だろう。先日、OpenAIのボイスの一つが、有名女優の声に著しく似ているとして使用中止となったが、AIボイスは急速に進化しており、ユニークな個性や方言で話すこともできる。音声分野のAI活用を支援するFuturi Mediaは、同社の「Audio AI」(写真㊦)で、AIボイスを活用したコンテンツ制作ソリューションを提供している。ローカルの話題をAIが自動収集し、ニュース原稿を自動生成、AIボイスが読み上げることで、スタッフの少ない深夜帯などでのコンテンツ制作、放送の自動化が可能になる。

ポッドキャスト制作でもAIは活用されている。ポッドキャストの文字起こし、タグ付けに加え、ソーシャルメディアなどの他のプラットフォームに展開するための再編集などは、AIの活用に適した作業であり、大幅な作業の軽減が期待できる。

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(5)AIは「パンドラの箱」

ここまで活用例を挙げてきたが、AIは「パンドラの箱」でもある。生成AIによる無数のフェイクニュースの生成や著作権侵害、有名人の肖像権、偽音声の生成など、問題を挙げれば枚挙に暇がない。技術の進歩に規制が追いついていない状況は続いている。米国ではニューヨークタイムズがOpenAIに訴訟を起こしたり、逆に大手媒体社がAI企業と正式な提携を結ぶなど、企業ごとに対策を講じている(関連記事はこちら)。

また、AIに完全に任せるのではなく、AIを頼れるスタッフとして使いこなすことも重要となる。AI活用には必ず人間が介在すべしという「Human in the Loop(HITL)」という言葉はNABショーでよく耳にした言葉だ。AIの特性を理解し、どのような指示を出せば的確な回答や行動が得られるかを使用する側が理解する必要がある。

後編につづく

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